悲しい告白
「こんにちは。たかしくん。あ、こんばんはかな?わかんないけど」
画面に桃が現れ、話し始めた。少なくとも俺には本物の桃に見える。
可愛い。愛しい。でも、もういないんだよね。
すべてが俺の妄想で、あの偽桃が本物の桃だったら…と思わなくもないのだが、
それこそ都合の良い妄想だよな。俺は桃が撃たれるところを見たんだしね。
「えっと、まず説明しないといけないんだけど、僕はホントの桃じゃなくて、えっと、人工知能が本物の僕の人格を真似て作り出した偽物なの」
映像の桃は偽物らしい。もっともこれだけ似てるってことは、見た目に関しては本物を録画したデータが元になってるのかも知れない。
カードキーは人工知能が仮想桃を作り出すためのアイテムだったってことかな。
仮想桃に聞けば、今回の事件の真相がわかるんだろうか。
「あの、あのね。騙しててごめんなさい。僕は、あ、ホントの僕は、ね。ここの刑務官を皆殺しにするために教団に送り込まれた兵隊なの」
仮想桃はものすごく申し訳なさそうな表情で、うつむきがちに話している。
ちょっと涙ぐんでるようにも見える。
桃はいつ見ても可愛い。本物にもう会えないなんて悲しい。
しかし、教団の兵隊?なんだそりゃ?
「ねえ、桃?教団って何なの?」
自分があまりに自然に話しかけたことに、我ながらびっくりする。
仮想桃はどこからどう見ても桃にしか見えない。
コンピュータが作り出した偽物とわかってはいるが、いつもの通りに話してしまう。
「うん、えっとね教団は……説明が難しいんだけど」
桃は少し悩んだような表情を見せる。こういう仕草がいちいち可愛いんだよね。
「えーと、われわれ”神政復古教”はイザナギとイザナミの末子である
教祖・国光命を新たな天皇とし絶対王政の国家を
築き上げることである」
「はぁ?」
俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
日本を絶対王政の国にする?そんなことできるわけないだろう。
俺は鼻で笑ったが、仮想桃は具体的な方法を話し始めた。
「たかしくんも知ってるかもしれないけど、現在の警察中央部はほぼ稲田組への協力者で固められてるんだ。この稲田組だけど、実は神政復古教の下部組織なんだよ」
稲田組が神政…なんとか教の下部組織?つまりなんとか教は警察の…司法の内部に食い込んでるってことか。
「加えて、今回の事件で僕が府中刑務所の刑務官を皆殺しにしたでしょ?この機会に教団の息のかかった刑務官を入れて府中刑務所を乗っ取るつもりなんだ」
府中刑務所を乗っ取る!?そんなことして何の意味があるんだ?
確かに刑務所は司法の結果が行使される場所ではあるけど…。ここだけ乗っ取っても仕方ないだろう
「教団は…拷問や意識を混濁させる儀式なんかを使って洗脳する技術を持ってるの。
加えて、今日僕が使ったみたいな”筋肉の制御を解除する方法”や世界の軍隊格闘術を改良した"高速移動・攻撃の方法"を教えてる」
ちょ、ちょっと待て なんだって?洗脳法に…筋肉の制御に…軍隊格闘術?
なんなんだ!?説明されるほど混乱して来たぞ。
「あはは、そんなに驚いてるたかしくんを見るの初めてかも知れないなあ」
仮想桃は俺が狼狽するのを見て、珍しい物をみた喜びからニコニコしているのだが、
俺はそれどころじゃなかった。
教団が洗脳技術だの、特殊な戦闘技術を持ってる!?
「でも、それと刑務所の乗っ取りと、どう関係があるんだ?」
「うん、教団は府中刑務所を兵隊の育成所にしようと考えてるんだ」
「はぁ!?」
あまりにわけのわからない答えに俺はまた素っ頓狂な声を上げてしまう
「兵隊の育成所って…刑務所は服役して…罪を償うための場所だろう?
宗教団体が私兵の育成所なんかにしたら国が黙っていないんじゃあ」
「そこなんだよね。実は003が改修したHDDには自明党がこれまで、ヤクザに…ううん、教団の兵隊に"消させた"人のリストと"自明党が関与した証拠"が入ってるんだよ」
仮想桃は可愛い声でとんでもなくブラックな情報を告げてくる。
自明党って…戦後から、ほぼ途切れず政権与党を担ってる、あの自明党かよ?
「あと、稲田組が自明党議員に"殺すところを見せる"殺人ショーをやってたところを撮った動画も入ってるんだって」
そういや、俺がしずくと麗美を殺した事件でも"殺すところをお偉いさんに見せる"とか言ってたはずだ。
俺はおかしくなってて、実際にヤクザと会話したのは茂だから、あまり確かじゃないけどね。
「自明党議員の弱みを握ることで、刑務所の乗っ取りはもちろんだけど行政・立法に口出しできるようになったんだ。」
立法は議会が行う。その過半数は自明党だ。行政を行うのは大臣で、そのほとんどは自明党から選ばれる。
つまり神政復古教は日本の行政・立法・司法に対して、かなり深いところまで食い込んでるってことか。
「しかし桃はどうして俺にそんなことを伝えるんだ?桃だって、教団の洗脳を受けた兵隊なんだろ?」
「たかしくんは…特別、になっちゃったから」
顔を赤らめながら、桃が言う。可愛い愛しい。抱きしめたい。
でも、目の前にいるのはデータ、AIだ。桃じゃない。
「そうか」
俺は端的に答えた。ホントはもっと言葉を繋ぎたかった。
でもホントの桃じゃないと思うと言葉が出なかった。
「でも、教団について知ったとしても、俺は刑務所から逃げれないよ?桃と共犯にされそうだし、そうじゃなくても脱獄なんて無理だ」
「府中刑務所の服役囚は教団の兵隊にするんだもん、たかしくんも含めて、今回の事件で新たに罪に問われることはないよ」
「はあ!?」
あれだけの人間が死んで…死んだ桃も逃げた偽桃も、ついて回ってた俺も罪に問われない!?
いや、教団が司法に入り込んでるなら、それも可能なのか?
すでに日本の司法は教団の都合のいい方向にしか機能してないってことか…?
「罪に問われなくて嬉しい気持ちもあるけど、やっぱり罪悪感の方が強すぎるな」
「たかしくんなら、そういうと思ったよ」
「そういう責任感の強いとこ、ホント好きだよ」
AIだ。データだ。ディスプレイに移ってる画像だ…わかってる。
というか、いくら桃でもこんなにはっきり好意を口にしたりしない。
男同士ってとこで、お互い一定以上には踏み込まないようにしてたんだから。
「もうこれが最後だもん。ホントの僕が言えなかったこと、言っとかなくちゃ」
「ねえ、たかしくん。僕は君が」
「大好きだよ」
涙が出てきた。本物の桃が、本当にそう思ってくれていたかどうかなんてもうわからないけど。
AIが言ってるだけの可能性もあるけど。
とてつもなく嬉しくて、とてつもなく悲しかった




