【エピローグ】
どうやらネオ・東京の他にも都市はあるようである。
「ネオ・名古屋とかネオ・大阪とか?」
「あとはネオ・札幌、ネオ・博多、ネオ・仙台、ネオ・那覇とまあ残ってはいるね」
「何でもかんでも『ネオ』をつければいいってものじゃないんだよ、日本人」
「こっち見て言わないでくださいよ」
魔都に戻り、コミュニティ『レジスタンス』の本拠地であるトーキョー・ステーションに戻ってきた時にトキナリ・ナルセから聞いた話が先程の内容である。
どうやら日本国内には、まだネオと冠のつく都市が存在するらしい。ネオ・東京が消えたとしても健在な都市がある以上、人々が混乱することはない。各地から偉い人を派遣して、新たな日本国大統領が生まれるだけだ。
ユーシアは「ふーん」と適当に頷き、
「じゃあリヴ君、次はどこにする? 俺、ネオ・大阪とか行きたいな。タコヤキでご飯を食べてみたい。そういう文化があるって聞いたよ」
「炭水化物と炭水化物なんて血糖値爆上がりコース間違いなしじゃないですか。健康診断に引っかかりますよ」
「今から健康診断を受けてもどうせどこかしら悪いよ、肝臓とか。もう好きなもの食べて好きなことをして自由に生きていければそれでいいかなって」
リヴから呆れたような口調で返されるも、ユーシアは日本の食文化に大いに興味があった。特に『大阪』と呼ばれる地域では粉物文化というものが発展しており、タコヤキやオコノミヤキなどが販売されていながらそれをおかずにしてご飯を食べるという目を見張るような食文化があるらしい。ぜひ体験したいところである。
どうせこの年齢だから、身体のあちこちにガタが来ているのは否めないのだ。体力もない方だし、酒も煙草もやるから肝臓とか肺とか問題がありそうである。今更、健康診断を受けようにも受け付けてくれる病院自体がないのだから無駄だ。
ところが、リヴは大阪行きに反対のようであった。理由は、
「大阪は諜報員時代に任務で何度も行って飽きました。住んでいた時期もあります。名古屋にしましょう、行ったことないです」
「東京と大阪より名古屋の方が近いのに、何で逆に名古屋に行ったことないんだリヴ君」
「知らないですよ。日本国大統領の墓前で聞いてみてください」
どうやらリヴは、過去に何度も大阪へ出向いている様子であった。しかも在住している頃もあった様子である。これは確かにリヴからすれば「行ってもあんまり……」なのかもしれない。
「りっちゃーん、なごやってなにがあるの?」
「大きなお魚が屋根でブリッジしてるお城とかありますよ。あと食べ物が単純に美味しいです」
「わあ、ねあ、なごやいってみたーい!!」
お姫様はネオ・名古屋行きに1票を入れてしまった。悪どい笑みを真っ黒なレインコートのフードの下で浮かべる真っ黒てるてる坊主が見えた。
まあ、美味しいご飯があればユーシアとしてはどちらに行っても問題はない。だって、最終的に全ての都市を崩壊させればいいだけなのだから。
ユーシアはやれやれと肩を竦め、
「じゃあ、先にネオ・名古屋に行って、次にネオ・大阪でいい?」
「異論ないです」
「わあい、りょこー!!」
「そうですね、ネアさん。お部屋に戻ったら準備しなきゃですね」
両手を上げてお出かけに喜ぶネアと、その姿を眺めて微笑ましそうにしているスノウリリィは早速とばかりに部屋に戻ってしまった。旅行という名の日本崩壊の旅路に知らず知らずのうちについてくるつもりらしい。
崩壊を目論んでいるのはユーシアとリヴだけで、ネアとスノウリリィに関しては美味しいものでも食べて観光地の観光でも楽しんでくれれば幸いだ。これから行くネオ・名古屋で【OD】が即射殺される環境が整っていなければ、観光もやりやすいだろうが。
トキナリ・ナルセは首を傾げると、
「日本を崩壊させるつもりかい?」
「ご立派な都市がまだあるなら潰しておかないとね」
「そこまでして、日本に恨みでも?」
「まさか。ないよ、恨みなんて」
ユーシアはトキナリ・ナルセに視線をやると、笑顔を見せた。
「俺の世界を壊した『世界』なんて、この世にいると思う?」
――始まりは、家族の血に塗れた家からだった。
鉄錆の臭いが充満する部屋。家族だったものの肉片が、家具に、壁に、色々な場所にこびりついている。苦しかったとか痛かったとか、そういう感情を抱く前に無惨にも殺されていた。
ユーシアにとって家族は己の世界の全てであった。たとえ血の繋がりがなかったとしても、暖かくて幸せな生活を送れていた。1人暮らしをしていても心配してくれる養父母と義妹の存在が、何よりも嬉しかった。
それを壊したのは『世界』側の方だろう。
「だから命が続く限り、俺は好き勝手に荒らすよ。こんな世界いらないもの」
「なるほど」
トキナリ・ナルセは納得したように頷くと、
「では、世界が目論み通りに崩壊した暁には、どうする?」
「んー」
ユーシアは側に控えたまま何も言わないリヴを見やった。
自分にとっての世界が不思議の国のアリスの【OD】に殺害され、自分の為に復讐を誓った時にすぐ側にいたのが彼だ。今でもそれはずっと変わらない。
彼の気が済むまでは、きっとユーシアと一緒にいてくれるだろう。何にも縛られない彼のことである。飽きればふらりとどこかに消えていく。
「そうだな。その時は田舎にでも引っ込んで畑でも耕そうかな」
「アンタは野生動物でも狩っていた方が性格に合ってますよ」
「そんな性格してる?」
「狙撃手の習性が抜けないですよ、どうせ」
あたかも当然どこまでもついていくとばかりの態度を貫くリヴに、ユーシアは笑うしかなかった。
ここに、2人の悪党がいる。
片方は純白の狙撃銃を操り、遠くの獲物を正確無比な狙撃の腕前でもって仕留める狙撃手。
もう片方はあらゆる武器を真っ黒なレインコートの下から次々と取り出して、幅広く殺戮の腕を振るう暗殺者。
いずれ世界を崩壊させる大悪党と呼ばれるに至るまで、彼らの自由な破壊行動は続いていく。
「リヴ君、次はどこに行こうか」
「シア先輩となら、どこにでも」
〜完〜