プロローグ
~追記~
この本は魔装国家ラグファルクの偉大なる二代目皇帝の命の元 書かれたものであり、また、全て偽りなき真実であることを頭の片隅に覚えていて欲しい。
あの忌々しい戦争から今日で幾余年が過ぎた。
しかし、私たちの記憶には未だにかつての惨憺たる光景が克明に残り続けている。
人だけではない。動物達は多くの種が無常にも滅んでいった。見慣れていた森や大地は大きく変わり果て今も戦争の悲惨さを物語っている。
私は国の宮廷書士としてこの国を回り、数え切れない人々と出会ってきたが、誰一人としてこの残酷な過去を忘れている者はいなかった。
だが、我々の子孫は違う。何世代もの時が移り変われば、戦争の歴史は像話の伝説となる。変わり果てた地形も次第に自然へとかえり、完全に過去の姿が消え去った時、再び歴史は繰り返されるのだ。
皇帝はそれを憂い、御嘆きになられた。
そこで、皇帝は宮廷書士であった私にこの歴史書を書かせることで後世に戦争の歴史を残し続けることを御命じになった。
故に、今から記すことは皇帝ご自身が経験した過去の記憶であり、また、この話は忘れ去られたある一人の勇者様の英雄譚でもある。
皇帝はその勇者様について何時もこう語っていた。
「闇を支配した魔属性勇者であった」と。
もう一度言おう。この本に書かれたことは全て真実である。私に出来るのは一文字でも多くこの話を文字に起こし世に広めることだけだ。
最後に、この本が決して廃れることなく、先の未来に生きるの全ての子孫に語り継がていくことを切に願う。
王宮書士団 ウェルトン・カール 著
『王国創世記』より
今日最後のチャイムが鳴る。
先生が出ていった後、待っていましたと言わんばかりに辺りが騒がしくなった。
「帰りカラオケ寄らない?」
そんな楽しそうな会話がきこえてくる。
今は放課後。部活やら、遊びやら、デートやらの話で盛り上がる時間帯だ。こんなんでも一応は県内屈指の進学校である。
一転話は変わるが、今日の学生の品格というのは基本的に学力と学歴によって決定されている。他よりも頭が回る者、抜きん出た才能を持つ者、素晴らしい肩書きがある者は周囲から持ち上げられ、同等に期待という名の重荷を背負わせれるのだ。
そして、ここに通う未来有望な生徒達は、勉強ばかりじゃいつかは挫折してしまうという事を身をもって知っている。だからこそ気を抜ける時だけは、精一杯羽を伸ばして遊びたいと思うようになるのかもしれない。
しかし、そんな中にも例外はいる。何を隠そうこの俺だ。
『目立たず、関わらず、出しゃばらず』をモットーにしている俺は遊びに誘う予定も誘われる予定もないので一人帰りの支度をして席をたった。
別にぼっちじゃない。他人と関わるのが面倒なだけ。
どこのクラスにも一人はいる、誰からも嫌われているわけじゃないけど近寄り難いやつ。俺はそいつだ。
自慢じゃないが、俺は昔から人一倍に勉強が出来た。家で復習とかした事ないし、それでも学校のテストでは「優秀だね」と言われる位の成績を残せた。それは、この学校に入っても変わることはなかった。
周りの生徒達が置いてかれぬように必死に勉強する中、俺だけは簡単に点数を取ってしまう。
それを見て誰もが妬み交じりに言うのだ。
「悠馬君は勉強が出来るからいいよね。」
そして俺はそんな奴らに対して常日頃から思うのだ。 うるせぇよ、と。
その恨みつらみはお前らを低い知能指数に産んだ親に言うことであって俺にぶつけることじゃない。
俺はそんな状況が嫌になって他人と関わるのをやめた。
何度も言うが、俺は陰キャではない。人と関わろうとすれば普通に接することは出来る。また、常に近づくなオーラを放っていることも相まって、誰からもいじめられることはなかった。
まあ、そんな俺にも唯一親しい仲と言える人物も居ないこともないのだが……
それにだ。このクラスにはいじめられっ子が実はもういるのだ。
「なぁ百鬼、今からゲーセン行こうと思ってんだけどさぁ、おれら今月はもう金なくて、奢ってくんない?」
教室の片隅でそんな声が聞こえてくる。
「佐藤君、ぼ、僕も今月はもうお金なくて...それに一昨日もボーリング代全員分僕が払ったよね」
「は?何?俺の言うこと聞けねぇの?」
「ハハハ、やめてやれって佐藤、百鬼ちゃんがびびってお漏らししちゃうから」
いつも通り、いじめっ子三人が同じクラスの百鬼 春虎を取り囲んで金をせびっていた。
佐藤の威圧に口をつぐんでしまった百鬼。いつもはクラスの女子が止めに入るのだか今日はいないようだ。
見てていい気分じゃないが、別に助けてやろうとは思わない。
どうせ、俺一人が何か言ったところで何か変わるとも思えないし、個人的にはいじめられてしまう様な成りをしている百鬼本人も悪いと思うからな。
何より佐藤たちの標的が俺に移って毎日バカ三人の相手をするのは何としても避けたい。
こうやって相手を軽視してしまうのは悪い癖だとは思うが、これまた別段直そうとは思えない。
だって、他人が俺より劣っているのは事実だから。
四人をよそに廊下に出る。相変わらず廊下はガヤガヤ騒がしい。
高校生にもなって廊下を通るときのルールも守れないのか。
壁に「廊下は走らず騒がず右側歩行」と書いているポスターが貼ってあるだろうに。
そんな事を考えながら、昇降口の下駄箱で靴を履き替える。
その時だった。
「悠くん、もう帰るの?」
背後で俺を呼ぶ声がした。
俺のことをそう呼ぶやつは一人しかいない。
「よう小花代、お前も帰りか?」
「うん、どうせまた部活にはいかないんでしょ。だったら途中まで一緒にいこうよ。」
この声の主、整った顔とねじれっけひとつないドストレートのロングヘアで校則規定通りの高さのスカート、絶壁の胸部、いかにもな清楚系ヒロインのようなこいつは俺の幼馴染兼クラスメイトこと小花代 桜羽である。
「そうだな。俺は構わないが学校のアイドルであるお前が、こんな冴えない一匹狼とつるんでたらきっと悪い噂が立つぞ。……一応言っとくが、俺は部長公認で幽霊部員になっているからな。小花代が思っている程素行は悪くないぞ。」
「もったいないなぁ、中学の時は東北大会とかにも出てそれなりにカッコよかったのに、そんなに剣道は嫌いなの? ……それと、私も念のため言っておくけど、私はアイドルになったつもりはないし、わたしと君じゃ噂すら立たないってこと忘れないでほしいな。」
「……」
小花代はフフッと笑うとイジワルそうに笑った。しかし、そんな顔も可愛らしい。
俺はハイハイと小花代の話を受けながす仕草を取った。
小花代は、スルーされたことが気に触ったのか頬を丸くふくらませた。
そんな顔もまた可愛い。
彼女はあまり人とつるまない俺の数少ない友人と言える人物だ。家がご近所で小さい頃から一緒にいた事もあって小花代と俺は気の置けない仲ではあると思う。
そのおかげか学校ではお嬢様キャラを装ってる小花代も俺には砕けた言い方になる。
まるで青春マンガのような関係だが、実際はどうやら小花代にとって、俺は家族、それも弟のような存在らしい。(そういう俺は、可愛い妹のようにしか思えない)
「俺の部活のことはいいが、小花代こそ生徒会の仕事はいいのか?」
元々剣道は父親の意向で無理やりやらされてただけだったので、高校では自由を謳歌しようと心に決めていた。今さら小花代に何か言われても戻る気は毛頭ない。
「今日は生徒会は休みだから大丈夫だよ。それよりもさ、今週末買い物に付き合ってくれない?新しい下着買おうとおもってて」
突然、小花代が上目遣いで買い物に誘ってきた。
ああ、またか...
俺は小さくため息をついた。
昔から俺と仲のいい兄妹感覚でつるんできた小花代は、時たま一緒に買い物にこうと誘ってくる。
俺も、ただの買い物に付き合うぐらいだったら、家の中でぐだぐだ過ごしている間の気晴らしに丁度いいので、ついて行ったりするのだが、高校生にもなって男女で下着を買いに行くのは、いくら兄妹みたいだからといっても流石に恥ずかしいこと極まりない。
仮にも俺は思春期真っ盛りの男の子なのだ。それに、買い物中の周囲の視線が痛すぎることをこいつは知らないだろう。
「下着をつけるほどのものは持ち合わせていないだろうに…」
小花代の首元の少し下を見て愚痴をこぼす。
即座にタイキックが飛んできた。
「イテッ!」
小声で言ったつもりだったが聞こえていたか...
「悠くんそういうとこだよ。」
「すいませんでした。」
その後、なんやかんやで小花代に機嫌を取り戻してもらうために余計な出費をすることになったのだった。
ーー·ーー
翌日、何故か俺は朝からカースト上位の女子たちに囲まれていた。
「あんた、昨日桜羽と一緒に帰ってたでしょ。」
グループのリーダー格である綾崎礼嶺がいかにも不服そうな顔で聞いてくる。いや、もはや脅迫である。
何なんだ全く。朝から不機嫌にさせないでくれ。
そんなに俺と小花代が一緒にいるのが嫌なのだろうか?
俺なんかと一緒にいると小花代の品格が落ちるとでも言いたいのか?
もし、そんな理由で絡んできているなら本当に良い迷惑だ。
「見間違いでは?」
「昨日、あんたと桜羽が一緒にいるのを見たってやつがいんだよ。ごまかしてんじゃねーぞ。」
どうやら回避不可能の様だ。
ていうか、小花代は「私と君じゃ噂にすらならないよ」って言ってた気がするのだが....
余裕でうちの女番長が気にしておられるのですが……
どうしてくれるんでしょうか。
それよりも、早く登校して来てください、今日に限ってどこで道草くっているんですかね?
「昨日はたまたま帰る時間がかぶっただけで、俺なんかが小花代さんと帰れたのは奇跡中の奇跡と言いますか...」
「あら?それにしてはとても仲がいいように見えたのですが私の気のせいだったかしら?」
もう一人のリーダー格の女子生徒が問いただしてきた。
面倒くせえ。
言い返そうとすればこんなイキり野郎たちが泣いちゃう位のことは言える。しかし、このクラスの支配者とも言えるこいつらを敵に回したら、その瞬間俺の安泰な高校生活は終わりを告げるだろう。
あぁ、マジて面倒くさい。
俺はまだ教室に入ってきたばかりで今日の授業の準備すらできていないんだ。
お前らみたいな、低脳な奴らと話している時間はないんだよ。
俺も怒りを我慢するのもやめて、もういっそのことこいつらを完膚なきまで言い負かしちてやろうかと思い始めてた時。
「礼嶺も鏡華も、それくらいで十分だろ」
突然さわやかなイケメンボイスが割って入った。
「隼人...」「隼人君...」
俺を取り囲んでいた女子たちが振り返る。
神楽代 隼人
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、人当たり良しの完璧超人で彼氏にしたい男堂々第1位のイケメンくんだ。
「二人ともそんなに言わなくても...それに京くんも悪気があったわけじゃないんだろう?」
予想外の助け舟だ。これに乗らずに何に乗るというのか。
「あ、あぁ、偶然昨日小花代さんに話しかけられで……でもその後すぐに別れたし…」
俺は迷わず答えた。
「ほら、京くんもこう言ってることだし、この話はもう終わりにしよう。これ以上話してもお互い気分が悪くなるだけだ。」
この言葉にはさすがの綾崎も引くしかなかった。
もう一人に関しては「私もそろそろ飽きていたところでしたの。」と甘い口調で神楽代にすり寄っている。
さっきまでの俺に対する態度はとっくに消え去っていた。
人を選ぶぶりっ子は本当に怖いな。
神楽代の裁量のおかげで、その場は何事もなく収まった。
ところで、今さっき俺を助けてくれた人にこういうのはなんだが、個人的に俺は神楽代のことが苦手だ。
これまでの17年間の人生で人を見る目は人並み以上に養ってきたつもりだが、神楽代からは綾崎礼嶺とは違った圧力を感じる。
さっきもそうだ。上辺だけ見れば神楽代が女子たちを諭しているように見えるが実際は綾崎礼嶺が黙ってしまうほどに強制力があった。そして何より神楽代は本当の顔を隠している...ように思える。
かくはともあれ、難は去った。これでまた俺の楽しい高校生活が待っている。よかった一安心。
ガラガラガラ
「皆さん、おはようございます。」
暫くしてやっと桜羽さんご本人が出勤してきた。
「桜羽!おはよう、今日は少し遅かったね。どうしたの?」
桜羽に気づいた女子生徒が心配そうに聞いた。
「めざましに気づかないで寝坊してしてしまいました。もう最悪です。」
あらあら、本当に最悪な理由ですこと。なんでよりによって今日寝坊するんでしょう。
こっちはあなたのおかげで朝から精神すり減らしていたというのにたいそういい御身分で...
周りにバレないように少し文句を言ってやろうかとも思ったが無理そうだったので断念した。
ーー·ーー
今は5時間目の数学の時間、昼食後の授業という事で皆眠そうだ。
かくゆう俺も10分ほど前から睡魔と絶賛格闘中。
まぶたが重い。こんなに眠気に襲われるのは久しぶりだ。
そこそこ勉強できることしか取り柄のない俺がここで落ちるのはまずいな。
そんな事を考えている時だった。
俺はある違和感を感じた。
まて、何かおかしい。なんだこの違和感...
「..う...っ!」
その時、急激な睡魔に襲われた。
睡魔は俺から思考能力を奪っていく。
ダメだ!ここで寝てはいけない気がする。寝たら何か大変なことなると俺の本能が警告してる。
そこでようやく感じた違和感に気がついた。
「....なんで俺以外みんな寝てるんだよ!?」
この時間帯がどんなに眠くなりやすい時間といっても俺以外のクラス全員が、優等生の小花代や、神楽代まで頭を伏して寝ているなんて明らかにおかしい。
先生はなんで起こそうとしないんだ。
クラスのほとんどが寝ているんだぞ!?
クラス全員で結託して寝たふりをしない限りそんな状況は起こりえないんだ。
それをまるで気づいてないかように授業を続けて、
....いや、俺たちが見えていないのか?
もしくは先生の目には俺たちがちゃんと授業を受けているように映っているとか?
ダメだ、これ以上は意識が持たない、クソ、どうなってるんだ!
その瞬間また急激な睡魔が襲った。
「クソ...が...」
一瞬にして視界が白く光り、俺は眠気に逆らえるはずもなく意識を手放した。