死に物狂いの滝ダイブ
1536年 6月 信孝22歳 信秀26歳
【三河国 八名郡七郷一色 百間滝】
井田野の戦いから3か月後……、どうにか全身筋肉の断絶から回復した俺は三河で最も高さがある滝”百間滝”に来ていた。滝口から滝つぼへの落差は43mもある。マンションでいうなら13階くらいかな。
俺のやろうとしている修行は、両手両足を縛って滝に落ちるという、すさまじいものだ。
前世の教団では”ナイアガラの滝”を使った特訓方法だったらしいけど…。今はアメリカまで行く方法がないからね。
この修行は前世の教団で、上位暗殺者達がやっていたものだ。ちなみに俺はやったことがない。俺は教団で15年間を暗殺に費やしたが、中級暗殺者以上にはなれなかったからね。
俺は死に瀕することで、走馬灯を見る。そして信秀との戦いで何度、走馬灯を見ても回避法が思いつかないときに、さらに脳の制御が解放され、”脳自身があらゆる情報を勝手に計算してくれる”ことで”どんな攻撃をも回避する”能力を身に着けた。
んだと思う。
前世では体を縛って滝に飛び込むなんてただの自殺で、暗殺に役立つとはとても思えなかったが、今は違う。恐らく死の危険に身を置くことでより脳の制御を開放する訓練なのだろう。
俺はこの訓練を通じて、脳の自動計算を”任意に発動できる”ようになりたい。それに加えて”防御”だけでなく、”攻撃”でも使えるようになりたい。
脳が自動的に最適な攻撃方法を編み出してくれれば、最短最速で確実に相手を殺すことができるからな。
「本当にやるのでござりますか?」
半蔵が心配した表情で言った。ここに半蔵がいるのは、百間滝までの護衛として付いてきてもらったからだ。というのも百間滝がある八名郡は、清康時代には松平に従っていたが、今は独立、あるいは今川に従属していると考えられ、襲撃を受ける可能性があったからだ。
ここに来ること自体が危険だったけど、他に十分に落差の大きい滝が見つからなかったので仕方なく、ここを選んだわけだ。
「ああ、やるよ。俺が井田野で身に着けた技を、さらに強化するにはこの方法しかないからね。」
すでに半蔵に手足を縛ってもらっているので、後は川に投げ込んでもらうだけだ。そのまま流されていけば百間滝を落ちることができるだろう。
「よし!やれ!!俺は絶対に、能力を進化させる!」
この世界では、四神の焼き印など、俺の知る過去とは違った事象も起きている。それを知るきっかけになったのは信秀だったが、恐らく証如が次の道しるべになるはずだ。
俺が過去へ来たことと、俺が来る前の歴史が変わっていることに全く関わりがないとは考えにくい。それなら、俺が未来に戻るための情報の一端を四神の焼き印のやつらが握っている…と思う。
戦いが避けられない以上、証如に会うには勝つしかない。
「生き残り、秘密を探るため!俺は死を乗り越える!!」
半蔵が、俺を川へ投げ込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1536年 6月 信孝22歳 信秀26歳
【三河国 八名郡七郷一色 百間滝水中】
よし……走馬灯が浮かんできたぞ。後はこのまま、これまでの人生の知識・経験で対処を考え続ける…。集中し…集中して、もっと深く入り込め…ここで死ぬわけにはいかないんだから!
為すすべなく流されていった俺は、いよいよ滝に差し掛かり、膨大な水量に押され、落下していく。
まずはここだ、水面に叩きつけられるのをどうにかしなきゃいけない。走馬灯…プールでの飛び込みの記憶が蘇る…いや、落差が違い過ぎる…。それに手の先から飛び込もうにも、縛られてちゃあ体が動かせない!
いや…これでいいんだ。走馬灯では解決しないこの状況じゃないと意味がないからね。だから…解決策を考えるより、心を研ぎ澄ませ。なんとなく解ってるはずだ。あのとき、信秀の攻撃をかわした時の感覚が…!
水面が迫ってきた…!!このままぶつかれば俺は死ぬ!
潜れ…心の奥深く……開放しろ!脳の制御を!
びっしゃああああああああーーーーん!
水面に轟音を響かせて、俺は滝壺に突入した。
「ぐお!!」
どうにか即死は免れたが…やはり脳の計算が不十分なのか、体を強く打ち付けた。
それでも死んでないからには、いくらかは自動計算が働いているはずだ。体が自然に助かる方向に動いたんだ。
だがここからが問題だ。滝壺の問題は、滝からどんどん水が落ちてくるせいで、下に押されて浮かび上がれないことだ。まして縛られてるから泳ぐことさえできない。
息を止めるのもそろそろ限界だ…。意識がぼやけはじめる…。ここで気絶したら脳の開放どころじゃない…本当に死んでしまう。意識を保たないと…。
だが…クラクラしてきた…。ダメだ弱気になるな。ここで生き残らないと、何のために滝に落ちたのかわからなくなるじゃないか。
み、未来に戻って……し…しげるに……会わなくちゃ……。しげる……。
そのとき、俺の目の前にまぶしい光が広がった気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1536年 6月 信孝22歳 信秀26歳
【三河国 八名郡七郷一色 百間滝近く】
半蔵サイド
拙者は服部半蔵。たった今、新たな主を滝に投げ込んだところだ。主はこの修行を通じて、井田野の奇跡を一段階、進化させるおつもりらしいのだが…。
「やはり、いくら主でも無茶だったのではないか」
忍びの修行にも肉体をギリギリまで追い込み、成長させるというものはあるが、いくらなんでも縛って滝に落ちるというのは無茶苦茶だ。
もちろん、一応もしもの時のために滝の下にも配下を何人か待機させている。もし主が浮かび上がってこなければ、潜って救助させるつもりだ。主には伝えていないがな。
それから数分の時が流れた。
「いくら何でも限界だな。」
拙者は滝下の配下達に合図を送る。
配下達が、主を救助すべく水に入ろうとしたその時
「ぷはっ…!!」
主が浮かび上がってきて、水上に顔を出し大きく息を吸った。配下達が慌てて主を抱きかかえる。
「縛られたまま、泳いで上がってきたのか?」
主の能力は危機に瀕したときに、生き残るため最善の行動がとれるという。だからと言って物理的に不可能な動きはできないはずだ。それでも水の流れを読み、抵抗の少ないところを切り抜けて上がってきたというのか。
「だとすれば、まさに奇跡だな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1536年 6月 信孝22歳 信秀26歳
【三河国 八名郡七郷一色 百間滝近く】
「もう一度やるのでござりますか?」
半蔵が呆れたような顔で問いかけてくる。
俺は何とか一度目の滝ダイブから生還した。だが俺の目的の一つであった脳の自動計算の”任意発動”はできないままだ。もう一度飛ぶしかない。
だが、正直さっきので死の恐怖を覚えてしまった。暗殺者として死の危険にさらされたことは少なくないんだが、窒息死というのは撃たれるより怖いもんだね。
それでも後に引くことはできない。
「ああ、やるしかない。それにうっすらとだが、任意発動のコツが見えた気がするんだ」
恐らくキーになるのは意識を失いかけたときの、あの光だ。幻覚かも知れないがあれが発動のトリガーになっているのは間違いないだろう。
問題はあれが出てくる直前に俺が何をしていたか?確か…未来に戻りたいと…いや、そうだけどそうじゃない。
「茂だ…!それが任意発動の鍵…!!」
「しげる…?どなたでござりますか?」
半蔵が不思議な顔で聞いてくる。しまった声に出ていたか。
ともかく茂に、会いたいと強く思うことで、脳に何らかの作用が働き、自動計算が発動する…らしい。後はどの程度死にかけたときに、どの程度強く思えば発動するか…だな。
「よし!いけるぞ!さっそく試してみよう!」
俺がそう叫ぶと同時に、半蔵が再び俺を川へと投げ込んだ。




