俺の知らない、戦国時代
1536年 3月 信孝22歳 信秀26歳
【三河国 合歓木城 評定の間】
「お前は…平屋清兵衛か!?」
そこにいたのはこの戦いに際して、清酒を買い取ってもらい洗脳兵用の食料を買い付けてもらった平屋清兵衛だった。
「へい。お久しぶりでごぜえやす」
「いや、待て待て。さっきまでいなかったよね?いつどこから入ってきたのさ」
この部屋には、俺と信秀・康孝と後は俺の家臣が何人かいるだけだ。
少なくとも信秀と話し始めるまで、清兵衛はいなかったし、いつどこから入ってきたか誰も気づかなかった。
「へえ、お呼びとあらば、いつでもどこでもかけつけやす」
清兵衛は平気な顔をしてそんなことを言う。だが、ただの商人なら気づかれずに入ってこれることを、わざわざ見せたりしないだろう。
「いや、呼んでないし、勝手に入ってきたでしょ」
流れでツッコミを入れつつ本題に入る。
「俺たちに気づかせず、どこからともなく部屋に入ってくるなんて……。やっぱり清兵衛は忍びなのかい?」
一応、この前会った時点で兄・清康の雇っていた諜報機関という可能性は考えていた。だとしても、こうあからさまに正体をばらしてくるってことは、俺たちに協力してくれるんだろうか?
いや、それこそ何かの罠かも知れない。忍者相手に油断すべきじゃないな。
「ふふふ、バレているのならば話が早うござります」
「私の名は、服部半蔵保長 通称は半蔵でござります」
本当に半蔵なのかよ!そしてやっぱり、家康時代に活躍する服部半蔵正成ではなく、親父の保長の方か。
「清康公には、食い詰めていた我らを雇っていただき、大変お世話になりました。」
「それに此度の戦での信孝様の活躍は、正にお見事!故に我らは信孝様にお仕えしようと考えたのでござります」
兄・清康への義理ってのは本当なんだろうけど、それだけなら広忠に仕えてもいいはずだ。恐らくは、井田野の戦いをずっと隠れて見ていて、その内容によって俺に使えることを決めたんだろう。
逆に言えば俺が無様な負け方をしていれば、聖王教や今川に情報を売ったんだろうな。
「なるほど…俺が尾張を手に入れそうなのを見て、乗っかることにしたわけか」
部屋に潜んで俺と信秀の会話を聞き、ここ一番自分たちが役立ちそうなところで出てきたってことだね。
「ふふふ、まあそんなところでござりますよ。」
「ですので、尾張中に井田野の戦いで信孝様が起こされました奇跡を、少し大げさに広めるお役目を与えていただきたいのでござります」
なるほど。俺の奇跡は確かにすごいんだが、聖王を受け継ぐには10年前信秀が起こしたらしい奇跡を上回る必要がある。多少大げさに宣伝すべきなのは確かだ。やりすぎると眉唾になりそうだけどね。
第一、脳の制御を一段階開放できたなんて説明しても、誰も理解できないだろうしね。
前に康孝にも行ったけど、俺の判定師としての知識と経験によれば、清兵衛…いや半蔵は俺たちに敵対的ではない。
ただそれは、俺がここまで上手くやってきたからだ。でもそれはビギナーズラック的なところもあるだろう。第一、信秀戦では随分てこずったし、聖王教など戦国知識が通じないところもある。
忍者は都合が悪くなれば裏切るってのは間違いない。けど、だからといって半蔵の力を借りないってのもあり得ない。尾張を手に入れるチャンスなんだからね。
「いいだろう。とりあえず、お前たちの実力を見せてもらうことにするよ。」
ここで取り込まなかったら、それこそ今川に情報を売られるだろうしね。
だが、取り込むとなったら、俺は実力を示していかないといけない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1536年 3月 信孝22歳 信秀26歳
【三河国 合歓木城 評定の間】
「さて」
俺は落ち着いた声でそう言った。会話に区切りをつけて、話題を変えるためだ。
「尾張の国主になったからには、俺は尾張の民衆を守る責任がある。」
「決めなきゃいけないことはたくさんあるが、まずは外交方針だな。どこと戦って、どこと戦わないかだ」
新商品や農業改革については、外交の方針を決めてからでいいだろう。どっちにしろ米と金と人がたくさん必要なのは間違いないからね。
それに信秀のように特殊な能力を持ったやつが他にもいるなら、勢力図が俺の認識しているものと大きく異なってる可能性もある。
少し間をおいて、半蔵が服部衆の調べた隣国の情報を話し始めた。
「美濃の土岐頼芸は、長井新九郎規秀なるものに擁立されたお飾りのようでござります。規秀は蝮と呼ばれ、随分と頭の切れるおとこのようでござりますな」
美濃ではすでに長井規秀(斎藤道三)が国を乗っ取りつつあるみたいだ。もっとも、今 乗っ取る途上にあるなら、尾張攻めどころじゃないかも知れない。
油断はできないけど、積極的に動き出すまでは服部に情報を探らせるだけにとどめて、他の勢力を優先することもできるかな。他に優先する勢力があるかどうかだね。
もちろんいざ規秀が動いたときに、隙が見つかれば攻め込もう。
「伊勢は北勢48家と言われる小規模な領主が、土地を争っており尾張攻めどころではないようでござります」
「ただし長島の願正寺は本願寺の出城ですからな。かなり注意が必要でしょう」
本願寺と言えば、各地で一向一揆を起こし、国を乗っ取るやつらだっけ。元は真面目に修行していたのかも知れないが、蓮如の代に一気に信者が増えてから、おかしくなって来たみたいだ
だが、そこで信秀が聞き捨てならないことを言い始めた。
「本願寺の証如は俺と同じ、四神の焼き印を押された者だ。”未来の武器”を夢に見ることができるらしい」
は?四神の焼き印?一体何のことだ?いやいや、それより未来の武器を夢に見れる!?
そんなの無敵じゃないか!!
い、いや待て、いくら夢で見れたって、現実で素材を集め加工するには時間がかかるはずだ。だから、有利ではあっても必ずしも無敵とは言えないだろう。
「服部の調べでは、本願寺は最近”新火薬”を作り出したらしく、時を置かず連続して撃てる銃を開発したようでござります」
…………は?
どうやら、この世界は想像以上に、俺の知ってる歴史とは異なっているらしい。




