第一八話 二人きりの生活 三日目②
登場人物紹介
真田健一:主人公。陰キャ男子。玲香とは義理の兄妹。未だ食器も洗わせてもらえない。弁当のおかずを全てとられてしまう。
神楽坂玲香:誕生日一日違いの義妹。実際は真田玲香。黒姫様と密かに呼ばれている。健一とは本当の兄妹のようになれたらいいと思っている。義兄相手なら頼れるようになってきた。弁当に彩りなど不要と考えている。
御巫詩穂美:玲香の数少ない友人。健一に興味津々。
朝食を終え、登校の準備を整えると、玄関に向かった。
始業の時間を考えればかなり余裕のある時間だが、これ以上家にいると玲香と登校タイミングが合ってしまうので、今日も玲香より早めに家を出ることにしていた。
「行ってきます」
まだリビングにいるであろう玲香に声をかける。
ただ、その声量は玲香に気づいてもらえなくても良いぐらいにしていた。
無理に反応してもらわなくてもいいぐらいのつもりだったからだ。
だが――
「健一さん?」
玲香はリビングから出てきた。
――あの声で聞こえたんだ……玲香さんは耳が良いのかな……
朝の作業をこなしながら、健一の声に気づけるというのはよほど耳が良いのだろうか。
玲香はいつもの無表情で言った。
「……もう学校へ行くのね」
「うん」
「……そう……」
玲香はなにか言いたげな表情で言った。
だがなにを言いたいのかはわからない。
「どうしたの?」
「……その、私も、もうすぐ登校の準備が終わるのよ」
玲香はそれだけをぽつりと言った。
じっとこちらを見ている玲香。
なにかに気づいて欲しいのだろうか。
とりあえずわかることは――
「そうなんだ。だったら、僕がすぐに家を出なきゃだね。――家を出るタイミングが重なると良くないし」
「…………はぁ」
そんな健一の言葉に玲香はどこかがっかりしたような表情を見せた。
――あれ? どういうことだろう。
「……………………そうね」
「どうしたの?」
「別に。――行ってらっしゃい」
玲香は元の無表情に戻っていた。
「う、うん。行ってきます」
健一は不可解な思いを抱えつつ、家を出たのだった。
*
――まあ、それはそうよね……
人気の無くなった玄関に立ち尽くしながら玲香は独りごちた。
健一に対して、朝の準備が終わったことを告げた時、なにを期待していたのか。
まさか彼が『一緒に登校しよう』などと言ってくれると思っていたのか。
玲香にだって、健一と一緒に兄妹仲良く登校したりすれば、少々目立つことは理解している。
玲香も健一と一緒に登校したい、と強く思っているわけではない。
一度、してみてもいいか、と思っている程度の事だ。
だから、健一の方から、どうしても一緒に登校したいと言ってくるのであれば、『行ってあげても良い』と考えていたというのに。
――まったく、気が利かないだから……
理不尽なことを言っていることに気づかない玲香だった。
*
南城高校。
あまり大きな特徴のない県立高校である。
偏差値が特別高いわけでもなく、部活が盛んというわけでもない。
さりとて校内で不良がたむろするほど荒れているわけでもない。
健一が南城高校を選んだのも特に深い意味はなく、学力的にちょうど良いから決めただけだった。
校門を抜け、昇降口までの距離をゆっくりと歩く。
時間に余裕があるからできることだった。
微風が心地よい。
校庭の方を見ると運動部の生徒たちが朝練をしている。
以前のよう始業ギリギリに登校していた頃には見られなかった光景だ。
これからはこれが日常になっていくのだろうか。
昇降口で上履きに履き替え、教室へ向かう。
校舎は三階建てで、二年生は二階だった。
二年C組の教室に入り、窓際の一番後ろにある自席についた。
昨日よりさらに早く到着しているので、教室にいる人はほとんどいない。
五、六人ぐらいだろうか。まあ、部活もないのにわざわざ早く来る人もいないだろうし、当然だろう。
まだ始業までかなり時間があるが、授業の予習する気もないので、スマートフォンを取り出し、ゲームでもしながら時間を潰すことにした。
そんなことをしていると、それなりに時間が経過したのかやがて玲香が教室に入って来た。
一瞬、彼女の視線がわずかにこちらを向く。
周囲に気づかれるようなあからさまなものではなく、本当にわずかな視線の動きだった。
目が合ったのはほんのわずかな時間であった。
それでもわかることがあった。
――な、なんか怒っているように見えたけど……
たぶん、気のせいではない。
数日玲香と一つ屋根の下で暮らしてきたからこそ、わかることだった。
窓際の一番前の席に座る玲香を見ながら、健一はプレイしているゲームを終了させRINEを立ち上げ、メッセージを送った。
『気のせいならいいんだけど、なんか怒ってない?』
既読はすぐについたが、返答はすぐには返ってこなかった。
返事が来たのは五分ほど経過の後だった。
『どうしてそう思うの?』
なんだか聞き方に圧を感じるが、正直思い当たることはないので素直に答える。
『特にないと思うんだけど……』
また既読はすぐついたが、返事は数分の後だった。
『気のせいよ。だって、怒る理由なんてないもの。健一さんも思い当たることがないのでしょう?』
『そ、そう。なら良かったよ』
その玲香の言い回しに不穏なものを覚えながら、健一にはそう答えるしか出来なかった。