≪4≫ 魔女のいる世界
さっそく次の日からアシュガはお城の宝探しを開始した。
「薔薇が浮かんでいたのはここかな?」
アシュガは城壁に顔を押し当て、ロザが反応するかと探していく。
するとぼんやりと壁の中から薔薇の影が見えたような気がした。
「近そうだな」
と思い、また周囲を探していく。
端からみればアシュガは奇行に走ったかと思われるだろう。
実際に壁に顔を当てているアシュガを見たディシュルは、何度かアシュガのお尻を蹴りに行った。
その度に宝探しは中断するのだが、アシュガの好奇心は押さえられなかった。
この城には何かあるーアシュガはそう思った。
アシュガが西側の城壁を一通り探検して分かったのが、たぶん城壁の中には秘密の部屋があり、そこに祝福の白薔薇か、はたまたお宝があるのではないかというものだった。
城壁の中の魔法のお部屋、思うだけで血が沸いてくるようだ。
この感覚ならおもしろいものがある!間違いないなさそうだ!!
問題はその入り口がどこにあるのか。
城内からみた限り、入り口らしいビジョンはロザに入ってこなかった。
ふと、アシュガは城下町に続く西門に目をむけた。
「あ」
と思った瞬間にロザが光った気がした。
たぶん彼処で間違いない。
アシュガは西門へ向かう。
そこで衛兵がアシュガの前に現れ
「サークラ様を外へ出すわけには参りません」と言って立ち塞がった。
「外にでないから、門の前の城壁を調べるだけ」
そう言うと衛兵は不思議な顔をする。
「いけません。王様の許可が必要でございます」
「ちょっとだけ。すぐに終わらせるから」
アシュガは頼み込んでみたが
衛兵からすれば、ただの城の壁に何があるともわからず、一層不審がらるだけだった。
一瞬で良いのだ、アシュガは衛兵の下から抜け駆けて外に出ようとしたが
「あ、いけません。本当に困ります」
と、衛兵にヒョイと体を持ち上げられてしまった。
「何をしている!!」
持ち上げられたアシュガの更に頭上から声がした。
ディシュルは馬車に乗っていた。
外出するのか、羽根の付いた上品な帽子と上等なマントをはためかせ、やはり優雅に馬車から降りてきた。
「城から逃げ出したら、本当に命がないぞ」
麗人の威圧感に押し潰されそうになりながら
「違うよ。西門前の城壁を調べたいだけ」
アシュガは必死に訴えた。
「はぁ?城壁を調べると?」
ディシュルの声色が怒りに変わる。
「そう言って隙を付いて逃げ出す気だろう!自分の立場が分かっているのか!下賎豚!」
そう言ってアシュガを更に睨み
「王様にお願いして、鎖で繋いでもらおうか!家畜にはお似合いだ!」
と言いきった。
「本当に調べたいだけだ!ディシュルはずっと王城にいるくせに何も知らないんだな!」
アシュガも怒って言い返した。
「なら証拠をみせろ、城壁?何がわかる?」
と意地悪く笑うディシュルに
「なら西門前まで一緒に来てよ。ディシュルなら見れるかもしれない」
とアシュガが答えた。
「何もなければ鎖で繋いでもらう」
と言うとディシュルはアシュガの手をとりそのまま西門前に投げ捨てた。
「いっつ」
と地についたアシュガはディシュルを睨みつけたが、すぐに城壁に顔を当て探してみた。
ディシュルはその整った顔から侮蔑の視線しか送らない。
アシュガは目を閉じ集中してロザの力を信じた。
あるところでロザに強い光が刺さるのがわかる。
全身の血が奮う。
ニヤリとしたアシュガが目を開けた。
その瞬間に白い薔薇が目に写る。
視野が一気に広がり、部屋の内部を写し出す。
天井には夜空が、星が今にも落ちそうに輝いている様子が描かれていて、本当に夜空を見上げているようだ。
中央には王の間でみたようなサンタローザの像が、浮かんでいる溢れんばかりの白薔薇を手で抱え込むように立っている。
美しく神秘的なー
と思った瞬間に横からアシュガは弾き飛ばされた。
「何をするんだ」
と言おうと思ったがアシュガは抗議の声を飲み込んだ。
ディシュルのロザが光り、城壁に顔を埋めて驚きに満ちた美しい横顔を見たからだ
女神の信仰を体現しているようだった。
アシュガは端からロザが光る光景を初めてみた。
「信じられない」
と小さな声で言ったディシュルは、何を思ったか、そのまま馬車にアシュガを乗せた。
後列の馬車から従者が出てきたが、お構い無しに馬を出発させた。
アシュガは震え上がった。
これは誘拐か、拉致か、はたまた殺人になるのでは!!
アシュガは馬車の中の隅でうなだれた。
「ここ数日の奇行はそういうことか」
馬車に揺られながらディシュルは言った。
「城壁の中に部屋があるなんて何故わかった?」
鋭い視線をアシュガに投げる。
「ひぃ」
とアシュガは情けない声をだして、思わずポケットを触ってしまった。
「何を隠し持っている!」
ディシュルは乱暴にアシュガのポケットから薔薇の球体を取り出した。
「やめて、返して」
アシュガは取り返そうとしたが、頭をディシュルに捕まれて闇雲にジタバタしたままだった。ディシュルはもう片方の手で球体をまじまじと見た。そしてロザを薔薇の球体に押し当てる。
球体が開き、中から浮かび上がる王城と薔薇の宝の地図に驚いていた。
「これは」
と言葉を失ったあと
「これほどのものを何処で見つけた!」
と、アシュガを問い詰めた。
アシュガは宝物を、自分だけの秘密を取り上げられて、しかも結局魔法の部屋の入り口は分からず仕舞いだし、心底悲しみながら答えた。
「ディシュルに池に投げおとされた時に見つけた」
ディシュルは少し嫌な顔をした。
そして球体を自分の懐にしまった。
「何で、私が見つけた物だよ!返してよ!」
アシュガは抗議したが頬をつねられて
「王城の物を勝手に持ちだすな」
と言われた。
アシュガは悲しくて睨み返すと
「泥棒になりたいのか?」
とディシュルの圧迫に脅され返り討ちにあった。
「じゃ、王様に渡すから返してよ」
アシュガは何とかやり返そうとする。
「誰に向かって話している?僕は次期国王だ」
そしてアシュガは馬車の中でもお尻を蹴られた。
「ディシュルは乱暴だ。もうここから出してよ!」
アシュガは抗議した。
ディシュルの青い瞳に影が差し、憎しみの込もった声を出した。
「城から自分だけ逃げ出せると思っているのか?サークラでありながら、こそこそ14年間も隠れていたくせに!」
「なんだと!」
アシュガが言うが早く、ディシュルの手がアシュガの肩を掴んだ。
「醜いサークラ。これから君はこの城で一生飼い殺しにされるんだ」
アシュガはディシュルの頬を平手打ちにしようと思ったが片手で遮られる。
手を掴んだまま、ディシュルはアシュガに顔を近付けて
「誰にも愛されず、娶れず、存在さえ忘れられ枯れていく運命なんだよ」
アシュガは息が上がった。
「な、何を言って」
ディシュルは睨み付けながら
「身分不相応なサークラはまだ何もわかっていない。好き勝手に渡り歩き危険分子な子をつくられては大変だ。サークラは高い確率で血に影響されるからね。僕が王になったらそのまま引き込もってもらう」
アシュガの目の前で、その青い瞳のサークラは呪いの呪文を唱えるようにそう言って笑った。
悦に入ったかのような官能的な笑いだった。
馬車は目的地に着いた。
逃げないようにディシュルはアシュガの手を掴んでいる。
「痛い」
しかしアシュガはおとなしくついていく。
暴れても仕方がないのを理解した。
外に出たアシュガは村の様子をみて驚いた。
雰囲気がアシュガのいた村に似ている。
特に小さな丘の上に建つ建物、直ぐにそれは魔堂だとわかった。
蒼院の様な祭事場所に魔女はいない。
魔女は魔堂にいるものなのだ。
魔堂があるのは珍しいことだとアシュガは知っている。
ディシュルはきっと魔女に会いにいくのか。
アシュガはそう思った。
先ほどからディシュルは無表情のまま魔堂に向かっている。
でも魔女に会いにいくなんて、一体をするつもりだろう?
魔堂の中は薄暗く、ステンドガラスから光がおぼろげに入ってきた。祭壇中央のサンタローザ像の前に、ひとりの老女がいた。
青と紫のオッドアイの老女は、アシュガの村にいた魔女と目の色さえ似ていた。
アシュガは悲しい嬉しさが込みあげた。
魔女の特徴は第一にオッドアイであること。
しかしこの魔女は忌み嫌われた存在とはいえ、まだましである。
姉の様な赤目が混ざっていないのだから。
「これはこれは、ディシュル王子」
ゆっくりとした口調で老魔女は話す。
「そして」と言ってアシュガをみる
「祝福されたサークラ様」
老魔女はにこやかに微笑んだ。
「暗紅色の髪に紫紺の瞳。生きて祝福のサークラ様にお会いできるとは思いませんでした。」
アシュガは誉められた様で嬉しかった。
「ご機嫌よう、老魔」ディシュルは短く挨拶をして「これが例のものだ」と言った。
小さな綺麗な箱を開けるとそこには割れた石が入っていた。
アシュガはみたことがあった。
これは身代りの石だ。
「ああもう!また失敗だ!」
マガは頭をかきむしる。
「もうやめてぇ、こ、こわいよー」
オドロオドロしい魔法陣のなかで腰を抜かして泣いているアシュガ。
「可愛いアシュちゃん、もう少しだけ我慢してね。サークラの力が必要なのよ。なんせスーパーストーンを家族分つくらないと!」
マガは魔法陣に手をかざし
「魔女の令だ!光れ!」と呪文を唱えるとフワリと魔法陣が七色に光出し、浮かび上がる。ニヤリとしたマガは、魔法陣を書き出したり、消したり、呪文を唱えたり、火を吹いたりした。
わーわーとアシュガは泣いている。
魔法陣がまだまだ次々と浮かび上がる、宙に浮いてクルクルと回りだした。
「きたきたきたー!」
マガの喜びもつかの間、浮き出た魔法陣が急に黒く光りだしたと思ったら、そこから黒い長い手のような影が出てきて辺りを飛び回る。
「あ、あれ?間違えた?」
マガは狼狽えたが、もう手がつけられないくらいになっていた。
地面を黒い手が徘徊する。
「や、ヤバイ。なんで?呪いなんてかけてないのに?」
アシュガは恐ろしくて声も出せなくなっていた。
アシュガを取り囲むように、黒い流れ手が輪を作り始める。
「だ、ダメ!魔女の令だ!あ、赤目よ、光れ!」
姉が急いで呪文を唱えたが、通じる気配すらない。
アシュガの視界は黒く塗り潰されようとしたその時、
「魔女の令に沿う!光れ!」
突然大きな衝撃と閃光が走った。
黒い影は一瞬にして消え去った。
「マガ!アシュガ!」
後ろから父と老魔女が慌ててやってきた。
魔法陣と割れたたくさんの石をみて、父はマガの頬を激しく平手打ちした。
普段穏やかな父が見せた、最初で最期の子に手をあげた姿だった。
そして泣いているマガの顔を両手で挟み
「二度と身代わり石を作ろうとしてはいけない。大きな代償を支払う事になる。マガ、君はそれが何たるかを知らないんだ!」と言った。
父の目からも涙が溢れていた。
「この割れようは・・・残念ですが、石は元にはもどせません。」
老魔女の声にアシュガの意識は魔堂へもどる。
最初から期待はしていなかったのか、ディシュルはそうかと精気なく答えた。
「しかしディシュル王子、貴方様は身代わりの石以上のものを持ってこられた。モンテローザには、こちらのサークラ様と一緒に行かれるがよろしいでしょう。」
と言ってアシュガを見た。
「素晴らしく力強く血に保護を受けたお方です。きっと全てが上手くいくことでしょう」
老魔女の言葉に無表情だったディシュルの端整な顔から少し精気がわく。
老魔女はアシュガに微笑んだ。
アシュガは慣れしたしんだ村の老魔女を重ねてその老女をみた。
父がマガを叱ってすぐ、後ろから来た老魔女が父の肩に手をおき「なにも心配いらない、まだ何も始まっていなかった」と言ってマガとアシュガの顔をみて安堵した。
「大丈夫。私たちは間に合った」と、老魔女は2人の上に手をかざし
「魔女の令に沿う。光りあれ!」
すぐにマガとアシュガの血に保護を与えてくれた。
父は二人の子を痛いくらい抱き締めて、老魔女にお礼を言っていた。
幸せな日々は、今が幸せな時だと教えてくれないらしい。
あんな恐ろしい事件でも、時が戻るなら帰りたい。
アシュガは喪失と孤独の中から、初めて客観的に幸せな日々を眺めているように感じた。
帰りの馬車の中でアシュガは小さく丸くなって泣いていた。
望郷の思いが強くなったが帰る場所はない。
「いつまで泣くんだ」
ディシュルは言った。
「う、うるふぁい」
泣きながら抗議するアシュガ。
ふーっと息をしてディシュルはアシュガの隣にくるとその手をとって自分の前に抱いた。
「なっ何を」
と言ってアシュガは抵抗したが、後頭部に手をまわされディシュルの胸に顔を押し込まれた。
ディシュルは反対側の手で優しくアシュガの背中を擦ってくれた。
「おまえの村に魔女がいたんだな」
ディシュルは言った。
アシュガが驚くとディシュルはふっと笑った。
「普通は魔女がいたら皆驚いて逃げる。呪われた存在だから。でもアシュガはあの魔女を好いているようだったし、身代わりの石すら知っているようだった。」
とアシュガの背中を擦りながら言った。
「あの魔女を見て村が恋しくなって泣いてるんだろ?」
ディシュルはアシュガの耳元で優しく問いかけた。アシュガはそれに答えずに
「ディシュルはどうして身代わりの石を持っていたの?」と聞いた。
「僕の母上さまはサークラでね、そのお命と引き換えに与えてくださった。」
青い瞳に影が宿る。
「去年、モンテローザに行ったら息ができなくなってね。そしたら石が割れてしまった。」
ディシュルはアシュガを強く抱いた。
「この石は割れてしまっても宝物だよ。」
その後もディシュルは城に戻るまでずっとアシュガを抱いていてくれた。
背中を優しく擦ってくれた。
ディシュルの心臓の音を聞く。
アシュガの気持ちはずっと軽くなっていた。
さっきまで憎しみ合っていた2人には異様な光景だ。
アシュガはずっとディシュルから離れたいと思っていたのに、今はディシュルの腕の中にいるのが心地好かった。
城に着くのが惜しくなるくらいに。
次の日の朝早く、アシュガは東側の中庭で魔堂を発見した。
王城にも魔堂があなんて知らなかった。
慣れしたしんだ魔堂とは違い、小さく優美な建物であった。
一瞥で魔堂とわかるものではなかった。
王城にお抱えの魔女でもいるのだろうか?
好奇心がわく。
アシュガは中に入ってみることにした。
普段のアシュガは朝早くから外に出ることはしない。
昼食と夕食が満足に取れない中、動いてすぐ空腹になるのが辛かったからだ。
しかし今日は外に出た。
外に出て気を紛らわしたかったから。
昨日のディシュルの胸の中の感覚が、なかなか消えてくれないからだ。
そんなつもりはない、そんなつもりはないが、アシュガはぶんぶん首をふる。
しかしふいにディシュルが耳元でささやいた甘美な声を思い出す。
彼の息づかいや抱き寄せられた時の腕の力強さも覚えている。
ディシュルも辛い想いを抱えているのかと、似た境遇に自然と心も寄り添う。
いや、しかし、いや、しかし。
アシュガは、はぁと息をはいた。
正直にいうとディシュルの魅力的な抱擁にすっかり降参しそうなのだ。
もう1度、ディシュル胸のなかで彼の心臓の音を聞きたいな・・・
アシュガはぶんぶんぶんと首を振り、その麗人を振り払うように歩き出す。
ディシュルの沼にはまってはいけない。
落ちてしまったが最後、お尻蹴り蹴り地獄から抜け出せないぞ!
アシュガは顔を赤くしながら、魔堂に入った。
中は暫く使われていないようだった。
入り口から朝日が入りアシュガの影を短く映す。
ローザ像のない祭壇が中央に静かに佇んでいた。
周りの調度品の数々は一目で高級なものだとわかったが、使用されている形跡は皆無だった。
ふと後ろから人の影が伸びてきた。
驚いて振り返ってみると
「いや、驚いたな。新しいサークラを迎え入れたと聞いたが、祝福の子か。」
と、二十歳そこそこの若い青年が立っている。物静かな口調だ。
「あなたはだれ?」
アシュガは聞いてみた。
「僕はサントゥアーリオからきた、シオンだ。君がアシュガだね。」
よろしくと握手をして
「暴虐の王子に手こずっているようじゃないか」と微笑んだ。
「な、なぜそれを?」
アシュガは恥ずかしくてドギマギとした。
シオンはアシュガを見つめながら
「心配いらないよ。そのまま放っておけばいい。近いうちにあの暴君は呪いで死んでしまうからね」と不気味に笑う。
アシュガは心臓を握りしめられたように胸が痛い。
「の、呪い??一体どうして?」
アシュガは必死に聞く。
「ディシュル王子は祝福の薔薇を取りにモンテローザの蒼光院に行くんだ。竜王さまが魔女に呪いをかけられてこのかた、生きて薔薇を持ち帰った王子はいないよ。去年、実際にディシュル王子は失敗している。蒼光院にもたどり着けなかった。でも不思議さ。生きて戻れたのは奇跡だよ。」シオンは淡々と
「今まで4人もの王子が犠牲になった。蒼光院の祝福の薔薇を持ち帰るのが次期国王の証しなのに、60年間誰も成し遂げていない。」
しかしと、シオンはアシュガを見ながら
「君なら見事に薔薇を持ち帰ってみせるだろうね。祝福の子。」
と微笑んでいる。
「そんな」
アシュガは王様になるつもりは毛頭ないし、ディシュルは憎らしいヤツだが死んでほしくはなかった。
「良かったね。アシュガ」
シオンはそう言って
「紫紺の瞳は吉兆の証し。美しいサークラ、また会いにくるよ」
とアシュガの手の甲にキスをした。
「え?あの」
アシュガはそんな扱いを受けた事がなかったので、途端に緊張してしまった。
サントゥアーリオからの珍客は、すぐに姿を消した。