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第二二話 二人きりの生活 三日目⑥

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。コーヒーはミルクと砂糖が必須。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一とは本当の兄妹のようになれたらいいと思っている。健一と高橋里美の関係が気になっていたが……

 御巫みかなぎ詩穂美しほみ:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒。コーヒーはブラック派。

 ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーを一口飲んで、健一は言った。

「それにしても、御巫さん、校門で見た時と随分印象が違いますね。あの時は、光華学園の生徒らしく、お嬢様だなーと思っていましたが」

 特に話題もなかったんで、気になったことを訊いてみた。

 少しはなにかしらのことで反撃したい、という気持ちもなくはなかった。

 だが、詩穂美はあっさりと肯定した。

「それはそう。別にわたしはお嬢様でもなんでもないんで」

「そうなんですか?」

 拍子抜けだった。

「ええ。わたしは光華学園に行きたかったわけではなくて。――親に泣き落としされたんで仕方なくって感じで」

 詩穂美はやれやれと言った感じで嘆息した。

 だが、詩穂美はこうも言った。

「まあ、光華学園には光華学園なりの面白さはあるんでそれなりに楽しんでますよ」

 それは嫌々通っているわけではない、ということを言いたいのだろう。

「そういうものですか」

「ええ。――ただ、本当に残念なのは道場・・へ行けないことですね」

「道場?」

「少々、武術・・の方を嗜んでおりまして。――隣に住む幼なじみの家が武術の道場をやっていて、小さい頃から通ってたんですよ」

「え? 武術……ですか?」

 意外な事実だった。

 見た目からは格闘技とかそういうイメージは皆無なのに。

「そうなんです。無双むそう流柔術と言って、幼なじみのお爺ちゃんが作った流派で。もっとも、一般に門戸を開いているような道場ではなく、門下生と言えるのは、わたしと幼なじみだけなんですが。――それで、五歳ぐらいの時かな、幼なじみと一緒に入門して。それからずっと通い続けていましたね」

 詩穂美はその頃に思いを馳せているようだった。

「過去形ってことは……」

「ええ。高校に進学してからは通えていません」

 詩穂美は嘆息しながら、肩をすくめる。

「両親――特に母の方があまりそういうの(・・・・・)を好んでいなくて。道場に通えないように、全寮制の光華学園へ行かせたかったんですよ」

 詩穂美の話によると、光華学園から道場までは頑張れば行けなくもない距離だが、光華学園はお嬢様学校らしく外出には届け出が必要で、外へ出るのも一苦労で通うのは現実的ではなかった。

「もちろん、自分の進学のことだし拒否はできたけど、母さんに『高校だけはお願い。言うことを聞いて』ってガチ泣きして頼まれたら……ねぇ」

 詩穂美は苦笑している。

「正直、それでも断ろうかと思ったけど、お嬢様学校にも少し興味があったし、光華学園に行くことにしたわけです。――代わりに高校卒業したら好きにさせてもらうという条件で」

「なるほど……」

 御巫詩穂美は、あの(・・)玲香と親友をやっているだけあって、一筋縄ではいかない人なのはわかった。

 ――それにしても、格闘技をやっていたのか……無双流とかやたら物騒な名前だけど……どんなもんだろう。

 校門前で、小林先輩にナンパされた際、まったく相手にしていなかったが、本人に格闘技の心得があるのなら納得である。

「だから、校門前でナンパされてた時、平然としていたんですね。――もしかして、小林先輩が強引な手を使ってきたら、返り討ちにしてました?」

 健一の質問に、詩穂美は首を振る。

「……いえいえ、無双流を外で使うことは禁止されていますから。でもまあ……」

 と、詩穂美は一度言葉を止める。

 そして、不敵な笑みを見せた。

正当防衛(・・・・)って言葉、ありますよね」

「……………………」

 笑みを見せているが、眼がまったく笑っていない。

 背筋が凍るというのはまさにこのことか。

 そんな健一を見て、詩穂美は笑った。

「冗談ですよ。本気にしちゃいました?」

「……とても冗談とは思えないのですが……」

 たぶん、あのはやるときは絶対にやる。

 そんな眼だった。

 ――この人……恐くない?

 どこまでが本気でどこまでが冗談なのか判断できない。

 玲香の親友で、光華学園にお嬢様のようで、実はそうでもなく、さらに武術の心得もあると来た。

 情報量が多すぎて、整理しきれない。

 そんなことを思っていると、さらに詩穂美は付け加えた。

「あと、中学の頃に、玲香には護身がてらに無双流を少し教えているんで、気をつけて下さいね。――あの子、結構筋いいですよ」

「……別に僕が気をつける必要ないですよね?」

 この人は、健一が玲香に手を出すなどと思っているのだろうか。

 心外だ。

「でも、一つ屋根の下で二人きりで暮らしていたら、玲香のこと女の子として気になったりするでしょ? ――つい手を出してしまいそうになったりしません?」

 なにを言っているんだこの人は。

 今後は、詩穂美についてはお嬢様などと思わないようにしよう。

 健一は力強く言った。

「しませんしません。天地がひっくり返ってもそんな事あり得ません」

 自分が玲香のことを女の子として気にするなんて――そんな身の程知らずのことは考えたこともない。

 無論、玲香に魅力を感じていない――という訳ではない。

 意識していないと言ったら嘘になる。

 だが、学校でファンクラブができるような美少女の玲香と、何の取り柄もない自分が釣り合うはずが無い。

 そんな、身の程知らずではない。

 同居し始めて、少しずつ仲が良くなってきているのは確かではあるが――それはあくまで、家族・・としてだ。

 そもそも今は二人は義理の兄妹なのだから、そんなことあり得るはずが無いし――あってはいけないのだ。

 そう、あってはいけない――

 と――

 斜め後ろから視線を感じる。

 ――ん?

「あー、ようやく来た。遅いよ。なにしてたのよ」

 詩穂美が、そちらに向かって手を振っている。

「……まったく……昨日、電話の切り際で変なことを言っていると思ったら、やってくれたわね」

 聞き覚えのある声。

 恐る恐る振り向くと――予想通り、玲香がいた。

「どうも、健一さん」

「ど、どうも、玲香さん……」

 何故だろう、何も悪いことをしていないのに後ろめたい気分になっていた。

「健一さん、もう少し奥の席に行って」

「う、うん」

 健一は、ソファ型の椅子のちょうど真ん中に座っていたので、奥にずれる。

 そして玲香は健一の隣に座った。

 ――な、なんで僕の隣の席に座るの……

 この状況なら玲香は、親友である詩穂美の隣の席に座ると思っていた。

 しかも――

 玲香の顔を横目に見る。

 いつもの無表情な玲香だが――なにかが違った。

 ――なんだか……機嫌が悪い……?

 数日ではあるが、一つ屋根の下で一緒に過ごしたからわかることだった。

「なにかしら、健一さん」

 横目に見ているのがバレたのか、玲香は背筋が凍るような視線を向けてきた。

 声色にも明らかな、を感じる。

「いや、なんでもないです……」

 やはり、機嫌が悪いように思えた。

 ――な、なんで……

 胸中で誰かに救いを求めるがもちろん、答えてくれる者はいない。

 そんな、不可解な思いを抱える健一を見て、詩穂美がとても楽しそうな笑みを浮かべていた。



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