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清酒と食料調達

「………………つまり、濁酒に灰を入れて、しばらく放置すれば濁りが消え透明になるとおっしゃられるのですな」


康孝は、俺に振り回されて、ちょっとイライラしてるみたいだ。詳細を伝えずに酒に灰を入れると言ったのは、まずかったな、


「あ、ああ。そうだよ。ちゃんと説明しなかったのは悪かったね。しかし、この方法なら今ある濁酒から清酒を作り出せるだろう?洗脳兵を雇うだけの食料が集められるんじゃないかな?」


俺がそういうと、康孝はまた吟味するような表情になる。

だが、感触は悪くなさそうだ。話してる内に段々と表情が読めるようになってきた。


そもそも洗脳する間は飯抜きなんだよね。死んでしまわないように調整しないといけないから、監禁する前に一度食べさせる必要があるだろうけど。


「まあ、悪くないですな。」


康孝は少し含みのある笑顔でそう言った。


「ただ、この時期に食料を買うとなると値が張りますぞ。」


冬だからね。収穫直後は安くなるかも知れないが、作物のとれない冬に高騰するのは当然だ。


そもそも、この時代の兵士はほとんどが農民兵だもんね。いくら敵が攻めてきそうだからって、冬に食料を買ってまで常備兵を増やすなんてのは狂気の沙汰なのかも知れない。


それでも康孝は頭ごなしに否定せずに、俺の話を聞き、メリットとデメリットを計算してくれている。


「稗や粟と言った雑穀を混ぜてもいい。大豆などの豆類も栄養価は高いし…」


雑穀を混ざれば、多少は安く買えるかと思って言ってみたが、あまり康孝の反応は良くない。


「五穀にしても収穫は秋ですからな。他の時期よりは高いですぞ…。まあ商人と話し合ってなんとかしましょう。」


康孝には何らかの当てがあるらしい。この時代、大名には御用商人とかいるんだっけ?

どっちにしても取引の多い商人がいてもおかしくはないか。


などと思っていたら、康孝が急にまぶしいほどの笑顔になって


「信孝様の画期的な思いつきを生かす良い機会ですからなあ!」


そう言って嬉しそうに叫んだ。


なんだかんで、康孝も俺の策に乗り気ではあるらしい。清康がいなくなって、松平家が没落の危機に陥っていたところに、俺が復興できそうなアイディアを出したのが良かったのかも知れないな。


俺達は酒蔵に行き、実際に濁酒に灰を入れてみた。これで何も起こらなかったら、ただ濁酒を無駄にしたことになるけど…。


二人で灰の入った濁酒をしばらく見つめていると、康孝が聞いてきた


「ところで、どのくらい待てば清酒になりますかな?」


そういえば、どのくらい待たなきゃいけないかわからないな。見たところ、すぐなるわけじゃないみたいだし…。基本的なことがまるでわからないな。


俺が不安そうな顔をすると、康孝も少し困ったような表情になる。


「ええと、とりあえず一晩待ってみるしかないかな。清酒になるのは間違いないはずだよ」


俺がそういうと康孝も納得してくれたようだ。理屈は理解してくれてるみたいだからね。

まあ、清酒がいつできるかわからないと、いつ食料や人を集め始めていいかわからないから、曖昧なままにしておきたくないらしい。


さすがに何日もかかるってことはないと思うけどな。この方法ができたとき、”金を使い込んだ番頭が濁酒に灰を入れたら清酒になった”って話があったはずだ。


この方法を知らない場合、灰の入った酒をそんなに何日も捨てずに放っておくはずないからね。一晩かそこらで変化が起きるはずだ。


「なるほど。では、付き合いのある商人に清酒の買取と、食料の販売を依頼しておきます。」


康孝は、清酒ができるものとして動いてくれるみたいだ。


「洗脳用の人集めは、食料が集まってからですな。情報を知る人間を増やすわけにいきませぬから、私と信孝様だけで行うしかありますまい」


誰かに頼めば、それだけ洗脳について知る人間が増えてしまう。最初の洗脳さえできれば、そいつらに手伝ってもらうこともできるだろうけど、ここは安全のためにも俺と康孝だけで動くべきだろう。


とはいえ、この時代にうとい俺が商人との交渉や人集めをできるわけもなく、とりあえず人が集まるまでは康孝に任せっきりになりそうだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、康孝と確認すると、酒は不純物が樽の底に沈殿し、綺麗な透明になっていた。


商品が完成したので、康孝に頼んで商人と連絡をつけてもらった。

交渉は康孝に任せようと思ったが、城主の俺が参加しないのはあり得ないと言われたので参加することになった。


本来、領主の間に呼びつけるものらしいが、今回はできるだけ情報を秘匿するために、

洗脳を行う予定の洞窟で話し合うことになった。


俺と康孝は洞窟内で、適当に座れそうな場所を見つけ、商人が現れるのを待った。

なんか子供の頃、秘密基地で悪だくみしてたときみたいで、ちょっとわくわくするな。


「来たようですな」

康孝が洞窟の入口を指さした。


現れた男は身長の低い、小太りの男だ。年齢は30代くらいだろうか?

ただ、なんとなく顔に特徴が無くて覚えにくい気がする。


男は洞窟に入ると、土下座して挨拶を始めた。


「清康公の頃から大変お世話になってごぜえます。平屋清兵衛(たいらやせいべい)と申します。この度は大量に清酒を卸して頂けるそうでうちとしてもウハウハです」


未来では土下座なんてされることないから、恐縮するが、まあ商人と武士ならこれが普通なのか。


「とりあえず面を上げてくれ。このままじゃ話もできまい」


清兵衛は膝をついたまま、頭を上げる。


「は、はい。ありがとうごぜえます。」


清兵衛の方も恐縮してるようだ。ただこのままお互い気を使ってたんじゃ、話が進まない。


「とりあえず、食料は準備できそうか?」


今回の目的は清酒を売った金で食料を買うことだ。康孝は食料集めを清兵衛に任せたみたいだからな。


「へえ、清酒が3升で90貫、康孝様のご命令で、その金をすべて使って食料を買いましたところ、米が100石 稗が30石ほどになりました」


この時代の単位で言われてもよくわからんな。しかし米1石は人が1年間食える量らしい。

だったら少なくとも織田戦が終わるまでは余裕だろう。


「しかし、これだけの清酒を用意なさるとは、殿様は一体どのようなお方なのでごぜえますか?」


一瞬、清兵衛の眼が光ったように見えた。お金になることには敏感なのかも知れない。

俺が何者なのか、それは記憶が二重にあるせいで俺にもよくわからないし、そんなことを初対面の清兵衛に話す気もない。


康孝から聞いた話では、この時代 清酒といえば寺社だけに許された僧房酒というのだけで、民間人の飲めるものでは無かったらしい。もちろん僧房酒の製造法は秘匿されていた。


それを急に一介の城主の俺が、清酒をたくさん売ろうとしたものだから、清兵衛は俺の知識やアイディアに金の匂いを感じ取ったみたいだ。


「さてね、俺が何者かなんて、俺が一番わからないけど。」


「だが、そうだな。俺に協力してる限り、儲かるとは思うよ。まあ俺が戦で死ななければだけどね」


俺の知識について知る人間をできるだけ少なくしたい以上、未来知識で出来た製品を卸す相手は一つにしときたいしね。清兵衛とはこれから長い付き合いになるだろう。


とりあえず、せめて金になるなら裏切らないという関係を築きたいな。


清兵衛は人懐っこい笑顔で、しきりに頷いている。俺の持つ知識への期待を募らせているようだ。


「商人をやっとりますと、まこと金は力だと実感いたします。信孝様には金の匂いがプンプンいたしますからな、今回もこれからも喜んで協力させていただきますよ」


清兵衛はニコニコして、手もみをしている。とりあえず当面の食料は清兵衛に任せておかば大丈夫そうだな。

あとは清酒の製法がばれる前に他の儲け方を考えるのと、農業改革だね。


「あ、そうだ。清兵衛は南蛮商人と付き合いはあるか?」


今後の戦いにおいて、鉄砲はいずれ必要になるんだよな。しかし鉄砲が大隅国・種子島に伝来するのは今から7,8年は後のはずだ。


できればそれに先駆けて仕入れたいもんだよね。


「ええと、私は南蛮商人など知りませぬが…。南蛮から仕入れたいものがございますので?」


清兵衛はまた目を光らせている。何せ今まだ日本にないものを注文するんだからな。値段は青天井だろう。うん、今の俺にそんな金は出せないな。注文するのはやめておこう。


「あ、いや いいんだ。いずれ俺がもっと力をつけたら注文することにするよ」


清兵衛は残念そうな表情をする。本当に金儲けに余念がない男だ。


そんなことを考えていたら、突然、清兵衛が真面目な表情になり、俺に質問をした。


「そういえば殿様、貴方は”何を”お求めですか?」


その言葉には、何か深い意味がある気がして、俺は即答できなかった。

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