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第二九話 二人きりの生活 四日目①

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。

 今日も早めに起きて、リビングにいる玲香に挨拶をする。

「おはよう、玲香さん」

 健一が朝の挨拶をすると、ピンクのエプロン姿かつポニーテールの玲香はいつもの無表情で答えた。

「おはよう、お義兄にいちゃん」

 挨拶を聞いてからの数秒は、違和感に気づけなかった。

「――――ん?」

 健一はぎょっとした表情で玲香の方を見た。

「どうしたの?」

 玲香は、こちらが驚いているのを不思議に思っているような表情をしていた。

「どうしたっていうかなんというか……朝っぱらからそういう冗談はびっくりするからやめてって」

 昨日のゲーセンで一緒にゲームをやっていた時も言われたが、突然の『お義兄ちゃん』呼びはこちらの心臓に良くない。

「…………ダメ、かしら?」

「…………え?」

 玲香はまた『冗談よ』と言うのかと思ったが、そうではなかった。

 固まっている健一をよそに、玲香は話し始めた。

「だって、あなたは義兄あにで私は義妹いもうとなのだから、別に変ではないでしょう?」

 さも当然かのように言う、玲香。

「………………」

 健一は答える言葉を持たず、黙るしかなかった。

 ――玲香さんはなにを考えているのだろう?

 玲香の表情を見るに、冗談を言っているようには見えなかった。

 どう反応するべきかわからず、固まってしまう。

 それでも、なにか答える必要があるので、言葉を絞り出す。

「それはそうなんだけど……………なんでまた?」

「家族として一緒に暮らし始めて、もう(・・)三日を過ぎたのだから、頃合いだと思ったのだけれど」

「いや、まだ(・・)三日でしょ」

 それを聞いて健一は反射的にツッコむ。

「私としては機は熟したと思っているのだけれど……健一さんは違うの?」

「まだ早計じゃないかなぁ……」

「健一さんは、私に『お義兄にいちゃん』って呼ばれるのは嫌?」

 わずかに首を傾げ、玲香は言った。

 その仕草にドキリとしてしまうが、顔には出さない。

「……嫌かと言われると……嫌、ではないけど」

「ないけど?」

「……心の準備はできていない、かな」

 健一の素直な気持ちを吐露した。

 確かに、この三日間で玲香と、義理の兄妹(・・・・・)として、仲良くはなったとは、思う。

 気まずくて仕方が無かった初日に比べれば雲泥の差だ。

 だが、素直に義兄呼びを受け入れられるほどか――と言われると簡単ではない。

 クラスどころか、学校の有名人の『黒姫様』である神楽坂玲香に『お義兄にいちゃん』と呼ばれて平静でいられる人間はそもそもいるのだろうか。

 健一と玲香は同級生な訳で、誕生日が一日違いと言うだけで義兄となっているだけに過ぎない。兄とか妹とか意識すること自体、する必要が無いはずだ。

 だが――

 立場が人を作る、とでも言うのか健一自身も義兄としての自覚が芽生えつつあるというのは、否定できない事実であった。

 とはいえ。

 ――まだ早いよね……

 健一の偽らざる思いだった。

「……仕方ないわね……」

 玲香は、やれやれと肩をすくめた。

 そんな玲香の言葉を聞き、健一はほっとした。

 だが――

義兄にいさんならありかしら?」

「…………なしでしょ……」

 大きく嘆息する健一であった。


       *


 ――さすがに強引だったかも……

 玲香は朝食の準備を続けながら独りごちる。

 朝の気持ちの良い目覚めの後、ふと思ったのだ。

 そろそろ健一の呼び方を変えてみても良いのでは、と。

 表向きは平然としていたが、内心はドキドキものだった。

 勢いに任せて言ったものの、玲香自身も『心の準備』など出来ていなかったので、健一の了承を得られなかったことはある意味ほっとしていた。

 でも――

 いずれは呼べるようになれれば――と思った。


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