康孝の限界突破
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1536年7月 信孝22歳 信秀26歳 証如22歳 蓮淳72歳
[康孝視点]
【??? ??? 康孝脳内】
ここは…?私はどうしたのだ。確か……兄上と共に修行をしていたはずなのに……。
私が困惑していると、どこからか声が聞こえてきた。何故か懐かしく感じる声だ。
『おい康孝よ』
「誰だ!?どこから話しているのだ?」
私は謎の声に向かって話しかけた。
『ここだ。お前の目の前だ。』
「なんだと!?」
そう言われたので、私は目を凝らして目の前を注視した。そこには人影のようなものが浮かび上がった。
『ワシじゃよ。久しぶりじゃな、康孝よ』
私の目の前にいたのは…忘れもしない最愛の兄…清康公だった。
「あ、兄上!?ば、馬鹿な…清康公は阿部正豊に討たれて……」
私は驚きのあまり言葉が出てこなかった。
「そうじゃな。ワシは死んだ。じゃから、今お前の前におるのは本物の松平清康ではない。」
「どういうことなのです?」
目の前にいるのは、どう見ても清康公に見える。だが、清康公は確かに死んだ。では今、私の前にいるのは誰だというのか。
「うむ。ワシはお主の記憶の中にいる松平清康じゃ。」
私の記憶の中の清康公!?そうか思い出したぞ、私は修行中、信孝兄上に原子の継ぎ目とやらを突かれ死にかけているんだった。
だとすれば、私は死の間際に清康公の夢を見ているというのか。しかし…それならば、私は今すぐにでも目覚めなければならぬ。
そうだ。私は脳の高度計算機能とやらに目覚め、必ず兄上の元に戻ると誓った。信孝兄上とともに天下を目指すためにも、ここで死んではいられぬのだ。
「どうやら、自分の状況が理解できたようじゃな。そうじゃ。お前は今、信孝の攻撃を受けて、死に瀕している。そして生き残るためには、お前自身の”限界”を乗り越えねばならぬのじゃ。」
「私の限界…?」
清康公によれば、私が生き残り目覚めるためには”限界”を乗り越えなければならぬらしい。しかし限界など、どうすれば乗り越えられるのだろうか。
「そうじゃ。限界を超えるため、お前はワシの試練に挑み、お前の中にある壁をぶち破らねばならぬ」
「私の中の壁…ですか?」
壁と言うのは、つまり私の成長を阻んでいる何か…ということだろうか。それを越えなければ、生きて目を覚ますことができないというのだろう。
「そうじゃ。そしてお前の越えるべき壁は、このワシ松平清康じゃ」
「清康公が私の越えるべき壁…!?」
私は、清康公をずっと尊敬してきた。その鬼神の如き力も、達人級の武術も、そして天魔の如き智謀もだ。その清康公が、私にとって成長の壁とはどういうことなのだろう。
「ああ。お前にとって松平清康は偉大じゃった。だから清康はお前の中で、絶対に超えることができない存在になっておる。」
「だが、それではダメだ。清康は三河一国をやっと支配しただけの男じゃ。これから信孝とお前は尾張を治め、さらには三河と美濃をも攻めとろうとしておるのじゃろう?」
「つまり、清康を越えぬ限り、どう頑張っても一国の支配がお前の”限界”ということじゃ。三国を支配するためには”限界”を越えねばならぬ。」
「い、一国…だけ…!」
私は”一国を支配しただけ”という言葉に驚愕する。一国を支配できる大名なんて、そうはいない。清康公も鬼神ともいうべき猛将だった。だが、それでも小さいというのか。
だったら三国…いや兄上の目指す天下統一とは、どれほど巨大な夢なのだ。
私は自分が付いていこうとしている人物の器の大きさに恐れをなし、自分の器の小ささに愕然とした。
だが…私も兄上の夢の一部、信頼によって結ばれた仲間なのだ。私が……恐怖から逃げ出すわけにはいかない。そう誓ったからこそ、私は修行に挑んだのだからな。
超えなければならぬのか…清康公を…。そんなことが私にできるのか?
「三国を治めねばならぬというのに、清康如きを越えられないようでは…これからお前達を襲う困難にとても耐えられまい。」
「じゃから…。ワシと戦い、ワシを倒せ!お前の中にある壁を打ち破り成長するのじゃ!そうすれば”脳の高度計算機能”は目覚める…!」
「私が清康公に勝つ!?」
その言葉を聞いて、固まりかけていた覚悟が瓦解した。私が清康公と戦い、まして勝つなどできるわけがない。私にとって清康公は神にも等しい。まして私は決して武闘派ではないのだ。
私如きがあの猛将たる清康公に勝てるものか。
「清康公、私は戦えません。どうかご容赦ください。」
「何を言うか!!お前は信孝と共に天下を目指すのじゃろう。第一、このままワシを倒せねば、お前は死ぬのだぞ。生きて戻ると、信孝に誓ったのではなかったのか!」
「そ、そうですが……」
そうだ。今は死に際の夢の中にいるのだった。つまりここで清康公と戦って勝たねば私は死ぬのだ。だが…、私はここでは死ねぬ。
兄上は人を殺さぬ活人という戦い方をする。天地開闢以来、そんな戦い方は聞いたことが無い。
じゃが、兄上の言うツープラトンなら…きっと人を殺さず敵に勝てる。
私は兄上についていきたいと思った。兄上の目指す活人兵器を共に追いたいと思った…。ただただ憧れた清康公とは違う、仲間として共に戦いたいと思ったのだ!
しかし、だからと言ってどうすれば清康公に勝てる?
「何をモタモタしておる!とっとと覚悟を決めろ!」
清康公の言葉に私はハッとした。そうだ私は何を悩んでいたんだ。勝てるかどうかではない。負ければ死ぬのだから勝つしかないのだ!
「良いか。康孝よ。今からワシの生み出した最高の剣技を見せる。」
清康公が構える。全く隙が無い。どんな型にも変化できそうな…それでいて体は完全に脱力している。
これが達人の構えなのか。
「この技は、人を斬り続けたことによって生まれた、言わば殺人剣の極致じゃ」
「お前は、脳の高度計算機能を開放し、活人剣の極致で技を返すしかない。そうしなければお前は死ぬ」
「わ、私が殺人剣の極致を活人剣で返す!?」
いくら私と兄上が活人兵器を編み出そうとしているとはいえ、今はまだ脳の高度計算機能を開放する訓練をしているところで、技は一つも習っていない!そんな私に殺人剣を返せるのか!?
い、いや脳の高度計算機能は、その時、その場で最善の行動を自動的にさせてくれるという。もしそれが本当なら、究極の殺人剣さえ返せるのかもしれぬ。
「ワシの技をやぶれ!殺人剣の終着点を、活人剣の出発点に変えるのじゃ!」
「わ、わかりました!」
いつの間にか、私の手にも刀が握られていた。私は不格好に構える。
「いくぞ!これが私が終生かけて編み出した究極の技!”風斬り”じゃ!!」
清康様が走り出した。そう思った瞬間、私の目の前から清康様の姿が焼失した。
技を破るべく、これまでの人生が映像となって現れるが……相手の姿が見えないのでは、どんな情報をもってしても避けようがない。
私が何もできずにとまどっていると、無数の斬撃が私を襲った。
「うぐっ!ああああっ!」
私は、全身を切り刻まれ血まみれになって倒れた。
「むう、やはりその程度か。」
「これはお前の夢、お前が死ねばワシも消える。できればもう少し楽しみたかったが、そなたでは力不足じゃったな。」
「ぐっ…がはっ!」
私は今にも消えそうな意識をどうにか保つ。そして激痛の走る体をどうにか動かす。
「なにっ?」
私は小鹿のように足を震わせながらも、どうにか立ち上がった。
「か…は…さすがは清康公…た、たった一撃だが、私はもう瀕死でございます。」
そう呟く私を清康公は怪訝な表情で見つめる。
「我が剣を受けながら立ち上がってきた者はお前が始めてじゃ。」
そう言われて今度は私が驚愕する。しかしよく考えてみれば刀で斬られたら死ぬのが当たり前だ。井田野の戦いで片腕を失いながら、ピンピンしていた信秀殿の方がおかしい。
しかし…清康公の必殺の一撃を食らって、どうして私は生き残れたのだ?体が勝手に急所を外したとでもいうのか。
まさか、これが兄上の言っていた、脳の高度計算機能というものなのか…?
「なるほど。まんざら雑魚というわけでもなさそうじゃの。ならば少しは本気を出させてもらおう。」
なんと、さきほどの秘技は本気では無かったのか?私は絶望を感じながらも必死に心を落ち着かせ、再び清康公の攻撃に備えた。
そうだ。まずは技を見ることだ。見なければ避けられない。今のようにギリギリ急所を外したのでは、次はやられる。清康公の動きを見るのだ!
「食らえ!”風斬り”!」
再び清康公の姿が消失する。私は目に全神経を集中し、清康公の動きを追った。だが見えない!清康公のお姿は私の目の前から完全に消失してしまった。
「く、来る…っ!!」
何か…何かないか…!!このままでは無為に死ぬだけだ。何か…!!
………”呼吸が苦しい?”いや、緊張して呼吸が乱れているだけか?いや違う。息を吸い込んでもまるで空気が入ってこない…だが何故だ?
「ぐあああっ!?」
考えがまとまらない内に、私は再び全身を切り刻まれる。
私は倒れこみそうになるところをどうにかこらえた。どうやら受けた傷はさきほどより軽いようだ。
「ふはは!!いいぞ!そうでなくては!まさか”風斬り”を受けて二度まで立ち上がるとは思わなかったぞ!」
脳の高度計算機能が少しでも働いているのか、私は少しずつ清康公の秘技を少しずつかわせるようになってきているらしい。とはいえ、いくら急所を外しても体の表面は切り刻まれているのだ。
出血が増えれば意識も朦朧としてくる。いつまでもこのままでは、いずれこちらが倒れる。
見破らなくては!”風斬り”の正体を…そして、それを返せる新たな活人剣を編み出さなくてはならない。
私が致命傷を避けることができている以上、究極の殺人剣も無敵ではない。きっとどこかに隙があるはずだ。
私は必死になって考えた。
あの、周りから空気が無くなった現象…あれは何だ?どうしたら、そんなことが起こる?
考えろ、あの現象は絶対に清康公が姿を消すことと繋がっているはずだ。普通ならば、外にいていきなり空気が無くなるなど、ありえるはずもない。
だが…それだけでは皆目見当がつかぬ。そもそも人間の力で空気を一時的に無くすことなど、できるのか?
「くそっ!こうなれば……」
方法はたった一つしかない。私は意を決して、刀を捨て清康公の前に身をさらした。
「ほう……ついに諦めたか」
「いいえ…逆です。勝つために覚悟を決めたのです。”馬には乗ってみよ策にはかかってみよ”という諺があるでしょう。それと同じように技も食らってみなければ、その隙を見破ることはできない。」
兄上の話では脳の高度計算機能を開放する秘訣は、これまでの人生の映像を見ても乗り越えられないほどの危機に陥ることだという。ならば危機はより危険である方がいいはずだ。
そして刀を持っていては相手を殺してしまう。それは活人剣ではない。
「私は自分に眠る力と兄上の目指す活人兵器を信じます。そのためには防御を捨て、素手で戦わなければならないのです。」
これこそが私の見出した答えだ。防御と武器を捨てた先に、きっと活人兵器はある。
「そうか…!見たぞ!康孝!お前の覚悟を!私もそれに答えよう!これが全力、真の”風斬り”じゃ!」
清康公の姿が消える…!だが…見えるぞ!脳の高度計算機能が解放されたのか?空気の流れが見える!
清康公が大きく刀を振り抜いて…周りの空気を吹き飛ばした!そうか、清康公は刀を全力で振ることで、”周りの空気を吹き飛ばし”私との間に”空気抵抗のない空間”を作っていたのだ!
空気抵抗のない空間を走るのだから、速度は通常よりはるかに速い。つまり動きが見えなかったのは、単純に余りにも早かったからというわけだ。
兄上の速度ですら、音の速度を超えるという。そこから空気抵抗を無くせるならば音の数倍の速度は出ているのだろう。見えなくて当然だ。
そんなことを考えていると、清康公の刀が私に迫ってくる。刀さえ持たぬ私には本来ならば斬られる以外に選択肢はない。
だが…見える!これが原子というものか…。私は刀の原子の継ぎ目を見極めた。
「ここだっ!!!」
私は手刀で刀の原子の継ぎ目を切り裂いた!
カランカラン……。
切断された刀身が地面に落ちて転がる。清康公が驚きと興奮の入り混じった表情で私を見つめてきた。
「これが…私の活人剣…”無刀斬り”です!!」
「なるほどな…刀無しで相手を斬るから、”無刀斬り”というわけか。よく考えたな」
「それに加え刀を破壊し、相手を無刀にするから”無刀斬り”です。相手の刀を壊せば”殺さずに勝つ”ことができる。故にこれこそが、私の活人剣なのです」
偶然ではあったが、理想と言える技を編み出せたと思う。これがあれば、相手が刀や槍を使う限り負けることはあるまい。もちろん、マシンガンや手榴弾を”無刀斬り”で無効化することは難しい。
「そうか…ついにたどり着いたな。お前は松平清康を越えた。これからの松平はお前と信孝が作っていくのだ」
「承知いたしました。私と兄上と…そして織田信秀殿の力で、必ずや兄上の目指す不殺の天下統一を成し遂げて見せます!」
私は声を張り上げて高らかに宣言した。それをする資格が自分にあると思ったからだ。
その瞬間、周りの景色がぼやけ始める。
「何でしょう…?景色がぼやけ始めましたが…?」
「これはお前の夢だと言っただろう。お前が試練を乗り越えたからには、夢から覚めなければならない」
そうか、これは私の夢であったな。しかし、私が目覚めてしまうと清康公はどうなるのであろうか。
「あ、あの私が目覚めると、貴方は消えてしまうのですか?」
「見たり聞いたり話したりというわけにはいかなくなるのう。じゃが、お前が生きている限り、清康のことを忘れぬ限り、私はいつでもお前の中にいるぞ」
完全に消えるわけではないらしい。しかし今のように話すことはできなくなるのか。
「そんな顔をするでない。清康はとっくの昔に死んだのだ。こうしてもう一度話せただけでも儲けものと考えるのじゃな」
清康公はそう言って微笑みを浮かべた。そのお姿はどんどんおぼろげになり消えていく……。
「さらばだ。松平家を……頼んだ」
「清康公!!」
私がそう叫ぶとともに夢の世界は消え失せ、私は目を覚ました。




