第一九話 二人きりの生活 三日目③
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。気を遣って早く登校していることが逆効果なことに微塵も気づいていない。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一とは本当の兄妹のようになれたらいいと思っている。気が利かない義兄に不満。
御巫詩穂美:玲香の数少ない友人。健一に興味津々。
片山嵩広:クラスメイト。健一の数少ない友人。
高橋里美:クラスメイト。『黒姫様を愛でる会』の会員。自分は過激派ではないと思っている。
昼休みとなり、教室内は喧噪に包まれる。
さて、昼食の時間だ。
冷凍食品がおかずではあるが、自分で作った弁当を食べるというのは、ひと味違う気分だった。
弁当の中身をすべて知っているからこその楽しみというか。
他人が作った弁当のようなサプライズはないが、自分で作ったが故に期待通りの安心感がある。
「お、真田は弁当なのか」
片山嵩広が声をかけてきた。
「う、うん。そうなんだ。片山君は、学食には行かないの?」
「ああ。今日は出遅れたからな。今更言っても並ぶだけだからゆっくり行くことにしたんだよ」
片山は普段は昼休みになるなり急いで学食に向かうタイプだが、今日は授業がやや長引いていたためタイミングを逃したとのことだった。
素朴な疑問を片山は投げかけてくる。
「真田って元々学食派だったよな。――どうして弁当に?」
弁当に変わったのは二日前からだが、それまでは昼休み直後に学食へ直行していたので気づかなかった故だろう。
「深い意味は無いよ。――ちょっと弁当作りに興味を持ってさ」
これは嘘ではない。
玲香の話を聞いて、冷凍食品主体の弁当作りに興味を持ったことは本当だからだ。
もっとも、きっかけとなる玲香の存在については、絶対に説明できないのだが。
「じゃあ、その弁当、真田が作ったのかよ。すげえな」
片山は感心していた。
だが、本当に大したことをしていないので、その賞賛にむず痒くなる。
「そんなことないよ。おかずは全部冷凍食品だから」
と、健一は弁当箱の蓋を開けて見せた。
片山はおかずが入った弁当箱をのぞき込む。
「へぇ、これが全部冷凍食品なんだ。――普通にうまそうだな」
「だよね。僕も最近まで知らなかったんだけど、これなら料理下手の僕でもできそうだな、と思って」
「ふーん。最近知ったんか? なにがきっかけ?」
片山のその言葉は、おそらく深い意味のない発言だと思うが、健一の急所を突いてきた。
きっかけこそ説明できるわけがなかった。
「…………特別理由はないけど、なんとなくかな」
いかにも誤魔化しているような物言いになってしまったが、片山はそれ以上追求してこなかった。
「ふーん、まあいいか。これ以上、真田の食事の邪魔をしたら悪いし、そろそろ行くわ」
そう言うと片山は、教室を出て行った。
――よかったぁ。追求されなくて。やっぱり片山君にできれば嘘はつきたくないし。
ほっとした健一は、自作の弁当を食べ始めることにした。
と、その時、健一に対して妙な視線を感じた。
ちらりとその方向を見ると、高橋里美がなにかを見極めるようにこちらを凝視していた。
――まだ疑っているのか……
まあ、もう玲香に繋がる要素は存在しないため、問題ないだろう。
視線は気になってしょうがないが、気にしないようにしよう。
気にせず、弁当を食べ始めるとやがて視線は感じなくなった。
その後は、落ち着いて昼食を取ることが出来た。
と、思っていたのだが。
「あのー、何故今日も呼び出されているんですかね」
うんざりした気分で健一は目の前の人物に問いかける。
「まあまあ、いいじゃない」
悪びれる様子もなく、高橋里美が言う。
昼食を終え、一息ついている所で里美に声をかけられたのだ。
食事を終えているため、食事中、という断る理由も使えず渋々ついて行く羽目になったのだ。
再び、屋上近くの階段の踊り場。
健一は大きく嘆息して、
「もう僕のことを疑っていないと思ってたんだけど、どういうこと?」
「大丈夫よ。別にまだ真田君のことを疑っているってわけじゃないから」
「じゃあ、なんでお昼はこっちを睨んでるし、こうしてここに呼び出したりするわけ?」
「……それは……」
「それは?」
「なんとなく、かな」
「はぁ?」
「ちょっと、神楽坂さん――『黒姫様』のことで気になることがあったんで、ちょっと話したくなったというか」
「なんでそれで僕が呼び出されたのかが解せないんだけど。普通に友達と話したらいいじゃない」
「……察してよ。『黒姫様』の話題は難しいのよね」
「そうなの?」
「そうよ。同じファン同士だからこそ、あまり突っ込んだ話題を出せないというか」
「……で、僕にはそれが言えると?」
「そうそう。この前話した時、『黒姫様を愛でる会』のことも知らなかったくらいだから、無害だと思って」
「無害って……」
なんというかあまりに自分本位な里美に呆れるが、これに対して文句を言っていると余計に時間を消費してしまい、昼休みが終わってしまう。さっさと片付けるとしよう。
「で、なにを話したいの?」
「『黒姫様』の今日のお弁当見た?」
「……見てないけど。だって、僕の席からは普通見れないよ」
「そう。実はねえ……今日の『黒姫様』ってお肉ばっかりだったのよね」
「は?」
「確か唐揚げにハンバーグ、あとは揚げ物があって……たぶんトンカツかしらね。――気にならない? あの『黒姫様』がそんなバランスの悪いおかずにしているなんて……ミステリーね」
口元に手を当て鋭い視線を向ける、里美。
――そのドヤ顔はなんなの……
どうやら健一と玲香の関係を疑われることはなさそうなので安心しているが、本当にしょうもない話で真面目に話を聞く気が失せてきた。
「別にそういう日もあるでしょ。――面倒くさいから適当におかずをチョイスしたんじゃないの?」
「そんなこと『黒姫様』にあるわけないじゃないの!」
「さいですか……」
そこまで聞いてわかった。別に彼女は健一から回答を求めていないのだと。
話を聞いてくれる相手さえいれば良かったのだ。
なので、以降は本当に聞き流すことにした。
だが――
「ちょっと、真田君。ちゃんと聞いてる?」
「き、聞いてるって……」
生返事をしているとすぐにバレてしまう。
――この鋭さはなんなの……
結局、特に意味があるわけでもない話を昼休みが終わるまで聞かされるのだった。
*
玲香は弁当を食べ終え一息ついた。
健一が作ってくれた弁当は、肉メインでとても満足度が高かった。
もともと玲香の弁当は肉少な目な献立だったが、健一用の弁当のおかずは何故か肉ばかりだったので、ずるいと思い、全部交換したのだ。
正直、悪ノリが過ぎたかな、と思わなくはないが、義妹の可愛いワガママということで勘弁してもらおう。
それにしてもハンバーグにトンカツに唐揚げとあまりに肉、という感じの献立だが、これはこれで存外悪くない。
これまで長年弁当を作っては来たが、ここまで偏った献立は理性が邪魔をしてやったことはなかった。
毎日こうではさすがに良くはないだろうが、たまには有りと思えた。
閑話休題。
玲香が弁当を食べている間、気になることがあった。
――健一さん、また高橋さんと二人で教室を出て行ったんだけど……
昨日もそうだったが、この二人にそんな接点はあっただろうか
玲香の知る限りなかったはずだ。
どういうことだろう。
正直、気になる。
そして、気にしてしまっている自分に戸惑ってもいる。
不可解。
――別に気にする理由なんてないのに……
この胸に感じるもやもやしたものはなんなのだろう。
玲香はそんな思いを抱えながら昼休みを過ごすのだった。