04話 はじめてのお使い2
─── アビスの街 郊外 ───
アビスの街から少し離れた場所に転移して来た。のどかな風景が広がっている。
「ベルの家は近いの?」
「ここからだとちょっと遠いかな?家の中に転移するよー。」
は?
「待って!ダメに決まってるでしょ!」
この子頭おかしいのかしら・・・。
「なんで?いつも直で居間に行ってるけど?」
ウソでしょ?ウソだと言ってよ!
「お願いだからやめて。これからは必ず敷地の外に転移して。良い?」
「別に良いけど、あんま変わらないじゃん。」
変わるから!いきなりプライベート空間は犯罪だから!
「分かったなら転移よろしく。」
シュン
ここがベルの屋敷か。かなりの大きさだ。あれ?転移と魔力阻害の障壁が屋敷を覆っている。
「あんた家の中に転移してるとか言ってたけど障壁張ってあるよ。どうやって入ってたの?」
えっ、待って。これかなり強力なやつじゃん。魔力密度異次元なんですけど、入れるのこれ?
「え?普通に入れるよ?こうやって。」
シュン
「ほらね?」
へ?豪華な居間に転移した?
「ば、ば、バカ!何転移してんのよ!」
こんな所誰かに見られたりしたら
「おや、ニケ様。こんにちは。」
羊いいいい!?
スーツを来た羊にがっつり見られちゃったよ。
「やっほー、ホルン!遊びに来たよ!」
知り合いなの!?
「ベルちゃんいる?」
ホントもうやめて!失礼のレベル限界突破しちゃってるよー!
「少し前にお出かけになりましたが、何か約束事でも?」
「してないけど?」
ちょっ!
「あ、あの!初めまして。私ニケの姉でミコと申します。突然やって来てしまい申し訳ありません。」
ペコペコ
「これはこれは。私はベルゼビュートの執事をしておりますホルンと申します。」
モフモフ執事!
「今日こちらに伺ったのはシャンテル領主代行のオフィーリアからこれをベルゼビュート様にお渡しするよう頼まれまして。」
ニケのバッグから封筒を取り出す。
「そうでしたか。それではそちらでお待ち頂けますかな。今主と連絡を取りますので。」
「恐れ入ります。宜しくお願いいたします。」
交代でやって来たメイドさんに応接室へ案内される。
「喉乾いただろ?何飲むんだい。」
ブロンドのメイドさんが聞いてくる。随分フランクね。
「いえ、けっこ」
「ルミ姉!僕メロンソーダ!アイス乗ってるやつ!」
!?また勝手に!ニケの奴厚かましいにも程がある!・・・もう突っ込むのはやめよう。
このメイドさん、ルミさんって言うのか。
「ふふ、メロンソーダ フロートだね。」
「それ!」
「お姉ちゃんは何にするんだい?」
「あ、アイスコーヒーを・・・お願いします。」
頼んでしまった。
「それにもアイス乗っけてね!」
「ちょっとニケ!?」
「ミコ姉甘いの大好きなんだ!」
「もう!黙って!」
「あはは、了解だ。ちょっと待ってな。」
恥ずかしい。穴があったら埋めてもらいたい。
「大丈夫だよ。ルミ姉ちゃん優しいから。」
いや、そうなんだろうけど、そうじゃないから!
直ぐに飲みものが運ばれてくる。メロンソーダにはアイスとサクランボが浮いている。
書類は本人に渡さないと行けないよね。ベルがすぐ来てくれれば良いけど。
あぁ、アイス美味しい。
まったりした時が流れる。ニケはアイスを食べ終わって眠っている。
ガチャ
ホルンさんが入ってくる。
「お待たせいたしました。主に連絡したのですが直ぐには戻れないとの事で、誠に恐縮なのですが主の元へ届けていただけないでしょうか?」
えっ?私たちが?
「主たっての希望でして。どうか・・・」
頭を下げられる。あわわ
「ホルンさん、止めてください!元々そのつもりでしたので!」
「そう言って頂けると助かります。主は今キプロス学院の美術室におりますので。」
えっ?学院にいるの?何で?今日休みだよね?部活かな。
「それとオフィーリア様にこの書類を渡すよう主より仰せつかっております。」
封筒を渡される。よし。
あとはベルを捕まえて此方側の封筒を渡すだけか。
「確かに承りました。ほらニケ!もう行くから起きなさい。」
威圧
「ひゃあ!・・・もー!お姉ちゃん、それ止めてっていったじゃん!」
「ふふ、姉弟仲がよろしいようですな。」
良いのこれ?
「ちょっと待ちな!これ持ってきな。」
ズシリ
バスケットを渡される。いい匂いがする。これは
「サンドイッチ!」
「ああ、ぶどうジュースも入れといたからね。途中で食べな。」
転移してベルに封筒を渡すだけだからすぐ終わるんだけど。せっかくだし貰っておこう。
「ありがとうございます。ルミさん、いただきます。」
バッグに入れる。
「あんた名前は?」
「失礼いたしました。私ミコと申します。以後お見知り置き」
「あー、そういう堅苦しいのは神様の前だけで十分さ。」
いや、それはどうかと。
「あんたが伸び悩んでるのはその性格が災いしてるのかもしれないね。」
えっ・・・
「ニケを見習って伸び伸びやりな。時には我を通す事も必要だ。そうしたら、また違う世界が見えてくるだろうよ。」
・・・・・・。
「ルミナス、お客様に対して失礼ですよ。」
ルミナスさんだったの!?ルミさんて呼んじゃったよ。
「アタシの独り言さ。はっはっはー」
あっ、大丈夫かな。細かい事気にしなさそう。
二人に見送られ屋敷を後にする。
さて、じゃあ美術室に
「お姉ちゃんお昼ご飯食べよう!」
えっ?早くない?
「待ってニケ。後ベルに封筒を渡すだけだから。終わったらオフィーリア様の所でランチにしましょう。」
直ぐに終わるから。
「えー!やだよ!今ここで食べたいんだよ!」
確かに少し離れた所に小川が流れていて鳥のさえずりも相まって最高のロケーションではある。
「わかった。でも食べたら直ぐにベルのとこに行くからね。いい?」
「いいよ!」
ニケがバッグからバスケットを取り出す。
「ちょっと待って、椅子と机も出してちょうだい。」
「そんなの入って・・・る。」
ニケがキャンプ用の椅子と机を引っ張り出す。
「私のバッグに入れて置いたのよ。中で繋がってるからね。」
便利過ぎるバッグだ。アル様は転移させれば家でも城でも入れられると言っていた。
テーブルクロスを敷いた机にバスケットを置きグラスにジュースを注ぐ。このサンドイッチはルミナスさんが作ったのかな。綺麗に敷き詰められたサンドイッチは見ているだけでテンションが上がる。おおらかな性格とは反して丁寧な仕事だ。
「あんた随分馴染んでいたけど、ベルの家にはよく行くの?」
サンドイッチをつまみながら聞いてみる。
美味しい!
「もぐもぐ、たまにだよ。ルミ姉にもぐもぐ、稽古つけてもらったりしてる。ゴクゴク」
ふーん、人型とはいえニケの相手が出来るなんて中々の手練ね。空いたグラスにジュースを注ぐ。
「ベルとやった事は?」
「無いよ。女の子だし、戦ったりするの好きじゃないって言ってた。もぐもぐ」
男だよね?アル様みたいに女の子の格好でもしてるのかしら。
「ふうん。それなのに遊びに行くなんて。ニケ、あんたベルちゃんに惚れてるわね。」
なんてね。
「んがぐぐ、ゴクゴク、ごほごほっ!」
えっ?マジなの?
「そ、そんなわけないだろ!僕が好きなのは!あっ!・・・・・・ジュース美味しいから行ってるだけだし!」
ルミナスさん目当てね。分かりやすいな。
「はいはい、そう言う事にしておくわ。」
「むー。」
でも、あのルミナスってメイド、得体が知れないわね。屋敷の障壁を張ったのは恐らく彼女だ。障壁の構成は術者の強さに比例する。
まったくメイドって家事をするのが仕事じゃないの?ローズマリー様のとこもヤバい面子揃えてるし・・・普通のメイドさんに会いたい今日この頃です。
まあ、仕事は出来そうだったけどね。室内の清掃は行き届いていたし、このサンドイッチの完成度の高さときたら。パクっ、美味い!
それに一度会っただけで私のウィークポイントを的確に見抜くなんて・・・完璧超人かよ!ムカつく!
「お姉ちゃん!」
ん?
「なあに?」
「さっきから呼んでるのに!ねえ!そのフルーツサンド食べないならもらっていい?」
イチゴがこれでもかと詰められたフルーツサンドが私の前に一つ残っている。
「やあよ、あんたさっき食べてたじゃない。これは私がシメのデザート用に・・・」
めっちゃ見てるし
「はぁー、いいわよ。ほら。」
「やった!ありがと!もぐもぐ」
あっという間に完食したわね。
「ほっぺにクリーム付いてるよ。右。違う逆。」
ハンカチを出して拭いてあげる。
バスケット、机と椅子を片付けて、と
「じゃあ、行きましょうか。」
ギィ
リクライニングチェアに横になり眠りにつくニケ。
すやぁー。
ビキビキ
威圧
「ふあああ!何だよ!せっかくいい感じで」
「何出してんのよ!早くしまって!学院行くわよ!」
「ブー!」
もぅこの子、私がいないとどうなっちゃうのかしら。心配だわ。
─── キプロス学院 ───
学院正門へ転移する。
今日は休みだが部活をする生徒などチラホラ見える。
「ベルちゃんて美術部員なの?」
「部活とかやってるとこ見たことないなあ。」
学院に入ると
「ニケ総長チィース!」
「おぅ。」
「総長チャーッス!」
「ああ。」
ニケが挨拶されてる。連合に入ってる子たちだろう。普通に制服を着ている。白服を強要するのは止めたようだ。一部の気合い入った連中を除いて・・・。
「総長私に魔法教えてくれるって話どうなったんですかー!」
女生徒がニケの腕に抱きついて来る。イラッ
「えーズルいー!私にも教えてくれなきゃヤダぁ!」
反対側の腕にも・・・イラッ
「あー、お前らうっとーしーから離れろよ。」
「やだよー。あっ!ねえ今から私の家行こうよ。親出かけてていないだ。」
褐色の肌に濃いメイクをした女がニケの耳元で囁く。モテるのは知ってたけど目の前でやられるとイラつくわ。
てかこの子たち、そばにいる私はガン無視?私生徒会長なのよ!挨拶くらいしてもいいんじゃない?イラッ
「お前ら追試で来てんだろ?早く戻んねえとセンセーうるせえぞ。」
「総長は追試じゃないんすか?」
巨漢の男が割って入ってきた。
「俺はトクベツだからよ。ふっ」
あんたは特待生扱いだから免除されてるだけなんですけど?カッコつける場面じゃないわよ。
外だと一人称俺なんだ。ふうん。
てか、キャラ変わり過ぎじゃない?アル様みたいに人格割れて無いわよね?
ざわ...ざわ...
そんな話をしているうちにニケの周りに人だかりが。今日休みだよね?連合以外の子もいるみたいだけど、何なのこれ。
「俺は今日仕事できてるからよ。姉貴行こうか。」
姉貴!?仕事!?
みんなの視線が集まる。あっ居たんだみたいな反応やめて!うぅ。
ゾロゾロ
みんな付いてる来ちゃってるけど大丈夫?書類渡すだけだしいいか。
美術室に入る。
油と絵の具の匂いが凄い。周りを見渡すが・・・誰もいない。
「ベルの奴どこ行ったんだ?オイ!お前らベル見なかったか?」
周りの生徒たちに聞く。何か堂々としていていつものニケとは別人ね。いや堂々としてるのは変わりないか。
「あたし、さっき見たよー。窓から覗いただけだけど何か絵を書いてたみたい。あっ、それかな?」
女生徒が中央のキャンバスを指差す。
下手くそな絵だが辛うじて闘技場?みたいな建物が確認出来る。
「これ最近シャンテルに出来たコロシアムじゃね?」
黒ギャルが答える。
「だよね、色んなイベやってるよね。」
白ギャルが答える。
そうなの?ローズ様の屋敷以外知らなかったけど、色々出来てたんだ。
「で、ベルはどこに行ったんだ?」
いや多分これ次の指示じゃないの?ここへ来いって言う。
「ここで待ってるぜ!って言うメッセージ、いや果たし状ですよこれ!」
とっぷくを来た男が答える。なわけないだろ。
「なわけねえだろ。バカ。」
被った。
「おい、ちょっと通してくれ!」
ん?廊下が騒がしいな。
「マジで総長いたあ!良かったあ!大変すよ!華宮の奴らが攻めて来やがった!」
華宮?何言ってるの?ここ学校だよ?変なクスリでもやってるのかな?
シュン
ニケが転移する。あっ!もう!正門か?転移!
とっぷくを着た生徒数人とガラの悪そうな魔族二十数名が言い争っている。
「おい、何の騒ぎだ。」
「総長!こいつらアヤ(因縁)つけて気やがって。」
「先に手ぇ出したのはそっちだろがボケえ!」
「ウチのシマ荒らしといてタダで済むと思ったかクソ共!」
「レニー本当か?」
「ウチの兵隊かどうかは分かりませんが、華宮の息のかかった店が潰されたのは間違いありません。」
「白いコートを来た奴が暴れてるのを何人も見てんだよ。言い逃れ出来ねえぞ!」
「この事、朧さんは知ってんのか?」
朧・・・華宮のボスだっけ?前に武術会に出てた気がする。
「知ってるも何も俺らはカシラの命令でここに来てンだわ。あんたをうちのアジトに招待しろってな。」
何ですって!こっちは早くベルに会いに行かなきゃなんないのよ!
「ニケ取り敢えずこの騒動は置いといてベルのとこに行くわよ!(念話)」
「えっ、ムリだって、姉ちゃん先に行っててよ。華宮潰したら僕もすぐ行くから。」
こいつ、サラッと怖い事言うわね。
「あんた分かってるの?このタイミングでこんな騒ぎ起きるなんて絶対ベルが絡んでるに決まってるわ!」
「へ?何でベルちゃんが出てくるの?」
おバカ!
「オフィーリア様が言ってたけど、あいつはこう言う争い事を眺めるのが大好きな変態なのよ!」
「へぇ、そうなんだ。」
動じないわねこの子。
「・・・もういいわ。行くのはいいけどやり過ぎないように注意してね。」
「うん。ありがと。」
華宮の連中と学院を出るニケを見送る。
あー!もう、めちゃくちゃだわ!
何一つ予定通りにいかないなんて。
ざわ...ざわ...
「会長、弟さん連れてかれたけどヤバくね?」
「会長が何とかしないとマズいんじゃ。」
「いや、この人に言ってもかわいそうだよ。」
「勉強出来てもこう言う時に役に立たないんじゃなあ。」
「てか、いたのかよ。」
「はーつっかえ」
ギンッ
バタバタッ
あっ、やっちゃった。まあすぐ起きるでしょ。
静寂が心地良い。
さあ、行こうか。
転移。