第二一話 二人きりの生活 三日目⑤
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一とは本当の兄妹のようになれたらいいと思っている。健一と高橋里美の関係が気になっている。
御巫詩穂美:玲香の数少ない友人。お嬢様学校として名高い光華学園の生徒だった。
繁華街にある喫茶店『ソレイユ』。
その窓際の席に健一は座っていた。
その席は四人は座れる席で、二人がけのソファ型の椅子だった。
店内はそれほど広くはない。
落ち着いた雰囲気の店で、マスターが一人で切り盛りするような個人経営の喫茶店だった。
コーヒー一杯の値段は結構高く、雰囲気的にも学生が気楽に入れるような店ではなかった。
この店を選んだのは、健一と向かい合わせに座っている少女だ。
御巫詩穂美である。
自ら玲香の親友を名乗る彼女は、この喫茶店に着くまでの道すがら、玲香との関係について簡単に説明してくれていた。
詩穂美の話によると、玲香と詩穂美は中学が一緒で、二年の時から同じクラスだったのだという。
そこで色々あって、仲良くなり、親友と呼べる間柄になったのだそうだ。
喫茶店に行き慣れていない健一と違い、詩穂美は堂々とした雰囲気でブラックコーヒーを美味しそうに飲んでいた。さすがと言うべきか、彼女はこういう場所に慣れているようだ。
喫茶店になんて滅多に行くことがない健一は、どうにも落ち着かない気分でいるというのに。
手持ち無沙汰だったので、健一もコーヒーを一口飲む。
――にが……
思わず顔をしかめる。
格好つけてブラックにしてみたが、よくよく考えたらブラックコーヒーは好きではなくほとんど飲んだことなかった。素直にミルクと砂糖を入れておけば良かった。
詩穂美は、そんな健一を見て笑いをこらえていた。
――恥ずかしい……
赤面した健一は、これ以上ここに長居したくなかったので、用件を済ませることにした。
「それで、結局僕になんの用があったんですか?」
訊かれた詩穂美は顎に手を当て、考え込む仕草を見せた。
「用……ですか? ――うーん、特に深い理由はないんです。ただ、一度お義兄さんに会ってみたかったんですよね」
「会ってみたかった?」
「はい。玲香の方からお義兄さんのことは話に聞いていたんで。なんだか気になってきまして。――あ、お義兄さんって言うと玲香に怒られるんでした。いけないいけない。これからは真田君って呼んで良いですか? なんか「さん」付けだと他人行儀な気もするし。本当は名前呼びしたいんですがこれも禁止されているんで……まったく、困りますよね」
詩穂美はまったく困ってなさそうな表情で言った。
なんだか言い方がとてもわざとらしい。
それに――
――名前呼びも禁止されている? どういうことだろう。
普通に考えると義兄呼びと同じで玲香が禁止しているのだろうが、そんなことあるだろうか。
義兄呼びはともかく名前呼びまであえて禁止するとは思えない。
理由がよくわからない。
あのわざとらしい言い方を考えても、彼女の冗談かなにかだろうな、と思った。
深く考えるのはよそう。
「別にいいですけど……」
それにしても、校門前で最初に見た印象とは随分違う。
「それで、その御巫さんは……」
「詩穂美で良いですよ」
「遠慮します」
健一は即答した。
それはもう、間髪を入れずに。
「え、なんでですか?」
詩穂美は首を傾げる。
「普通、初対面の女性をいきなり名前呼びはできないですって」
健一からすれば当然のことだった。玲香の名前を呼ぶのだってとても大変だったのだから。
「まあまあ、そう堅いことは言わずに。わたしの方からお願いしているのだからいいじゃないですか」
「……御巫さんだって、僕のことを名字で呼んでいるじゃないですか。それなのに僕の方が名前で呼ぶのおかしくないですか?」
「……もしかして、名前で呼ばれたかったですか? ――それならそうと言って下さいよ。本人が許可するのであれば禁止されてても問題ないでしょうし。――『健一さん』とか『健ちゃん』って呼べば良いですか?」
「そういうことではなくてですね……」
「わかってますよ。呼びたいように呼んで下さい。真田君」
「……わかりました……御巫さん……」
「はい。よろしくお願いしますね」
詩穂美は満面の笑みを浮かべていた。だが、その笑みから邪気というか悪戯っぽさが拭えないのは、少し疑り深すぎるだろうか。
――それにしても……話が進まないな……
どうにもペースを相手に握られている気がする。
――少し落ち着こう……
健一は大きく息を吐くと、特に意識することなくコーヒーをまた一口飲む。
飲んでしまった。
不意の苦みで顔をしかめる。
笑みをかみ殺しながら詩穂美が言った。
「……真田君。ミルクと砂糖、そこにありますよ」
「……それはどうも……」
またもや赤面せざるを得ない健一だった。




