それぞれの猛修行
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1536年7月 信孝22歳 信秀26歳 証如22歳 蓮淳72歳
【尾張国 聖王城 評定の間】
あれから数日、蓮淳は石山に戻り大決戦のための準備をしている。俺達も大決戦に向けて、一刻も早くツープラトンを完成させ美濃を奪ってしまう必要がある。
だがその前に、前に言っていた信秀の能力を活かした”絶望の歌”を作らなくちゃな。これがあれば美濃より先にまず、三河を平定できる。大決戦の前に国力が上がるのは大きい。
今川の勢力を削ぐことにもなるしね。
俺と康孝がツープラトンの練習をしている間に信秀に三河を統一してもらえばいいだろう。
「というわけで、まずは最大限に恐怖を与えようという意思を込めた音を出してくれ。まずは一音だけでいいぞ。そこからは俺が調整するからね。」
まず、信秀に”恐怖を感じさせる意思”を込めた音を出してもらう。次に、俺が脳の制御を開放して音を聞き、最初の音と最も相乗効果が高い二音目を導き出す。これを繰り返すことで曲を作っていくわけだ。
「こんな感じか?」
「げょぇ!」
信秀が”恐怖を感じさせる意思”を込めた音を発した。単音だが、これだけでもめちゃくちゃ不穏な音だ。メンタルが削られる。
「すごくいいぞ。次は俺が脳の制御を開放し…もっとも相乗効果の高い音を割り出す。今の音と相乗効果の高いのは……」
俺の脳の高度計算機能により、あらゆる音を吟味していく。
「よし、今の音と相乗効果の高いのは、この音だな。二つ連なれば恐ろしく精神を圧迫するはずだ。」
俺は暗殺者としての特殊訓練を受けた記憶があるからギリギリ精神の平静を保っていられるが、この時点でも普通の人が聞いたらパニックを起こして何もできなくなるだろう。
「げょぇ!ばぃ!」
俺の全身に冷や汗が垂れてくる。正直、逃げていいなら逃げ出したい気分だ。思ったより効果が高いな。やっぱり耳栓か何か作らないと味方の被害も大きそうだ。
「すごくいいね!俺もかなりキツイくらいだよ。やっぱ信秀の能力はすさまじいな。」
聖王城防衛戦も信秀の能力だけで勝ったようなもんだしな。俺と康孝がツープラトンを生み出すまでは信秀が最高火力と言っていいだろう。
「自分じゃよくわかんねえが、確かにお前の表情見てると相当ヤバいみてえだな」
むう、やっぱり顔に出てるのか。まあ恐怖が強すぎるからな。勘弁してほしいところだ。
「では次は三音目だな…」
こうして俺達は、どんどん作曲を進めていき四十音ほどの恐怖の音コンボを生み出した。何故四十なのかという具体的な根拠はないが……、俺の脳の高度計算機能によると、これ以上長くしても意味がないらしい。
後は歌詞だけど…これは俺も信秀も専門外だ。とりあえず俺の脳の高度計算機能を使い、できるだけ恐ろしい歌詞を組んでみた。
「よし、”絶望の歌”はこれでいいだろう。これさえあれば極端な話、信秀一人でも城を落とせるからね」
俺達の活人兵器は相手の体ではなく”戦う意思”を破壊する。普通の戦では全員を一度に拷問にかけることは難しいが、この”音の拷問”なら一度に全員を拷問にかけられるってわけだ。
一度に戦意をくじくことができれば、戦うことなく決着が着く。誰も死ぬ必要はないんだ。
信秀には三河に、洗脳兵の一部と共に攻め入ってもらう。まあ”絶望の歌”があるから、500人ほど連れて行けば一ヶ月以内に制圧できるだろう。こっちはこれで問題ない。
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1536年7月 信孝22歳 信秀26歳 証如22歳 蓮淳72歳
【尾張国 聖王城 仮設道場】
一方、俺と康孝は聖王城の”仮設道場”に来ていた。この仮設道場はとりあえず訓練する場所を確保するために、天守の脇に建てた掘立小屋だ。
ちなみに、訓練場ができるまでの数日、康孝には元の宇宙の最新の筋トレ法で筋肉と裏筋肉を鍛えてもらった。これで、筋肉の制御を開放すればある程度、高速で動けるはずだ。
体が貧弱なままだと、ツープラトンを使うときに俺と同じ動きができないからね。
「いいかい、これから康孝の体にある”原子の継ぎ目”から少しずらした場所を攻撃する。死にかけるけど、絶対死なないから安心してね。もしものときの救命法も心得えてるから。」
とにかく、やることは死にかけて蘇ることだ。それによってまずは走馬灯を見ることに慣れる。そしてそれができたら走馬灯の情報ですら助からない状態に追い込む…こちらは直接、原子の継ぎ目を攻撃するしかない。
脳の高度計算機能を開放し、分離しそうな原子たちを繋ぎとめる技術を編み出せばいいわけだ。一度身につければ、次に危機に陥った時にも体が自然に最善の動きをするようになる。
そこまで考えて俺は、これから康孝がやるべきことを説明していった。
「人は死にかけると、これまでの人生で経験してきたことすべてが脳内に流れるんだ。康孝がやらないといけないのは、そこから生き残る方法を見つけることだ。」
俺の言葉を聞いて、康孝はやはり不安そうな顔をしている。まあ一度でも死にかけるんだから嫌だよな。けど、これができなきゃいずれは周りの勢力に殺される。今、ここで身に着けるしかないんだ。
「は、はあ…私にできるでしょうか…」
俺は不安そうな康孝を奮起させるべく、できる限りの言葉を尽くして励ました。
「大丈夫さ、康孝ならできる。これまでも一緒に頑張って来ただろ?今回もいけるさ。それに、少なくとも俺がついてれば死にはしないんだからね。」
致命的なリスクは負わずに、強くなるチャンスだけ得られるわけだ。こんなチャンスは人生の中でめったに出会えるものではないだろう。
「は…はあ。やれるだけはやってみます!」
康孝は、俺の言葉を聞いてどうにかやる気を奮い起こしたらしく、俺の攻撃に対して身構えた。
「では!やるぞ!」
「はい!兄上!」
俺は康孝の”原子の継ぎ目”を見極める。胸のあたり心臓の少し横、こいつが原子の継ぎ目だ。ここをつけば康孝の体は原子に分解される。だから少しずらした場所を突いた。
「ぐはっ!!」
康孝がうめき声をあげて倒れる。大丈夫だ。きちんとポイントはずらした。これで死ぬことはないはずだ。
「かふ…っ…かふ…っ」
康孝は小刻みに呼吸をしている。まさに虫の息だ。
「頑張れっ!!康孝!お前ならいけるぞ!」
俺がそういうと康孝の目が何かを探すように宙を彷徨った。
「あに…あに…兄上……。」
「兄上……”清康様”………」
どうやら康孝は清康の幻覚を見ているみたいだ。兄は兄でも上の兄ってことか。
そういえば康孝は随分と清康を啓蒙していた。松平清康は俺と康孝の兄で、一介の小領主から三河の領主まで上り詰めた伝説の人物だ。そりゃあ凄い人だったんだろう。
瀕死で見る幻覚が俺じゃないのはちょっと寂しいが、まあ仕方ないだろう。重要なのは康孝が特訓を乗り越えることだ。
康孝はしばらく兄・清康の名を呟きながら悶え続けた。そして、小一時間ほどが経ってようやく復活した。
「はあ…はあ…わ、私は無事だったのですね。一瞬三途の川が見えた気がしましたが…」
「三途の川もいいが、生まれてからこれまでの経験が流れただろ?その情報から生き残る方法を見つけたから蘇れたんだよな?」
そこが重要だ。人は死に際に脳の異常で幻覚を見ることもあるからな。見た映像と生き残ったことに関係性がないといけない。
「え、ええ。体が引き裂かれそうな思いをしたとき、かつて清康公が生きておられた頃、剣術の指南を受けた場面が目の前に現れたのです。」
「そして、清康公の『どんなに体が痛くとも、心が壊れそうになろうとも、”不屈の闘志”を持ち抗い続ければ必ず勝利への道はある』という教えを思い出したのです。」
おお、康孝の顔つきが倒れる前と比べて力強くなってる気がする。俺だからわかるのかも知れないが…。覚悟が変わったってとこか。どうやら修行は上手くいってるようだ。
「つまり気合いで体の原子を繋ぎとめたってわけか。想定よりすごいな…。そうだね、それが康孝流なんだ。」
正しい方法がどんなものなのかは、今となってはわからないからな。俺の自己流と康孝の自己流が違うのは当然だ。”不屈の闘志”で蘇ることができるなら、それで十分だ。
「もしかして方法が間違っていたのですか?」
「いや、問題ない。要するに生き残ればいいんだからな。それに、原子を繋ぎとめるきっかけができたのは大きい。次からは兄・清康のことを思い浮かべれば突破できるんだからね」
俺も最初に突破したときは、茂のことを考えていた。親しい者のことを思うのが脳の制御を開放するための、きっかけなのかも知れない。これから信秀や半蔵にやってもらうときは、この点を注意した方がいいかも知れないな。
「このようなこと何度もやるのですか…?」
「大丈夫だって。コツを覚えた分、二回目からはより楽になるはずさ」
それから三日間、康孝は何度も死線を乗り越えた。走馬灯を見るたび清康の教えを思い返し、"不屈の闘志"で原子を繋ぎとめた。
味方がどんどん逞しくなってくるってのはいいもんだね。この調子なら稲葉山戦はかなり余裕を持って臨めそうだ。
そして、今日はついに次の段階にレベルアップする。走馬灯を卒業し、脳の制御を完全に開放できるようになってもらう。
走馬灯を見るとき、人は脳の普段使ってない領域を少しだけ開放している。そして、何度も走馬灯からの情報で死線を乗り越えていると、走馬灯を見ても突破できない死線に会ったとき、脳の制御がもう一段階開放される。
それこそ俺が「脳の高度計算機能」と呼んでいるものだ。俺達のツープラトンでは地面の”亀裂脈”とその”最も弱い点”を見極めないといけない。そのためには脳の高度計算機能が必要だ。
「というわけで、その”脳の高度計算機能”を開放するには、”これまでの人生”を見ただけでは助からないほどの死線に会う必要がある。そのために、これから”原子の継ぎ目”そのものを突く」
これは本当に危険な修行だ。一応、原子に分解され始めた体を繋ぎとめる方法はある。もし康孝が失敗しても、その方法を使えば八割・九割は助かるだろうけど…絶対とは言い切れない。
「原子の継ぎ目…を突くと…一寸にも満たない原子なるものに分解されてしまうのでしたな」
「そうだ。何も抵抗しなければ、こないだの丸板みたいに原子に分解されてしまう。だが今の康孝なら”脳の高度計算機能”を開放して、原子を繋ぎとめることができるはずだ。」
そうだ、できる。多分、今の康孝ならできる。その上、失敗してもほぼほぼ助かるんだから危険はわずかだ。そして得られるものは大きい。
「わかりました。正直、恐怖を拭うことはできませぬが…。兄上のため、そして我らに夢を託し亡くなられた清康公のためでもあります。」
康孝の眼はどこか遠くを見ている。清康の戦いぶりに思いを馳せているのだろうか。
「ああ、そうだ。家のため清康兄上のためにも頑張って欲しい。もし死にそうになったときは兄上と俺のことを思い浮かべるんだよ。」
康孝にとって脳の制御を開放するポイントは清康らしいからな。ついでに俺のことも考えてくれれば、勢い的には二倍だ。そう単純じゃないだろうが、”気合い”が死線を乗り越えるポイントなら、心を支えるものが多い方がいい。
「承知いたしました。つまりコツは、この三日間の訓練と同じということですな」
「ああ、そういうことだね。そうだな…できれば、清康兄上との間で強く印象に残ってる出来事を思い出すといいかも知れない。」
俺が脳の制御を開放したときには、やはりしずくが死んでしまったあのシーンが出てきて、茂に会わなければという強い決意を得ることができた。
康孝も清康との思い出のシーンがあるならば、それを思い出すのがいいだろう。
「では!いくよ!覚悟を決めろ!そして必ず帰ってこい!!」
俺は康孝に激を飛ばす。ここで康孝が乗り越えられるかどうかは、稲葉山戦と引いては反本願寺との大決戦にも関わってくる。今更ツープラトン以外の勝てる作戦を編み出すのは難しいしね。
「はい!兄上!私は強くなります!兄上と共に!天下を…天下を共に統一します!」
康孝がそう叫んだ瞬間、俺は康孝の”原子の継ぎ目”をついた。康孝の体が崩れ始める。
二秒だ。二秒で自己再生を始めなかったら、康孝は失敗したことになる。その場合は原子を繋ぎとめる方法を使う。
それから二秒経ち…肉体の崩壊は止まった……!だがところどころ再生しない部分がある。特に一部臓器が丸見えになってる部分もある。この状態が長く続くとまずい。
だが、崩壊が食い止められたということは、完全な失敗ではないはずだ。ここで助ければ康孝の頑張りを無駄にしてしまうかも知れない。
「待つ……!せめて一分…それでダメなら、俺の手で再生するしかない。」
一分までなら完全な形で再生する自信がある。だから、俺は待つと決めた。
だが俺は、この一分間で康孝の脳内で起きていた"激闘"を全く知る由もなかった。




