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【第4話】

 車の窓を高速で景色が通り過ぎるので、街並みを楽しむ余裕なんてない。



「鬱陶しいヘリコプターですね」


「さすがに動いてる状況で狙えないなぁ」



 ユーシアは窓の向こうをよぎる真っ黒い卵の形をした軍用ヘリコプターを眺めながら言う。


 動いている軍用ヘリコプターを撃墜するのは至難の業だ。せめてちゃんとした足場で狙撃するのが1番である。ただでさえ動いている状況での狙撃は足場が悪いから狙いにくいのに、窓が小さなプロペラの接合部分など簡単に撃ち抜ける訳がない。

 狙撃銃ではなくロケットランチャーやグレネードランチャーなどがあれば話は変わってるが、あれは弾丸が馬鹿みたいに高いので連続で撃ち込むと赤字になる。悪党の財布が潤っていると思わないでほしい。


 リヴは乱暴にハンドルを切り、



「仕方ありません、下道に降ります」


「降りちゃうか」


「車を乗り捨てます。他の車に変えればいい」



 リヴが向かった先は高速道路の出口である。行き先は『清潔繁華街』とあり、綺麗なのか汚いのか分からない名前だ。どうしてそんな名前をつけたのか。

 グンと車の動きに合わせてユーシアの身体が揺さぶられる。ネアとスノウリリィも「きゃー」「ちょ、もう少し安全な運転をしてください!!」と叫ぶ。ネアの方は実に楽しそうにしていたが、彼女にとってはリヴの乱暴な運転もジェットコースターのようにも思えるのだろう。


 坂道を全速力で下るタクシーの車体は、目の前に出てきた料金所に突っ込む。



「ちょ、リヴ君!?」


「しっかり捕まっててくださいね」


「いや待って突っ込まないで怖い怖い怖い!!」



 リヴは容赦なくスピードを上げて、車を止める為に下がってきたバーをぶち破る。破壊されたバーが吹き飛ばされて道に転がり、脇にあった箱のような狭い部屋には制服姿の中年男性がいたが、高速で通り過ぎていくタクシーに目を剥いて驚いていた。

 高速道路というスピードを出して走ることを上等とする場所から降りると、さらに多くの一般車がびゅんびゅんと行き交う道にやってきた。それまでは無機質なビルの群れしか見えなかったが、コンビニやスーパーなどの店舗や通行人の姿まで確認できる。


 信号など無視して、高速道路から降りてきたタクシーは物凄い速度で交差点に入り込む。



「ちょ、どうするのどうするのリヴ君!?」


「どこかの店に飛び込むのが1番ですね。人間も轢き殺せる」



 リヴは後部座席に向けて手を伸ばすと、



「ネアちゃん、リリィと手を繋いでくれますか。それでリリィは僕の手を握ってください」


「うん」


「わ、分かりました」


「あと少しだけ大人しくしていてくださいね。息は出来るようにします」



 そう言って、リヴはネアと手を繋いだスノウリリィと手を繋ぐ。

 次の瞬間、ネアとスノウリリィの姿がまるで幽霊の如く消えた。リヴは右手を引っ込めさせてレインコートの内側をまさぐり、次いで後部座席に詰め込んだネアとスノウリリィのキャリーケースも同じように消す。


 これがリヴの【OD】としての異能力である。その異能力は『親指姫』――触れたものを親指サイズにまで縮める反則級のものだ。自分の身長やあらゆるものを親指サイズに縮め、リヴが手放すまではその大きさを維持できるという凄まじく使い勝手のいい異能力だ。



「リヴ君、俺も同じようにしてくれるの?」


「はい?」


「え?」



 首を傾げたリヴに、ユーシアは「え?」と返す。



「え? 俺は?」


「はい?」


「リヴ君」


「シア先輩は僕と一緒にダッシュしますよ。運動不足なんですからたまには走らなきゃ」


「余計なお世話」



 ユーシアが苦々しげに言うと、リヴは右手でハンドルを握ったまま左手でユーシアの手を掴む。

 目の前に迫るのは交差点の近くにあったコンビニだ。今まさに客が入り込んだところだが、そのコンビニめがけてリヴはさらにアクセルを踏んで加速する。コンビニが目の前まで来て、客が引き攣った表情で逃げ惑うその店にタクシーの車体が弾丸のように突っ込んだ。


 耳をつんざく悲鳴。それまでタクシーの中で衝撃に備えていたはずのユーシアだが、痛みもなければ目の前にお花畑が広がっている訳でもなかった。商品の散らばった棚と、轢かれたのか血溜まりの中に沈む人間。狭いタクシーの中から荒れ果てたコンビニの店内に、ユーシアはリヴと手を繋いだ状態でいつのまにか移動していた。



「いつのまに」


「食料を片っ端から奪いますよ、シア先輩」



 ひっくり返ったコンビニの籠におにぎりや弁当などの商品を投げ入れ、リヴは「ほら早く」と促す。ユーシアも飲み物とお菓子を中心にコンビニの籠の中に商品を投げ入れた。

 遠くの方でバラバラというヘリコプターの音が聞こえてくる。ユーシアとリヴの存在に気づいたようである。面倒な襲撃がある前に、商品を詰め込んだコンビニの籠を片手にユーシアとリヴはバックヤードに飛び込んだ。


 従業員専用の裏手には若い女性の従業員が、目を見開いて佇んでいた。店の騒ぎに合わせてスマートフォンでどこかに電話中だったようである。おそらく警察に通報しているのだろう。



「シア先輩、食料を」


「任せたよ、リヴ君」



 ユーシアはリヴに飲み物とお菓子が詰まった籠を押し付け、代わりに砂色のコートの下から自動拳銃を取り出す。素早く弾丸を装填すると、銃口を女性に突きつける。



「寝てて」


『ぎゃッ』



 短い悲鳴を漏らした女性の従業員は、ユーシアの撃った弾丸を眉間で受け止めて倒れ込む。遅れて「すー、すー」と規則正しい寝息を立て始めた。

 眠る女性従業員を傍目に、ユーシアはリヴが開けた従業員用の裏口から外に出る。店の裏側は狭い路地となっており、外の世界がやたらと騒がしい。ユーシアとリヴがタクシーでコンビニに突っ込んだから、野次馬が集まっているのだろう。


 相棒の背中を追いかけるユーシアは、



「リヴ君、さっきの食料はどこにやったの?」


「レインコートの下にしまいました。それと」



 リヴがレインコートの裾を揺らすと、ゴトンと音を立てて革製の箱が落ちてくる。ユーシアのライフルケースである。



「これを渡しておきます」


「助かるよ」



 ユーシアはライフルケースを背負い直すと、



「それで、どこに行くつもりなの?」


「地図を見る限りですと、この部分は東京都の中でも一部区画みたいですね。おそらく収入が多そうな部分を壁で囲って守っているのでしょう」



 リヴは路地裏から遠くを見やる。


 空を区切るように伸びた分厚い壁。それは世界を区切るかのような背の高い壁である。

 あの壁が世界を区切っていると言うのであれば、その向こう側には別の世界が待っているのか。表を歩けば撃ち殺される恐怖と緊張感と戦わなくて済むような世界が。



「あの壁を目指しましょう。壁の向こうに行けば逃げ場はあるかと」


「なるほどね」



 ユーシアは納得したように頷き、



「じゃあ、向こう側に行く為の車を見つけないと」


「ちょうどいいのがそこにありますよ」



 リヴが指差したのは、真っ白いバンである。車の表面には『きらめきクリーニング』という文字が踊っており、どこかの店の社用車を示していた。

 大きめの車体は身を隠すのに便利だ。他人の目を欺けるかもしれない。


 ユーシアとリヴは互いの顔を見合わせると、



「背後をお願いします、シア先輩」


「任せて」



 リヴが開けっ放しにされている真っ白いバンの内部に潜り込み、運転席に座る。エンジンキーは付けっ放しにされていたので、発進も簡単だ。

 見知らぬ人物が運転席に乗り込んだことで、近くにあったクリーニング屋から男が慌てた様子で飛び出してくる。その男めがけてユーシアは自動拳銃を撃ち、強制的に眠らせる。撃たれた衝撃で仰向けに倒れると、往来で「ぐーぐー」といびきを掻きながら眠り始めた。


 周りが騒ぎ始めた頃を見計らって、ユーシアはリヴがエンジンをつけた白いバンに飛び乗る。助手席に乗り込んだところで、



「リヴ君、頼むよ」


「分かりました」



 リヴはアクセルを踏む。真っ白なバンは勢いよく発進し、遠くに聳える壁を目指すのだった。

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