少女たちの想い
「礼嶺っ!大丈夫ですかっ!」
私は勢い良く医務室のドアを開いた。
王宮の医務室は縦にながく、両側の壁に沿って一列づつベッドが並んでいる。
「よう桜羽。見舞いに来てくれたのか?」
礼嶺は左側の奥から二番目のベッドにいた。
私は急いで礼嶺のそばまで駆け寄った。
「桜羽そんなに慌てなくても大丈夫だって。あたしはこの通りピンピンしてるから。」
そう言って力強く腕を振り上げる彼女だが、シャツの隙間から血の滲んだ包帯が覗いている。
「何処が大丈夫なんですか!無理しているのがバレバレですよっ!」
そんな猿でもできる芝居に騙されるような私ではない。
「もぉ、本当に心配したんですよ。」
小さくため息をついて礼嶺をにらむ。
「アハハ、悪い悪い...」
礼嶺が佐藤くんと決闘して倒れたと聞いたときは驚いたが、見る限り命に別状はないようなので、とりあえずは安心だ。
ふと、周囲のベッドを確認する。
近くには意識を失ったままの佐藤くんとこの王宮の兵士が数人いるだけだった。
「京なら居ないぞ。」
その言葉に私の肩がビクッと震える。
振り返ると礼嶺が嫉妬じみた目付きで私のことを見ていた。
「あたしより彼氏の方が大切ですか、そうですか。」
礼嶺がちょっと怒ってる。
どうしたら、気を取り戻してくれるだろうか。
ここはとりあえずフォローを入れておこう。
「そ、そんなことないですよ。ワ·タ·シ·ト·モ·ダ·チ·ダ·イ·イ·チ·デ·ス」
ダメですね。さらに機嫌を悪くさせてしまいました。
礼嶺は完全に怒ってゴミでも見ているかのような目線を送ってきます。
「ごめんなさい謝りますからそんな目で私を見ないでくださいお願いしますっ!」
私は割とマジで謝ります。
「違うんです。私だって本当はあんなこと言いたくはなかったんですよ!?ただ、礼嶺が悠くんのことを彼氏とか言うから少し、仕返ししてやろうと思っただけです。......ほんのすこしですよ!?」
私は涙目になりながら訴えました。
そこで礼嶺は呆れたように聞いてきた。
「え?あんたらまだ付き合ってなかったの?」
昨日の晩餐のあと私と悠くんとクリスさんの三人でいたところを礼嶺に連れ出されたとき、どうやら礼嶺は、私が悠くんにしつこく関係を迫られていると勘違いしていたらしかったので、恋の相談ついでに悠くんとの関係を打ち明けたのだ。
でもその時、礼嶺には私が悠くんに絶賛片思い中だと伝えていたはずなのだが...
「昨日、私そういいましたよね?」
礼嶺に確認する。
彼女はしばらく固まったあと、
「ああ、そうだったな。ハハハ...」
と、目を泳がせた。
さては、この人途中からどうでも良くなって聞き流してたな。
「はぁ、礼嶺に相談した私がバカでした。とりあえず元気そうだったのてよかったです。これからは、人助けといってもあんまり無茶しすぎないでくださいね。」
私はそう言って立ち上がった。
「私は、部屋に帰りますが誰かに伝えておきたいこと等はありますか?」
礼嶺に訪ねると彼女はしばらく考えて、
「いや、これは自分の口から伝えるよ」
と断った。
お互いにまたねと言い合った後、私は医務室を出ていきました。
ーー·ーー
小花代が医務室に訪れる数分前。
「やっと終わった...」
俺は事情聴取と言う名の尋問からようやく解放され一人廊下を歩いていた。
それにしてもシルバ副団長が怒るとあんなにも怖いとは思わなかったな。
普段の優しい顔からは想像もつかない形相だった。
どこか神楽代と似たような雰囲気がしたが、俺の気のせいだろうか。
まあ、今さらそんなこと考えたってどうでもいいな。
これからは、シルバを怒らせないようにすればいいだけだ。
俺は、思考を放棄した。
「それよりも佐藤との戦いは白熱したなぁ。」
いま思い出しても身体中の毛が逆立つ。
今回はギリギリ勝てたが、あれが互いに武器を持っていたら怪我で済まなかったかもしれないし、そもそも俺が負けていたかもしれない。
改めてここが元いた世界でないことを実感させられた。
「ん?」
中庭のような場所に出たとき誰かいることに気がついた。
彼女はベンチに座りながら一人で本を読んでいた。
あちらも俺の気配を感じたのか一度本を読むのをやめ、顔をあげる。
視線が重なった。
「京くんっ!?何してるのこんなところで?」
本を読んでいる姿を見られたのが恥ずかしいのか持っていた本を背中に隠した。
「俺は自分の部屋に戻る途中。委員長こそ、こんなところで何の本読んでいるの?」
彼女の名前は綿貫 舞弥。元のクラスでクラス委員を勤めていて皆からは委員長と呼ばれている。
実際に話したことは提出物回収に来たときの数回だが、委員長自身とても話しやすい性格ため沢山の人から慕われていた。
「ああ、この本のこと?」
委員長は背中に隠した本を取り出す。
「これはこの国の童話集だよ。良く読んでみると元の世界の物語と似たような童話もあって結構面白いんだよ。」
そう言って委員長は楽しそうに笑った。
ためしに俺も覗いてみたが、見たこともない文字が欄列していて何が書かれているのか分からなかった。
「委員長はこの国の文字を読めるのか?」
まさかこんな短期間で異国の文字を覚えるなど、どこぞの東大王でもできない。
もしかしたら委員長は人類始まって以来の秀才なのでは?という思考がよぎる。
「それは私もよく分からないの。昨日の昼間王様と神楽代くんの会話を聞いててここが日本じゃない別の場所なら、どうしてこの国の人たちは日本語で話すのかなって考えてたら、頭の中にナレーションみたいな声が響いてきて『言語理解』?っていうのを獲得したらしいんだけど、その時からこの世界の文字が理解できるようなったんだよね。」
うん、知ってた...普通半日で文字を覚えれるはずないよな。
ちゃんと知ってたさ。
「でも、確かに不思議だな。何で俺たちはこんな意味不明の文字を扱う人たちの言葉を理解できるんだろう。....ナレーション?今委員長ナレーションって言ったか?...そうだ、委員長お願いがあるんだけど、ステータス画面見せてくれない?」
今の話を聞く限り委員長が取得したのはスキルだ。
俺も佐藤と戦っている最中に、『身体強化』のスキルを獲得できた。
だとしたら委員長のステータス画面にも新しい表示が出来ているはず。
委員長はよく分かってない様子だったが、すぐにステータス画面を開いて見せてくれた。
確かに画面の右下、状態表示の隣に新しい枠が出来ていて、その中には『言語理解』という文字がしっかりと書かれている。
というか、身体の状態 [やや肥満 空腹] って...
「...うむ。」
俺からは何も言うまい。
「ありがとう委員長、もう閉じて大丈夫。」
委員長が自分で気づく前に閉じさせた。
見たことがばれてないか焦っている俺に委員長は突然聞いてきた。
「京くんはこの世界のことをどう思う?」
俺は軽く聞き流す。
「なかなか興味深いと思うよ。あっ!そういえば俺、お使い頼まれてるんだった。俺もういかなくちゃ...」
すぐさまその場から逃げようとする俺をみて委員長は呼び止めた。
「まって!」
俺の動きがビシッと停止する。
バレたバレたバレたバレたバレたバレた...
俺は死を確信する。
さすがに今の言い訳では無理があったか。
そりゃ、あんな情報他人に見られたら普通は怒るよな。
いろいろと頭の中で逃げる口実を探ったが、これは詰んだと判断し考えるのを諦めた。
そこへ委員長が真面目なトーンで聞いてきた。
「...京くんは大丈夫なの?」
それは、今すぐ殺ッちゃっても平気か?ということだろうか。
「男として覚悟は出来ておりますっ!」
委員長が暗い表情で続けて聞く。
「怖くないの?」
超怖ぇえよっ!!
できることなら俺だって生きたいよっ!
「怖くありませんっ!!」
だが、俺にもプライドってもんがある。
ここで弱音わ吐くような奴は男じゃねぇ。
委員長は悲しそうに呟く。
「そうだよね。京くんはそんなにも強いんだから...」
それは、俺のプライドの話だろうか。
「委員長、そんなお世辞は充分だ。正直に思っていることを言えよ。」
俺は格好つけて言う。
死の直前まで美しく。それが男の美学ってやつだ。
それのセリフにどこか感じるものがあったのか委員長は吹っ切れたような顔をする。
「そうだよねっ、ここでもじもじしてても何も変わんないよねっ!」
あれ?もしかして俺は今、自分で死期を早めたのか?
「正直に言うよ。」
そう言うと委員長は力強く俺を見てきた。
ああ、神よ俺はここで果てる運命なのか...
心の中で置いてきた家族とゲームたちに別れを告げる。
俺はもう思い残すことはない。さあとどめをさせ、綿貫舞弥!
委員長が大きく息を吸う。
「私ね、皆には悪いけど元の世界に帰るよっ!」
.........ん?
予想外の言葉にどう反応すればいいか迷う。
「...え?ゴメン委員長、どういうこと?」
俺の質問に委員長は呼吸を荒くして答える。
「二日後に完成する魔方陣で元の世界に戻るか、グラス皆と一緒にこの世界に残るか私も悩んでたの。でも、京くんのおかげで決めることが出来たよっ!ありがとうっ!」
あ、どういたしまして...
じゃなくて!
ちょっと待ってよ。全然話についていけないんですけど。
委員長の返答を元に今までの会話を振り返る。
「...委員長、大丈夫って俺に聞いてきたのはどうして?」
「え?それは、京くんはいきなりこの世界に召喚されて平気なのかなってことだけど...」
「...それじゃあ、怖くないのかって聞いたのは?」
「これから、敵と戦うことになるのに怖くないのかなって思って...」
えぇ、なんだそりゃ。
どうやら俺は盛大に勘違いをしていたらしい。
「京くんどうかしたの?」
委員長が不安そうに尋ねてくる。
「いやっ、なんでもないよ。」
なんとか一命はとりとめた。
顔には出さないが心の中では盛大な歓喜の声があがる。
「それにね。私もうひとつ帰りたい理由があるんだ。」
さっきまで、決断できたと喜んでいた委員長が急に穏やかな表情になって言った。
「そろそろ妹が産まれるの。」
「...え?」
委員長は静かに微笑んだ。
「そっか......」
今日は一番の笑顔だった。
確かにお姉ちゃんの顔だった。
「だったら早く帰らないとな。せっかく産まれてきたのに近くにお姉ちゃんがいないなんて可哀想だ。」
俺がそう言うと委員長はもう一度、優しく微笑んだ。
誰もいなくなった医務室で綾崎礼嶺は一人考え事をしていた。
桜羽との話のことだ。
あいつらまだ付き合ってなかったのか...
てっきりもう二人は恋人同士だと思っていた。
午前中の彼の後ろ姿を思い出す。
「早くしねぇとあたしが盗っちまうぞ...」
綾崎礼嶺はだれにも聞こえない声で呟いた。