証如の秘密
1525年 9月 信秀15歳
本願寺は斯波家に救世主の引き渡しを要請したが、斯波家および大和守織田家・伊勢守織田家は、救世主など知らないと言った。
斯波家・大和守家・伊勢守家は救世主の噂は知っていたが、これまで積極的にかかわろうとはしてこなかった。
弾正忠家に救世主など現れては、家を乗っ取られる可能性があったからだ。できれば始末したかったが、探すこと自体リスクが大きすぎた。
斯波家が拒否したことにより、本願寺は尾張一揆を行うことを決め、蓮淳・証如と主な幹部は前線基地となる伊勢長島・願正寺に移動した。
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1525年10月 信秀15歳
【伊勢長島・願正寺】
ここは伊勢長島にある、願正寺である。願正寺は本願寺の実質的代表者である蓮淳が、23年前に開いた寺で、今は次男の実恵が住職をしている。
願正寺は伊勢と尾張の国境沿いにあり、蓮淳が自由に扱える寺でもあるため、救世主・石山招致作戦の前線基地として利用することになった。
今回の作戦は本願寺の未来を決める、超重要事項であるため、法主・証如や代表者蓮淳を始めとして、本願寺の幹部も総動員している。
【願正寺・本堂】
作戦会議のため、幹部一同が本堂に集まっている。
蓮淳はここまで調べたことを、幹部たちに報告した。
「さて皆の衆、諜報役の情報によると、美濃との国境付近の山に動物と会話する不思議な少年がいるとのことじゃ」
蓮淳は諜報役に命じて、聞き込みをし、救世主のものと思われる不可思議な情報を集めさせた。その結果、”動物と喋れる少年”が救世主と呼ばれているらしいことがわかった。
「動物と話すですと?思ったより、普通ですな」
頼慶が拍子抜けしたような声でつぶやく。
蓮淳も最初聞いたときは証如の”あれ”と比べて、分かりやすいインパクトがあるようには思えなかった。
だが、諜報役から詳細な情報があがってくるにつれ、考えを改めることになった。
「それが…馬だけで魚鱗や鶴翼などの陣形を組ませ、熊や猪を狩って肉や毛皮を売っているとか」
蓮淳は自分で口にして嫌になった。普通どころの話ではない。動物と会話ができるだけならまだいいが、人間同様に使役できるとなると話が別だ。
頼慶も、その危険性に納得した。そしてわずかに蓮淳の方を見つめ、わずかにおびえた声で尋ねた。
「なるほど…厄介ですな。それで?馬だけでなく他の動物も使役できるのですか?」
ここは重要なところだ。熊や猪など力の強い動物も怖いが、ネズミやカラス、犬や猫など人間に身近な動物を諜報役にできるようだと、あらゆる情報が筒抜けになる恐れがある。。
「主には馬だけのようじゃが…。熊や鹿、猪などとの会話を試みていたという情報もある。
少なくとも犬や猫と話していたという情報はない」
基本的には知能の高そうな動物だけだが…。それでも軍隊を組むにしろ田畑を荒らさせるにしろ充分な被害が考えられる。
やはり排除するしかないな…。何せ調べれば調べるほど、危険としか思えない情報がポンポンでてくるのだ。本願寺を守るためには排除しかありえない。
蓮淳はそう考えて、命令を発した。
「よし、その山を尾張の門徒宗で囲むことにする。指揮はワシがとろう」
「蓮淳様、自ら参られるのですか?」
「この願正寺を開いたのはワシじゃからな。ワシは尾張の地形に詳しいし、門徒にも顔が利くからの。」
ワシ自ら指揮していれば、発見した救世主を誤って殺してしまったとしても誰も文句は言えまい。
他の者に任せては、捕縛→殺害と二つの工程を踏む必要がある。その過程で逃げられたり、最悪、証如と救世主が合うことがあるかもしれない。
二人が出会ったら…互いに反発したとしても、逆に気が合ったとしても、碌なことになる気がしない。
「ワシ自らの手で決着をつけてくれる」
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1525年 9月 信秀15歳
【尾張・山中】
一方その頃、本願寺が動いたことが、信秀の耳にも入っていた。
信秀は仲間の馬を人里の牧場に紛れ込ませて人間たちの情勢を探っていたのだ。
信秀達の方から人間に危害を加えるつもりはなかったが、もし攻撃されたときに逃げられるように準備しておくためにも、情報を集めておく必要があった。
「そうか、やべえな。斯波家や織田家ならともかく、本願寺がでてきやがったのか…」
本願寺は問答無用の殺戮集団だと聞く。しかも多くの人間を門徒にしているらしい。いくら動物を使役できても、大勢の人間に囲まれれば抵抗は不可能だ。
「やつらがくれば、俺も定八達も殺されるか、連れていかれるだろうな」
人間は戦争や物資の輸送に馬を使うらしい。だから殺されず、連れていかれる可能性もあったが自由を奪われることは間違いない。
「しかし、どうすっかな…」
本願寺の門徒兵は尾張や周辺国から、次々と集まっていて万を超えるほどだ。
信秀がどう頭を使っても、これほどの兵から自分と馬達を逃がす案は思いつかなかった。
ヒヒーーーンッ!!ヒヒーーーン!!
そうこうしていると、馬達が激しく騒ぎ始めた。
「山火事だと!?もしかして人間共の仕業か?」
足の速い馬を伝達役として山の各地に配置していたのだが、彼らによると山中の何ヶ所かから火の手があがっているようだ。
複数の場所が燃えているならば事故とは考えにくい。やはり人間が放火したと考えるべきだろう。
それよりも…
「どこへどう逃げる」
おそらく山の周囲は門徒で囲まれているだろう。だからといって、ここでモタモタしていれば焼け死んでしまう。
「人間共をぶち殺してでも、山を下りるしかねえのか…」
だが人間と戦えば、間違いなく馬の方にも被害が出る。まして人間は武器を使う。
特に弓などは遠くから、一方的にこちらを攻撃できる。
逆にこちらは信秀はともかく、四足歩行の馬達は武器を持つことができない。
無理やり突破しようとしても、逃げきれずに全滅する可能性は高い。
「家族が死ぬのは嫌だ。でも、何もしねえで全滅ってのは避けてえな。」
このまま何もしなければ全員死ぬ。だったらやることは一つしかない。
「仕方ねえ。包囲軍のうち守りが薄そうなところに突撃するしかねえだろう」
本願寺軍は基本的には、農民の寄せ集めだ。幹部格が指揮している部隊は、ある程度機能しているが、人数が多いため命令が行き届いていないところはある。
できるだけ農民の多そうなところ、弓の少なそうなところ、派手な鎧の坊さんがいないところに突撃しよう。馬達の広い視野なら、ある程度人間たちの布陣がわかるはずだ。
「まあ見た目だけじゃ確実とは言えねえが、他に手がねえからな」
信秀は馬達の情報から、北西の守りが薄いと考えそこに突撃することにした。信秀自身は定八に騎乗する。
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【尾張国 山の周辺】
時間は少し戻り、本願寺が山の付近に到着した頃
山の周囲に陣どった蓮淳と幹部達が、山攻めの計画を立てていた
「これでは、北西の守りが浅いのではありませんか?」
頼慶は不安そうに尋ねた。蓮淳が敷いた包囲陣では北西が明らかに兵が薄く、ここを攻められたら、簡単に逃げられてしまうように見えた。
「構わぬ、この陣にはワシと証如様が入る。陣に薄いところがあれば、敵はそこから逃げようとするはずじゃ。そこを捕らえる」
「蓮淳様、自らそんな危険な場所を守らなくてもよろしいのでは…」
蓮淳はそこまで戦の経験があるわけではない。そして今、蓮淳に死なれては本願寺は立ち行かなくなる。第一、還暦を過ぎた者が戦に出るなど聞いたことがない。
頼慶としては、余り蓮淳に無理をしてほしくなかった。
「いいや、ワシでなければならぬのだ。心配はない。わが部隊には”あれ”があるからの」
「”あれ”ですか…確かに、火に追われて逃げてきた者には有効でしょうが…」
“あれ”は本願寺にとって秘中の秘だ。軽々しく使って、他家にばれれば警戒される。
もちろん証如あってのものだから、簡単に真似はできないだろう。
「この場は、”あれ”を使っても良いほど、重要な局面じゃ。見られることに危険性はあるが…。それだけ我らにとって”救世主”は重要じゃからのう」
「ですが、”あれ”を使っては救世主が巻き添えを食う可能性があるのでは?」
「それは平気じゃ。何せ救世主というぐらいじゃからのう。何者かに守られておるはずじゃ」
そんなことがないのは蓮淳は良くわかっていた。何かに守られているというのは、部下たちを説得する方便だ。
救世主といえど殺せば死ぬ。確実に葬るには”あれ”が必要なのだ。
証如の能力、”日本に存在しない””未来の武器””を、夢で見る”能力……。
多くの武器は技術的に開発不可能だったが…。あの神隠しの日から五年、本願寺の雇う職人達の技術の粋を集めて開発させた。
“鉄砲”そして”火薬”
本来の歴史ならば、鉄砲伝来は1543年であり今から18年も後のことだ。しかも本格的に軍に導入されるには織田信長の登場を待つことになり、さらに十数年後のことだ。
今の本願寺は、その鉄砲と火薬を大量に保有している。硝石の製造にも成功していた。
そして山の北西を守る軍は、鉄砲完成の日から蓮淳が寝る間も惜しんで訓練してきた鉄砲専門部隊だ。日本どころか海外の鉄砲部隊にも負けない練度を誇っている。
「救世主の能力が、動物との会話ならば鉄砲にかなうはずがない」
使役できるのが馬や猪、シカや熊だけならば鉄砲で撃てば殺せるはずだ。
もっと小さな動物や、空を飛べる鳥などを諜報に特化して使われれば厄介だが…大型で戦闘力の高い動物だけなら鉄砲で倒せる。
「本願寺に仇なすものは殺す。天下泰平のための礎になってもらうぞ」




