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第三〇話 二人きりの生活 四日目②

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。

 高橋たかはし里美さとみ:クラスメイト。『黒姫様を愛でる会』の会員。自分は過激派ではないと思っている。意外に本音では話せる友人が少ない。

 小林こばやし裕太ゆうた:女の子大好きのイケメン。どんなクサい台詞も堂々と言いのける男。

 朝食を取り、準備を整えた健一は今日も早めに家を出た。

 もちろん、一人で、だ。

 出かける直前、玲香が「一緒に登校しましょう」と言い出したりして、とても困ったりはした。

 だがすぐに、「冗談よ」とすぐに引き下がってくれた。

 その時の玲香を見ると、不服そうな表情をしているようにも見えたが――まあ、気のせいだろう。

 なにしろ、冗談・・なのだから。

 大体、そんなことは絶対に出来るわけが無い。

 それどころではないからだ。

 覚悟を決めて、昨日、玲香と過ごした放課後の一時ひとときの結果がどうなったかが気になって仕方が無いのだ。

 ――玲香さんが僕と一緒にいたことがバレないといいんだけど……

 とりあえず、人気ひとけの無い時間にさっさと教室に入ってしまおう。

 健一は足早に南城高校へ向かうのだった。


       *


 南城高校の旧校舎に使われていない教室がある。

 早朝、そこにとある集団が集まっていた。

 使い古された机と椅子をコの字に並べ、十数人の男女が座っていた。

 外は快晴だが、教室内はやけに薄暗い。

 カーテンを閉められているからだ。

 何故朝っぱらから、そんなことをするのか。

 ただの雰囲気作りである。

 ――まったく、なんなんだろうね、これ。

 高橋里美は、末席に座りながら半ば呆れ気味に独りごちた。


 今、行われようとしているのは、『黒姫様を愛でる会』の緊急会議だった。

 昨日の夜、『愛でる会』のRINEグループに会議の開催の連絡が来たのだ。

 里美は、『愛でる会』の会議の参加は任意なので、今まで会議に参加したことはほとんどなかった。

 そもそも会議と言っても、やることは抜け駆け(・・・・)がいないかの監視と、『黒姫様』の良さについて語り合うぐらいなので、あえて参加しようとは思わなかった。

 だが、今日は緊急・・会議とのことだ。

 里美はそれが少し気になった。

 会議を開く理由はまだ明かされていない。

 ――まあ、そんなたいしかことはないんだろうけど……


 頬杖をつきながら会議の開始を待っていると、上座に座っている『愛でる会』会長が口を開いた。

「こんな早朝に集まってくれてありがとう」

 会長は、両肘を机につき、両手の指を組み口元を隠していた。

「それで、会議を開いた理由はなんなの? 副会長のあたしも知らされていないんだけど?」

 会長の隣に座っている副会長が言った。


「そうそう」

「なにかあったの」

 会員から疑問の声が噴出する。


「まあ、待ってくれ」

 会長は手を上げて、それらを制した。

「緊急会議など過去に開かれたことが無いのだから、疑問に思うことはわかる。――内容についてはこれから私が話すので待ってくれ。早々に用件は済ませてしまいたい。遅刻・・してしまうからな。我々『黒姫様を愛でる会』は健全な運営の元、黙認・・されているのだから遅刻は許されない」

 実はこの教室、無断使用をしているわけではない。

 ここがいかに空き教室と言えど勝手に使っていいわけではないからだ。

 会長が教師との交渉・・の末、しっかり許可を得て、使わせてもらっているのだ。

「そうね。用件はさっさと済ませた方が良さそうね。早く終わらせて『黒姫様』の登校姿を見たいし」

 副会長の堂々とした物言いに、周囲が沸く。

「確かに、この機会を逃す手はないな!」

「『黒姫様』に気づかれないようねしないとね」

 これが――『黒姫様を愛でる会』だった。

 ――やれやれ……

 里美はそれに同調はしない。

 そんなことをする必要が無いからだ。

 クラスメイト(・・・・・・)という大きなアドバンテージを持っているが故の、高みの見物だった。


「では。緊急会議を始めさせてもらう」

「議題はもちろん『姫』のことよね?」

 副会長の言葉に、会長が頷く。

「ああ。昨日の放課後、驚くべき目撃証言があったのだ」

「驚く――てなによ?」

「昨日の放課後、会員の一人が『黒姫様』を見かけ、気づかれないように観ていたのだそうだ」

「それが? よくあること(・・・・・・)よね」

「………………」

 副会長の言葉に、会長は無言だった。

「どうしたのよ。早く教えなさいよ」

 さらなる問いかけに、会長は絞り出すように言葉を紡いだ。

放課後デート(・・・・・・)、だ」

「え?」

「…………『黒姫様』が、放課後デートをしていたのだよ」

 爆弾発言だった。

 同時に会議の場が沸騰する。

「まさか! そんなことがあっていいはずがない」

「誰だ? 裏切り者は!」

 会長は首を振る。

「裏切り者はいない。――目撃者の会員に訊いたが、その顔に見覚えはなく会員ではないとのことだ」

「それは本当のこと? ――あなたが誰かを庇っているのではなくて? 会長は『穏健派』ですものね」

「副会長。逸るのはわかるが、少し落ち着いてくれ。――会員がそんなリスクが高いことをするか? 『過激派』の君が黙っていないというのに」

 会長の発言に場が静まる。

 ――確かにそうよね……

 里美は胸中で納得をした。

 そんな会員がいたら『過激派』トップの副会長がただじゃ済まさないだろう。

「話を戻そう。――昨日の放課後、『黒姫様』を三カ所で目撃されている」

 会長は一本、指を立てた。

「喫茶店『ソレイユ』で一緒にお茶をしていたらしい。報告によるともう一人女子がいたという話もあるがその辺りは曖昧だ。店の外から窓越しに見ていたため、よく見えなかったとのことだ。」

 そして、二本目を立てる。

「次は驚いたことに、吉田屋で牛丼を二人で食べていたらしい。しかも、カウンターで、二人並んで、だ」

 最後に、三本目を立てた。

「最後はゲームセンターだ。奥のレトロゲームコーナーだったの遠巻きに見るしかなかったが二人で並んでゲームをしていたとのことだ。――以上が目撃報告だ」


 その報告に会員達のざわめきが止まらない。

「喫茶店とか、そんな羨ましすぎるだろ」

「牛丼ってどういうこと? 『黒姫様』がそんなの食べるなんて。男の方が無理矢理連れて行ったに違いないわ」

「二人並んでゲームするなんて……俺もやりた――いえ、なんでもありません」


「それで、その相手は、誰?」

 副会長の問いに、会長は首を振る。

「制服から南城高校の男子生徒ということはわかっているが、それだけだ。目撃者はその人物に見覚えはなかったらしい」

「写真とか撮ってないの?」

「『愛でる会』は勝手に写真を撮るなど、マナー違反だ。道理に反することは禁止だろう?」

 そう、『愛でる会』は、公序良俗に反する行為は禁止されていた。

 こっそり覗き見をしたりすることが公序良俗に反しないのか――などというツッコミをする者は里美を含めて、この場には、いない。

「……そうね。失言だったわ。それじゃ相手はわからないままだっての?」

「ああ。――この場を作ったのはそれが理由だよ。副会長」

 会長は全員に向けて、言った。

「先程の話を踏まえて、『黒姫様』と一緒にいた男子生徒に思い当たる者が、些細なことでも良いのでいたら教えてほしい。会議参加者は、この会議に参加していない者にも伝えてほしい」

「……つまり、人海戦術ってわけ?」

「それしかできないからね」

「で……見つけたら、どうするの?」

「……もちろん、決まっている。――『愛でる会』に入ってもらうさ」

 会長は淡々と言った。

 ――なるほどね……

 事の成り行きを黙って見ていた里美は納得した。

 つまりは、『愛でる会』に入会させることでこれ以上、近づけさせないわけか。

 入会さえさせれば、会則の『近づくべからず。距離を置いて愛でるべし』を用いて、玲香から引き離す算段か。

 会長は自身を『穏健派』と言っているが、なかなかいい性格をしている。

 ――気持ちはわかるけど……

 正直、里美自身も玲香とデートをしたという相手のこと、気にはなるし場合によっては発狂(・・)するかもしれない。

 だが、やるべきではないように、思えた。

 現実にデートをしている玲香とその相手を引き離そうとする、というのは『愛でる会』としてはライン越えではなかろうか。

『黒姫様』が嫌がっている、というのであれば話は別だが、そうではないようだし。

 だが、『愛でる会』の平会員である里美に意見など出来るわけもない。

 ――それにしても、『黒姫様』と放課後デートなんて……誰が? ウチの学校にそんな勇気がある人なんているかな?


『愛でる会』の会員に限らず、南城高校の生徒で、神楽坂玲香を知らない者はいない。

 その人間離れした美貌に触れれば、ほとんどの人は気後れして、とても近寄れるような存在ではない。

 神楽坂玲香に対して、気安く声をかけられる者などいない、と言っていい。

 例外としてあの学校一のモテ男として有名な小林先輩(・・・・)が声をかけたことがあるが、あっさり断られ、撃沈していた。

 小林先輩は一度断られた相手には二度と声をかけるようなことをしないので、それから接触はないはずだ。

 小林先輩ですら、断られる――という事実も、気後れする一つの要因だった。

 そうして、神楽坂玲香は『愛でる会』の対象であり続けたのだ。


 と――

「高橋里美君」

「へ?」

 突然、会長から名前を呼ばれて、素っ頓狂な声を出してしまう。

「君は、『黒姫様』と同じクラスだったね。――ここ最近、なにか変わったことはなかったかい?」

「え? え? あの、その……」

「落ち着きたまえ。些細なことでもいいから、なにかなかったか?」

 里美は慌ててしまい、つい、言ってしまった。

「一昨日、同じクラスに『黒姫様』と同じ弁当箱で中身も一緒だった人はいましたけど……」

「ほう」

 会長の声色が変わった。

「それは、由々しき問題ね……」

『過激派』たる副会長の反応はさらに大きかった。

「高橋君。その生徒はなんて名前なんだい?」

「え? どうしてそんなことを訊くんですか?」

「念のためだよ。『過激派』のこともあり、この学校でそんなことをする人はほとんどいないからね。――まあ、ただ真似をしている、というのであればまだいいけど……もしかしたら――」

 会長はそこで言葉を切った。

 教室内が静まりかえる。

 皆、最悪(・・)の事態を想像していた。

 二人が同じ弁当箱――同じおかずのもう一つの可能性、をだ。

 その生徒が『黒姫様』の作った弁当箱を受け取っている――という可能性だ。

 この場にいる『愛でる会』全員、そんなことがあったら耐えられないので、誰もはっきりと言葉にする者はいなかった。

 里美は躊躇する。

 ここで真田健一の名前を出していいものか、と思ったからだ。

 里美としては、健一と玲香がそんな関係であるなんて、つゆほど思っていない。

 言っては悪いがクラスでも存在感があまりない、あの(・・)健一が『黒姫様』と接触しているなんて考えも付かなかった。

「心配ない。念のためですよ。念のため」

 会長の言葉に、「まあ、たしかにそうよね」と納得した。

「…………わかりました。その人の名前は真田健一君です」

 それを聞いて、会長はスマートフォンを取り出し、なにかを確認している。

 数分の後、スマートフォンを机に置き、会長は顔を上げた。

「高橋君。その真田君を放課後、ここに連れてきてくれないか? ――また緊急会議を開かせてもらうので」

「え? それはどういう……」

「目撃者に確認してもらった。――真田健一君。彼が『黒姫様』の放課後デートの相手である可能性が、きわめて高そうだ」


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