侯爵様が迎えにきました
夜更けまで兄の結婚談義を聞かされて疲れて自室で眠る事になった。
結婚談議……ってお兄様結婚してないし! 妙に詳しいのが腹が立つ。しかもなんとなく見透かされているしまた腹が立つ!
たった数日振りなのに自室は心地よくてつい朝寝坊をしてしまった。お兄様にまた何か言われるのかしら……あの人早く起きて剣を振るのが趣味、朝から無駄に元気なのよね。
チリンチリンとベルを鳴らすとスージーが部屋の扉をいつものように開けて来た。
「お嬢様、おはようございます。朝食はいかがかとアルベーヌ様から伝言です」
「行くわ、用意を手伝ってくれる?」
スージーはメイドにその事を伝えて朝の準備を始めた。顔を洗い、温めのお茶を準備してくれて、それを口にする。少し甘めのお茶を飲むとホッとする。
クローゼットにあるワンピースに着替えて食堂へ向かった。結婚した実感なんて全く無い。食堂へ着くとお兄様は既に席に着いていて新聞を読んでいた。
「遅くなって申し訳ございません」
「いや、疲れていたのだろう、ゆっくりできて良かったな。今日も泊まって行ったらどうだ? 里帰りくらい侯爵殿も許してくれるだろう?」
……それも悪くない。ジョゼフは十日も休みがあると聞く。離れで暮らしているから顔を合わす事はないだろうが、もし会った時に相手にするのは面倒だ。
「それも悪くありませんわね。お兄様とは久しぶりにお会いしましたし、」
「アルベーヌ様、お嬢様! その……侯爵様が来たようです」
こんな朝早くから何の用事があって来たのかしら? 朝食の途中なのに!
「食事中だと言って出直すように伝えてくれ」
お兄様……相手は格上の家なのに、出直すようにって……対応が塩ね!
執事がジョゼフに対応をしたようで戻ってきた。
「サロンでお待ちになるとの事です」
「そうか。それなら待たせておけば良い。ルーナゆっくりと食べなさい。侯爵殿は待つと言っているから気にしなくても良い」
「えぇ、そうですわね」
朝の食事は大事だもの。
みんな普通ーね。急いでいる様子もない。侯爵様を待たせているのにねぇ。しかも言いたくないけど夫……となった人。
待たせる事一時間半……お茶を飲みゆっくりとした時を過ごした。
「そうだ、侯爵殿を待たせていたのだった。ルーナご主人を待たせてはいけないな。行くぞ」
さっきと言っている事が違うんだけど?
「お待たせして申し訳ない。侯爵殿とお会いするのは何年振りでしょうか!」
さわやかな胡散臭い顔満開でジョゼフに会うお兄様。自分が待たせていたくせに。悪気も無さそうー。
「アルベーヌ殿、いつお帰りに? 式には間に合わなかったとお聞きしたのだが」
「えぇ、申し訳ありませんでした。妹の晴れ姿を見られなかったのは残念だが、またチャンスはあるかも……っと失礼」
お兄様! なんて言う事を……しかも笑っているし。やっぱり何か知っているの?
「……アルベーヌ殿それはどう言った意味でしょうか? それよりルーナ、新婚なのに実家に帰るとはどう言う事だ? せめて泊まるのなら一言言って出掛けるものだろう? 帰りが遅いから心配したんだぞ」
詰め寄るようにジョゼフが言った。
「契約①ですわよ。侯爵様」
「……なっ! それなら契約④だ! 侯爵夫人として、」
少し怒ったように反論するジョゼフ。
「侯爵様は十日間もお休みですもの。わたくしもその間はお休みです」
にこりと貼り付けた笑みを返してやった。
「よく分からない話をしているようだが、侯爵殿は何をしに我が家へ?」
お兄様、ナイス! 何しに来たのかしら?
「迎えに来たに決まっているでしょう。新婚の妻が家に居ないなんておかしいでしょう、ルーナ不貞腐れていないで話し合おう」
不貞腐れる? 何の事? 本当に分からないんだけど。
「おや? 侯爵殿はルーナを怒らせるような真似をしたのですか? 長い婚約期間中も喧嘩などするような関係にはなかったような……? それに仲のいい婚約者同士ではなかったように記憶していますがね」
「……結婚したのだから夫婦として歩み寄るのは当然だろう。ルーナ帰ろう」
夫婦や妻ってよく言うけれど、それを求めないんでしょう? 気持ちが悪いわ……
「侯爵様? 結婚をしたら実家に報告へ来るのは普通の事ですのよ? ですからわたくしはそれに則り実家にいてもおかしくないのです。そうでしょうお兄様?」
ジョゼフと話をしたくないからお兄様にバトンタッチ! 早く帰ってくれないかなぁ。でもお兄様がいると、楽ね! 話したくないもの。
「あぁ。ルーナの言う通りだ。ただ両親がしばらく留守にすると言う事で、私が留守を預かっている。ルーナは私に挨拶に来たと言う事だな」
両親がいなかった事知らなかったし、お兄様が戻って来た事も知らなかったケドね、合わせておこう。
「……挨拶は終わりましたよね」
引かないわねこの人。愛情も友情も家族愛も何もないんだから放っておいてほしいわ!
「今まで妹に会いにもこなかったくせに今更どのツラ下げてそんな事が言えるのかと不思議な気分です。妹が美しく成長した姿を見て心を入れ替えたのですかね」
心の中ではそーだ! そーだ! お兄様良いぞ! と思い笑顔を絶やさない。
「……ぐっ、そうではなくて、夫婦としての時間を、」
心を入れ替える? ないない! それにしてもお兄様ってこんな嫌味な人だったっけ? それに何だか怒っている。
「お兄様、おかしな事を仰らないでください。侯爵様はわたくしの事は、」
「ルーナ! そうではない。話をしようと言っている。取り敢えずアルベーヌ殿に挨拶を済ませるから、その後ゆっくり話をしよう」
話す事なんてないのに……
ジョゼフはお兄様とも何を話すんだろう。お兄様の得体の知れない笑顔が怖いわ。