川並衆と男の筋
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1536年8月 信孝22歳 信秀26歳 証如22歳 蓮淳72歳
【美濃国 川島】
聖山城を出発した俺達は、元々の予定通り墨俣に城を建てることにした。これには川並衆の協力が必要だ。
俺達は前の宇宙での情報を頼りに、木曽川沿いを歩いて登り、川並衆の集落があるという川島についた。
川島は木曽川を中ほどまで渡ったところにある浅瀬で、集落が見えないよう葦が生い茂っている。知らなきゃ見つけられないだろうな。
俺達が泳いで川島へ向かっていると、康孝が心配そうな表情で尋ねてきた。
「本当に葦に隠された集落などあるのですか?」
俺は、不自然に葦が生い茂っている所を指さしながら、川並衆の集落について説明した。
「ああ、葦が深くて見えにくいところに、集落を作っているらしい。」
そんな話をしながら、俺達は川島にたどり着いた。
「さて、ここだな。」
俺達が川島に上陸してすぐに、葦の中から声が聞こえた。
「来たか…貴様が、聖王の松平信孝だな?」
「ああ、俺が信孝で、隣にいるのが弟の康孝だ。」
俺がそういうと、葦の中から声が帰ってきた。
「お前たちがここに来ることを正利様は知っておる。情報収集は川に生きる者の嗜みでな」
「なるほどな。じゃあ、その正利殿に取り次いでもらえるのかな?」
俺のその言葉で、どうも葦の内部がざわつきだしたようだ。どうやら俺達を見張ってるのは一人二人じゃなさそうだな。
しばらくして、また葦の中から返答があった。
「……川並衆は今、長井規秀殿についている。敵方を集落に入れるわけにいかんとのお言葉だ。悪いが帰ってもらう」
「ああ、お前たちが長井についてるのは知ってるさ。だが、俺達は蜂須賀正利と話したいだけなんだ。どうにか取り次いでもらえないか?」
葦の中からの声が途絶え、反応が無くなる。もしかしたら、正利に直接確認に行ったのかもしれない。それからしばらくして、再び中から声がした。
「いいだろう……ただし中に入っていいのは一人だけだ」
「ああ、じゃあ俺が行くよ」
俺が聖王家の代表だからな。一人だけっていうなら俺が行くしかないだろう。
「し、しかし兄上一人で大丈夫なのですか?」
「ああ…まあ相手が一人なら脳の高度計算機能があれば大丈夫さ。とはいえ、もし様子がおかしいと思ったら俺を置いて逃げるんだよ。」
「しかし……。」
「仕方ないだろ。俺を殺せるようなのが川並衆にいるとしたら、康孝と洗脳兵だけじゃどうしようもないからな。お前達だけでも、生きて逃げなきゃダメだ。」
「そうですか……。そうですな。わかりました。ですが、どうかご無事で」
「ああ、もちろんだ。お前と信秀を置いては死ねないからね。」
俺は川並衆からの合図に従い、葦の森に入っていった。
俺は集落で一番大きな建物に案内された、ここが蜂須賀正利の家らしいな。中には一人の男が座っていた。
男の印象は一言で言えば”美しい”だな。盗賊まがいの親分なんだから、もっといかつい顔をしてると思ってたんだけど…。顔のすべてのパーツが整った正真正銘のイケメンだ。
顔の印象でやさ男に見えるが、よく見ると体幹はかなりしっかりしてるな。
その男は、柔和な笑顔を浮かべ、歌を奏でるような美しい声で、話し始めた。
「ようこそ、我らの村へ。信孝殿。さっそくですが、そちらの要求を聞かせていただけますか?」
「まあ、待ってよ。まずはお互いに自己紹介しよう。貴方は俺のことをよく知ってるのかもしれないが、俺はあんたのことをよく知らなくてね。」
川並衆と言えば元の宇宙では、蜂須賀小六正勝が有名だった。けど、今俺の前にいるのは正勝の父親”蜂須賀小六正利”らしい。俺はこいつについてはよく知らない。
第一、正勝はどちらかというとヤクザかヤンキーみたいな顔のイメージだ。目の前にいる正利と、あまりにも印象が違い過ぎる。
「ええ、わかりました。私は蜂須賀正利、この川並衆の棟梁でございます。主な仕事は物資の輸送と、縄張りを荒らす連中を退治することですね。」
この木曽川は彼らの縄張りだ。
この時代、物資は陸路で運ぶより川を使って船で運んだ方が早いし、一度にたくさん運べる。
だから木曽川を支配するということは、美濃と尾張の物流を支配することといっても過言じゃない。とてつもない利権を握っているわけだ。
そのため、勝手に木曽川を使って輸送するやつは絶対に許さない。川並衆が盗賊まがいと言われるのも、許可なく木曽川を使う連中を襲撃し、彼らの物資を奪っているからだ。
「俺は松平信孝だ。元々三河の小領主だったが、信秀に聖王の座を譲られ聖王となった。今は尾張一国の大名だが、これからとてつもなく大きくなるつもりだぜ」
俺は不敵な笑みを作って、そう言った。しかしよく考えると、とんでもないキャリアだな。信秀と聖王教がまともなら、小領主をいきなり国主にするなんてありえない。
「それで、話を戻しますが、我々に何を要求するつもりですか?」
「実は俺達は、墨俣に城を築きたいと考えているんだ」
「墨俣に城ですか。面白いことをいいますね。しかし、いくらなんでも不可能ではありませんか?何せ墨俣は稲葉山から四里ほどの地です。目と鼻の先といえる距離ですからね。」
正利は俺の言葉を荒唐無稽だと考えているようだ。まあ、敵の本城の目の前に城を建てるなんて普通は考えないからな。
「いや、こっちには短期間に城を完成させてしまう案があるんだ。それを使えば長井が反撃してくる前に城を作り終えることは可能だ。」
そう言って、俺は史実で豊臣秀吉がやった墨俣築城の作戦を説明した。
1.木曽川の上流で木を伐りだし、その場で城の部品として加工する。
2.このとき、部品の組み合わせる部分同士に印をつけておく。
3.部品でイカダを組み、人がそれに乗って川を下る。
4.墨俣についたら、部品を元に城を組み立てる。
5.このとき、作業班を十組に分け、最も仕事の速い組に報奨金を出す。
俺がそこまで話したところで、正利の表情が変わった。その美しい顔を歪めて、俺の目を見つめてくる。
「なるほど。確かにその策ならば、墨俣に城が建ちそうですね。それでしたら、私達も身の振り方を考える必要がありそうです。」
正利はおかしそうに笑う。そして、微笑みを浮かべて俺を見つめてくる。そして大きくため息をついた後、再び天使のような声で話し始めた。
「貴方はとても聡明で、その才覚は計り知れません。こんな出会い方でなければ、共に夢を語る仲間になれたかも知れなかったのに…残念です」
正利は心底、悲しそうな顔でそう言った。そこまでの優しい雰囲気を消し、真剣な表情になった。
「俺達に協力はできないっていうのか?」
「ええ…。申し訳ありませんね。配下の者がお伝えした通り、私達は長井規秀様についているのです。貴方がたに協力するわけにはいきません。」
正利は俺の目をまっすぐ見つめ、はっきりとそう言った。取り付く島もないってとこか。俺の案に興味を示してはくれたんだがなあ。
「しかし、俺の策に乗れば、稲葉山がとれるんだぜ?そしたら長井道秀や土岐頼芸に従がわなくても、俺の下で美濃国のさらに中枢に入り込めるじゃないか。」
「いえ、そういう問題ではないのです。僕たちは父の頃より、長井家に知行を認められ、保護されてきました。」
俺が言葉を挟む間もなく、正利は話を続ける。
「それを裏切ったのでは”筋”が通りません。力が正義のヤクザ者にとって”筋”は唯一の倫理です。それを破ってしまえば、私たちは血に飢えた獣でしかありません。」
“筋”
俺には、わからない概念だが、どうも川並衆にとってそれは、絶対に破ってはならない。掟のようなものらしい。”不利だから裏切る”というわけにはいかないみたいだ。
「けど、それだったら長井規秀が主の土岐頼芸から美濃を乗っ取ろうとしてるのはどう考えるんだ?主である土岐頼芸を裏切ったんじゃ、それこそ筋が通らないだろう。」
「我々の倫理は我々にだけ通じるものです。お武家にはお武家の倫理があるでしょう。それを侵害するつもりはありません。」
ヤクザのルールでは裏切りは”ナシ”武士のルールなら”アリ”ってことか。言うならカタギにまで”筋”を強制しないってことだね。
そんなことを考えていると、正利が険しい表情になり、右腕を上げた。何かの合図だろうか?
「もうここまでですね。残念ですが、これ以上貴方と語り合う必要性を感じません。」
正利の合図で二百人ほどの川並衆が、そこら中から出てきて俺を取り囲んだ。
「おいおい、随分と舐められたもんだね。このくらいの人数で、俺を何とかできると思うのか?」
川並衆は尾張・美濃の情報に詳しいようだ。だから俺達が一ヶ月前に、二百の兵で一万の本願寺を壊滅させた話も伝わっているはずだ。
とはいえ、当時の俺では今ほど高速で動けなかったのも確かだ。”風斬り”を覚えたことは大きい。動きが見えなきゃ倒しようがないからね。
俺の言葉に、正利は少し驚いたような顔をしたが、ハッタリだと思ったのか、さらに合図を続ける。
「強がりがどこまで続くか、見ものですね。君たち、やってしまいなさい。」
正利がそう言った瞬間、俺は脳の制御を開放し一人目の川並衆との間にある空気を吹き飛ばした。
そして、誰もがそれに気づく前に掌底を一人目のみぞおちに当て、気絶させた。
「何…姿が消えた…!?」
正利が言い終わったときにはもう、五人目が気絶したところだった。
いきなり五人が倒れたのを見て、川並衆のやつらが防御態勢をとるが、そんなことは関係ない。俺は六人目の後ろに回り、こめかみを強打した。
それから三分ほどかかって、俺は二百人全員を気絶させた。
「ふう…ちょっと疲れたが、まだまだいけるぜ。あんたはどうするんだ?」
そう訊ねると、正利は俺に対して、それまで以上の熱視線を向けてきた。そして興奮した様子で俺に向かってまくしたてた。
「すばらしい!!こんな…このような方が、この世に存在したとは驚きです。」
そして、俺の手を握り、涙を流して懇願してきた。
「貴方!信孝殿!どうか、私と戦ってください!貴方が私の仕えるべき主であることを、この身で確かめたいのです!!」
「あんたと戦う?」
「そうです。一度、協力を断っておいて虫が良い話とは思いますが、私は貴方の凄まじい喧嘩に惚れました!貴方に仕えるため、貴方の本気を見せてください!」
なんだか話が変な方に向かってきたな。しかし、俺の実力に惚れたというなら正利を倒せば協力してくれるってことか?それなら悪い話じゃないな。
「じゃあ、俺が勝ったら墨俣…いや、俺の配下についてくれるのか?」
「もちろんです!!一人の男が一人の男の”男気”に惚れこんだのです。涙を飲んで、筋を曲げるだけの価値があります。」
俺の見せた戦いは本当に正利の心を撃ったらしい。もちろん事情はどうあれ、俺に従ってくれるなら願ってもないことだ。
さて、戦うなら正利の強さがどんなものかだけど…。俺の戦いぶりに感動するあたり、少なくとも”四神の焼き印”を押された人間ではなさそうだよな。
「よし、わかった。俺とお前で勝負する。もちろん、俺が負けたら諦めて帰るぜ」
「御冗談を。貴方ほどの実力者が私などに負けるはずもないでしょう。」
そう言って立ち上がった正利は、右腕を振り上げて拳を固く固く握った。
「ご覧ください。これが私の喧嘩です。私にはこれしかない。だがこれですべてを葬ってきた。」
そう言って、正利は俺の顔を目掛けて一直線に拳を突き出した。
「拳・一閃」
それは一見してタダのパンチに見えたが、脳の高度計算機能がそうでないことを伝えてくる。タダのパンチではない。桁違いのパンチだ。
しかも、技術や能力によるものじゃない。ただ単に、込められたパワーがでかいってだけだ。筋力にまかせたパンチと言える。
「何だと!?」
俺はガードしようとしたのだが、パンチの勢いに追いつけず、吹っ飛ばされてしまった。
壁に激突した俺は、どうにか体制を立て直し、立ち上がった。
しかしなんてやつだ。脳の高度計算機能はそのとき最善の行動を自動的にさせてくれる。こと防御に関しては最強の能力だ。
だが、やつのパンチは俺の高度計算機能でも防ぎきれなかった。まさかこんなやつがまだいたなんて、ビックリだぜ。
そこまで考えたところで、改めて正利の方を見ると、正利も倒れている。それによく見ると、体の細胞が分離しかけている!
そうか脳の高度計算機能の判断で、俺は無意識に正利の”原子の継ぎ目”を攻撃してしまったのか?
まずい、ここで正利に死なれちゃ困る。
ここまで俺の実力を買ってくれてるやつを!パンチ一つで俺を吹っ飛ばすような逸材を!手に入れた側から失ってたまるか!!
俺は脳の高度計算機能を全開にした。また長時間眠ることになるかも知れないが仕方ない。正利の細胞を観察し、俺の攻撃により離れてしまった”原子の継ぎ目”を元通り繋ぎ合わせた。
よし。これでいい。後は正利の気力次第だな。
それから一時間ほどが経ち、俺が倒した川並衆の連中が気絶から目覚め始めた頃、正利も意識を取り戻した。




