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第三三話 二人きりの生活 四日目⑤

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。

 高橋たかはし里美さとみ:クラスメイト。『黒姫様を愛でる会』の会員。自分のふとした発言でとんでもない事態になったことを後悔している。

 九条くじょう隆也たかや:南城高校の生徒会会長にして『黒姫様を愛でる会』の会長。

 綾部あやべしずか:南城高校の生徒会副会長にして『黒姫様を愛でる会』の副会長。

 去年の四月。

 桜が満開の中で、九条隆也は、生徒会の一員として、校門前で新入生の誘導係をしていた。

 まだ多少の肌寒さはあるが、やわらかい春の陽射しが降り注いでいて心地よく、欠伸が出そうになる。

 誘導係と言っても、入学式がある体育館の場所がわからないという生徒はほとんどおらず、九条は暇を持て余していた。

 そんな時だ。

 一人の新入生の少女が歩いてきた。

「………………あ……」

 九条はそのセーラー服姿の少女から目が離せなかった。

 腰まで伸びた黒髪に白い肌、切れ長の目に整った顔立ちのとても美しい少女だった。

 少女は真新しい黒のセーラー服を見事に着こなし、ゆっくりと歩いていた。

 桜舞い散る中、黒髪が春風にそよぐ姿は、あまりにも幻想的で、その少女のことをこの世の人とは思えないほどだった。

 少女は九条の目の前を通りかかり――その際に、こちらを見て、小さく会釈をして通り過ぎていった。

 その瞬間、九条の時が止まる。

 稲妻が走ったような衝撃が走った。

 少女から、目が離せない。

 しばらくの間、息をするのも忘れていた。

「はぁはぁはぁはぁ…………」

 荒い息で呼吸をしながら、先ほどの少女を想う。

 一目惚れ(・・・・)だった。

 その神秘的な姿に、九条は完全に惚れ込んでしまった。

 だが、それは恋愛的なものを越えて、崇拝の域に達してしまっていた。

 髪での衣装――黒のセーラー服――を身に纏う、神秘的な少女。

 ――……そう、彼女は黒姫・・だ。

 九条はふとそんなことを思った。

 そして、それがしっくりときた。

 黒姫様(・・・)

 彼女はそう呼ぶべき存在と、確信した。

 それ故に、彼女は誰のもの(・・)でもなってはいけない、不可侵であるべきと思った。

 九条は、彼女を守護まもらねばならぬ、と決意した。

 それが九条隆也が『黒姫様を愛でる会』を創設するきっかけだった。


 九条隆也にとって、神楽坂玲香とはそれほどの存在なのである。


 そんな彼が、『黒姫様』とデートしている男がいると知れば、正常ではいられないのは自明の理であった。


        *


「真田君。君は『黒姫様』と昨日デ、デートを……した……んですか?」

 目を泳がせながらおずおずと訊いてくる九条会長に、健一は激しく困惑した。

 先ほどまでの威厳ある姿とはまったく違っていた。

 健一としては、もっと高圧的な追求を受けると思っていたのだが、逆にこんなにも下手に訊いてくるとは思わなかった。

 他の会員にとっても九条会長の姿は予想外だったようで、「え? なにそれ」と隣の綾部副会長も、ドン引きしている。

「はぁはぁはぁはぁ……真田君、はぁはぁ……どうなんだい?」

 何故か息も絶え絶えな九条会長。

 あなたの方こそ大丈夫ですか、と健一は思ってしまった。

 そんな九条会長に毒気が抜かれたおかげか、早鐘のようだった心臓の鼓動が徐々に落ち着きを取り戻した。

 健一は、九条会長の質問にはっきりと、答えた。

「違います。僕はれ――神楽坂さんとデートはしていません」

「…………そ、そうか……そう、そうだよな……それは良かった」

 九条会長はそれを聞いて、なぜか安心したのか、落ち着きを取り戻し始めていた。

 健一がデートをしていないことがそんなうれしかったのだろうか。

 ――まあ、本当にデートはしていないし……

 一緒に食事をしたり、ゲームセンターで楽しく遊んだりはしたが、デートなどではない。

 ただ、兄妹で寄り道(・・・・・・)しただけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「で、では、何故、君は『黒姫様』と一緒にいたんだ。――喫茶店でお茶をして、その後は二人で牛丼を食べ、その後はゲームセンターで一緒に遊んだそうじゃないか。――それをデートではないとするならば、何だというのだ?」

 九条会長が、改めて訊いた。

 喫茶店、牛丼屋、ゲームセンターとすべて目撃されていたようだ。

 玲香が常に注目される存在であり、視線が集まるのは仕方ないとは思っていたが――『愛でる会』を甘く見ていたかも知れない。

 ――仕方ないか……

 やはり、なんとか誤魔化して乗り切るしかはないようだ。

 健一はズボンのポケットに入れていたスマートフォンを操作する。教室に入る前から準備していたので画面を見る必要はない。

 覚悟を決めて、話し始める。

「…………それには、理由があるんです」

「理由?」

「実は牛丼屋もゲームセンターも、神楽坂さんは別の方と行くはずだったんですよ」

「別?」

「そうです。僕と行くことになったのは、成り行き(・・・・)というかなんというか……そういう奴で、たまたまなんですよ」

「……どういうことだ?」

「さきほど僕と神楽坂さんが喫茶店でお茶をしていた――とさっき言われましたよね?」

「ああ」

「その喫茶店『ソレイユ』に僕と神楽坂さんだけでなく、もう一人(・・・・)いたことをご存じですか?」

「……あ、ああ。その報告は受けている。南城高校の生徒ではないことしかわからなかったが」

「その人です。彼女は神楽坂さんの親友で、昨日、神楽坂さんに会いに南城高校まで来ていたんです。――昨日、校門前で他の学校の生徒がいると騒ぎになったのは知りませんか?」

「私は知らないが…………綾部君?」

「…………確かに、昨日の放課後、光華学園のお嬢様が校門前にいると騒ぎにはなっていたという話は少し聞いたけれど……それのこと?」

「はい、そうです。その時、僕もその場にいまして……」

「どういうことだ?」

 九条会長が訊き返した時――

 教室の引き戸がギギギ――と軋んだ音を立てて開かれた。

 全員の視線が、そちらへ向く。

「失礼します」

 一礼をして入ってきたのは、見慣れないライトグレーのブレザー型の制服を着た少女だった。

 その整った顔立ちは、誰もが目を引いた。

 この教室にいる誰もが目が離せなかった。

 少女は柔らかな笑みを浮かべながら、歩みを進める。

 仕草一つ一つの優雅さに皆、目を奪われた。

 多くの人の視線を集めながらも、それを自然と受け止めていた。

 ――さすがだよね……

 突然の来訪者に場がざわめく。


「あれは……光華学園の制服じゃないか?」

「それって、あのお嬢様学校の?」

「とても、綺麗な女性ひと……」


 少女はそんな声を一切気にせずに――健一の元まで来た。

 健一は大きく息を吐いた。

「ありがとう、御巫さん。わざわざここまで来てくれて」

 健一の感謝の言葉に、少女――御巫詩穂美は不適に笑い、小声を言う。

「本当よ。外出届を受理してもらうの大変だったんだから。――貸しひとつ、だからね」

 そして、九条会長の方に向き直り、

「こんにちは、御巫詩穂美と申します。神楽坂玲香の親友やってます。よろしくお願いします。――ここからは、わたしの方から説明させてもらえますか」


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