↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/106

【第5話】

 投げつけたボロボロの水筒が地面に落ちたのが引き金となった。



『おい逃げろ!!』


『校舎に行け!!』



 水筒の中身がひっくり返って砂利を燃やすと同時に、少年少女は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。いつのまにかどんよりと曇り始めた空に甲高い悲鳴が幾重にもなって響き渡り、彼らの姿は校舎内へと消えていく。

 可哀想なことに、ユーシアとリヴが人質に取った少女は見捨てられてしまった。見捨てるまでの判断が早すぎる。最初から捨て駒として扱われていたのだろう、可哀想に。


 ユーシアとリヴは互いに顔を見合わせると、



「いきなり消えたね」


「ですね」



 消えたのであれば追いかけるまでだ。慌てた様子でユーシアとリヴの前から逃げ出す彼らは、おそらく碌な異能力も持っていないだろう。マッチ売りの少女の【OD】のように、戦闘に使える異能力を獲得していればユーシアとリヴに飛びかかっていたはずだ。

 所詮は他人を殺すことに覚悟のない、中途半端な一般人である。異能力を獲得したことだって、平和な日常が退屈に思えたから遊び半分で手を出しただけに過ぎない。残念ながら遊び半分で頭のおかしな連中が蔓延る界隈に飛び込めば、火傷をする以上に危険なことだ。


 ユーシアは少女の髪を引っ張り、



「早く歩きなよ、追いかけないと」


『いやッ、痛ッ離して!!』



 少女は暴れてユーシアの手を振り払う。あれだけ痛めつけた彼女にまだ反抗の意思があるとは驚きだ。

 ユーシアの手から逃れることに成功した少女は、涙に濡れた黒い瞳でユーシアを真っ直ぐに睨みつけている。本気になればいつでも燃やすことが出来るのだと言わんばかりの態度だが、彼女は水筒を媒介にしなければ【OD】の異能力を発動できないタイプと見た。少女は完全に徒手空拳の状態で、異能力もなしにユーシアとリヴへ勝つことなど不可能である。


 砂色のコートの下から自動拳銃を引っ張り出したユーシアは、



「なぁに、あの反抗的な態度。腹立つなぁ」


「まだ暴れる気力があるとは見上げた根性ですね。それならいじめにも立ち向かえたんじゃないですかね」


「あ、もしかして進んでいじめられていたとか?」


「あり得ますねぇ、生粋のドMってか」



 乾いた笑いを漏らすユーシアとリヴは、



「ただの小娘に舐めた態度を取られるのは癪だね。適当に痛めつけておくか」


「そうですね」



 少女の態度が気に食わないことで意見を一致させたユーシアとリヴは、早速行動を開始する。


 ユーシアが自動拳銃を少女に突きつける横で、リヴはレインコートの袖から注射器を滑り落とした。シリンダー内で揺れる透明な液体型の【DOF】を注入すると同時に、真っ黒なてるてる坊主は幽霊の如く姿を消した。

 少女の口から短い悲鳴が漏れたのも束の間のこと、リヴは彼女の背後に出現する。その細い首に腕を巻き付けると、容赦なく絞め上げた。


 苦しそうにジタバタともがく少女は、潰れた蛙のような声で訴えてくる。



『ゃ、ッだ!! これ以上ッ、従うのは!!』


「言うことを聞く奴隷ちゃんがほしい訳じゃないんだよね」



 リヴの翻訳を受けて、ユーシアは首を絞められながらも暴れる少女に言う。



「『仲間を殺せ』って命令するとでも思った? そんなことやってもつまらないでしょ。だってお前さん、俺たちのことを人間じゃないって言うし」


『な、にを、させる気、なッ、の』


「お前さんの意思に反して、お前さんの仲間たちを蹂躙させるの。楽しそうでしょ?」



 少女が何と言おうと、どれほど抵抗しようと、無理やりその手に水筒を握らせて仲間たちを燃やし尽くさせるのだ。彼らは少女に殺されて呪詛を吐き散らかしながら地獄に行き、また少女は目の前で仲間たちが自分の能力によって炙られながら死んでいくのを見ているしか出来ない。

 とても楽しい殺し方だ。悪党を相手に喧嘩を売ってくるぐらいなのだから、これぐらいはしてやらなければ気が済まない。


 冷たい自動拳銃で少女の腫れた頬に触れるユーシアは、



「あのね、お前さんたちが俺たちに喧嘩を売ってこなければ今日も無事に生きれていたんだよ。最初に住処を燃やしたのはそっちでしょ?」


『…………』



 少女はユーシアを真っ向から睨み、



『あ、れはッ、ここの人たちには関係ないッ!!』


「へえ」


『だから傷つけないで、私なら死んでもいいから!!』


「ほう」



 日本語が堪能なリヴから翻訳を受けて、少女の強い意思を目の当たりにしたユーシア。


 何と素晴らしい友情だろう。彼女は仲間たちを庇ってユーシアたちに殺されようとしているのだ。少女という尊い犠牲を払って彼らは平和を取り戻し、ユーシアとリヴは学校の敷地から大人しく立ち去る他はない。

 彼女の全身が震えながらも、その決意が固いことにユーシアは感動を覚えた。まるで映画でも見ているような気分である。胸が熱くなるような素敵な言葉だ。


 でも、だから何だと言うのだろうか。



「聞き分け悪いな、連帯責任って言葉知ってる? それともお前さんの頭には脳味噌が詰まってないの?」


『ごぅッ』



 ユーシアは自動拳銃の持ち手で、少女の脳天を思い切りぶん殴った。


 ゴッという鈍い音が耳朶に触れる。リヴに押さえつけられる少女へ、さらにユーシアは自動拳銃の持ち手で殴る。黒光りする凶器を通じて鈍い衝撃が手のひらに伝わってきた。

 到底中身が詰まっているとは思えない手応えである。少女の口から呻き声が聞こえてくる頃合いを見て、ユーシアは殴る手を止めた。何発も殴られた影響で頭から額が割れ、どくどくと真っ赤な血を流す。


 項垂れる少女の髪を無理やり掴んで引っ張り上げたユーシアは、朦朧とした意識を保つ少女の頬を叩いて覚醒させる。相手が年下だろうと容赦はない。



「いい? お前さんが誰に命令されようが、自分の意思だろうが、寝ている猛獣の檻に手を突っ込んだら最後だよ。檻はすでに開いてて、自由に猛獣が行き来できる状態だったらどうなると思う? 腕を突っ込んだ馬鹿野郎だけ犠牲になって終わりだと思う?」


『あぅ、あ』


「思わないよね? 檻から自由に逃げ出して、起こされた恨みでも晴らすよ。お前さんがやったのはそれだけのことで、だからこれも全部自己責任。お前さんのせいでみんな死んでいくんだよ」



 そもそも、住処であるネットカフェを燃やされなければユーシアたちは車を探しに行っていた頃合いである。彼女たちを見かけたところで友好的に情報交換をするか、ただ無視するかの2択だ。少なくとも殺すという手段は頭にはなかった。

 その選択肢を生む羽目になってしまったのは、寝ているユーシアたちがいるネットカフェに火を放った彼女が原因だ。ここまでやられていればやり返さない訳がない。もちろん、少女の周りにいるお仲間も皆殺しだ。


 リヴが翻訳したことでユーシアの言葉を理解した少女は、口から『あ……』と間抜けな声を漏らす。



『わた、わたしが、え、あの』


「だからね、殺すの。お前さんを使って全員殺してあげる」


『やだッ、やだやだやだやだやだやだッ!!』



 リヴに押さえつけられながらも暴れるが、真っ黒なてるてる坊主の腕を振り払うことが出来ずに少女は叫ぶだけだ。それほど暴れても決めてしまったから無駄である。



「んもう、何言ってるか分かんないし。とにかく連れて行こうか」


「指を切り落としておきますか。少しは大人しくなりますかね」


「適度に痛めつけておいてよ。俺は水筒を持ってくからさ」


「了解しました」



 それまで日本語で何かを叫んでいた少女は、リヴに肘をナイフで突き刺されて悲鳴を上げる。痛々しい傷が少女の細腕に残されたが、まあ別に痛そうとも何とも思わない。

 荷物のように少女を引き摺り、ユーシアとリヴは薄暗い校舎内に足を踏み入れる。自分たちの安眠を妨害した少女の罪を、仲間たちへ支払わせる為に。


 少女の悲鳴が虚しく響くも、誰も助けには来てくれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。