馬に育てられた白虎
時は1511年、森山崩れの24年前…
1511年(永正8年)織田弾正忠家頭首 織田信定に一人の男の子が生まれた。
後に尾張全体に影響を及ぼし”尾張の虎”と呼ばれた織田信秀である。
嫡男の誕生を祝った宴の途中、突然 怪しげな修験者が現れ、こう言った。
「我、星の動きを読み、地脈の流れを読む者なり。」
「天の星座のうち、白虎を表す”奎、娄、胃、昴、毕、觜、参”の七つがひと際強く輝いている。これは白虎の宿命を持った子が産まれた証じゃ」
修験者はそれだけ口にすると、煙のように消えてしまったという。
この事件で当主・織田信定をはじめとする、弾正忠家の者達は大いに喜んだ。麒麟児ならぬ白虎児が生まれたと言って、家の将来の繁栄を期待して沸き上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
………それから数日後
スキンヘッドで袈裟を着た二人の僧が信秀の寝所を訪れていた。
二人とも、顔に特徴が無く存在感がうすく、気づかれにくい。
「これが例の白虎か。普通の赤子に見えるがな」
「今はまだ…な。しかし蓮如上人も天啓を得たという。やはりこの赤子は普通ではない」
1499年に亡くなった本願寺蓮如は死に際に”今から12年後、尾張に白虎が産まれる”
“なんとしても本願寺に取り込め”と言い残したという。
そのため、一向門徒の中でも諜報や戦闘能力に長けた二人が信秀誘拐の任務を受け、尾張に派遣されたのである。
「よし、とこれでいい。さっさとここを離れよう。」
誘拐犯達はあらかじめ、おんぶ紐を用意しており、信秀を背負って、現場から逃走した。
信秀の母・いぬゐの方を始めとして、乳母衆や近侍の者も薬で眠らされていたため、誰も彼らを止める者はいなかった。
そして事件が起きたのは、一向宗の本拠地・石山本願寺に戻るため、尾張から美濃に向かう途中のことだった。
誘拐犯達の前に厳つい顔とガチガチの筋肉の男たちが立ちはだかった。
「おうお前さんら、この木曽川をタダで渡れると思うなや」
誘拐犯達は幼少時から特殊な訓練を受け高い戦闘力があるため、盗賊の集団を倒すことなど容易だ。しかし今は赤子を背負っている。余計な戦いで信秀に危険が及ぶのは避けたい。
「なんだ貴様らは!」
「ワシらは、この木曽川を根城とする国人で蜂須賀党ちゅうもんや。木曽川を渡るには通行料ってやつが必要でなあ。」
蜂須賀氏は木曽川流域の土豪で川波衆とも呼ばれた。領地が尾張と美濃の国境のため、情勢に応じて織田と斎藤の両方へ従っては裏切るということを繰り返していた。
「国人だと?貴様達、どう見ても盗賊の集団ではないか」
「盗賊ねえ。まあ、否定はせんよ。それで?通行料を払って木曽川を渡るんか?それとも有り金を奪われて三途の川を渡るのがええか?好きな方を選ぶんやな」
誘拐犯達は脅しに屈するのは嫌だったが、それよりも信秀を無事に石山に届けることの方が重要だったため、おとなしく金を払うことにした。
「大事の前の小事、ここでくだらない争いをするわけにもいくまい。金は払うから木曽川を渡らせてくれ」
「いいだろう。ん?待て貴様ら一向宗だな?一向宗といえば加賀一国を奪い取り、各地で反乱を起こしている、”無差別殺戮集団”だ。彼らの通った道には草一本残らぬという。」
蜂須賀党は諜報機関としても活動しており、尾張・美濃はもちろん、ある程度各地の情報を握っていた。そのため、一向宗を損得による話し合いの通じない危険な集団だと認識していた。
「世の中の連中は坊主だからといって遠慮しているようだが、俺たちはそうはいかねえぞ。一向宗を斬れば少しは世の中が綺麗になるだろうからな。」
「待て!何が無差別殺戮集団だ!我らは救世のために、道を誤った者たちを正しい道へと導いているにすぎぬ」
一向宗は世のため、人のため正義のために反乱を起こし、国を乗っ取っている。そのためならば何をしてもかわないと考えている。
他人から見れば殺戮集団でも彼らの中には正義があるのだ。
「けっ!救世が聞いてあきれるわ。俺たちも人は殺すが、それは自分が生き延びるためや。しかし貴様らは、組織の目についた者は皆殺しにしてるやんか。」
「それはその時々で必要だからだ。民を苦しめている領主は倒さねばならぬ」
「その過程で両軍の農民が死にまくってもか?」
「救世のために死ねば極楽浄土に行けるのだ。彼らは幸福だ」
一向宗では教団のために死んだ者は極楽浄土に行けると教えていた。教団を守るための戦争でたくさん人を殺したとしても、極楽浄土に行けるのだ。そのため一向宗は殺すこと・殺されることにためらいがない。
「なるほど。つまり今から俺がお前さん達を殺せば、救世のために死んだんだから極楽浄土に行けるわけだな?じゃあ喜んで死ねばいいさ」
「何ということを…!!この仏敵が!!」
そこで会話は途切れ、20人ほどの蜂須賀党が一斉に斬りかかった!!
「舐めるなぁっ!!」
誘拐犯達は居合抜きで一度に4人ほどの蜂須賀党を斬り倒す。
「なかなかやるようだ。ならばこれはどうだ!!」
蜂須賀党の中でも一際大きい男が、刃渡り30㎝はあろうかという大ナタで誘拐犯の一人に斬りかかった!
「ぐっ…」
誘拐犯は素早くかわしたが、大ナタが背中をかすりおんぶ紐が切れてしまった。
「あっ……」
紐が切れて、信秀が川に落ち 流されていった。
「ま、待て!白虎が…救世主が…!!」
誘拐犯達は必死に追いかけるが、川の流れが速く追いつかない
「き、貴様ら許さんぞーーーーー!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからどれくらいのときが流れたのか……。
信秀は山奥の川岸に打ち上げられていた。腹は減るし、体中が痛むが、赤子なので泣きわめくしかない。
ビエエエエエーーーン!!ビエエエエエーーーン!!ビエエエエエーーーン!!
しばらく泣きわめいていたが、泣き疲れて眠ってしまう
このまま死んでしまうかと思われたが、そこに二頭の馬が導き寄せられるようにやってきた。
二頭の馬は信秀を野生の馬の群れに連れて帰った。そして彼らなりに赤子の食えそうな食料を集めて信秀に与えた。信秀もまた馬たちに懐き、奇妙な共同生活が始まった。
きゃっ きゃっ きゃっ
信秀は馬の背に体を摺り寄せ、ごきげんだ。
ヒヒーン!!
信秀の機嫌が良いので、馬たちも嬉しそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
信秀が馬に拾われてから10年の時が流れた。その時の中で信秀は馬たちと触れ合い、言葉は通じなくとも彼らの意思を理解できるようになっていた。
そんなある日、信秀と馬たちは森で日向ぼっこをしていた。信秀の他に数十頭の馬がいて、その中には信秀を拾ってきた二頭もいた。
「ねえ、定八、今日はいい天気だねえ」
定八は信秀を拾ってきた二頭の片割れで雄の方である。メスの方は”イヌイ”だ。どちらも信秀が物心ついたころに名付けた名前である。
信秀は両親のことを全く覚えていなかったが、何故か両親に近い名前を馬につけていた。
「ああ、イヌイもそう思うだろう?毎日こんなお天気だったら気持ちがいいのにね」
信秀には馬の言葉はわからないし、馬も信秀の言葉はわからなかったが、長年一緒にいることで、なんとなくお互いの意思を感じ取っていた。
ぽかぽかした陽気の中、信秀は定八の背中でうとうとし始めていた。
そのとき、周囲の馬達が騒ぎ始めた。
ヒヒーン!!ヒヒーン!!
「何!?ほ、ホントだ!!逃げないと!」
群れに大きな熊が近寄ってきていた。定八達は急いでその場を離れようとするが、後ろの方で一頭が熊に捕まってしまう。
それでも定八達は信秀を背に熊から逃げた。だがそのとき、信秀が悲痛な声で叫んだ。
「家族を捨てて逃げるなんてダメだ!!」
信秀の脳裏に覚えてないはずの両親の姿が浮かぶ。信秀は捨てられる悲しさを誰よりも知っていた。
信秀が叫んだと同時に、群れの馬全員が熊に向かって突進した!
さすがに熊と言えど、数十頭の馬が突撃してきては、たまらず吹っ飛ばされた。
「今だ!逃げよう!」
信秀が叫ぶと、馬たちは統率の取れた動きで、食われかけた馬をかばいながら整然と熊の前から撤退した。
この日から何度かに渡って、信秀の指示で馬の群れは肉食動物に襲われる危機を脱した。
その度に信秀は馬たちの信頼を得て、群れのリーダーと認識されるようになっていった。
その過程で、馬との対話を重ねることで、自分の仲間だけでなく、日本中の馬に通じる身振り・手振り・馬にしかわからない合図を編み出し、覚えていった。
それからさらに時が流れ信秀が15歳になったとき、信秀がその生き方を決めることになる大事件が起こった。




