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【第3話】

「見つかった見つかった見つかった見つかった見つかった!!」



 ボロ布で身を包み、金色に染めた髪を靡かせて路地裏を走り抜ける少女は自分の行動を悔いるように同じ言葉を繰り返す。


 きっかけは『白い死神(ヴァイス・トート)』が魔都にやってきたという話を聞いてからだ。『白い死神』とは【OD】を殺害することに特化した殺し屋で、純白にカラーリングした狙撃銃を携えていると噂話がある。そんな彼がいれば殺されてしまうので、先手を打つ為に燃やしてしまえという方針になったのだ。

 実行犯に選ばれたのが、路地裏を走り抜ける少女である。根城にしているネットカフェを燃やしてきたのはいいが、相手は見事に脱出してしまった。完全に殺したと思っていたのに爪が甘かったのだ。


 路地裏を抜けた少女は、その先に停まっていたバスに飛び乗る。ガソリンがないので動かないバスは座席もボロボロの状態になって埃っぽく、扉は開け放たれた状態で放置されている。



「ごめん、見つかった!!」


「はあ!? 何やってんだよ!!」


「この中で1番強いのはお前だろ、失敗してんじゃねえよ!!」


「ご、ごめん」



 バスの中で待機していた同い年ぐらいの少年少女は、実行に失敗した少女を一斉に責め立てる。「何やってんだ」「逃げるしかないじゃない」と口々に叫ぶ中、逃げ帰ってきた少女に詰め寄ったのは背の高い女である。

 年の瀬は同じぐらい、金髪に脱色した髪に口元や耳元に開けたピアス穴が特徴的の不良みたいな見た目の少女だ。薄汚れた制服を身につけ、鋭い眼球で少女を睨みつけてくる。


 その眼光に耐えきれず視線を逸らした少女に、相手から「おい」と低い声が振りかかる。



「殺されたらどうしてくれんの」


「それは……」


「なあ、あたしらが殺されたらどうしてくれんだよ!!」



 そう怒鳴るなり、少女の足を蹴飛ばしてくる。

 膝を蹴飛ばされた少女はバスの汚れて床の上に転がり、鈍い痛みに呻く。転がった少女へ、さらに相手が苛立ったような舌打ちと共に足蹴にしてきた。使い込まれた革靴とはいえ、容赦のない足蹴に少女は身を守るように身体を縮める。


 少女を足蹴にしていた不良は「あー、くそ」と口汚く吐き捨て、



「本当に使えねえな、何であたしはしょっぼい異能力しか持てなかったのにお前だけ」


「ご、ごめん、ごめんなさい……」


「うるせえな、喋ってんじゃねえよクソが」



 不良の少女は自分の髪を掻き毟ると、仲間たちに振り返る。



「どうすんよ、コイツ。あたしらが死にかねねえんだけど」


「でも1番強い異能力はそいつだけだぜ」


「そいつを囮にして逃げりゃいいじゃん」


「そうだよ、どうせ役立たずなんだし」



 少女をなじるような言葉が少年少女たちの口から滑り出てくる。


 彼女の味方はこの場にいない。1番偉いのは不良の少女で、他の連中は取り巻きだ。カースト最下位である少女は黙って彼女たちの言いなりになるしかない。

 今回だってそうだ。『白い死神(ヴァイス・トート)』が殺しにくるから、先に殺しに行けと言われたから火事を実行しただけである。他人を殺すなんて恐怖でしかなく、でも無理やり口に【DOF】を捩じ込まれたあの時から利用されている。


 本当なら、今すぐ彼らを殺してやりたいのに出来ないのは、少女の心が弱いからか。



「ああ、いいな。役立たずを処分できるならそれでいいか」



 不良の少女がそう頷く。それから蹲る少女を足で踏みつけてから、



「おい愚図、あたしらは逃げるからとっとと囮になって死んでこい」


「…………」



 少女はゆっくりと起き上がる。身体についた埃を払ってから、言われた通りにバスを降りた。

 囮になって死ねば、彼らの奴隷にならなくて済む。不思議と解放感があったのだ。抵抗しなければ痛みもなくすぐに死ねるだろう。


 仄暗い瞳で荒れ果てた魔都を見据え、少女がバスを降りた瞬間である。



 ――ッッッッッッッドン!!



 今まで乗っていたバスが無惨に吹き飛ばされる。



「は……?」



 少女は振り返る。

 それまであったバスは真横へ吹き飛ばされていき、盛大に横転しながらすぐ近くのビルの1階に突き刺さった。耳障りな破壊音と聞き覚えのある声で悲鳴が紡がれる。吹き飛ばされていったバスの中には、少女に圧力をかけていた不良の少女と取り巻きがいたはずだが。


 ややあって、飄々とした声で英語が少女の耳朶に触れる。



『派手に飛んだねぇ、最高!!』


『お見事ですね。あれは死んでますよ』



 純白の巨大な狙撃銃を携えた男と、真っ黒なレインコートを着た男が吹き飛ばされたバスを眺めて笑っていた。それはまるで、人間の命を弄ぶ死神のように。



 ☆



 対物狙撃銃を下ろしたユーシアは、



「リヴ君、あれちょっと見てきてよ。死んだかな」


「死んでると思いますけど、一応見てきますかね」



 リヴは真っ黒なレインコートの袖から注射器を滑り落とす。その針を首筋に突き刺すと、シリンダー内の透明な液体を体内に注入した。

 彼専用の特濃【DOF】を注入し終えると、リヴはさながら幽霊のように姿が消える。それから時間を置いて、バスの外に肉の塊のようなものが大量にドサドサと乱暴に落とされる。


 転がっていたのは傷ついた少年少女たちである。頭から血を流し、擦り傷が目立つ状態だが虫の息と言っていい状況である。何人かは完全に動かないので死んだだろう。全員死亡に陥らせるには足りなかったか。



「どうよ」


「3名死亡、2名重傷ってところですね」


「重傷患者は殺しておいて。首でも切っておきなよ」


「死んだ連中も首を切りませんか。まだ後ろにいる連中が気になりますね」


「それもそうかぁ」



 ユーシアは黒い煙草――自分専用に誂えた【DOF】を咥えながら応じる。


 単独の犯行ではなく、複数人で計画して実行犯が1人だったという場合もある。組織的に動いているのであれば何らかの手土産も必要だろう。リヴの意見も一理ある。

 リヴは真っ黒なレインコートからノコギリを取り出すと、ギコギコと死体の首を切り取り始めた。骨が砕け、血が流れようとお構いなしだ。死体を踏みつけ、ギコギコと首を落とさんとノコギリを動かす様は日曜大工中のお兄ちゃんにしか見えない。


 黒い煙草を吹かすユーシアは、



「あらまあ、生きてたの。影が薄いなぁ」


「シア先輩、本当のことを言っちゃダメですよ」



 吹き飛ばされたバスのすぐ横で、金髪の少女が立ち尽くしていた。黒い瞳を見開き、カタカタと身体を小刻みに震わせ、しかしユーシアとリヴから逃げようとすることもない。ただただ首を落とされていく仲間たちを見つめていた。

 仲間たちが虐殺されれば、次に狙われるのは彼女である。とっとと逃げた方がいいのに、逃げないのはユーシアとリヴに殺される覚悟でもあるのか。


 すると、その少女は口の端を持ち上げて笑った。それはそれはとても幸せそうな笑みだった。



『ざまあみろ、ざまあみろ!!』



 少女は唐突に叫ぶ。

 日本語だ、こんな姿をしていても彼女は日本人だったのかとユーシアは素直に驚く。


 足を踏み鳴らして笑う少女は、



『私を虐めやがった連中が死んだ、死んだんだ!! 地獄に行け、苦しんで苦しんで死ねばいいんだ!!』


「ねえ、この子唐突に頭がおかしくなったんだけど」


「虐められていたようですね、僕が今まさに首を切り落とそうとしているブスどもに」



 日本語が堪能なリヴが即座に翻訳してくれて、ユーシアは少女が狂喜乱舞している理由に納得する。虐められていたのであれば確かにそれは死んでせいせいしていることだろう。

 ここで崇拝されても困る。自分たちの命を狙ってきた阿呆だ、背中を預けるに値しない。日本人は忠実だと言うが、腹の中に何を飼っているのか分からない連中など信用ならない。


 なので、



「うるさいな」


『ぎゃッ』



 ユーシアは純白の対物狙撃銃で相手の横っ面をぶん殴る。


 ひび割れたコンクリートに叩きつけられた少女は、ようやく現実を認識して顔を引き攣らせた。目の前に誰がいるのか理解した様子である。

 ここで反撃でもしてくれば即座にその頭をぶち抜いて永遠の眠りをプレゼントしてやったところだが、引き攣った表情のまま後退りするだけだ。反撃してくる様子はない。


 ならば、こうしよう。



「リヴ君、悪いけど日本語で訳してくれる?」


「了解です」



 ユーシアは少女の髪の毛を鷲掴みにし、ぶちぶちと彼女の髪が引き抜かれることも厭わずに無理やり立たせる。痛みと恐怖に歪んだ彼女の顔を見つめ、リヴに日本語訳を頼んだ。



「お前さんたちの拠点に連れていってくれる? 逆らえばどうなるか分かるよね?」



 リヴから日本語で訳された言葉が伝わり、少女は小刻みに何度も首を縦に振った。

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