23話 アルルの知らない世界 リアル
何かに取り憑かれたり付きまとわれたりしたらマジで洒落にならないってことを最初に言っておく。
長い時間をかけてゆっくり蝕まれるからな。
俺の場合は大体2年くらい。
まだ、五体満足だし何とか生きてる。
だが助かったとは・・・言えないな。
まずは始まりから書くことにする・・・あれは
2年前
─── ディスペア7499階層 南部スヴァーバル帝国 ───
ギィ
ワイワイ ガヤガヤ
ここはディスペア7千階層、南部のなんとか帝国の帝都・・・なんだっけ?まぁそこにある冒険者ギルドに知り合いの伝手でやって来たわけだ。
「デカいギルドだな。帝国直下なだけはある。」
街や状況、階層の違いでギルドの規模も変わってくる。都市部が近いと魔獣討伐、資材調達、護衛など様々な仕事が舞い込んでくる為冒険者も増え規模はデカくなる。ちなみに、うち(DFL)の主な収入源はダンジョン攻略から持ち帰った鉱石や魔石、宝箱から出た財宝だったりする。
「ティガー。受付はこっちだ。」
ガイウスに呼ばれ受付へと向かう。
姫様がディスペアを去って8年。魔王シスを頂点とする体制は変わっていない。
シスが3千階層に作った『ミラージュダンジョン』を突破した者は5年経った今も一人もいない。
俺がリーダーを務めるチームDFL(dispair front line)。ディスペア攻略の為作ったギルドでメンバーは百名を超える。加熱した攻略ブームによりミラージュには様々な人種、物資が集まり今や観光地と化している。そろそろうちもヤる算段なのだが、あの極悪ダンジョンに挑める力量を持つものは数名・・・。仲間を集めるべく先ずはこの世界に呼ばれた時に出会ったメンバーに声をかけてみたのだが。
【モロク】(部隊のリーダーだった男。戦闘力が高く魔力を封じる特殊能力はなんとあのシスを弱体化させる事に成功している。)
「誘ってくれるのは嬉しいが、あの時は洗脳状態だったからな・・・。今は考えるだけで・・・ははっ、これだ。」
手が震えている。
「姫様とシスのあの戦いを見てからこんなだよ。あの化物に挑もうなんて正気の沙汰とは・・・失礼。だが生きて帰れる確率は限りなく0に近いぞ。」
・・・分かっているさ。
「あー、パパー!こんなとこにいた!ママが呼んでるよー!」
子供がモロクに駆け寄ってくる。
「ああ、もうそんな時間か。これから家族とランチなんだ。すまないな。ほら、猫さんにさよならの挨拶して。」
虎だが?
「猫さん、さよなら!またね!」
かわいい・・・。
【シーダ】(副隊長的位置づけにいた男。重力を操る特殊能力と高い戦闘力でモロクと共に部隊を率いていた。)
「ティガー見違えたな。オーラが昔とは別物だ。相当な死線を潜って来たのだな」
ああ、生きてるのが奇跡だよ。
「今なら部隊の序列はぶっちぎりで君が1位だろう。・・・ああ、例の件だったな。話はモロクから聞いているよ。あのダンジョンに挑むんだってな?悪い事は言わない止めておけ。君も知っているはずだ。私たちの様な能力者が数多く挑み亡くなっている事を。」
もちろん知っているが、それがどうだと言うんだ。俺は俺だ。
「あなた・・・」
奥のキッチンから心配そうにこちらを見る女性。シーダの奥さんだ。大きなお腹をしている。近く3人目が産まれるそうだ。
「わかってる。部屋で楽にしていなさい。すぐ終わるから。ティガー・・・君にだって守りたい者の1人や2人いるだろう?君を慕っている者だって大勢いるはずだ。悲しませてはいけないよ。」
ふん、そんな奴・・・いるかよ。
やんわり断られてしまった。
結婚すると人はここまで変わるのか。
【ガイウス】(狼の獣人。姫様にディスペア流をしこまれた変わり種。)
「ふっ、いいだろう。」
即答かよ。
「次にアル様にお会いした時に無様な姿は見せられんからな。更なる高みを目指す私には丁度良い話よ。」
ははっ!そう言ってくれるとは思っていたがな。俺が求めている人材はこれだ。現状に満足すること無く上を見続ける者。最高の男だ。
【ノエル】(シャンテルの姫様の城にいるメイド。俺が知る中でも上位の実力者。)
『お断りよ。』
やはりな、想定内だ。彼女がいたら攻略は間違いなく進むと思い声をかけてみたが。
『私にはアル様不在の間この城を守る任務があるから。・・・そうだタバサ、あなた虎に付いていってあげなさい。たまには死線を潜るのもいい経験になるんじゃ・・・』
「嫌ッ!!ぜっっっ対に嫌ッッッ!!」
絶叫が屋敷に響き渡る。
「あっ!・・・すみません。でも私まだ死にたくないので・・・ううっ」
全力涙目で否定された。
【レティシア】(ダークエルフの付与術師。)
「はぁ、あんたマジであそこだけは止めといた方がいいよ。普通にしぬから。」
止められた。
ここからは知り合いに片っ端から声を掛ける。
【キース】(元八柱。闇組織インフェルノ会長)
『行くわけねぇだろ。シス様から離れたとはいえ弓引くわけにはいかねえし、オフィーリアだっていんだろ?会いに行くのはいいけど戦うのは無理だわ。悪ぃなトラ。』
これも想定内。やはり駄目か。元八柱のオフィーリアは3層にいるらしいからな。
【ニケ】(人狼、オフィーリアの守護獣。)
『はぁ?無理っつーか、そのダンジョン一層守ってるのウチらだしw遊びに来るなら歓迎すっけど、攻略目当てなら・・・覚悟してね。』
キプロス卒業後、会っていなかったが、そうか・・・あのダンジョンに。楽しみが増えたな。
シャンテルの姫様の城にいる者にも声を掛けてみる。
【カイネ】(姫様の飼い猫。)
「ふむ、面白そうじゃが、私は今忙しくてのう。・・・ふふっ。ほぉ、ここで通背拳か。」
MANGA読んでるだけじゃないか。
少し離れた部屋にいる竜人にも声を掛けてみるか。
【ルナ】(竜人の娘。)
「えー、私ですかー?そりゃ挑戦してみたいですけど、ミラージュには知り合いいますし難しいかな。」
知り合い?ミコ(ニケの姉。ディスペア流の使い手。)の事か。あの姉弟が1Fから出てくるのか・・・一度やり合って負けてる。今度リベンジする予定だがな。
「それに今多忙な時期なんで・・・。ごめんなさい。」
そう言ってまたMANGAを読み始めた。
フヒヒと笑っている。
カイネと変わらないな。
ディック(部隊の構成員。精神に干渉するスキルを持つ。)もこの城にいるようだが・・・彼を誘うのは止めておこう。
【ダイオス】(アスモデウス。元八柱。)
『・・・・・・・・・。』
相変わらず音信不通か。
以降も知り合いに声を掛けてみたがミラージュの名を出した途端断られ止められた。
─── アビスの街 DFL行きつけの酒場 ───
現時点での攻略メンバーを呼び決起集会を開く。メンバーは
俺(DFLリーダー、モンク、前衛)
ガイウス(助っ人剣士、オールラウンダー)
姫様直伝の剣術で接近戦から遠距離攻撃までそつなくこなす万能剣士。
クープ(DFL副リーダー、タンク、前衛)
3メートルを超える巨漢のオーク。
背中に背負った剣はあまりに大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。 それは正に鉄塊だった。
耐久力、攻撃力共に高いが素早さと魔力防御は低い。
エミリーン・ロイド(DFL魔術師、後衛)
亜人の魔法使い。愛称はエミー。魔法弓を使った攻撃が得意。物理防御力は低い。
「まぁ、とりあえずこのメンバーで行くか。それじゃあ、ミラージュ攻略に向けて乾ぱ」
「待て待て!おい虎!まさかこの4人で行くつもりか?」
「あん?そのつもりだが?」
「ヒーラーがいないだろ!回復は誰がするんだ?」
「ポーション山程持って行くから心配するな。」
「バカヤロー!そんな暇あるか!出してる間にヤられるわ!」
「てめえ・・・うちのヘッドの知り合いだからってその口の利き方はどうなんだ?ティガーさんが大丈夫って言ってんだろ。泣かすぞ?」
エミーが割り込んでくる。若く血気盛んなのはいいがこういうとこは面倒くせえなあ。
「黙ってろ。」ゴアッ
「くっ。テメェ・・・。」
ガイウスに殺気を叩きつけられる。顔が真っ青だ。
「悪いな。腕は確かなんだが喧嘩っ早くてな。ゴクゴク、ぷはぁ!」
エールを一気に飲み干す。
「ガイウス殿の言い分ももっともだ。しかしな・・・うちのチームにもヒーラーはいるにはいるんだが、前線でとなると・・・ダメだな。レベルが足りなさ過ぎる。」
俺もクープとは同意見。あれば話し合う相違点。
ヒーラーも自らを守る程度の力は必要だからな。
「はぁ、レティの予想通りか。そんな事だろうと思って調べておいて良かったぜ。」
「調べるって何をだ?」
「ギルドのネットワークを通じてヒーラーを探したんだよ。」
ネットワーク?なんだそりゃ?
「本当か!それは助かる。ん?ああ、頭は戦いの事しか知らないからな。俺が説明しよう。」
クープが話始める。ん、今軽くdisられた?
「魔王がシャンテルにダンジョンを作った頃に階層間の移動が緩くなったのは知ってるだろ?」
「ああ、結界の縛りが消えて移動魔法を使えば誰でも転移出来るんだっけか?」
ゆるくなったせいでエリアボスまで解放されて他の階層に勢力を伸ばし覇権を争っているのは笑えたな。
「いや、誰でもは無理だ。うちでも転移使えんのはエミーだけだしな。ランクAの魔法使いなんて早々いない。」
「ふふん♪」
エミーがドヤ顔で胸を張る。
姫様はランクいくつだろう?
「その結果、国、ギルド、数多ある組織が優秀な人材を探す為独自の情報網を構築し始めたんだ。」
眠くなってきたな。ゴクゴク
「要するにギルドで探せば登録しているディスペア中のヒーラーがヒットするわけだ。エミーだってネットワークを使って引き抜いたんだぜ?知らなかっただろ?」
「ああ、知らん。そんな便利なモンがあったのか。それでガイウス、俺らのパーティに入ってくれそうな奴はいたのか?」
「優秀な人材はみんな組織に入ってるよ。その中でも鞍替えを考えてる奴は何人かいてな。ゴクゴク」
「ヘッドハントするわけか。」
「ああ、気になる奴を見つけたんだ。こいつだ。」
一枚の紙を見せられる。戦歴と希望する金額が書かれている。ふむふむ。
「ほう、なかなかの経歴だな。でも高くねえか?」
高レベルのパーティを渡り歩いている。しかしこの金額・・・
移籍金だけでDFLの資金半分近く持ってかれるんだが?
「ミラージュダンジョンの報酬は知ってるだろ?一層クリアしただけでも莫大な報酬と名誉が手に入る。金の心配など不要だ。」
それ程の実力者と言うことか。
「それにこのチームの中に顔みしりがいてな。剣術仲間なんだがそいつの話だとかなりの腕前らしい。」
剣術ってディスペア流か?姫様とシスの戦い以降、今大人気の流派だな。大半がただの模倣で本当に使える奴は極小数だが。
「そんな腕のいいヒーラーを手放すわけないだろ。」
「いや、本人が希望するなら構わないと言ってるんだ。個人主義のチームらしくてな、移籍や加入にルールは無いそうだ。」
なるほど、うちと同じ感じか。それなら交渉の余地ありか。
「そうか、まぁ何にしても会ってみてからだな。ゴクゴク。」
ダンっ
─── ディスペア7499階層 南部 スヴァーバル帝国 ───
冒険者ギルド【タバック】
「ようこそ、ギルド『タバック』へ。ご要件をお伺いいたします。」
カウンターの受付の女が笑顔で挨拶してくる。
「ああ、俺はティガーと言う。こいつはガイウスだ。【リッターオルデン】っつうチームがいると聞いてやってきたんだが、そこに【テレシア】とか言うヒーラーの女がいるだろ?どこ行けば会えるのか教えてくれないか?」
「申し訳ありませんが、他の冒険者の情報を教えるわけには・・・」
コトッ 金貨を一枚置く。
「お客様困ります!」
コトッ もう一枚。
「お辞めください!」
ドサッ 銅貨20枚の入った革袋を置く。
「・・・・・・。」
「仕方ない、自分たちで探すとするか。」
革袋を取ろうとすると、
ガサッ
素早い動きで受付に先に取られしまわれる。
ヒソヒソ
「特別に、特別に!今回に限りお教えいたします。テレシア様でしたら確かチームの方と今魔獣の討伐に・・・。」
カタカタカタカタ・・・ターン!
マーパソ(魔力PC)を操作する音が響く。
「ミディア山脈にある鉱山にいますね。出発したのが昨日なので明日には戻って来られるかと。」
「そうか。ティガー、宿屋で待つとするか。すまないがリッターオルデンが戻って来たらここに連絡を・・・」
ガヤガヤ 外が騒がしくなり歓声が上がる。
「あら、流石はRO。連絡する必要は無いようです。戻られました。」
ダンっ
「おう!今帰ったぜ。」
扉を勢いよく開け入ってきたのは角の生えた冒険者。魔族か。
トカゲの頭をしたのはリザードマンだな。
7名の冒険者たち。リッターオルデン・・・どいつもこいつも癖のあるオーラ放ってやがる。
おおおおー!っとギルド内の冒険者から声があがる。
「まじであのヒュドラ倒したのか!?すっげえ!」
「帝国最強のパーティーの名は伊達じゃないわね。」
「ロキ様かっこいいわぁ。」
「セドリック様も素敵ね。私にはどちらかなんて選べないわ。」
「あんたに選ぶ権利とかねえから!」
「やだ・・・濡れてきちゃった。」
「失せろ!ビッチ!」
口々に賞賛の声が上がる。人気者だな。特に女性人気が高いようだ。
討伐魔獣はヒュドラか。多頭の蛇型魔獣で討伐難度は平均AA。個体差がありエリアボスクラスの奴だとSも存在する。
「お帰りなさいませ、ロキ様」
「ただいま、フィービー。ミディア鉱山の蛇、討伐完了だ。」
ゴトッ
大きな布袋を鞄から取り出す。あの鞄はマジックアイテムか。
「鑑定に回してくれ。」
「承知いたしました。必要ないとは思いますが一応鑑定させていただきます。」
笑顔で受け取る。信頼関係が築けているようだな。
「すまない、ちょっと通してくれるか。」
ガイウスが野次馬をかき分けて進んでいく。
「よう!ひさしぶりだなロキ。」
「ん?えっ、ガイウスの兄貴!?何でいるんだよ!」
嬉しそうに抱き合っている。知り合いがいるとか言ってたがあいつか。
「景気良さそうだな。また腕を上げたんじゃないか?」
「あの頃に比べたらね。けどディスペア流を極めていく程アル様との力の差を思い知らされるよ。」
「ははっ!師匠に勝てるわけないだろ。ディスペアの破壊神だぞ。はっはっはっ!」
「あのワーウルフ?なんなの?ロキ様と親しげに話ちゃって。」
「ロキ様の笑顔マジ尊い。」
「戦士みたいだけどどこのチームよ。ロキ様に話しけるとか身の程分かってる?」
「アニキとか聞こえたけど兄弟じゃ・・・ないわよね?」
ざわざわ
ギルド内が騒がしくなる。
「おい、ロキ。ここじゃ話も出来ないだろ。この後の宴席に呼んだらどうだ?」
「ああ、俺もそう考えていたところだ。行こうぜ兄弟。」
ガイウスと談笑しながらギルドを出ていく。
おい、こら、俺を置いてくな。
『あなたも来るんでしょ?猫さん?』
巨漢の女に話しかけられる。ローブを羽織っていても分かる重量感。
魔力は大した事ないが異質のオーラを放っている。こいつで間違いないだろう。
『ふん、静かなとこならどこでもいいぜ。俺もあんたに話があったからな。』
─── ルーの酒場 本日貸し切り ───
「それじゃあ、ヒュドラ討伐を祝して、カンパーイ!!」
わああああああ
酒場を貸し切っての宴席。うるせえ。さっきと変わらねえじゃねえか。
「俺のおごりだぁ!どんどん飲んで食って騒いでくれ!」
わああああああああ
だからうるせえ。
『騒がしくてすまないな。俺はリッターオルデンのリーダーやってるブノワだ。宜しく。』
念話で話かけて来たのはROのヘッドだ。リザードマンで革の服を着ている。
『ああ、俺はティガーだ。こっちの酒も美味いな。』
握手する。
『そりゃ良かった。楽しんで行ってくれ。でも大事な話は酔っ払う前に済ました方がいいぞ。』
お見通しか。
引き抜きに関しては本人に任せると言われた。入れ替わりで巨漢の女がやって来る。
首の贅肉は溢れて段々になっている。足元をよく見ると・・・浮いてるな。浮遊魔法で移動してんのか。
「初めまして。猫さん。」
「猫じゃねえ、虎だ。ゴクゴク。ふぅ、聞いたぜ。ヒュドラを倒したんだってな。噂通りの実力者って事だ。来た甲斐があったぜ。」
「私はサポート役なので大して力にはなってないけどね。あなたのチームでもそれくらい容易でしょう?」
「俺ならワンパンだな。俺抜きなら・・・手こずるだろうが10分ってとこか。」
「あらあら、凄い自信ね。でも、嘘ではないのでしょう。だって猫さんから湧き上がるオーラ・・・尋常ではないもの。」
「猫じゃねえ、虎・・・ティガーだ。」
「あら、失礼。そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね、ティガーさん。私はテレシアと申します。」
「ああ、ガイウスから聞いてるぜ。ヤバいヒーラーがいるってな。」
「いえいえ、私なんて。チームの皆さんのお陰で・・・」
「さっき俺のオーラがどうとか言ってたが、あんたも相当ヤるんだろ?」
「私?見ての通りの、よわよわヒーラーよ。ふふっ。何か根拠でもあるのかしら?」
ワインを飲む。グラスがやけに小さく見える。
確かに魔力もオーラの質もそこらの冒険者と大差なし。むしろ劣るくらいだ。見た目もあいまってこの女の実力を正確に把握出来てる奴は少ないだろう。
「勘だ・・・だが俺の勘は良く当たる。」
『あら、今回はハズレね。ふふっ。で、私に話があるとか・・・』
念話か。
『ああ、今度うちのチームでミラージュをヤるんだが、出張れるヒーラーがいなくてな。あんた、良かったらうちのチームに入ってくれねえか?』
『ミラージュ・・・・・・。』
『他のチームへ移りてぇんだろ?俺は最初移籍金目当ての小物かと思っていたんだが、会って見て確信した。こいつ只者じゃねえ、っな。』
ゴクゴクとワインを飲み干すテレシア。
『・・・私高いわよ?移籍金は金貨5000枚だけど払えるの?』
『うちは高難易度ダンジョン専門でやってるからなリターンもデカい。資金は潤沢にあるぞ。』
本当は装備や拠点維持その他諸々でそんなには無いがな。
『・・・・・・。』
ワインを煽る。
『ふぅ。ジャガーさんの提案は嬉しいですけど、ミラージュって・・・本気ですか?』
ティガーな。
『ああ、本気だぜ。ゴクゴク』
ダンッ
「魔王シスを獲る。」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
『ティガー落ち着け!』
あっ、しまった。
ガイウスに言われて闘気ダダ漏れなのに気付く。
シーン・・・周囲が静まり返る。
「ふふふ、何の迷いも無く言い切るのね。・・・あなたなら・・・届くかも・・・。OK、いいわ。乗ってあげる。ブノワ!悪いけど私RO抜けるから、後はよろしくね。」
ざわざわ
「聞いたか?テレシアRO辞めるってよ。」
「要らねえだろあんな豚。」「豚はかわいいだろ!」
「俺怪我を治してもらった事あるからちょっとショック。」
「他にもヒーラーいるしいいんじゃね?」
「ふぅ、流石にDFLの話は断らないか・・・仕方ないな。まぁ、君が抜けるのはチームの痛手だが君がそう決めたのなら私は止めないよ。来るもの拒まず去るもの追わずがうちの決まりだからね。」
肩をすくめるブノワ。
「おーい、ちょっといいか?みんな、聞いてくれ!今まで共に戦ってくれたテレシアだが、今日でチームを脱退する事になった!チームにとっては痛手だが、テレシアにも事情があるみたいだしな。笑って送りだしてやろうじゃないか!みんなグラスを持ってくれ!・・・テレシアの未来に!」
ブノワがグラスを掲げる。
ガタッ
「待ってくれ!俺は納得出来ねえぞ!テレシア!お前また金欲しさにチーム抜けんのか?大した活躍もしてねえくせに金だけは持ってるもんな。俺にも分けてくれよwみんなもそう思うよなあ!」
そうだ、そうだ、と仲間も同調する。
この手の奴はどこにもいるな。
「ギャレット止めろ。チームの方針はさっきブノワさんが言った通りだ。イチャモン付けんじゃねえよ。」
ロキが制するが、
「ロキさん、悪いけど俺は前からこいつの事が気にいらなかったんだ。ヒーラーが貴重なのは分かるけどよ、全線で戦う俺より後方支援のこいつの方が分け前多いってのが気に入らねえ。」
「それなら私が抜ければ収入増えるわよ。良かったわね。あ、でも私のヒール無かったら大金稼ぐ前にすぐ死んじゃうわね。ふふっ」
「このヒキガエル女ぁ!舐めやがって!」
相手の鬪気が膨れ上がる。酒屋で揉めるんじゃねえよ。美味い酒が台無しだぜ。
テレシアに向かってくる男。
ブノワは首を振っている・・・やれやれ。
「やめときな、坊主。」
テレシアと男の間に割り込む。
「邪魔だ。」
殴りかかって来た拳を右手で掴む。瞬間、
ズオッ
周囲に結界が張られる。
ニッコリと微笑むテレシア。
「くっそ!離しやがれ!」
ドガッ! ガガガガッ!
蹴りを食らうが、軽いぜ。
グシャッ
掴んでいた右拳を握りつぶす。
血が花火の様に飛び散り周囲から悲鳴が上がる。
「ぐっ・・・くそがあ!」
ガガガガガッ!
左手で殴って来た。気合い入ってるじゃねえか。嫌いじゃないが俺に挑むのは100年早ええ!
ドンッ!
横っ面をぶん殴る。
ドドドッドサッ
結界内を弾んだ後床に落ちて気絶した。
「おい!ギャレット!」
仲間が駆け寄る。
「ヒュー。凄いな、ギャレットを一撃か。こいつも一応ランクはBなんだぞ。しかし、仲が悪いのは知っていたが・・・テレシアの事、きちんと伝えておくべきだったかもなぁ。」
頭を搔くブノワ。
「て、テレシア・・・これ、お前がやったのか?ギャレットの拳が・・・治ってる。」
ギャレットの仲間が驚いているが、俺が手を話した瞬間には治っていたぞ。
やはりかなりの使い手だ。
高密度の結界といいうちのヒーラーと比べても桁違いの魔力量、姫様みてえだな。
旅立って何年経った?
「姫様・・・。」
グニャ~
うっ、何だ。目眩が・・・。
!?テレシアが俺を凝視している。
グッ!
と強い力で腕を捕まれる。ギャレットだ。いつ目を覚ましたんだ。
「・・・あんた強ぇな。なぁ、ミラージュ行くのか?俺も連れてってくれよ。なぁ!」
なんだこいつ。
「落ち着けギャレット。そんなに行きたいなら・・・私たちも行ってみるか?」
ベノワの提案にザワつくROメンバー。
「ベノワさん、それって・・・。」
「ああ、そろそろ動こうとは思っていたんだ。ティガー殿良ければ我らと共にミラージュダンジョンを攻略してみないか?」
共同戦線か。
「ティガー。」
ガイウスが俺を見る。分かってるさ。
「ゴクゴク。ふう、俺は構わないぜ。付いて来たいなら勝手にすればいい。生きて帰れる保証はないがな。」
ベノワと握手する。
おおおおおおおおおおおお
「何よ、ミラージュ行くなら私抜ける必要なかったじゃない。」
確かに。
「悪いな、今決めたんだ。」ニヤッ。
食えない男だ。
「あのダンジョンに思い入れがあるようだが、あそこはかなりヤバい場所だ。何か目的でもあるのか?」
ガイウスがテレシアに聞く。
「別に・・・富と名誉。これ以外に何かある?」
そりゃそうだ。
「俺はその女とは違う。魔王をぶっ倒す!」
ギャレットが叫ぶ。名誉という点では同じ気もするが俺と同じ目的だな。
「猫にすら勝てないあなたが魔王を倒す?笑えない冗談ね。」
虎だっつってんだろ。
「うるせえ。俺は・・・ダンジョン行ったら本気出すんだ!こんなとこで暴れるわけにはいかないだろ!ここは酒場だぞバカヤロー。それにコイツは猫じゃなくて虎だ!」
ありがとう。
でも普通に暴れてたよな?
「メンバーはどうするよ?ランク順に選ぶのか?」
ロキがブノワに聞く。
メンバーか。
「うちからは4人だ。いや、テレシアを入れて5人だな。」
「ちょっと!い、いきなり呼び捨てなんて・・・恥ずかしいじゃない・・・」テレテレ
そんなキャラだったか?
「4人か。ふむ、大人数で行くのもあれだしな。こちらも少数精鋭で行くか・・・そうだな・・・私とロキ、ロジー・・・ユアヒム。この4人で行く。」
「待ってくれベノワさん!俺は!?さっき連れてってくれるって言ったじゃねえか!」
「いや、でもなぁ。まぁ、なんと言うか、すまん・・・実力不足だ。行っても死ぬだけだぞ?」
「構わねえ!魔王に挑んで死ねるならな!」
いや、1層で死ぬぞ?
「1層で死ぬのがオチだ。止めとけ。」
ロキと被った。
「でもよぅ・・・ロキさん・・・そうだ!あんたとロジーさんは分かる。チームの主力だからな。だがユアヒムはポーター(荷物持ち)だろ!?俺が荷物持ちでも何でもやる!俺を連れてってくれ!」
必死だな。
「お前は知らないだろうが、ユアヒムはテレシアの連れだ。必然、行動は共になる。」
ざわざわ
「連れってマジか?」
「初耳だぜ。」
「隠してた、わけでもないのか。」
「そもそもアイツらとは仕事の話しかしないしな。」
仲間も知らなかったようだな。
2人だと移籍金はどうなる?
『もちろんユアヒムも連れていくけど移籍金は変わらないから安心して。』
ウィンクされた。
「マジかよ。いやさっきの話だとそいつだって弱いんだから連れてけねえだろ!」
正論だ。あの場所は荷物持ちでも最低限の強さがないと守りきれない。
「強いよ。少なくとも君よりはね。」
ブノワが小男の肩を叩く。
無精髭を生やしたつるっ禿げの小柄なオッサン、あれがユアヒムか。
魔力もオーラもそこらの一般人と変わらないが、何か引っ掛かる。嫌な感じだ。
ざわざわ
「嘘だッ!俺ぁそいつが戦ってるとこ見た事ないぞ!」
「俺も2年くらい一緒にダンジョン行ってるが見た事ないわ。」
「荷物持ちとしては優秀だよな。魔晶石の剥ぎ取りとか早いし。」
「確かにテレシアと一緒にいるのは見た事あったけど連れだったんだ。」
「俺なんて奴が話してるとこ見たことないわw」
「飲み誘っても断るしあいつ付き合い悪いよな。」
テレシア以外とは付き合いなかったのか。
「ユアヒムには普段ポーター兼、付与師をやってもらっているが本職は魔術師だ。」
ざわざわ
「嘘くせえ。テレシアの腰巾着に俺が負けるわけねえ!ユアヒム勝負しろや!」
「・・・。」
テレシアの顔を見るユアヒム。頷くテレシア。
「いいだろう。外にでようか。」
結界内で相対する2人。
「おい、お前魔術師なんだろ?杖とか構えなくていいのか?」
「構わない。俺はモンク(格闘家)だから。」
ざわざわ
「おいおい、私には魔術師と言っていたじゃないか。やれやれ、テレシア、彼は一体何者なんだ?」
ブノワがテレシアに聞く。
「旅の途中で拾った珍獣?ってやつよ。ふふっ」
剣を構えるギャレット。
「素手で俺の剣が止められるか。くくく、見せてやるぜ、ロキさん直伝のディスペア流を。」
ディスペア流を使うのか。意外だ。
「一応言っとくが命を取るのは無しだぞ。」
うなづく2人。
「それじゃあ、始めィッッッ!」
「シューティングスター!」
ディスペア流のメインでもある刺突系の技を放つ。
が、
キィィィィン
手の甲で弾かれる。
キンキンキンキンッ
連撃全てを捌かれる。
「形は出来ているが、スピード、威力共に最低レベルだな。」
ガイウスが呟く。
前にディスペア流は使い手のセンスと魔力量を問われる流派だとか言ってたな。
キンキンキンキンッ
ギャレットには両方足りてないみたいだ。
「あいつSSしか使えないくせに、何こだわってんだ?実戦で使うにはまだ早いっつったろ。おーい!格好付けてないで普通にやった方がいいぞ。」
ロキも呆れてる。
「くっ!何で当たらねえ!」
モーションでバレバレだ。魔獣相手なら通用するかも知れんがな。それにしてもあのモンクやるじゃねえか。
動きの滑らかさは達人の域だ。魔力が全身を淀み無く通ってやがる。
「はぁはぁ、畜生!て、てめぇ、何で攻撃しねえんだ!」
「・・・する必要あるか?」
SS連発でバテバテのギャレット。最後の力を振り絞りヨロヨロと近づいていく。
スパァァン!
頬を引っぱたかれ膝から崩れ落ちる。
「勝者、ユアヒム!」
シーン
静まりかえるROメンバー。そんなに以外だったか?
さて、
「お前強えな。今のじゃ、準備運動にもならねえだろ。どうだい、次は俺とやろうじゃねえか。」
ポキポキと拳と首を鳴らす。
「ティガー止めろ。お前とじゃ流石に・・・」
ガイウスが止めるが
「なあに、少しじゃれ合うだけだ。」
「いいのか?」
テレシアに許可を求めている。
「いいわよ。私も猫さんの実力知りたいし。」
ドンッ
結界の密度が跳ね上がる。あの女も底が知れんな。
「いつでもいいぜ。来な。」
ギュオッ
ユアヒムの手刀が目の前に迫る。早いな。正確に目を潰しに来た。
グシャ
額で受けて指を潰す。すかさず回し蹴りが来るが肘で潰す。
グチャ
距離を取るがあのダメージだともう戦闘は無理だろう。
ざわざわ
「おい、今何が起きた?」
「何でユアヒムの手足グチャグチャになってんだ?」
「早過ぎて目が追っつかねえ。」
ブノワがユアヒムを見て手を上げようとするが
ユアヒムが手を伸ばし不要だと訴える。
「・・・ティガーと言ったな?なかなかの魔装硬度だ。」
ギュオン
!?指と足が瞬間治癒される。
「お前治癒魔法も使えるのか?しかもその速度・・・まさか姫様じゃねえよな?」
「誰の事だか知らんが・・・」
ドンッ!!
ボッ
「ゴフッ・・・」
胸の真ん中に手刀が突き刺さっている。クソ、殺気が無えから反応出来なかった。
「隙ありだ。戦闘中は気を抜かない方がいい。」
「おい!テレシア!治癒魔法を!早く!」
ブノワが大慌てでテレシアを呼ぶ。
「大丈夫よ。見てなさい。」
ズッ
手刀が引き抜かれる。
気を抜くだと?ガードしていなかったとは言え俺は魔装を常時展開してんだぞ。それを容易く、マジで魔王、八柱クラスの化け物か・・・。
「ゴハッ・・・はぁはぁ、はぁはぁ、あっ?」
胸を見ると傷はなくなっている。
テレシアと変わらねえ早さだ。
ちっ、サシでヤりあって負けるとは、不甲斐ねえ・・・。
「そ、それまで、勝者ユアヒム!」
おおおおおおおおおおお
「マジかよ!?あのDFLのティガーを瞬殺とか!」
「何か知らんが凄えもの見たな。」
「テレシアといい、ROはとんでもないミスを冒したのでは?」
「見かけじゃわかんねえもんだな。」
「ティガー大丈夫か!?」
「見ての通りだ。問題ない」
胸に黒いアザの様なものが残ってはいるが(傷跡か?)完治している。
「S級ヒーラーが1人いれば戦闘は大分楽になる。それが2だぞ!?しかもヨアヒム殿はお前の鉄壁のガードを抜く戦闘力ときた・・・これは大当たりだぞ!」
ガイウスが大興奮だ。
「ああ、この2人なら大金払ってもお釣りが来るな。」
「はっはっはっ!見つけた俺に感謝するんだな。ネットワークってのは大事だぞ?はっはっはっ!」
「そうだな。この面子なら・・・」
?今何か・・・。
「ティガー?」
「あ、ああ、何でもない。」
・・・・・・。
こうして俺たちはミラージュ攻略を始める事になった。
─── 夜 宿屋 ───
ROの宴会の後宿屋へと戻る。
「少し飲みすぎてしまったな。明日はDFLとの打ち合わせだ。早く寝ろよ。」
「言われるまでもねえ。色々あって疲れちまったぜ。」
ガチャ
!?
暗い部屋の真ん中辺りに何かいる。
月明かりに照らされたそれは・・・女?
多分160くらいだったと思う。
髪はバッサバサで腰まであって、前髪は目を隠すみたいに顔に掛かってた。ドス黒いオーラを漂わせたその女は、黒いドレスの様なものを着て小さい振り幅で左右に揺れている。
俺はと言うと・・・固まった。声も出せず体も動かない。頭の中では今起きている事を理解しようと考えを巡らせていたと思う。
時間が止まったと錯覚するくらい静かだったな。
とりあえず俺が出した結論は、「ぶん殴る」だった。
女に向けて渾身の一撃を叩き込む。
ドガアアアン!
拳がヒットした感覚は無く、女は消えていた。
あとに残されたのは突きの衝撃波でぐちゃぐちゃになった部屋と吹き飛んだ窓枠。
「ティガー!何だ今の爆発音は!?」
ガイウスが部屋に飛び込んで来る。
理由を説明するが、
「飲み過ぎだ!変な夢でも見たんだろ。まったく、何て事してくれたんだ。店主に謝りに行くぞ。」
幻だったのか?・・・いや俺は確かに、
振り返ると女が立っていた場所に泥のような汚れが付いていた。
・・・やはりあの女はここに居た。
「おい!ティガー!」
ガイウスに促され部屋を出る。
小言を聞かされながらふと窓を見る。
!?
胸の痣が広がっている。
痛みはないが(痛覚無効耐性)何らかの呪いの可能性もある。なぜかって?
窓に映ってるんだ、あの女が。俺のすぐ後ろに立って揺れている。
振り向くが姿は見えない。窓に映る女は俺の首に手を伸ばし・・・
「ガイウス!窓だ!窓を見てくれ!」
「ん?窓?窓がどうかしたか?・・・?」
女は消えていた。
レイスやリッチーなどの実態のないモンスターもいるが、あの女はそれらとは根本的に違う気がする。
あんな、不吉なオーラかつて見たことが・・・いや、強いて言えば魔王シスが姫様との戦いで放っていた絶望のオーラに似ているか・・・。
「お前そんなに酒弱かったか?いい加減シャキッとしてくれよ。ほら解毒ポーションだ。」
ポーションを受け取り飲み干す。
「ほら、行くぞ。」
酒のせいじゃないのか。いや酒のせいならどんなに良かったか。
肩が重い。この気持ちはなんだ。
幻覚なのか?ダンジョン攻略の事を考え過ぎて疲れているだけなのかもしれない。
大丈夫だ。大丈夫。
ガイウスが女の横を通り過ぎる。
女は笑みを浮かべ揺れている。
女の横を通り過ぎる。
「・・・見つけ・・・た・・・」
!?
女が耳元で囁く。
振り返るが誰もいない。
暗い廊下にランプの光が揺れているだけだ。
俺はおかしくなってしまったのか。
胸の痣とリンクする様に不安が広がって行く。
大丈夫だ。大丈夫。
俺はミラージュを攻略するんだ。
魔王シスを倒して俺は・・・
俺は




