狂乱鬼
「おおっ!すごいぞこれはっ!」
きっかけは、ベントランの叫び声だった。
「まさか、ホントに現れるとは...っ!」
今日一大きい声にその場にいただれもが注目した。
「勇者カナシロ...、貴様のランクはSだっ!!」
場は数秒静まりかえる。..が、すぐに神楽代への喝采の声で包まれた。
「キャーー!!凄いわ隼人くん!」
特にクラスの女子達の熱気と真っ黄色な声はすごかった。
おそらく、神楽代の株は現在進行系で爆上がりしていることだろう。
やはり、小花代もこういうタイプの方が好きなのだろうか。
ふと不安に苛まれた俺は小花代の方を見た。
あ、そこまで興味無さそう。
大喝采の中、小花代は足元の砂をチョコチョコと靴の先でいじって遊んでいた。
その姿は少し前までのお嬢様とは違い、幼い女の子のようだった。
くそっ!可愛いじゃないかっ!
不服にも俺は小花代の不意なギャップに胸を撃ち抜かれた。
...それよりも
「また、神楽代か...」
俺は一人呟いた。
予感はしていた。たが、ここまで俺が望むものを全て神楽代に持っていかれると多少なりと心に来るものがある。
それでも、自分と彼との差を知ってしまった俺には、もう神楽代を恨むことはできなっかった。
普段の行いの結果...ね。
確かに、そうかも知れないな。
一人の女子生徒の言葉を思い出す。
俺は開き直ることにした。
いや、理屈で割りきらなければ、このやるせなさをどこに仕舞えば良いのか分からなかっただけかもしれない。
そうでもしなければ、心の奥底で溜まっていた感情が爆発してしまう。
それからしばらくたって、クラスメイト全員の『ランク付け』が終了した。
結果は、Sランク1人、Aランク5人、Bランク18人、Cランク22人、Dランク1人だった。
そう考えると、俺や小花代はかなり上位だと言えるだろう。
「Bランクが18人とAランクも5人、そして、伝説とまで言われたSランクがでた。これは、素晴らしい結果だぞ諸君!」
鼻息を荒くしてベントランが言う。
「俺とシルバは今から、この結果を国王陛下に報告しに行かなければならないので1度解散となるが、午後からは、魔術士団の方で何やら座学をするらしいから全員忘れずに来るように!以上!」
学校の先生みたいな口調で午後からの予定を告げたあと、ベントランはさっさと訓練場を出ていった。
残された俺達は、自分の部屋へ戻ったり友達と話したりするなど、各自午後までの時間を楽しみ始めた。
主役である神楽代はいつもつるんでいる男子仲間と桂花院を始めとする取り巻きの女子たちとどこかに行ってしまった。
そういえば小花代の姿も見えない。
「俺も部屋に戻ってふて寝しよ。」
寝ればこのやり場のない嫉妬心も少しは解消できるだろうか。
そう思っていたやさき、空気を読まないバカ大きい声が訓練場に響き渡った。
「あっれぇえ?確かクラスの中に一人だけDランク判定された落ちこぼれがいたよなぁ?」
おバカ3人組の頭、佐藤だ。
佐藤は他のもう二人と共にお気に入りの玩具である百鬼を逃げ道をなくすようにを囲み、訓練場にいた全員に聞こえる声量で百鬼に聞いた。
「百鬼は、その落ちこぼれが誰だか知ってるかぁ?」
ほぼ脅迫しているような佐藤の質問に百鬼はビクつきながらも何も答えようとはしない。
無視されたことが気にくわなかった佐藤は、
「百鬼ぃ、何勝手に俺の言葉無視してんだよ。早く答えろよ。」
と、さらに圧をかけた。
「..ぼ...、ボクで..す...」
頑張って我慢していた百鬼だったがさすがに圧力に耐えきれなくなったのか弱々しい声で打ち明ける。
それを聞いた瞬間佐藤は不気味に笑う。
「おいおいマジかよぉ!皆聞こえたかぁ?こいつが落ちこぼれのDランクだったんだとよぉ!」
その場にいたほとんどの人は無視するか、黙って見ているかのどちらかで、だれも佐藤たちにかかわろうとする人はいなかった。
訓練場に佐藤達の笑い声だけが反響する。
悪質だな。百鬼を笑いものにしようという気持ちが駄々もれだ。
そこへ今まで無視して友達と話していた綾崎が口をはさんだ。
「なあ、お前らいつまでそのくだらない茶番劇続けるつもりだよ?いい加減飽きたんだけど。」
とても不快そうに言う。
そうだ、もっと言ってやれ。
いつもは、綾崎のことなど毛程も応援したくないのだが、今は心の中で応援してやる。
「あぁ?お前には関係ないだろ。」
「悪いな。バカなお前にも分かるように言ってやる。...見てて不愉快だ。他の二人を連れてさっさとここから出てけ。」
「んだとぉ、てめえっ!」
綾崎の声のトーンが低くなった。
佐藤も言い返すが、先ほどまでの威圧感は消えている。
いつもはここで退散していく佐藤達だが、しかし、今日はまだ食い下がる。
「綾崎ぃ、お前Bランクの俺に喧嘩売ってんのかぁ?」
...が、綾崎は動じない。
「あたしと同ランクが何言ってやがる。お前の方こそ去年あたしにボコられたこともう忘れたのか?」
綾崎は皮肉っぽく笑った。
確か去年の夏ごろだったか、佐藤達が陸上部の女子生徒を無理やりホテルに連れ込もうとしたところを綾崎に見つかり、返り討ちにあう事件があった気がする。
うわぁ、綾崎ってすごいな。
正直に思う。
「う、うるせえっ!...綾崎てめえ、俺に喧嘩売ったこと後悔させてやる!」
自分の黒歴史を暴露された佐藤は沸々と頭に血がのぼりはじめた。
普段なら、雑魚いモブキャラみたいに怒りだす佐藤だが...
「おい後藤、灰島、まずはお前達が行け。」
以外にも冷静に隣の二人に指示をだした。
「なんだ自分は見ているだけか佐藤。」
「ほざけ。今にその調子のった顔に一発食らわせてやる。」
綾崎が煽るが、なおも冷静な佐藤。ここまで冷静だと少し気味が悪い。
そこへ佐藤から指示を得た取り巻き二人が左右から綾崎に襲いかかった。
綾崎は左側からの攻撃を両手で受け流し右側からの攻撃を体をねじって難なくかわす。
左側から来た後藤をだけを見ていたのに右側からの攻撃を察知できたのは勇者の加護と言うものなのだろうか。
体をねじった勢いのまま綾崎は右足を頭の高さまで振り上げ灰島の肩におもいっきり叩き落とした。
灰島は少しの嗚咽をもらしたあと膝から崩れ落ちる。
もしかして綾崎って思ってた以上にヤバい奴なのでは?
俺は綾崎だけは敵にまわさないようにしようと静かに誓う。
手遅れかもしれないけど...
この一瞬で、その場にいただれもが綾崎の洗練された動きに感嘆し勝利を確信した。
が、試合はそれだけでは終わらなかった。
それまで離れたところで戦いを見ていたはずの佐藤が、いつの間にか綾崎の目の前に現れたとおもったら力強く殴りかかったのだ。
拳が嫌な音を放って綾崎の脇腹にくいこむ。
危険を察知できず完全に油断していた綾崎は防御姿勢もとれないまま5メートルほど吹き飛ばされた。
「っ..!」
その場に小さくうずくまる綾崎。どうにかしてまた立ち上がるが、見るからにつらそうだ。
「おいおい、もう終わりかよ綾崎ぃ!さっきまでの威勢はどうしたぁっ!」
それまでとは打って変わって高圧的に笑って近づいてくる佐藤。
綾崎もなんとか構え直し、右手を振るうが簡単に受け止められてしまった。
そんな綾崎をみて佐藤はまた不気味に笑う。
「っ...がはっ!」
今度は強烈な横蹴りが入る。綾崎は苦痛で倒れこんだ。
その光景を見て俺は困惑する。
どういうことだ!?佐藤はどっからでてきたんだ?
そこからはもう、ただただ一方的な暴力だった。
佐藤はその場に倒れる綾崎を上から見下ろし徹底的に同じ部位だけを蹴り続けた。そのたびに綾崎は小さく嗚咽を漏らした。
目の前で繰り広げられる惨すぎる光景に逃げ出す人、泣き出す人が続出する。
だが、佐藤を恐れ誰も止めようとする人はいなかった。
「アハハハハッ!ざまぁないな綾崎ぃ、今まで下に見てきた相手に負ける気分はどうだぁ?」
佐藤は一度蹴るのをやめてしゃがみこみ、綾崎の髪を引っ張りあげる。
「このまま痛め続けてもいんだが、俺は寛大だからな。許してやるチャンスをやるよ。」
その言葉を聞いた綾崎は目だけでこたえた。
佐藤は気持ち悪い笑顔で続ける。
「土下座して謝れよ。」
その場の空気が凍りつく。
どこまでする気だ佐藤。
勝負はとっくに付いただろうに...!
本当は佐藤を止めなければいけないのだが、
他ならないおれ自身も足が震えてうごけずにいた。
最初に佐藤を止めに入ったのは、それまで佐藤の少し後ろで見ていた後藤だった。
「お、おい佐藤、そこまでやらなくても...」
それでも、佐藤はやめようとしない。
「あぁ?なんだ後藤、俺に指図する気か?」
後藤や灰島も口をつぐんでしまい完全に佐藤の独壇場と化した。
何で俺はこういう時に動けないんだよっ!
いまこの場で一番ランクが高いのは俺のはずなのに...っ!
「で綾崎、土下座するのか、しないのか。どっちだよ。」
再度確認する佐藤に対して綾崎は
「...分かった、あたしが謝る。その代わり..お前も百鬼からは手を引いてくれ...」
と弱々しく答えた。
その瞬間、佐藤の顔にどす黒くニチャっとしたものが貼りついた。
ダメだやめろ綾崎、どうしてお前はそこまでして他人のために動こうとするんだ。
お前はもう、充分役目を果たして傷ついただろう。
「いいぜ。他ならない綾崎のお願いだ。百鬼のことは忘れてやるよ。....よかったなぁぁあ!百鬼ぃ!お姫様が自分の犠牲と引き換えにお前のことを助けてくれるってよぉ!」
訓練場の隅で座り込んでいた百鬼がビクッと震える。
「さあ綾崎、願いを叶えてやるんだ。お前も誠意を示せよ。」
もう誰も言葉を発しなかった。
そんな空気の中、綾崎は座り直しゆっくりと地べたに頭を擦り付けた。着ていた服もボロボロでところどころ破けて下着と肌が見えている。
やめろ綾崎...
「...あたしが悪かった。」
その声は掠れ震えている。
「そんなので謝罪の気持ちが相手に届くわけないだろぅがよ!」
佐藤はどす黒い笑みを浮かべながらさらに綾崎を追い詰めた。
「っ...いま..まで..」
それ以上言うな...
綾崎は地面についた手を力強く握りしめた。
やめろって言っているんだ!綾崎!
「..ほん..とう....に......っ..」
佐藤の顔がさらにニチャりと歪んだ。
「...す..いま...せ..」
「それ以上言うなっ綾崎!」
気づいたとき俺はそう叫んでいた。




