闇の暗殺者3
神器とは女神の加護を受けた神聖具であり、その存在は人類にとって魔族軍に対抗する微かな希望であった。
その一方で女神に選べれし勇者のみにしか発現することが出来ないとされていたため、民衆の間では長らくおとぎ話の中だけの存在だと思われていた。
しかし、最近になってその常識が大きく変わる。王城の書庫で古の勇者にまつわる書物が発見されたのだ。その後、書物に書かれた情報をもとにクリスたち王帝魔術士団の手によって俺たちが召喚される事となる。
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目の前で神々しく青緑色の輝きを放っているこの剣は間違いなく神器であった。
しかし、本来の持ち主と今この剣を持っている人物が違う。そして、その二人を繋ぐ関係性も全くと言っていいほど思いつかなかった。
俺の中で疑念が芽生える。
「なんで、お前が委員長の剣を持ってるんだ。」
俺は強く鋭い目線をシルバに向けて言った。
だが、当の本人はたいして気にしていない調子で平然と話し出した。
「どうしてもなにも、マヤ様から私が譲り受けただけですよ。」
そのセリフを聞いてシルバが嘘をついていることはすぐに気づいた。神器はその持ち主が存在する間しか発現しない。
と言うのも、元の世界への帰還組が帰る前日。クリスがその内の一人に自分たちに神器を預けてくれないかを聞いている所を見かけたことがあった。
その時は相手側も快く自身の神器を出現させてクリスに手渡していた。
しかし、帰還当日。帰還組のやつらがアルバに連れられて魔法陣のある部屋に入っていった後、クリスが持っていた神器もまた光の粒になって虚空に消えていったのだ。
だから俺は知っている。元の持ち主が死亡、もしくは存在ごとこの世界から消滅した時に神器も一緒に消えてなくなることを。
それに、本当にシルバが委員長から譲り受けたならわざわざ何重もの装飾をつけてまで他の人に剣の存在を隠している意味が分からなかった。
「そんな見え透いた嘘で俺を騙せると思ってんのか。」
俺は強気の口調でシルバを問いただした。
が、シルバはまるでこの返答を予期していたかのように暗い笑みを浮かべる。
月明かりの逆光により、はっきりとシルバの顔を捉えることは出来ないが、その表情にまるで背筋が凍るかのような印象を覚えた。
「何がおかしい!」
「いえ、やはりあなたは神器の発現条件について知っているのだなと感心したまでですよ。」
シルバが「フフフッ。」小さく喉を鳴らしす。
「ですがそこまで知っているのであれば、賢いあなたならわざわざ聞かなくてもなぜ僕がこの剣を持っているかくらい既に想像がついているでしょう?」
その言葉と共にシルバの細い眼光が俺を突き刺した。
その瞬間、胸の中でくすぶっていた疑念が確信へと変わる。
「っ…………お前っ!!委員長に何をしたっ!?」
心臓の音が激しくなっていくのを感じた。
本当はシルバが神器を取り出した時点で何となく仮説は思いついていた。
『委員長の監禁』
なぜ、シルバが委員長の神器を持っているのか。簡単なことだ。委員長達は最初から元の世界になど帰っていなかった。シルバとアルバが結託し帰還組の奴らを連れ去った後、人目の付かない場所に監禁し神器だけを奪ったのだ。
だけどそんなこと信じたくなかった。委員長たちは無事に元の世界に帰って幸せに過ごしているとそう思いたかった。
「委員長は今どこにいるっ!!」
「フハハッ」
焦っている俺の様子を見てシルバは愉快そうに剣先を撫でて言った。
「ええ、ええ、流石ユウマ殿です。自力で答えに行き着くとは。」
真実を知ったとたん急な吐き気が襲う。
今日まで誰にも知られることなく委員長達を監禁するのはシルバ一人では到底無理だ。
となれば、元の世界への送還魔法陣の準備をしていたという事も嘘であり、アルバやその取り巻きである王宮魔術士団の関与が確実だった。
「……お前、本当に殺してやる。必ずお前もアルバも殺してやる!!」
委員長はひねくれ者の俺にも話しかけてくれた数少ない一人だった。
短い間だったがこの世界に来て自分の未熟さに落胆していた時にも彼女は優しく笑いかけてくれた。
そんな彼女に俺は心を救われた。
元の世界への帰還組がいなくなるまでの間、いろんな話をした。
勉強のこと。将来の夢のこと。ダイエットのこと。好きな本のこと。
そしてある時委員長は言ったのだ。「あっちの世界で新しい家族が待っている」と。
俺はあの時の委員長の笑顔を忘れることは無いだろう。まだ見たことの無い妹を思い浮かべ優しく微笑む彼女の笑顔を……
だからこそ、自分たちの私利私欲のために彼女たちを利用したシルバたちの悪業を許せるはずがなかった。
「今すぐ言え!委員長達はどこだっ!」
身体の中で渦巻く悪情という名の塊がどんどん俺を蝕んでいく。
「全く、明日死ぬ者が知ったところで何を出来ると言うのか」
シルバが嘲笑して俺を煽った。
だが、今の俺は無駄話に付き合えるほどの余裕を持ち合わせていない。
「早く吐けって言ってんだよ。」
もし、俺の手首に拘束具が付けられていなかったら確実にシルバの首を叩き切っているだろう。しかし、頭は冷静であった。
最早、素直に死刑を受け入れるつもりは毛頭ない。如何にして俺を縛る鎖を外し、目の前で笑うこいつの首を切った後で委員長たちを助けるかを考えていた。
そんな俺をよそにシルバが答える。
「フハハ、まぁ最後に教えてあげてもいいでしょう。」
そう言うとシルバは話しだした。
「僕とアルバ殿が密会していた秘密の部屋はあの場所だけではありません。あの部屋はアルバ殿が秘密裏に開発した魔法具によって創り出したもので、どんな場所であっても自由自在に秘密部屋を出現させることが出来ます。」
シルバは自身の右耳につけた耳飾りを触った。
一見気づかないがよく見ると小さな魔石がはめ込まれていた。
あれがその魔法具か……
「そして委員長殿たちをしまった部屋はこの独房路の先。廊下のつきあたりの壁の奥です。」
そこまで話すとシルバは牢屋格子の先に伸びる廊下を指さした。
「……あ?」
こいつ今『しまった』って……
どこまで異世界人を見下してるんだよ。
シルバの言い方に苛立ちを覚える。
「委員長たちは物じゃねぇ。」
俺は低い声とともにシルバを睨んだ。
が、その瞬間シルバの顔にどす黒い笑みがグチャとくっついた。
「いいえ。あれはもう人ではありません。モノですよ。」
嫌な予感がした。
明確な悪意によって放たれた言葉。
今までの人生で嫌という程聞いてきた。
元の世界から今に至るまで多くの人間の悪意に触れてきた俺だからこそ分かるそのセリフに隠れた非情性。
「お前……何言って……」
自動的に出た返答だったが、その先の答えを聞きたくない自分がそこにはいた。
先程から感じていた悪寒が勢いを増して強くなる。
初めてシルバの暗い笑みが怖いと思った。
「ボクたちは神器さえあれば良いんです……
……召喚者の身体さえあれば人格など要らないんですよ。」




