暗躍と密会
尾行開始からそろそろ5分といったところだろうか
やけに周囲を警戒するアルバと何度か視線が合いそうになるプチハプニングがあったものの、今のところ、俺の存在に気が付いている様子はない。
俺の興味本位から始まったこの尾行だが、実をいうと、そろそろ飽きてきたしアルバにばれて長ったらしい説教を受けるのも嫌なので辞めたいと思い始めている。
あんまり長い時間一人でうろついていたら、小花代も心配するからな...
よし、あともうちょっとだけ尾行したら帰ろう
そう考えていた時だった。
アルバの足が止まった。
その場所には別段何かあるわけでもなく、アルバはただ壁を眺めていた。
ん?
あの爺さん何見てんだろう
遂にぼけたか
俺が訝し気に見ていると、アルバは持っていた杖でコツコツと壁をたたき始めた。
次の瞬間、俺は信じられない光景を目のあたりにすることとなる。
『なんということでしょう、匠の手によって、つい先ほどまで何の変哲もない
『なんということでしょう、匠の手によって、つい先ほどまで何の変哲もないレンガ造りの壁だった場所に黒い紋様が浮き出て綺麗な門の形を描いたではありませんか。これによって物寂しかった広い廊下が幻想的に彩られました』
なんていうナレーションが今にも聞こえてきそうだ。
しかし、まだ終わりではなかった。
突如としてアルバの前に現れた門が静かに開いていく。
アルバは当然のごとく門の先の暗闇の中に姿を消すと、門は音もなく閉じ、また元の変哲もない壁に戻ってしまった。
......
..........
そこで、ようやく俺の思考回路が働きを再開した。
ウオァァァ!!!
なんだ今の!
あんなのありかよ!
マジで『ハ〇ポタ』の世界観じゃねぇか!!
すげぇな異世界!!
興奮のまま思いっきり頬をつねってみる。
「...痛い」
うん、これは間違いなく現実だ。
夢で無いことを再確認できたところで俺は今さっき起きたあり得ない現実に向き直る。
確かに、アルバが入っていったよな......
恐る恐る壁に近寄ってみる。
至近距離から凝視したり壁に触れてみたりしたが、やはり、それは何の変鉄もないレンガ造りの壁だった。
「うーん、壁、だなぁ......」
もう何も見なかったことにして帰ろうかとも思ったが、散々悩んだ挙げ句、再度壁に向き合う。
「あとちょっと、これだけ試して駄目だったら帰るから!」
若干17才の軽度の中二病を発症した幼ない自制心では、有り余る好奇心には勝てなかった。
この壁の前で立ち往生して既に10分は経過しただろう。
俺は最後の手段を試みることにした。
俺の推測だが、この壁は何かしらの暗号、もしくは、合言葉がないと現れない仕組みなっていると見た。
聞き逃しただけかも知れないが、俺がアルバを観察してきたなかで合言葉らしきものは発していなかったはずだ。
とすれば、残るは暗号だが、アルバがそれっぽい行動をしたのは一回しかなかった。
杖で壁を何回か叩いていたやつだ。
『ハリ○タ』でも○○横丁に入るために喫茶店の壁を叩いていたからほぼこれで間違いないだろう。
まあ、ここまでは小学三年生でも出来る超簡単な推理だか、俺はそこらの一般ピープルとは一味違う。
夜で暗いの中でもアルバが杖で叩いていた大体の箇所をしっかりと覚えている。
「確かこのブロックとこのブロックと......」
一つ一つ丁寧にブロックを叩いてみる。
「最後にここを叩いてっと」
最後のブロックを軽快に叩く。
すると、案の定先ほどのアルバの時同様、黒い紋様がゆっくりと浮き出て巨大な門を造りだし、音もなく開き始めた。
「当たりだ」
俺は扉が開く邪魔にならない程度後ろに下がって、恐る恐る扉の中を覗いてみた。
その先には、暗闇へと伸びる廊下が更に続いていた。
奥から流れてくる風が冷たく何処か不気味で他の侵入を妨げているように感じた。
身体中から血の気が引いていくのが分かる。
流石にこれ以上先に進むのはまずいか。
そう思った俺は、静かにもと来た道を戻ろうとした。
が、その瞬間、扉の先の暗闇の中に光る小さな明かりを俺は見逃さなかった。
もしかして、アルバか?
またもや、幼稚な好奇心が俺の心を揺さぶり始める。
いつの間にか体も暗闇へと向き直っている。
「くそっ!分かったよ、行けばいんだろ行けば......!」
そう自分の体に言い聞かせる。
勉学では負け知らずの俺でも、どうやら自分自身の煩悩にはどう足掻いたって勝てないらしい。
俺は自分の不甲斐なさに一度溜め息をついた後、意を決して暗闇へと足を踏み入れた。
ーー・ーー ーー・ーー
しばらく歩くと、微かに見えていた光りは段々と鮮明に大きくなり、将棋の駒のような形をしていたことが判明した。
どうやら暗闇の先には、先程の第一の扉に引き続き第二の扉があったらしい。
入り口から見えていた光りは第二の扉から漏れる明かりだったのだ。
しかし、第一の扉とは対称に第二の扉は俺の身長丈程しかなく、造りも安物の木板で乱雑に施されていた。
そりゃ灯りも漏れますわ。
こんな適当な作りじゃな。
てっきり城の隠された財宝が隠されている秘密の部屋だと思っていたのだが、こんなボロくさい扉の中に財宝が保管されているとは考えにくい。
想像していたものとかけ離れすぎていてテンションもただ下がりだ。
ここまで来た俺の苦労を返せ!!
無性に何かに八つ当たりをして大声で叫びたくなったがここは抑える。
そんなつまらないミスでアルバにバレて説教を受けたく無いからな。
「.......」
そういえば、アルバのことを今の今まですっかり忘れていたな。
面白い仕掛けが有りすぎて...
俺って案外抜けてるのかもしれない。
アハハハハ......
そこまできて、俺の頭の中にふと疑問が過る。
「......そういや、どうしてアルバはこんなとこに一人で来たんだ?」
夜中に、一人で...
それにかなり周囲を警戒していた。
その時、扉の中から声が聞こえた。
「悪いの。遅くなってしまったわい。」
この恐ろしい程不気味な声。
何度も聞いたことがある。
アルバだ、、
俺はとっさに『隠密』のスキルを発動する。
「全く、あの死に損ないの老いぼれめ。たかが人族の国の王ごときが魔道博であるわしに偉そうに命令しおって!!」
どうやら俺の存在に気づいてはいないようだ。
というか、それよりもアルバは今何て言った!?
人族の王ってこの国の王様のことだよな?
これは、衝撃的なセリフを聞いた気がする。
「お主も似たようなものであろう?毎日毎日あの脳筋男がしでかした尻拭いばかりさせられておるでないか。」
アルバが扉の奥で誰かに話しかけているかのように語り続ける。
アルバ以外にも誰か居るのか?
俺はよく耳を澄ませて聞いてみる。
「たし...に...わた..そ....が.......」
「そうじゃな......じゃが、それもあともう一時の辛抱じゃわい。この計画さえ行動に移せれば忌々しい奴等を蹴落として、今度はわしらがこの国を手に入れることができる。」
「それ....が.....ほん...に、う...く.....く...うは...か?」
「大丈夫じゃ。準備は完璧に整っておる。その為にわざわざボアリン家の婦人ごときに頭を下げて、異世界から世話のかかる子童等を召喚させたのじゃ。......それに、もう一人協力者も見つかった。安心せい。必ずやこの計画は上手くいく。」
アルバ以外の声も聞こえてくるものの声の所在が遠すぎて明確に誰の声かまでは分からない。
いや、それよりも、もしかしてコイツらこの国でクーデター起こす気なのか!!
思いもしなかったアルバの言葉にどんどん心臓の動悸が激しくなる。
アルバは一体誰と話してるんだ!?
今さっきまでの疑問に思っていたアルバの行動仕草の理由が頭の中で一つに繋がっていく。
くそっ!この中さえ確認できれば!!
その時、扉の木材と木材との間に大きめの隙間が有ることに気がついた。
ここから中を覗ければ、、
そう思って俺はとっさに扉の隙間の穴に顔を近づけた。
しかし、それが間違いだった。
手を扉に付けた途端、劣化した木の素材は「キキィィィ」という甲高い音を辺りに響かせた。
当然その音は扉の奥にいるであろうアルバともう一人にも届いた。
「誰だ!!誰かそこに居るのかっ!!」
アルバが勢いよく椅子から立ち上がる音がする。
ヤバッッ!!
俺は思わず後ずさった。
キンッ カランカラン...
だが、その瞬間俺の右ポケットから何かが落ちた。
「やはり、そこに誰が居るのだな!!くそっ!まさか盗み聞かれるとはっ!!」
俺は脇目もふらずに急いでもと来た道をかけ戻った。
ーー・ーー ーー・ーー
俺が小花代達のいる食堂へ戻った時には既に夕食は終わっていた。
俺が居なくなったことに気がついた小花代と綾崎が心配して待っていてくれていたが、二人に迷惑になるといけない思った俺は、先ほどの事を素直に打ち明ける気にはなれなかった。
その後精神的な疲れが溜まっていた俺は、すぐに自室へと戻り眠りについた。
しかし、もう既に悪夢が始まっていたことをこの時の俺は知るよしもなかった。




