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第一話 二人きりの生活 一日目① 

 朝。

 スマートフォンのアラーム音が鳴る前に、真田さなだ健一けんいちは目を覚ました。

 昨日は早めに寝たからかすっきりとした気分だった。

 二度寝する気もないので、すぐに布団を出る。

 立ち上がり、軽く伸びをする。

 カーテンを開け、窓越しに外を見た。

 雲一つ無い青空だ。

 いい朝だった。

 ――とりあえず顔を洗うか……

 自室を出て、階段を降り洗面所へ向かう。

 ――そもそもなんで昨日は早めに寝たんだっけ?

 そんなことを思いながら、リビングを通りかかった際、人の気配を感じた。

 父の武之たけゆきだろうか。

 いつも仕事で忙しい父は、健一が起きる時間には大抵出勤していた。

 今日はいつもより余裕があるのだろうか。

 とりあえず先に挨拶しておくか、と思いに入ると――

「おはよう」

「え、え?」

 そこにいたのは父ではなく、健一が通う南城高校の制服――黒のセーラー服――を着た女生徒だった。

 艶やかな黒髪は腰まで伸び、前髪は綺麗に切りそろえられていた。その肌は非健康的なほどに白く、切れ長の目にその整った顔立ちは和風美女という感じだった。

 女生徒は、席について朝食を食べていた。

 焼き鮭に味噌汁、そしてご飯と定番の朝食メニューという感じだった。この家でこんなまともな朝食は久しく見たことがない。

 そんなことを思ってきたら――

 ――あっ! そうだった。

 健一はようやくとても大事なことをド忘れしていたことに気づいた。

「あ、あ、あの……か、神楽坂かぐらざかさん……」

「もう私は神楽坂ではないわ。わかってるでしょ、義兄にいさん」

「……そ、そうだよね。でもその『義兄さん』呼びはちょっと……」

「冗談よ」

 女生徒は真顔だった。

 本当に冗談なのかがわからない。

 ――ど、どうしよ……

 健一は本当に気まずくて、なにを話せば良いのかわからなかった。


 女生徒の名は、神楽坂玲香(れいか)――だった。

 だが、つい先日、健一の父と玲香の母が再婚した結果、真田玲香となっていた。

 つまり――健一と玲香は義理の兄妹だった。

 思春期真っ盛りの男子としては、同世代の女性が新しい家族になるというのは、それだけで気まずいものだった。

 しかも、もうひとつ大きな問題があった。

 実は玲香は健一と同じ南城高校二年C組のクラスメイトでもあるのだ。

 しかも――全然親しくない。

 同じクラスになってもう一年ちょっと経つが、正直、会話を交わした記憶が無かった。

 そもそもクラスでも目立たない陰キャ男子の健一が、クラスどころか学校でも一二を争う容姿の持ち主の玲香と話す機会があるわけが無い。

 ちなみに同級生なのに『義兄さん』呼びしているのは、誕生日が健一の方が早いからだった。

 ――早いと言っても、たった一日なんだけどね……

 その一日違いの誕生日と言うのも、微妙に運命的なのも嫌だった。


 ふと、ダイニングテーブルを見る。

 ――あれ……これってもしかして……

 ダイニングテーブルには、向かいの席にも朝食が用意されていた。

「あの、これって……」

「健一さんの分よ」

 玲香が普通に自分の名前を呼んだことにドキッとしてしまう。これまで名字ですら呼ばれたことがないのだから、動悸が激しくなるのは仕方が無いことだった。

「……わざわざ僕の分まで作ってくれたの?」

「一人分も二人分もそんなに変わらないから。慣れているし、気にしないで」

 確か、母子家庭だった玲香は母親の代わりに食事を作っていたはずだった。

 コンビニ飯かフードデリバリーサービスばかりだった真田家とは全然違っていた。

「いや、気にするよ。神楽坂さんに食事を作ってもらうなんて……」

「また神楽坂って言ってる」

「いや、でもどう呼べばいいかわからないし」

「玲香でいいわよ」

「む、無理だよ! 女の子を名前呼びなんてハードル高すぎだって」

 なまじ知らない間柄ではないので、よりハードルが高くなってしまうのだ。

「そうかしら? 私は気にならないけど」

「僕が気にするよ」

「…………わかったわ。とりあえずは良しとしましょう。でも、一週間後、両親が帰ってくる頃には呼べるようになって欲しいわ。母さんを不安にさせたくないし」

「…………努力します……って」

 言いながらとんでもない現実に気づいた。

 実は今、この家には健一と玲香の二人しか住んでいなかった。

 両親は引っ越すなり、即、新婚旅行に出かけてしまったためだ。再婚直後に子供二人を残したまま新婚旅行というのはどうかと思うが、スケジュール的にこの時期以外無理ということだった。

 その間、高校生の男女が二人きり。

 しかも、ろくに話したことも無い二人である。

 どうなってしまうのか。

 これからのことを思い、健一は大きくため息をつくのだった。

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