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罪人の末路


あれからどれくらい時間が過ぎたのだろうか?


暗闇の中では、何処からか水滴がこぼれ落ちる音だけが響いていた。

俺は手足に鎖を付けられた状態で地下牢と思われるこの空間に拘束されていた。


この国にも尋問官と言われる人がいるらしく、定期的にこの部屋にも尋問という名の拷問を行いに来る。

小花代に癒してもらった火傷跡も、日々繰り返される尋問によって見るに耐えない傷が新しく身体中に刻まれた。


俺も当初は、「魔族との内通なんて嘘でただアルバに嵌められたのだ。」と主張したのだが、どうやら、こいつらの中では俺が内通者だと言うのは確定事項らしく、本題はいかに俺を痛ぶって魔族側の情報を引き出すかという事のようだった。


寝床は然ることながら、着物は煌びやかな隊服から奴隷用の布切れへと変わり、朝昼晩の三食あった豪華な食事も朝と夜の二回に分けて硬いパンの片割れに変わった。

まさに、俺はアルバの思う通りに人生転落したと言えるだろう。


元々、俺はこの城の人間に良く思われてはいないとは分かってはいたが、尋問官の奴らも見張りの兵士も俺を見るやいなや、見下して蔑んで当たり前のように言葉の暴力や物理的暴力を与えてくる。


その度に俺はこんな奴らのために戦って来たのかと強く後悔し、心の中に良くない何かが増えていくのだ。

その何かが、後悔なのか憎しみなのか悲しみなのかは俺には分からない。

そして、時々それが抑えられずに心の外側へ溢れ出しそうになる。

そんな事をすれば自分が自分では無くなってしまうであろうことは俺自身が本能的によく分かっていた。

それでも、今なんとか自我を保てているのは、俺を庇ってくれた小花代やアルバの危険を教えてくれた綾崎への少しばかりの良心のおかげなのかもしれない。


 こんな事になるなら、いっその事俺も委員長たちと一緒に元の世界に帰ればよかった。


今更何を言おうとも遅いのは分かっている。

だが、この世界に残る選択した何も知らない過去の自分が無性に悔しいのだ。


今日もそろそろ尋問官がやって来る。

散々俺をコケにして痛ぶって楽しむのだろう。

その情景を想像しただけで、また何かが俺の心を黒く染め上げていく。


予想通り、数分も経たないうちに地下牢の入口の方から足音が近づいて来た。

俺の見張りをしていた兵士が廊下の先からこちらに向かってきている足音の人物に気が付いたのか、サッと姿勢を正して敬礼をした。


そこで俺は違和感を覚える。


 なんだ?いつもは敬礼なんてしないくせに……


そして、少し遅れて近づいて来る人物が尋問官では無いことに気が付いた。


 鎧の音だ。


少しづつ大きくなる足音と共にガチャガチャと身に付けている甲冑の揺れる音が聞こえてきた。


数十秒後、足音の主が俺の牢屋の前で歩みを止める。

俺はいつだか尋問官に殴られて青黒く腫れ上がってしまった瞳で、その人物を見た。


 「お久しぶりです。カナドメ・ユウマ殿。」


歪んだ視界の先にはこんな場所に似つかわしくない白い鎧を身に付けた男が立っていた。

男の首元には帝国騎士団副団長のバッチが輝いている。


 「シルバっ……!」


俺の中に『希望』の二文字が明るく灯った。

シルバ・クレイン。

この世界で数少ない俺が絶大な信頼を置いていた人物がそこにはいたのだった。


牢屋格子の前に立つシルバの姿を目にして、それまで溜まってい苦しさが消えていくようだった。


 やっと俺の話を聞いてくれる人が来た!

 シルバならどうにかしてくれるかもしれない。


そんな期待があった。

シルバは見張り番の兵士に席を外させると、一人牢屋の中に入ってきた。


俺とシルバの目が合う。

腫れ上がってボヤける視界の中、シルバは憐れむように俺を見ていたと思う。


 「今日は王に許可を頂き、特別に私が尋問させてもらうことになりました。」


シルバが悲しそうな声で言う。


 「……シルバさん、助けてください。」


俺の口からはこの言葉がとっさに出ていた。


一刻も早くこの生き地獄から開放されたい。

今すぐ小花代に会いたい。

俺の中で渦巻くドス黒い何かを取り除いて欲しい。

そんな思いから出た言葉だった。


一瞬の沈黙の後、シルバは辛そうに答える。


 「はい、必ず僕がユウマ殿の無罪を証明してみせます!だからこそ、今はあなたを貶めたアルバの悪事の証拠が必要不可欠なのです。……もう少しの辛抱です!どうか、ユウマ殿見た事を僕に教えて下さい。」


彼は必死だった。

少なくとも俺にはそう見えた。

俺は彼の必死さに答えたくて、「早く牢屋から出して欲しい」という無茶振りを頼むことを我慢して、激痛で朦朧とする意識の中、あの夜見た覚えている限りの事をシルバに話した。


全てを語り終える。

それまでは黙ってメモを取っていたシルバは、最後にある事を質問してきた。


 「ではあなたは、その部屋にアルバと誰かもう一人が密会していたことは分かったが、それが一体誰なのかは分からなかった訳ですね。」


 「はい。すいません。」


アルバが親しそうに話していたことから、奴の同僚か王宮魔術師団とやらの団員なのだろう。

しかし、それも今となっては闇の中だ。


それよりも、シルバ以外誰もいない今だけでも良いから手足の拘束具を外して貰いたい。

俺も簡単な回復魔法だったら習得しているので、出来ることなら身体中の傷を癒したいのだが、どうやらこの拘束具には魔法構築の妨害効果が付与されているらしく、それもままならない。


 「あのシルバさん、少しの時間だけで良いからこの拘束具を……」


そこまで言ったとき、シルバがクスクスと笑いだした。


 「え、えっと、どうしたんですか?」


あまりに唐突なこと過ぎて、少し恐怖すら感じてしまう。


 そんなにアルバのしっぽを掴めたのが嬉しかったのか?


シルバの返事はない。


 「……大丈夫ですか?」


俺が何を言っても返答せずに下を向いて笑っていたシルバだったが、しばらくすると、突然顔をあげて俺の視線を真正面からとらえ、今度は声を上げて笑いだした。


 「ハハ、ハハハ、アハハハハッ!」


俺は言葉を失った。

ただ、いつもの俺が知っているシルバではないことは何となく理解出来た。


 「本当にどうし……」


困惑気味に話しかけるが、俺が喋り終わる前にシルバが語りだす。


 「そうか、そうか、アルバ殿と話していたのが誰か分からなかったのか!なら、無駄に慎重になる必要も無かったな!」


 「………………は?」


シルバが何を言っているのか分からなかった。

しかし、脳裏には確かな嫌な予感を感じとる。


 「まだ分からないのか、大罪人。これは茶番さ。もし君があの日、僕の存在に気付いていて既に誰かに話していたなら、すぐに誰に話したか聞き出して隠密に処理する必要があったからね。猫を被らせてもらってたよ。」


シルバは楽しそうに話す。

が、俺は未だシルバが何を言っているのか分からない。


いや、きっと頭ではシルバが何を意図して言っているのか理解出来ている。

でも、心のどこかで理解することを拒否しているのだ。


 「…お前は……一体何を言って……」


シルバに会えて消えかけていたドス黒い何かが、また心の奥底から湧き上がり始める。


 「いやぁ、覗き犯が君だと断定するのは実に簡単だったよ。なんたって、逃走する直前に王から贈呈されたメダルを落としていってくれたんだから。」


 「……それにしても、君が他人に興味がない人で助かった。もし君が他の勇者のような性格なら、すぐに、僕とアルバ殿の共通点に気付いていただろうからね。」


 「……?」


何も知らない俺を一瞥いちべつすると愉快そうに話を続ける。


 「僕の名前はシルバ・クレイン。そして、アルバ殿の本名はアルバ・プレミエール・クレイン。」


 「…っ!まさかっ!?」


俺はその時初めて全てを理解した。

プレミエールと言うのは初代とか初めてという意味だ。


 「流石の君も理解出来たかな?」


目を細めて笑うシルバの視線が鋭く胸を指す。


 「嘘だ…嘘だと言ってくれ…」


もはや懇願に近かった。

しかし、その懇願すらもシルバのたった一言によって打ち砕かれてしまう。


 「アルバ殿は僕の叔父。そしてあの夜、アルバと密会してクーデターを企てていたのは僕だ。アハハッ、これで誰が敵なのか理解出来たかい?魔属性の勇者様。」


その瞬間、俺の中の大切な支えが一瞬のうちに崩れ去り、再び俺は絶望の淵へ叩き落とされた。

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