09話 村人転生 最弱のスローライフ ☆挿絵あり
転生者。
命を落とした者の魂が別の肉体に宿る事。
ここにもそんな転生者が一人。
大抵転生すると何らかの能力を得て肉体や精神はその世界の上位個体として生まれ変わるとかなんとか・・・と言う話を孫から聞いたのはいつだったっけ?忘れちゃった。
私には何の能力もない。話が違うじゃないか・・・。
「チャム、そろそろ飯にしよう。」
父に呼ばれる。日が高く登っている。もうそんな時間なんだ。大麦の収穫をしているとあっという間だね。
ござ(イグサを織った敷物)を敷き、葉っぱに包んだ麦飯を頬張り、キュウリのぬか漬けを齧る。ポリポリ。よく漬かってて美味しい。
「美味い!お前の作る飯は本当に美味いな。」
キュウリを齧りながら父が話しかけてくる。
「そんな大層なものじゃないから。」
いや本当に。元いた世界じゃ質素な食事もこっち(異世界)だとご馳走になるらしい。でも褒められるのは素直に嬉しい。
耳がピコピコ動きシッポをブンブン振ってしまう。
「漬物と言ったかの?塩気があってご飯が進むのう。もぐもぐ」
おじいちゃんも気に入ってくれてるみたい。
ここはディスペアダンジョン1068層ラードナル大平原サットの村。この地では穀物の栽培が盛んで小麦、大麦、トウモロコシと良く似た物が育つ。その為食事はパン食がメインとなるが故郷の味が恋しくなった私は家庭菜園を始め様々な野菜を育てている。
私がこの世界に来て12年が経った。
102歳大往生で死んだ私は天国へ行く事は出来ず転生した先はこの『でぃすぺあ』と言う魑魅魍魎の跋扈する地獄。
獣人と小人族のハーフとして生を受けた私はこの地でひっそりと暮らしている。
「これだけ美味い飯が作れるなら男の一人や二人直ぐ釣れるな!あとはもう少し色気が出てくれば最高なんだがな!がはははは」
それセクハラだからね?私がOLなら訴えられてもおかしくないからね?
「チャムちゃんには好きな子とかおらんのかえ?ポリポリ」
キュウリを齧りながら聞いてくるおじいちゃん。
いないよ?私コボルト(村の半数以上を占める犬型獣人)と結婚とかしたくないし。でもこの世界、いや私の住んでる村?では13~16くらいで皆結婚してるんだよなあ。
「んー、今のところはいないかな。」
「そっかえ、そっかえ。まあ、そのうち見つかるじゃろ。ポリポリ。」
おじいちゃんキュウリ好きな。
「ロジェんとこの子せがれとかどうだ?生意気だが働き者だぞ!」
「意地悪してくるから嫌い。」
ピシャリと答える。好きな子にちょっかい出したくなる子供特有の性質は理解しているけどね。嫌な物は嫌なのさ。
「そーかよ。でもあと数年で決めにゃあならんぞ?ボイドんとこの娘は外で探すなんて言ったっきり何年も音沙汰無しだ。そうなっては困るからな。」
ベルガさんか。何度か見掛けた事がある。綺麗な人だったな。魔法も得意だったし、ああいう人は外を目指すんだろうね。
「分かってるよ・・・。」
外へ出るのは大変なリスクが伴う。恐ろしい魔獣たちが闊歩しているのだ。決して結界で守られた村や農地の外に出てはならない。決まりを破った若者が毎年命を落としている。遠くの空を羽の生えたトカゲが飛んでいるのが見える。ドラゴンだ。あんなのに遭遇したら私なんてゴックンと一飲みにされてしまうだろう。魔物は倒しても復活するが私たちは普通に死ぬ、らしい。おかしくない?
その為村の外へ出るのは外商の時のみと決められている。商人ギルドの人たちと一緒に行動すれば冒険者の護衛が付くからね。でも絶対安全なんて事は勿論無いわけで、この村からは数人程度が持ち回りで商人と街へ赴く。
野菜の種などもその時頼んで買って来てもらったのだ。
街か。正直行ってみたいな。野菜を育てたり編み物をする村でのスローライフも悪くはないけど正直退屈過ぎる。生まれ変わって若返った弊害?かしらね。
「そんじゃそろそろ始めっかあ。」
「うん。」
次に商人が来るのはいつだったかね。
麦茶を飲んで作業に戻る。
サーッ
揺れる麦の穂。風が気持ち良い。
─── 2週間後 ───
麦の収穫も終わり家の近くの畑で野良仕事をしていると・・・。
ドッドッドッドッドッ
地竜(鞍と鐙を付けた二足歩行をする3m程のトカゲ)に乗った冒険者たちが村へやって来た。いつも村に来る商人も一緒だ。案内役で付いて来たのかな。
村の真ん中にある広場に向かって行ったぞ。村民もなんだなんだと集まってきた。
「村長のヘルマと申します。本日はどのようなご用向きでいらっしゃったのでしょうか?」
村長のヘルマばあちゃんが代表して応対する。
「私はギルド『アップグルト』のリーダー、ナッシュだ。数日前うちのギルドに魔物討伐の依頼が入ってな。この村の周辺に出るらしいのだが出現範囲が広く特定に苦難しているのだ。すまないが討伐が完了するまでの間宿を貸してもらえないだろうか?もちろん謝礼は弾むつもりだ。」
アップルの梨がどうしたって?獣人で耳は良い方だがこう遠いと聞こえやしないよ。
「空き家が何軒かあるので、それは構いませんが・・・その魔物と言うのは?」
「不死の王リッチだ。」
ざわ…ざわ…
広場に不穏な空気が流れる。みんなが話しているのを聞いてみるとアンデッドの親玉みたいなのが村の近くを徘徊しているとの事だった。怖い。しかもそいつに殺されるとそいつの配下になってしまうと言う。魂を縛られるとかなんとか。そんな化け物どうやって退治するんだろう。
村にやって来た冒険者を観察してみる。メンバーは5人。
戦士?(ギルマス。川の鎧を着たおじさん。腰には剣を下げている。)
盾役?(大きな盾を持った小柄な少女。)
僧侶?(筋肉ムキムキの男。手にはロッド。)
神官?(神官服を着た女性。)
斥候?(狼を従えた獣人。)
微量な魔力しか無い私には彼らが強いのかどうかすら分からない。
その後2件の空き家を宛てがわれた冒険者たちは男女に別れて入っていった。
冒険者もそんな怪物相手にしなくちゃいけないなんて大変だねえ。
それから毎日のように討伐に出て1週間経ったが今のところ大した成果はないようだ。
鹿や猪などの手土産を持って来てくれるのはありがたい。あの狼と一緒にいる獣人が狩人なんだろうね。背中に弓を背負っている。時間がある時に弓の扱い方でも習いたいもんだ。
ある日ジャガイモの収穫をしていると冒険者の女の子が近づいてきた。盾を持っていた子だ。今は持ってないが。近くで見ると小さいな。もちろん私よりは大きいけど。ピカピカの鎧を装備している。毎日外へ出ているのに傷や汚れが一切無いのは魔法のコーティングがされているからだろう。うちの村でも魔法を掛けた鍬や鎌をもっている家がある。切れ味は抜群だがそれなりの値段はする。うちは貧乏だから研いで使ってるけどね!
「何してんの?」
えっ?見りゃ分かるだろう?
「ジャガイモの収穫だよ。」
「へえ。芋って土の中から取れるのね。」
ふぁ!?
「ぷっ、あはは。」
あっ、つい笑っちゃった。
「あら、私そんなおかしな事言った?見たの初めてなんだから仕方ないでしょ?」
そうなんだ?いや常識じゃないのか?
「冒険者様はご飯の用意とか自分でしてるし色々な事知っているのかと。」
「あー、アイツらは詳しいわよ。私は貴族の出だからね。そうゆうのは良く分からないのよ。」
なるほど。得心がいった。生意気そうな顔しているのはそういうわけか。
菜園を眺める盾の少女。一服しようかね。
竹筒を取り出し水を飲む。
「冒険者様もお水飲みますか?温いですけど。」
「私はいいわ。・・・あなた随分と暑そうね?獣人て暑さに耐性無かったかしら?」
村の皆は暑さ寒さには強いです。でも私は、
「魔力が少ないので・・・。」
憎い。このモフモフの体毛が今は憎い。
「あらそう。ウィンドシールド。」
ブワッ
!?
何これ!風が体の表面を吹き抜けて・・・気持ち良い!
「本来は防御魔法なんだけどね。攻撃を受けなければ数時間は持つわ。どう?涼しくなった?」
「はい!さわやかな風がとっても気持ち良いです!」
「そう、良かった。」
ニコッと笑う少女。あっ、かわいい。
「それと冒険者に様なんて敬称付けなくていいから。私の事はペトラと呼んでちょうだい。」
貴族の割には寛容で好感が持てるじゃないか。
「分かりました。ペトラ、さん。私はチャムっていいます。」
「チャム・・・いい名前ね。それじゃあ私行くわ。邪魔して悪かったわね。」
ちょい待ち!
「今スイカ持って来るから待ってて!」
家の近くを流れる小川まで行き、つけて置いたスイカを持ってダッシュで戻る。
「こ、これ!はぁはぁ、持って行って!甘くて美味しい、から!はぁはぁ。」
キンキンに冷えたスイカを渡す。
「大丈夫?息上がってるけど?」
「だ、大丈夫。はぁはぁ、余裕だから!」
魔力も体力も無くて辛いわあ。
「ふふ、ありがとう。帰ったらみんなで頂くわ。でも知らなかった。スイカって川で取れるのね。」
「ぷっ!あっははは!」
それからペトラは討伐の合間に度々家を訪れるようになった。釣った魚を焼いて食べたり(ペトラは焦がしてた)夏野菜のカレーを作ったり(辛すぎてペトラはヒーヒー言ってた)自家製エールで一杯やったり(ペトラが飲み過ぎて吐いた!)って食べてばっかりじゃないか。
たまに泊まって行く事も、
「こういうの何だっけ?・・・パジャマパーティーだ!一度やって見たかったんだよね。」
娘が友達とよくやっていたっけ。
「・・・チャムってたまに謎の発言するわよね。」
あっ、しまった。
「てへへ。」
ペロッと舌を出す。
「はぁー。別にいいけど。」
布団に入りランタンの火を小さくする。
「ペトラは友達のところに泊まりに行ったりしなかったの?」
「・・・なかった、から。」
「え、何て?」
「友達いなかったのよ!」
「あ、ごめん。・・・き、貴族だと色々あるんだよね。」
「私の性格が悪かっただけよ。」
はぁ、返答し辛いじゃないか。
「そうなんだ。でもそんなに悪くはないと思うよ。常識知らないところとかはポカーンだけどある意味かわいいし。上から目線はイラつくけど頼りがいがあるとも言えるし。」
「それ褒めてるの?貶してるの?」
「両方。色んな面を知ってるから友達なんだよ。」
「私たちって、友達なの?」
「当たり前だのクラッカーでしょ。何を言ってるの?」
「こっちのセリフよ!チャムって本当に謎ね。でも・・・凄く嬉しいわ。」
横顔を見る。照れた顔が見たかったけど暗くて分からないや。
「明日は早いの?」
「明るくなる前には出ていくわ。ポンテが東の森に洞窟を見つけたからそこを探索する予定よ。」
ポンテ、狼使いの獣人だ。
「リッチだっけ?他の土地に行っちゃったって事は無いの?」
「それは無いわね。配下のアンデッドが彷徨い歩いているからね。主が移動すれば付いて行くだろうし、主がそれを拒んで離れた場合すぐ朽ち果てるのよ。」
そうなんだ。
「ペトラは凄いよね。そんな怪物相手に向かって行くんだから。勇気あるよ。」
「手ぇ出して。」
?
布団から手を出す。ガシッと握られた。
あっ・・・
「情けないでしょ?アンデッドの事思い出しただけで震えてるんだから。」
虚勢を張っているのは不安の裏返しか。
「そんな事は無いよ。おいで。」
ガバッ 布団を持ち上げてパンパンッと隣を叩く。
「やめて、私の方がお姉さんなんだから。」
孫みたいな子に言われてもねえ。
「いいから、おいで。」
ペトラの目を真っ直ぐ見つめる。
「・・・なんなのよもう!」
こっちに入ってきた。
「ふぁっ、モフモフ気持ちいい・・・。」
そうでしょ。毛並みには自信があるんだ。
横になってお腹を撫でてあげる。
「ちょっ!何を!」
「いいから、いいから。」
これをやるとうなされた娘やタロー(柴犬)もすぐ寝息を立てていたっけ。リラックス効果があるのかも。
「今までよぉく頑張ったね。ツラい事もあっただろう?私といる時くらいはただの15歳の女の子に戻んな。」
「・・・うん。」
素直じゃないか。マッサージ効果か。
「チャムって時々違う人みたい。凄く落ち着くわ。何だろ、おばあちゃんみたいな?」
はう!?まぁ、素が出てるからね。
「あと私18歳だから。」
「くりびつてんぎょういたおどろ!」
あんた6つも上だったのかい。
「あはは、何の呪文よそれ!」
リラックス出来たようだ。
「明日早いんだろ。もう火を消すからね。」
ランタンの灯りを消す。
「ありがとう。チャム。おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
ザーッ
雨の音で目が覚める。外はまだ暗い。布団は畳まれていてペトラの姿は無い。顔を洗い着替える。
ザーッ
東の森に行くとか言ってたっけ。無事に帰ってくる事を祈ろう。お父さんが起きてくる前に朝食の準備をしなきゃ。
今日もいい日になあれ!