ルーナが良い……
「さすが侯爵邸! 広いのね。ここで私が妻になるなんて最高だわ!」
使用人一同冷たい目でジョゼフを見る。妻を迎えたばかりなのに自分が妻だと言う女がやって来たのだ。
「メイド長、すまないがアグネスにつけるメイドを用意してくれ」
「……畏まりました」
「部屋は、とりあえず客室で良いか?」
離れで過ごさせる予定だったのだから予定が狂ったと言わざるを得ない。
「ルーナさんが使っていた部屋で良いわよ、もう使ってないでしょう?」
ルーナの部屋……? いやいやそれはダメだろ! ルーナの好みを聞いて(執事が)壁紙や絨毯なども替えさせた、ルーナが住むための部屋だ。
「ダメだ、ルーナの好みとアグネスの好みは違うだろう?」
言い聞かせないと! ここで折れてはルーナの思うツボだ! きっと。恐らく?
「良いじゃない? どうせ使ってない部屋だもの。そうだ、聞いてきてよ!」
メイド達の白い目、絶対にダメだと言わなきゃ! あそこは侯爵家の夫人が使う部屋だ。
「一番良い客室を用意してくれ」
「……畏まりました」
メイドに客室を用意させていると、ルーナの部屋から家具が搬送され始めた……本気か?
しばらくその様子を呆然と見ていたら間もなくしてルーナの部屋に離れから運び出された家具が入れられようとしていた。ここでようやく我に返った。
「あっ、おい、そこはダメだ!」
使用人達に家具の搬送を止めさせる。扉の前で大きく両腕を開いた。
「「「ルーナ様のご指示です」」」
と言いきった。すでに使用人にルーナの信者が……私は当主だぞ……
「ここはそのルーナの部屋だ……それは変えられない。頼むからやめてくれ!」
私の必死さが伝わった様だ。使用人は渋々別の部屋に家具を持って行った。まさかこんな事になろうとは……
「旦那様!」
次はなんだよ……
呼ばれた先にアグネスとメイド達の言い争う声が聞こえる。
「良いから連れて行きなさい! 私の言う事が聞けないの?! メイドのくせにっ」
アグネスがメイドに突っかかっていた。なんだよ、一体……
「……どうした?」
メイドに聞くと睨まれてしまった。私は当主だぞ……生意気な態度は取らないほうが身のためだ! と言いたいが今日は大目に見ておこう。
「お客様が夫婦の寝室に連れて行けとおっしゃるものですから」
「なによ! 見たいだけじゃない! どうせ使わないんでしょう? その代わり私が使ってあげても良いけど?」
そんな事を使用人の前で言うなんてどうかしている……あ、メイドと目が合った。視線が……いや! 目が見えない。今は目が見えない事にしておこう。
「今日は疲れた。いつもの眼精疲労による頭痛だろう。私は少し休む事にする。アグネス、晩餐は一緒に摂ろう……」
そう言って部屋を後にした。ルーナのご機嫌を伺いに行こう。ルーナの顔が見たい。
******
「すまないルーナ! なんとかして本邸に戻れる様にするから、」
「何を言ってますの? 侯爵様からアグネス様を邸に招くと聞いていましたので謝る必要はございませんわよ。わたくしの事はお気になさらずに」
「そんな事が出来るほど私は冷血ではない!」
「それでは冷血になってくださいな。契約内容は遂行しましょう。そう言う約束ですから。お話は以上ですか?」
冷血になれって……ルーナに対して? 無理無理。
「……ルーナ」
声も掠れてきた。疲労困憊。
「アグネス様がお待ちですよ? まだこちらに来て間もないですし、侯爵様がお側に付いていると心強いですわよ」
なんて優しいんだ! 自分の事よりアグネスを優先するようにだなんて……ルーナも昨日来たばかりで心細いだろうに。
まだ一年あると言う契約内容だがルーナに好かれる様に努力すれば契約内容は変えられるのではないか?
こんなに美しく優しい淑女に成長していたなんて私はバカな事をした……ルーナが欲しい。
執務室に戻りなんとか問題を解決出来る糸口がないものかと顧問弁護士を呼んだ。
「急に呼び立てて悪かった。この書類に目を通して欲しい」
弁護士は書類を読み始めた。何度も何度も読んでいる。
「侯爵様のサインがしてありますね」
はぁっ……と弁護士はメガネをとり眉間をぐりぐりとしていた。眼精疲労か?
「したよ。その時はそれが最善だと思ってサインをした。しかしそれを守りたくないんだ。だから何とかならないかと言う相談をしたい」
「……無理ですね。それに大問題が……」
書類を机に置き、私の顔を見る弁護士。
「この様な書類を作成する時は、ぜひサインをする前に声をかけてもらいたかったですね」
呆れた口調というのがよく分かる。最近私の周りの者は皆そういう感じだ。
「何か問題でもあるのか?」
「奥様はどちらに? お見かけしませんが……」
「離れに引っ越してしまったんだ。だから困っている」
「……白い結婚後は離縁するかどうかって……離縁を申請されたら奥様との結婚は無効となります。奥様がこの本邸を出られたと言う事はそう言う意志があるからです!」
「……嘘だろ。私は判を押さないぞ。一年後に新たに再契約だ! いや! 契約などしない。ルーナだけを愛する」
「この手紙は何ですか……愛される事を望むなとか。女性をバカにしています! 奥様に訴えられたら確実に負けますよ! それに世の中の女性達から総スカンです」
「だから謝りたいと言っているんだ。私が悪かったと……」
「とにかく一年の間に奥様の気持ちを侯爵様に向ける事です……それが出来なければ無理ですからね」
疲れた様子の顧問弁護士を労わる様にして送り出す執事……
「旦那様晩餐の用意が出来ました。お客様をお迎えください」
「あぁ、いま、行く」
アグネスを迎えに行くと、どぎつい化粧をして香水臭かった。明るいところでその姿を見ると気持ちが冷めてしまう。ルーナの様に清潔で化粧をしなくても若々しく、瑞々しい肌とは違うと思ってしまった……
「ジェフ、明日商人を呼んでくれる? ドレスが足りないのよね」
「……分かった。呼んでおくよ」
結婚休暇で十日の休みを申請した。アグネスと過ごす予定だったが急に気持ちが冷めた……
この十日間は毎日ルーナに謝りに行こう……
夜になるとアグネスは私の部屋に来て、奉仕してくれたのだが気持ちと共に萎えてしまった……
「どうしたの? ジェフが元気ないとココも元気がなくなるのね」
気持ちの問題だ。
昨日の白いドレス姿のルーナを見て、ルーナを汚したいと思った。あの白くて張り艶のある肌に触れたい。手入れされているプラチナブロンドの髪にうずめたい……
アグネスを抱く気にはなれなかった。どうすれば良いんだぁぁぁ!
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