京悠馬の憂鬱
『玉座の間』
その城の主がいる場所であり、品格を象徴するための場所。だからこそ、今まで見てきた中のどんな所よりも豪華絢爛である。それくらい『王城』というワードとかかわりが深い場所だ。
ちなみに、少し昔の某人気RPGの勇者様が最初に目覚めるところも玉座の間である。
俺たちは今そんな神聖な場所にいた。
入口の扉から部屋の奥までは大きい赤絨毯がしかれており、その両わきには甲冑を被った兵士たちが綺麗に陳列している。絨毯の先は段差で少し高くなっていて、壇上には大きくて豪華な椅子に「いかにも私が王様だ」みたいな恰好の白髪老人が座っていた。
白髪老人が単調に言う。
「貴殿らがあの書物に記されていた勇者か。」
「……は?」
突然の意味不明な発言に困惑する。
すると、俺たちを連れてきた魔術師らしき女性がすかさず「はっ!王令に従い、計32名の勇者様方を召喚いたしました。」と答えた。
2人が問答する姿は流石は異世界と思わされる程立派なものだった。
それよりも、あれが玉座か。すごい豪華だな。一回座らせてくれたりしないかな。
ここまでずっと我慢してきた厨二心か勢いを増し、無自覚に体がムズムズし始めた。
その直後、いつの間にか白髪老人の傍で控えていたゲスが一歩前に出てさけぶ。
「この方は偉大なる神聖ビリアッツ帝国6代皇帝シャルル6世その人である!皆の者控えおろう!」
なにドヤってんだあいつ。ついさっき他の魔術士に俺たちのこと押し付けて一人だけ逃げてったくせに。
数分前の醜態さとのギャップに少しばかり苛立ちを覚えた。
そんなゲスに負けじと神楽代も前に出る。
「俺たちはその人の自己紹介を聞くために来たんじゃありません。どうして、俺たちをここに呼んだのか、そして、これからどうなり、いつ元の世界に帰れるのかを聞きに来たんです。それだけ話してくれれば結構です。」
「なっ!」
突然の反論にひるむゲス。
「無礼ですぞ勇者殿!国王にむかってそのような口の利き方をするなど、貴殿は死刑にされ...」
ゲスがそこまで行ったところで白髪老人が手を挙げゲスを黙らせた。
「よい、この方たちは勇者だ。これから世界を救う者たちに無礼な口は慎め。」
「ははっ!申し訳ございません。」とゲスはさっと後ろに下がっていった。
「すまない。この者が無礼をした。あやつには、我からきつく言っておこう。」
ゲスがブルっと震える。
「ところで貴殿は、自分たちがなぜ呼ばれたのかといったな。……良かろう。その質問は私が答えよう。」
王は真剣な面持ちで答える。
その動作一つ一つに王の威厳さがありありと感じられれ、なんだがこっちまで緊張してしまう。
一度深い息を吐いてから王は再びしゃべり出した。
「貴殿らには勇者としてこの国を救ってもらいたいのだ。」
王様は比較的端的な口調で言った。
「今この国、いや世界は、魔王が率いる魔族軍と交戦状態にある。正直なところ戦況は芳しくない。いつこの帝都に進行してくるかもわからぬ状況だ……この様な現状を打破するためにも貴殿ら勇者の力がどうしても必要なのだ。」
端的だがその言葉には目には見えない覚悟と悲痛が感じ取れた。
なるほど。
こんな時でも王としての振る舞いを徹底してるいるのは流石だな。
その後、シャルル王とやらは長々とこの世界の現状を説明してくれた。
要するに話をまとめるとこうだ。
2年前、魔王が復活してしまい魔王が率いる魔族軍と交戦状態になった。当初はこの国以外にもたくさんの国が同盟を組み魔族軍と戦っていたのだが、魔族軍の戦力は想像以上に強く世界の7割を奪われほとんどの国が滅ぼされてしまった。今ではこの国を含めて4か国しか残ってないのだという。
魔族軍は大半が魔物と呼ばれる獣種で構成されているのだが、各軍団を指揮している魔族という種族は特に手に負えないらしい。
魔族にはほとんどの攻撃が通らず、唯一弱点と言えるのは光属性の攻撃だけらしい。さらには、『闇』という特殊な力をまとうことで急激に能力値が上がり上級魔族一匹いれば戦況がひっくり返るくらい強くなるのだとか。
そんな状況下でシャルル王も諦めかけていた時に、この国の書庫で勇者にまつわる古い書物がみつかった。
その書物には、聖魔大戦と呼ばれる魔族との戦いにおいて天界から召喚されし勇者が、神より授かった神器という武器で迫りくる魔族軍をバッタバッタと打ち破り最後には魔王すらも倒した。といったことが書かれていた。
そこで、記されていた魔法陣をもとに実際に勇者を召喚してみることにしたらしい。
しかし、その時にはもう大陸こほとんどが魔族に奪われていたので、「それなら勇者を複数人呼べば良くね?」という話になって、すこし魔法陣変えてやってみたら、俺らのクラス全員が召喚されちゃったんだとか……
……は?
最後の部分に関しては、この国の奴らみんなバカなのかと思った。
何だよ「複数人呼べば良くね?」って。
勇者だぞ、あの勇者だぞ?一般常識的に唯一無二の圧倒的な存在を勇者って呼ぶんだろ?
そんな何人も勇者がいたらこれっぽっちも唯一無二じゃなくなるだろう!
そんなことも分からないのか、この国のお偉いさん方は!!
思わず、じたんだを踏みそうになった。
いや、一旦落ち着け俺……
俺は不真面目ながらもそれなりにクールキャラだったはずだ。この世界に来てから何年もかけて作り上げてきた俺のキャラ設定が素晴らしいスピードで崩壊してしまいそうだ……
ここで、それまで静かにシャルル王の話を聞いていた神楽代が口を開いた。
「話は分かりました。俺もこの世界を救う力を持ちながら、この世界に住む人たちを置いて帰るほど鬼ではありません。俺にできることがあるならば力を貸しましょう。」
「おお、それは誠か!」
その言葉も聞いて、シャルル王も嬉しそうに重たい腰を上げる。
神楽代の言葉を聞いて不安そうにしていたクラスの奴らからも賛同の声が上がり始めた。
「そうだよね。ここまできて何もしないで元の世界に戻るなんてできないよね。」
「それに、世界の7割が敵だっつても、前は勇者一人で倒せたんでしょ、楽勝じゃん。」
「確かに、これだけ人数いて負ける見込みなど、まずありえませんわ。」
「俺知ってるぜ、こういうのって絶対最後には勇者側が勝つんだ。」
鶴の一声ってこういうこと言うんだな。
さっきまでの暗い雰囲気が嘘のように皆やる気になった。
これがイケメンパワーというものなのか、何とも憎らしい。
神楽代はさらに続けて言う。
「ただしシャルル王よ、俺たちが協力する代わりにひとつ条件をのんでもらいます。」
「なんだ、我にできることなら惜しまず協力しよう。」
神楽代は少し間をあけて言った。
「俺たちは、望んでこの世界に召喚されてきたわけではありません。中には、戦いを望まない、元の世界に戻りたいと思っている人たちも多くいます。だからそう望んでいる人は、例外なく全員元の世界に返してあげてください。」
神楽代の突然の要求に辺りが静まり返る。
その言葉は一瞬のうちに踊り昂っていた俺を正気に引き戻した。
俺は何浮かれてたんだ。
そうだ。神楽代の言う通りだ。
仮にもこの王様は何個も国を滅ぼしてきた敵と命懸けで戦えって言ってるんだ。
ゲームの主人公みたいに死んだら生き返れるわけじゃない。
勇者という圧倒的な力を持っていたとしても、無敵なわけじゃない。ここにいる全員がこの世界を良しとは思ってないことぐらい少し考えれば分かることだ。
神楽代は、俺が異世界だって浮かれてたときにちゃんと周りを見ていたんだ...
「ここに来る前、小花代が返事に言い詰まったのもそのせいだったんだ……」
その時の俺はまるで神楽代に説教を受けている気分だった。
少し考えれば分かってたことなのに。
何がクールキャラだ、何が傍観主義だ、お兄ちゃん気取りもいい加減にしろよ。
小花代は自分の恐怖を俺やクラスメイトに悟らせないためにあたかも自分は平気な振りをしてなんだろう。
それに比べて俺は。
「ただのガキじゃんか。」
突然の不意打ちに自分のことが不甲斐なく思えてくる。
神楽代の方を見ると今までになくキラキラ輝いて映った。
素直に神楽代が羨ましかった。
俺が気づけなかった所にいち早く気づき、それを苦もなくフォローする。こいつこそが本物のリーダーだと思った。
そして、俺が神楽代のことが苦手だったのは神楽代が俺に無いものを、俺が欲しかったものを持っているからだとこのときはじめて気づいた。
ただの劣等感だったのか……
「俺って本当にガキだ……」
今まで俺は自分が誰よりも優秀だと思っていた。でもそれは虚言だった。勉強なんか出来ても、大切に思っている人のことすら気づけないなら何の意味もない。
まさかこんな唐突に自分の情けなさを思い知らされるなんてな。
今までなんでも上手くこなし他人を見下してきた俺にとってこれまでの敗北感と後悔が襲ったのは初めてだった。
こういうのって受け止めるのに心の準備が必要なんだな。思ったより精神的ダメージがでかいぞ。
俺が一人落ち込んでいた間も話は進む。
「我が国としては、少しでも戦力を減らしたくはないが、そういうことならば仕方あるまい。望む者には今すぐにでも元の世界に帰れるように魔術士たちに手配させよう。」
シャルル王の言葉にクラスの何人かは安堵の声を漏らす。
そこにシワくれた声が響き渡った。
「王よ、お待ちくだされ。」
シャルル王は自分の決定に異議を立てられたのが気に障ったのか、不服そうな目で男を睨んだ。
「なんだ、アルバよ、何か申し立てがあるというのか。」
「いえ、滅相もございません。このアルバ、王の決定に異論などございませぬ。」
男は黒く薄汚れたオーブに身を包み、魔術詠唱用の杖でコツコツと床をつき並んでいる兵士を押しのけて赤絨毯の上に出てきた。
名をアルバというらしい。
「ただ一つ私たち魔導士の観点から言わせてもらいますと、またすぐにあの大規模な魔法陣を構築し大量の魔力を注ぎ込むとなりますと王宮の魔導士たちの魔力が持ちませぬ。最低でもあと三日、いや、二日時間をくださいませ。魔法陣完成までの間、勇者様方にはランク付けや『召喚の儀』を行っていただければ、何人かは考えを改めてくださるかもしれませぬ。」
シャルル王は少し悩んだ後、神楽代に聞いた。
「勇者殿それでも良いかな。」
「その程度であれば構いません。みんなも異論はないね。」
クラスの奴らも全員承諾した。
誰も『ランク付け』と『召喚の儀』が何のことかは聞かなかった。
「では話はこれまでにしよう。勇者様方も慣れない環境で疲れたであろう。この後に些細だが宴の用意をさせてある。それぞれに個別の部屋も準備させたので、今日のところはゆっくり気を休めるがよかろう。」
シャルル王はそれだけ言うと玉座の間を出て行った。




