≪6≫ 薔薇の騎士1
モンテローザへ出発する日、朝から2人は気がたっていたのかケンカを繰り返していた。
特にディシュルは朝早くからアシュガの部屋にやって来てアシュガの服装チェックに余念がなくあれこれ指示を出すので、アシュガはその度に部屋にから追い出そうとした。
今もずっと居座っている。
アシュガは今朝は外見を整える気が更々なく、ディシュルのことばかり気になっていた。
「もう少しアップにする髪の量を増やしてみて」
髪結い師にアレコレ指示するディシュルに
「私より自分の仕度をしてよ!」
とアシュガはかみつく。
石は持ってるか?とか医務官は?光院師は?とアシュガはディシュルが心配でならない。
「アシュガが思い付く事なんて、とっくに済ませている」
とディシュルは暇潰しかアシュガの頬を伸ばしたり縮めたりしていた。
「やめてよ!」
万事この調子で落ち着く暇なく、気を和らげるためか絶えず動き旅支度を整えて、慌ただしく馬車に乗り込む。
馬車が出た後は嵐が過ぎ去ったかのように王城は静まりかえった。
馬車の中でディシュルはアシュガの帽子をとっていた。
レースのリボンが付いたつばの広い綺麗な帽子だ。
「馬車の中では邪魔でしょ」とアシュガの顎に手をあてリボンを手解きながらディシュルは微笑む。
「だから帽子はいらないって言ったのに」
アシュガはつれない返事をした。
そのまま顎を持ちディシュルは、アシュガの頬にキスをした。
「ディ、ディシュル!」
アシュガは顔を赤くする。
「今朝から怒ってばかりだよ、アシュガ」
アシュガの顔を優しく擦りながら、青い瞳がアシュガの唇をずっとみている。
「ディシュ・・・」
そしてそのままディシュルの綺麗に整った顔がゆっくりと近づいてきた。
「あ、あー!竜が飛んでる!珍しい!!」
アシュガはガタッと立ち上がり、窓を指さした。
ディシュルはきょとんとしたが、竜をみて
「おお、紅竜なんて珍しいな。あの色の竜に乗れるのはサントゥアーリオの人ぐらいだ。」と目を輝かせる。
「竜に乗れるって?」
とアシュガが聞くと色々教えてくれた。
「この世界にはたくさんの種類の竜がいるけれど、竜は乗り手を選ぶんだよ。自分の血に合った乗り手じゃないと従わないんだ。」
ビアンカローザの騎士団は蒼竜に乗る。
その中でも蒼光竜に乗れるのは騎士長か王くらいなんだと教えてくれた。
「特に蒼光竜はカッコいいよ!アシュガにも今度、僕のリヴァイをみせてあげる」麗人は薔薇の騎士らしく、竜が大好きだ。
「でも1度でいいから、金竜とは言わない、黒竜に乗ってみたいな。竜皇が羨ましい。きっと血が沸き立つだろうね」と青い瞳をキラキラ輝かせた。
「黒竜なんてみたことない。本当にいるのかな?」とアシュガは言った。
「僕はいると思うよ。黒竜を竜皇より早く見つけて内緒でこっそり乗れないかな?」と笑う。
「私も乗りたい」とアシュガが目を輝かせると
「子豚ちゃんには普通の緑竜でも無理だろうね。マダラの竜なら来てくれるかな?サークラ豚だからお恵みで」とからかうから
「絶対に黒龍に乗ってやる!」と反論する。
「竜は神聖なんだぞ!侮辱は許さない!」
と怒るディシュル。
また取っ組み合いになる。
お決まりのパターンでディシュルが力でねじ伏せて
「欲張り豚は竜の尻尾に打たれて反省すればいい」
と泣いているアシュガをお構い無しに叱りつけた。
「ディシュルの馬鹿。暴君こそ竜に踏み潰され・・」まで言いかけて
「ディシュル大丈夫?」
と急に血の気が引いた麗人の青い顔をみた。最近はすっかり血色が良くなったディシュルの顔しか見ていなかったから、初めて会った時の彼の顔と重なる。
「だ、大丈夫。少し馬車酔いしたんだ」と麗人は言った。
アシュガは魔女の呪いを思う。
「少し休ませて」とディシュルはアシュガにもたれかかった。
アシュガはそのままディシュルを膝の上に乗せて寝かせた。
ずっと手を握り女神に祈る。
どうかディシュルを取り上げないでくださいと。
モンテローザの街に着いた時にはすっかり日も落ちていた。
ディシュルの様子をみて掛かり付けの医務官が首を傾げる。
「呼吸も脈も正常。意識もお有りだ。熱もない」
その後、蒼光師も徐呪の処置をしてはみたが回復する様子はなかった。
ベッドの上でディシュルは
「アシュガ、側にいて」としきりにお願いしている。
「ディシュル、ここにいるから」とディシュルの手を握ったままアシュガは言った。
その晩はディシュルと一緒に寝る事にした。
アシュガはずっと苦しそうなディシュルの体を擦っていた。
ふと何者かに操られたかのように、アシュガの意識が薄れ眠りに落ちる。
まるでこれから起こるであろう悲惨な惨状を見せないようにするかのように。
「アシュガ、ちょっとだけ、ね、唾液をちょうだい」
マガが手のひらサイズの壺を持って来て頼んでいる。
「や、やだよ。しかもその壺いっぱいに?大きくない?」
マガは恭しく跪き
「祝福のサークラ様のお恵みを。その血には無限の保護を受けられておられます。」
そしてニヤリとして
「血をくれと言ってる訳じゃないんだからさー」とアシュガに迫る。
「ひ、ひぃ」とアシュガは口を強引に開けさせられ、だらだらとヨダレを垂らした。
「すっごーい!これで最高級の保護の呪符が作れるわ!そんじょそこらの呪いなら木っ端微塵に消滅だよ。」
ヒヒヒと魔女の様な声をだし姉は壺を掲げクルクル回りながら、ひーはーと言っている可愛い妹を尻目に、何処かに消えた。
「お姉ちゃん・・・」
アシュガは自分の声でおきる。
そしてベッドから飛び起きた。
「な、な、なんでー??」
一瞬、自分は黒い海にベッドごと投げ出されたのかと思った。
黒いいくつもの波に似たうねりが部屋中に溢れている。
海から這い上がるように伸びた手のような影がいくつも沸き上がっていた。
似たような光景をみた事がある。
身代わりの石で呪いをかけられそうになった時だ。
「ディシュル!!」
アシュガは隣をみたが、ディシュルの姿はなかった。
はっと気付いてバルコニーの方を見る。
バルコニーの扉が空いている。
アシュガは得たいの知れない黒いエネルギーを掻き分け、バルコニーまで走った。
外に出て更に驚いた。
モンテローザの館が黒い海の上にあるように、辺り一面、黒い波がうねりをあげている。
空も暗く、あの月の光がなければ、どこからが空で、どこからが海なのかすらわからない。
彼方から、おぞましい祝呪歌が聴こえてくる。
良く見ると海の上、遠くに2人の人物がいるのがわかった。
ディシュルに良く似た、サンタローザ様生き写しのような綺麗な女性が笑顔で手を振っている。
隣には背の高い端整な顔だちの男性が腕を回して合図をしているようだった。
「ああ、父上、母上」
ディシュルが隣に立っているのに気が付いた。そのまま前に進み柵を超えて海の上に立つ2人のもとに行こうとしたので、アシュガは急いでディシュルの腕を引っ張った。
彼に触れた途端、黒い海も人の姿も刹那に消えた。
下をみると底抜けの黒い崖だった。
「ああ、消えた」
身を乗り出していたディシュルが怒りと涙で濡れた瞳で振り向く。
「アシュガなんてことを」とアシュガの肩を掴んだ。
アシュガはディシュルの体から得たいの知れない黒いエネルギーを感じた。
それはアシュガに欲情とも支配欲とも似た感情を与えた。
ディシュル、私なら吸い出してあげられる。
アシュガは何も言わずディシュルの唇を奪った。
ディシュルの体がビクッと動き驚いていた。
そんなことはお構い無しに、黒いエネルギーを吸い上げる。
ディシュルの唇は柔らかい。
漏れる息を肌で感じながら夢中でディシュルの口に舌を入れて掻き回し飲み込む。
ディシュルの唾液が黒いエネルギーと混ざり濃厚な甘い蜜のようだ。ああすごい、これは血になるには時間がかかるだろうか?全て飲みほしたい。
意識とは違う感情に突き動かされてアシュガはディシュルを夢中で貪っていた。
「アシュガ、アシュガ」とキスの間中、ディシュルが自分の名前を呼ぶ。
気がつけばきつく抱きしめられていた。
甘い快楽に頭がくらくらとしてきた。
「ディシュル、もうそろそろ部屋に行こう」とアシュガは言った。
ディシュルは赤く染まった頬に、潤んだ瞳でアシュガをみた。何かを期待した顔になっていた。
ベッドに入ってディシュルを寝かせて、アシュガはディシュルの顔を覗くようにしていった。
「あの、ディシュル。今度はアシュガのをたくさん飲んで欲しい」ディシュルの両頬に手を添えてアシュガは言った。
「アシュガのはまるで濃厚な甘い蜜だ。全部欲しい」うっとりと言い、ディシュルはアシュガの後頭部に手をあてる。
アシュガとディシュルはお互い奪い合うようなキスをした。
ディシュルの黒いエネルギーを吸いきったアシュガは、今度は自分の唾液をディシュルにたくさん飲んで欲しかった。
どんな呪いでも跳ね返せるように。
どのくらい時間がたったのか、ふたりの息づかいや漏れた声が部屋に響く。
アシュガがふと顔を上げディシュルのロザに目をやった。
いつもより強く光っている気がする。
「アシュガ」
下からディシュルがアシュガに催促のキスをする。
「やめないで、まだ、もっと欲しい」
たくさんキスを繰り返しながら、アシュガはディシュルから抜け、顔を彼のロザに近づけた。
「アシュ」とディシュルがアシュガを引き戻そうとする前に、アシュガはディシュルのロザに舌をあてなめた。
「あ、あ あ!」
瞬時に2人とも体が痺れ、ぞくぞくと血が沸き立つ感じを受ける。
「な、何いまの?」
ディシュルが意識の奥から艶のある声を出した。
横を見ると、アシュガは気を失ったかのように眠っていた。