表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/66

第二一話 二人きりの生活 三日目⑤

登場人物紹介

 真田さなだ健一けんいち:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。

 神楽坂かぐらざか玲香れいか:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一とは本当の兄妹のようになれたらいいと思っている。健一と高橋里美の関係が気になっている。

 御巫みかなぎ詩穂美しほみ:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒だった。

 繁華街にある喫茶店『ソレイユ』。

 その窓際の席に健一は座っていた。

 その席は四人は座れる席で、二人がけのソファ型の椅子だった。

 店内はそれほど広くはない。

 落ち着いた雰囲気の店で、マスターが一人で切り盛りするような個人経営の喫茶店だった。

 コーヒー一杯の値段は結構高く、雰囲気的にも学生が気楽に入れるような店ではなかった。

 この店を選んだのは、健一と向かい合わせに座っている少女だ。

 御巫みかなぎ詩穂美しほみである。

 自ら玲香の親友を名乗る彼女は、この喫茶店に着くまでの道すがら、玲香との関係について簡単に説明してくれていた。

 詩穂美の話によると、玲香と詩穂美は中学が一緒で、二年の時から同じクラスだったのだという。

 そこで色々(・・)あって、仲良くなり、親友と呼べる間柄になったのだそうだ。

 喫茶店に行き慣れていない健一と違い、詩穂美は堂々とした雰囲気でブラックコーヒーを美味しそうに飲んでいた。さすがと言うべきか、彼女はこういう場所に慣れているようだ。

 喫茶店になんて滅多に行くことがない健一は、どうにも落ち着かない気分でいるというのに。

 手持ち無沙汰だったので、健一もコーヒーを一口飲む。

 ――にが……

 思わず顔をしかめる。

 格好つけてブラックにしてみたが、よくよく考えたらブラックコーヒーは好きではなくほとんど飲んだことなかった。素直にミルクと砂糖を入れておけば良かった。

 詩穂美は、そんな健一を見て笑いをこらえていた。

 ――恥ずかしい……

 赤面した健一は、これ以上ここに長居したくなかったので、用件を済ませることにした。

「それで、結局僕になんの用があったんですか?」

 訊かれた詩穂美は顎に手を当て、考え込む仕草を見せた。

「用……ですか? ――うーん、特に深い理由はないんです。ただ、一度お義兄さんに会ってみたかったんですよね」

「会ってみたかった?」

「はい。玲香の方からお義兄さんのことは話に聞いていたんで。なんだか気になってきまして。――あ、お義兄さんって言うと玲香に怒られるんでした。いけないいけない。これからは真田君って呼んで良いですか? なんか「さん」付けだと他人行儀な気もするし。本当は名前呼びしたいんですがこれも禁止されているんで……まったく、困りますよね」

 詩穂美はまったく困ってなさそうな表情で言った。

 なんだか言い方がとてもわざとらしい。

 それに――

 ――名前呼び()禁止されている? どういうことだろう。

 普通に考えると義兄呼びと同じで玲香が禁止しているのだろうが、そんなことあるだろうか。

 義兄呼びはともかく名前呼びまであえて(・・・)禁止するとは思えない。

 理由がよくわからない。

 あのわざとらしい言い方を考えても、彼女の冗談かなにかだろうな、と思った。

 深く考えるのはよそう。

「別にいいですけど……」

 それにしても、校門前で最初に見た印象とは随分違う。

「それで、その御巫さんは……」

「詩穂美で良いですよ」

「遠慮します」

 健一は即答した。

 それはもう、間髪を入れずに。

「え、なんでですか?」

 詩穂美は首を傾げる。

「普通、初対面の女性をいきなり名前呼びはできないですって」

 健一からすれば当然のことだった。玲香の名前を呼ぶのだってとても大変だったのだから。

「まあまあ、そう堅いことは言わずに。わたしの方からお願いしているのだからいいじゃないですか」

「……御巫さんだって、僕のことを名字で呼んでいるじゃないですか。それなのに僕の方が名前で呼ぶのおかしくないですか?」

「……もしかして、名前で呼ばれたかったですか? ――それならそうと言って下さいよ。本人が許可するのであれば禁止されてても問題ないでしょうし。――『健一さん』とか『健ちゃん』って呼べば良いですか?」

「そういうことではなくてですね……」

「わかってますよ。呼びたいように呼んで下さい。真田君(・・・)

「……わかりました……御巫さん……」

「はい。よろしくお願いしますね」

 詩穂美は満面の笑みを浮かべていた。だが、その笑みから邪気というか悪戯っぽさが拭えないのは、少し疑り深すぎるだろうか。

 ――それにしても……話が進まないな……

 どうにもペースを相手に握られている気がする。

 ――少し落ち着こう……

 健一は大きく息を吐くと、特に意識することなくコーヒーをまた一口飲む。

 飲んでしまった。

 不意の苦みで顔をしかめる。

 笑みをかみ殺しながら詩穂美が言った。

「……真田君。ミルクと砂糖、そこにありますよ」

「……それはどうも……」

 またもや赤面せざるを得ない健一だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ