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紙杯の騎士  作者: 信野木常
第2話 妖精の剣
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2-6 祓えの御技

 剣のような月の下、緋袴の巫女が跳び、回る。右手に剣鈴、左手に六支扇。顔に五つの炎の眼を刻んだ異形の面を付けて。

 夜気を震わせる瓏瓏たるうたいは、人の発声の限界に挑むかのように、喉を絞り尽くすかのように掠れしわがれ、絶命間際の獣にも似て。

 巫女は奇怪に身をうねらせながら舞い巡り、扇を振るって踊り跳ぶ。舞いは旋回、踊りは跳躍。それはニホンの芸能史、その裏側で脈々と受け継がれてきた、高みのものに捧げられ、高みのものと交信し、その御力を借り受ける術。借り受けて成すのは祓えの御技。

 古来よりニホンでは、外つ国(とつくに)からの来訪者を迎える度に舞踊が舞われてきた。それは歓待を示すものでありながら、常に真逆の意図があった。外から持ち込まれる悪疫、病、凶事へ向けて、去ね、去りゆけ、ここより先へは通さぬと、回って巡って境を築き、跳んで地を叩き追い立てる。舞い手が面を付けるのは、凶事と直に触れ合わぬため。それでも外つ国のものと相対する舞い手の身は、常に生命の危険に晒される。故に舞い手の一族は幾世代にも渡って、時の権力者から厚遇されてきた。

「…はずだったんじゃがのう」

 巫女の舞踊を眺めながら、伏莉は溜息とともにぽつりと呟いた。外つ国の凶事を祓うその技も、30年前の災禍の前に多くが失われていた。能や狂言のように表舞台に出ることのなかった技は、ほんの僅かな断片が、旅する芸能者たちに伝えられるのみとなっていた。それさえも途絶えかけの風前の灯の有様で、一人の天与の才を持つ女がいなければ、完全にこの世から消えていたことだろう。

 その女、鈴耶シノも今はいない。20年前のあの日、彼女は統京湾に出現した"あれ"を退去せしめて命を落とした。しかしあの日までに、己の知る全ての舞踊と謡を、弟子たちに伝え遺してくれた。

「人の身を超えたその偉業、感謝してもしきれぬな」今頃は浄土にいるか、はたまた輪廻の輪の内か。伏莉は目を閉じて、種族を超えた亡き友を思う。「御前がおらねば今日この日も、更なる大厄に見舞われていたことじゃろう」

 シンジュク市、都市防衛システム"サイノカミ"中央塔。その頂で、五つ眼の面を付けた巫女が舞う。シンジュク市と同様にシステムが破壊・涜神されたナカノ市、ネリマ市、トヨシマ市、ヒノキ市の塔でも、現在、同じ舞踊儀式が進行している。舞い手と謡は、オクタマ山中で技を磨ぎ伝える鈴耶シノの弟子たちだ。

 山中異界より現世に這い出た天狐も鬼神キシンも、祓えの御技は使えない。高みのものは応えない。ただ人のみが、これを成しうる。

 都市防衛システムの復旧まで定期的に舞うことで、損傷前のサイノカミと同じ範囲とまではいかなくとも、それに準じた領域を安全に保てる。

 伏莉の背後では、サイノカミへの応急処置が急ピッチで進められていた。防護服を着た作業員たちが、積み上げられた人体の断片を搬送し、底面と壁面を洗浄している。抉られた御印の修復には、キシンの技師を要請する必要があり数日を要する。修復後も涜神解除儀礼の執行、星図の調整と特種害獣嫌気パターンの再設定等々、やるべきことは山積みで、システムの完全復旧まで16日が見積もられていた。

 果たして今日のこの惨事、いかなる者が為したものか。

 伏莉はかすかに眉根を顰め、考えを巡らせる。大した抵抗の痕跡もなく、殺され解体された警備員、深く抉られた塔の頂。いずれも、超常の力が関わっていることは間違いない。護国庁の特安部からは、ネリマ市周辺に西欧系の術者が数名入り込んだとの報告が上がっていた。果たしてこれに関係があるのか。"あちら"の存在、〈古く忘れられた統治者〉についてのこの国の知識と対処は、どうしても西欧、米国のそれに一歩も二歩も劣ることは否めない。

「何やら、風が匂うのう」くん、と伏莉は形の良い鼻梁で夜気を嗅ぐ。「ツツジの花か? 醸した蜜のような匂いも混ざっておるが、はて……」

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