聖王禅譲
1536年 3月 信孝22歳 信秀26歳
【三河国 合歓木城(信孝の城)】
そんなわけで俺達は城に引き上げ、何をするよりも先にとにかく眠った。さすがに体を酷使し過ぎたからね。
ちなみに信秀は城の牢に入れておいた。やつが全力で壊せば、うちの牢なんて簡単に壊れそうだけど、ぐるぐる巻きに縛っておいたからまあ大丈夫だろう。
本来なら広忠に戦の報告をしに行かないといけないんだろうけど、さすがに皆ボロボロ過ぎる。
俺は一歩も動けないからどうしてもなら、明日康孝に行ってもらうしかないな。
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【三河国 合歓木城:評定の間】
翌日、俺達は今後の方針を話し合うために評定の間へ集まった。それはいいのだが
「なんでお前がここにいるんだよ!!」
なんと俺達が来る前に信秀が評定の間に座っていた。牢が破れるどころじゃなく、縄も引きちぎったみだいだ。
「決まってんだろ。俺も松平の家臣として評定に参加すんだよ。」
はあ!?何を言ってるんだこいつは?こいつは尾張の民衆から信仰される聖王なんだろ?
三河の小城の領主の家臣になるなんてわけわからんぞ。
「何をわけのわからないこと言ってるのさ。というか牢を破ったんなら、そのまま逃げれば良かったでしょ」
俺達は眠りこけてたんだから、隙だらけだっただろうし第一、その辺の動物を呼べばいくらでも逃げられたはずだ。
それどころか、寝こみを襲って俺達を殺せば、三河を手に入れることもできただろう。
評定の間になんて出てきたら、もう一度捕まって打ち首にされても文句は言えない。
信秀にとって、リスクが高すぎて本当に意味が分からない。
「そうはいかねえよ。なんたって俺は、あんたと勝負して負けたからな。」
そういうと、信秀は強さと正義について語り始めた。
「俺は常々、強ぇやつが上に立たなきゃいけねえと思ってる。弱ぇやつが上に立つとどうなるか、今の日ノ本を見りゃわかるだろう。」
「だから俺は強ぇやつにこの身と土地を預ける。強ぇやつのために戦う。そうすることが俺の目標である戦のない平和な世界に繋がると信じてるからな」
信秀はまくしたてるように自分の理想を語った。俺の方が強いなら俺に従った方が早く戦を無くせるってことか…。
…どうも本気で言ってるっぽいな。罠とかじゃないみたいだ。
俺は前世で教団の研修を受け、 判定師の資格を持っており、相手の忠誠度や裏切る性格かどうかを見抜くことができる。
その基準からしても信秀は、一度従った人間は裏切らないと断言できる。
本当に尾張が手に入るなら、それこそ願ってもないチャンスだ。三河の小領主から一気に尾張の領主になれれば、天下統一は近づくだろう。未来へ帰るための情報収集もしやすくなるかも知れない。
だが大きな問題がある。
「お前が俺に尾張をくれるのを、尾張の人たちは納得するのか?」
尾張には信秀の家臣や農民達がたくさんいる。彼らは聖王である信秀を慕っているらしい。
信秀以外が領主になることは、単なる領主の変更じゃ済まないだろう。
下手をすれば暴動が起きるかもしれない。
そして何よりやっかいなことに、彼らが歴史上で信長と戦った一向門徒のように"皆殺しにされるまで従わない"場合、暴動を治めたとしても農民が死んだ分、確実に生産力が下がるんだよね。
「その点は問題ねえぜ。聖王教が求める聖王とは、厳密にいえば"戦のない世界を作り出せる人間"なんだよ。だから、俺よりすげえやつがいるなら、信仰はそっちに移るんだ。」
「はあ!?なんだよそれ?民衆はお前を信仰してるんじゃないのか?」
聖王教というからには、聖王がいてそれに対する信仰があるんだと思ってた。
しかし今の信秀の話だと、信仰の中心は”戦のない世界”の方で、それを作れるやつが聖王だという。
「基本的にはそうだが、そいつは俺が強ぇからさ。だから俺より早く、確実に天下泰平を作れるやつがいるなら、そっちを信仰すべきってことになるんだよ」
「しかし、いくらお前が俺に負けたからって、それだけですぐに皆が"俺の方が強い"とは考えないだろ?」
井田野の戦いは正直言ってギリギリの勝利だった。
普通に考えれば、今回の戦を見ただけで俺の方がものすごく強いということにはならないはずだ。
「聖王は奇跡を起こせるものがなるんだ」
「誰も見たことも聞いたこともないような、奇跡的な勝利をおさめたものこそ聖王にふさわしい」
「だって"戦のない世界"なんて、誰も見たことも聞いたこともねえからな」
「井田野の合戦でお前はいくつかの奇跡を起こした。10年前、本願寺と戦ったときの俺よりすさまじいと言っていい」
「奇跡だって?俺が何をやったっていうんだ?」
この時代に来てから、俺のやったことといえば、サンガや河原者・奴隷なんかを集め、洗脳して筋肉制御の開放を教え、それを利用して、流線形の石を投げさせたことか。確かにあれは結構な数の敵を殺したな。
信秀との一騎討ちは、まぐれもいいとこだからな。奇跡って感じじゃない。
「俺たちの軍は3000ほど、それとは別にお前たちの馬を裏切らせた。
一方でお前たちの兵は200ほど、本家の岡崎軍が600いたのかも知れねえが足手まといだ」
「事前に眠らせないなどの工作をしていたとはいえ、この兵力差で”奇襲ではなく、真っ向からぶつかって勝った”のは奇跡としか言いようがねえ」
確かに桶狭間の戦いや厳島の戦いも、奇襲だから成功したってとこは大きい。それからしたら
正面からぶつかって、数が少ない方が勝ったってのは異常だ。
おまけに信秀軍3,000のうち半分以上を殺している。普通の戦は何割か死んだら、不利な方が逃げ出すものだから、これもあり得ない。
「加えて、俺との一騎打ちだ。俺の腕を奪った、あの攻撃も凄かったが…。
それらはあくまで優れた統率や剣術に過ぎねえ」
「本当に凄かったのは、最後に俺にもたれかかったときだ。」
「あの瞬間、普通に倒れただけなら、俺が反応できないはずかない。あんたは"視覚の盲点"となる位置だけをかいくぐって倒れこんだんだ。まともな人間は、あの状況で無意識にそんなことはできない。」
「視覚の盲点をかいくぐった…?あのとき、俺がか?」
あのとき、何度も走馬灯を見ているうちに、意識のより深い部分に、潜ったような感覚があって、次の瞬間にはもう体が動いていた。言わば無我の境地ってとこか。
仮の話だが…
【信孝の考察】
脳は筋肉と同じように、”制御”されてる。人間が一生のうちに使う脳の機能は3%ほどらしい。
死にかけたときにあらわれる”周囲が遅く見える”とか”走馬灯が見える”ってのは、生き残るために脳が3%を超える能力を出してるんだと考えられる。
あのとき、俺は何度も何度も走馬灯を見て、それでも解決法を見つけられなかった。
そして意識がより深く潜って、自然に金棒をかわした。
つまり…。脳が走馬灯よりもう一段階 さらに制御を開放し、高度な演算機能により生き残る方法を編み出した。そして意識に伝えていては間に合わないから、勝手に体を動かした。
【信孝の考察:終わり】
相当無茶苦茶な理屈だが…もしかしたらあり得るかも知れない。ただ、それが事実なら脳への負担が大き過ぎる。何度も使える方法じゃないな。
「ああ、そうだ。まぐれにせよ、あの瞬間、あんたは達人でもたどり着けない領域に達していた。あんなことができるやつには従うしかねえだろ」
なるほど…とにもかくにも信秀は俺の技術というか強さに心酔したってわけだ。
そして聖王教の信者が、よりすごい奇跡を起こす人物こそ早く確実に"戦のない世界"を作れる人物だと考えているなら、俺が聖王になっても従ってくれるかも知れない。逆に言えば俺が今以上に強くなれなければ、裏切られる恐れもあるってことか。
「なるほど、確かに俺のやったことは奇跡の言っていいみたいだな。しかし、それを尾張の民に誰が伝えるんだ?お前が発表したら済む話なのか?」
俺の起こした奇跡が聖王にふさわしいものだとしても、それを事実として民衆に信じさせるのは難しい気がする。いくらすごい奇跡でも、眉唾ものと思われたんじゃ意味がないからね。
信秀が聖王として公式に発表すれば、事実として受け入れてもらえる可能性もありそうだけど…。
「でしたら、わたくしどもが引き受けさせてもれえます」
そこには、そこまでいなかったはずの男がいた。




