ある牢番の5年の思い出
この牢獄に収容された囚人で印象に残った人物についてですって?
そうですね。この5年間で革命が起きて王侯貴族達が処刑され、その後のクーデターで処刑した側の政治家達が処刑され、今度は王位を巡る争いが起こっていますね。
革命から1年、王と王妃が処刑されました。
2年目、牢獄で8歳の王子が病死しました。
うわ言で死んだ母親を最後に呼んでね。
王子は母の王妃の裁判で不利な証言をした? 確かに。
でもね、牢獄の中を散歩した時に、王妃がいた独房の前にそっと花を置いていましたよ。
3年目、若い政治家が政権交代で投獄、処刑されました。
あれだけ貴族達を処刑台に送ったのに、本人は獄中でずっと震えていました。
奥さんの方が立派でした。夫を救うためにあちこち奔走して、毎日こちらにも来て夫に会わせてと叫んでいましたよ。
彼女はその行動が仇となり処刑されました。ここを出ていく時、もうすぐ夫に会えると目を輝かせていました。
4年目、また君主制に戻りました。
7日間だけ女王になった方を覚えていますか?
前王の従妹で、前王には姉と妹がいたにも関わらず王位につきました。
政略結婚した相手の父親、舅の公爵一派の権力によるものでしたが、あっさり前王の姉の反乱で失脚しました。
彼女は夫の一族と共に処刑されました。まだ16歳だったのに。
一晩だけ夫と一緒にいたいと指輪を私にくれました。政略結婚なのにお互いに一目惚れだったそうです。
願いを叶えました。17歳の夫は独房の石に彼女の名前を刻んで先に処刑されました。まだ残っていますよ。
5年目、今ですね。
なんだか騒がしいですね。残念ながら私の話はここまでです。恐らく私を逮捕しに来たのでしょう。
何をしたかですって?投獄された貴族の青年を逃がしたのです。
ここの監獄長の娘が彼に恋をしたのです。そして私に彼を逃がしてほしいと頼みました。私は彼女との結婚を条件に彼を逃がしました。
でも結婚は無理そうですね。
騒がしい声は近付いてきた。そして3人の男に捉えられた1人の美青年が入ってきた。
牢番は息を呑んだ。
彼は牢番の横を通る時に言った。
「彼女に私のために結婚などさせない」
その後に1人の少女が入ってきて泣き崩れた。
牢番は言った。
この5年、多くの囚人と出会いましたが処刑は見ていません。
けれど彼らが誰をどう愛したか、誰にどう愛されたかは見てきました。
この中に描いた愛は歴史の中に元ネタがあります。
まず18世紀フランス革命から、フランス王妃マリー・アントワネットと息子のルイ17世。革命派のジャーナリスト、カミーユ・デムーランとその妻リュシル。16世紀イングランドの九日間の女王、ジェーン・グレイと夫のギルフォード・ダドリー。
最後の囚人の貴族の青年と監獄長の娘の恋はスタンダールの『パルムの僧院』が入っています。原作よりもジェラール・フィリップ主演の映画の方がイメージです。
ただし牢番とのエピソードは完全オリジナルです。、