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本願寺と井田野の奇跡

1536年 7月 証如22歳 蓮淳72歳

【摂津国 石山本願寺 本堂】


石山本願寺で政務を行っていた蓮淳の元に急報が入った。


「聖王が世代交代じゃと?」


尾張に放っていた密偵から、思いもよらない報告が入った。聖王の織田信秀は今年で26歳じゃったか。まだまだ若造のはずじゃ。


「聖王はまだ若かろうに、よもや三河攻めでやつの身に何かあったのか?」


ワシは報告役の忍びに向かって詰め寄りながら、そう言った。やつが死んでくれれば、我らにとってこれ以上有難いことはないのじゃが。


「いえ、無事ではあるようなのですが…。三河攻めで、自分以上の奇跡を起こした者を認めたそうで、その者に聖王の位を譲ったそうです。」


信秀が自ら聖王の座を譲った…?一応聖王教にはよりすごい奇跡を起こした者を聖王にすべしという教えはあるが……。


常識的に考えて、せっかくの権力をわざわざ他の者に渡すやつなどおるまい。例え本当に奇跡を起こせるものがいたとしてもじゃ。


「調べましたところ、三河勢の松平信孝なるものが、信秀をはるかに超える"とんでもない奇跡"を起こしたという噂が、尾張中に広まっておるようなのです」


「その出どころが、松平の雇った忍びのようなのですが…足取りがつかめません。」


ふむ…松平某が聖王家を乗っ取るために工作したということか…?だとしても、信秀が納得して聖王を譲った意味がわからぬが。


「また、噂について信秀は否定しておらず、逆に正式に聖王禅譲の儀式を行い、信孝に聖王の座を継いだようです」


松平がどんな策を使ったかはわからぬが……。ともかく信秀と尾張の民の総意で、聖王の座が松平信孝なる者に譲られたということか…。あり得ぬ異常事態じゃな。話を詳しく聞かねばなるまい。


「では、新聖王の松平信孝とは、どんな男なのだ?奇跡とは何を為した?」


11年前の聖山の戦いで、信秀は日輪を落としたことになっておる。一体何をどうすれば、それを超える奇跡を起こしたなどと尾張の聖王教徒を騙せるのか。


「得られた情報では、少なくとも清康が死ぬまでは平凡な男であったようです。これと言って為したこともなく、三河の端の小城を任されていたようで」


「それが清康が死んでから戦力増強に目覚め、独自の手法で清酒を作ったり、特殊な体の鍛え方、奴隷を集めてきて洗脳するなど、それまでとは人が変わったような振る舞いをするようになったようなのです。」


「人が変わったような振る舞い……!」


ワシはその文言に強く反応した。人が変わり、それまで無かった能力を手に入れたという話に聞き覚えがあるからじゃ。


証如や信秀は16年前ある日突然何者かに攫われ、帰ってみれば特殊な能力を身に着けていた。いうなれば人が変わったと言っても過言ではあるまい。


だが、信秀や“奇術師”なるものの話では、彼らが何者かに攫われ四神の焼き印が押されたのは等しく16年前だという。今更、信孝が”奇術師”の一味に脳を弄られたとは考えにくい。


「それで?その信孝は井田野の戦いで、どんな奇跡を為したのじゃ?」


改めて、最初の質問を繰り返したワシに、報告役が答えた。


「はい、とても眉唾過ぎて事実とは思えぬのですが、信孝の体が光り輝きだしたかと思うと、その体が一筋の光となって、何度も信秀を切りつけたそうでございます。」


「そればかりか、信孝は光のまま 聖王軍の陣を円を描くように一掃し、竜巻を起こし、遥か彼方に弾き飛ばしたそうでございます。」


………なんじゃそれは、嘘にしても程度が低すぎるわ。しかし、では何故尾張の民はそのような世迷言を信じたのか……。


「まこと、そのような戯言で聖王禅譲が認められたのか」


ワシは純粋な疑問をぶつける。尾張の民とてうつけではない。嘘と分かる嘘に騙されはせぬじゃろう。現にこの十一年、信秀以外の誰かを聖王にという声は一度も出なかった。


「そのようでございます。どうも信孝は実際に一騎討ちの中で、人間には考えられぬ速度で攻撃を仕掛けたようで、それを見た者の間に”光になった”という噂が広まったのが最初のようですが………」


「先ほども申したとおり、信孝の忍びが噂を幅広くひろめているようです。それも我らが気づかぬほど巧妙に」


不自然に妙な噂が広まっている。それも聖王禅譲が認められるほど広域に、皆に戯言を信じさせているじゃと……。


「お主らに尻尾を掴ませぬとは…。よほどの手練れじゃな」


「恐らくは我ら甲賀のはぐれ者ですな。以前、服部の一部が三河に流れたはずです。」


2年前の近江攻め、伊賀攻めにより甲賀・伊賀の忍びは本願寺に従っている。じゃが、それ以前に三河に流れた忍びがいるという。


「光になる能力、そしてその話を信じさせる能力か…」


ワシは”得体の知れない”強敵が出てくるたび、聖山の戦いで出会ったあの怪しい”奇術師”とやらのことを思い出す。交わした言葉はわずかだったが、やつがワシに言ったことは看過できるものではない。


――――――――――――――――――――

「イレギュラーが”来る”前に宿星同士で組まれたり、争われては困るんですよ。

“実験”はあれが来てから始まるんですから。」


「この”星”の文明は明らかに我々より遅れている」


「にも拘わらず数年後に”来る”という”たかし”と呼ばれる存在は我々の文明では理解できないイレギュラーだ。我々は”それ”が何なのか知りたい」


「なぁに、ちょっと脳にチップをいれぇただけさぁ。チップにはデータが入ってる。脳がデータを引き出せるように細工をしてねぇ」

――――――――――――――――――――


たかしなるものが、どこからどうやって来るのかはわからぬし、そやつに何ができるのかもわからぬ。じゃが、信秀など以上に警戒を払う必要があることだけは確かじゃ。


聖山の戦い以来、ワシと証如は、畿内にたかしと思われる傑物が現れるたび叩き潰してきた。


じゃが、細川も三好も六角も、また紀州の雑賀衆も、強敵ではあったが信秀や証如のような特別な能力は持っていなかった。


そして今回の聖王禅譲じゃ。十一年、誰も言い出さなかった聖王禅譲を尾張の民が、そして信秀自身が認めた…。忍びが動いているにしろ異常事態に違いはない。


光になるという能力が、脳に細工をされた者の能力なのか、”たかし”の能力なのか、全く関係ない普通の行動かはわからぬ。


じゃが脅威となり得る可能性がある以上、叩き潰すしかあるまい。


こうして我ら本願寺の次の目標が決まった


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