桃が遺したもの
6月28日に歴史ジャンル、日間ランキング85位をつけました!
皆さまのおかげです。ありがとうございます。
あの後、俺は全速力で逃げていった桃を、どうにか追いかけて刑務所の壁まで来た。
桃はもう、外に出るための鍵を手に入れているのかな?
俺がどれくらい眠っていたのかわからないので、状況の変化についていけてないんだよね。
「待て!待ってくれ!」
俺は彼を追っていた。
「お前!なんでこんなことをしたんだ!脱獄してどこへ行くつもりなんだ!」
遠ざかっていく彼の背に俺は問いかける。
彼は立ち止まり、こちらを向いて微笑んだ。
可愛い、美しい。いつもの桃だ。俺が好きな桃だ。
そう見える、だが違う。
見た目も仕草もきっと性格も桃と変わらない。
誰よりも桃を見てきた俺が言うんだから間違いない。
彼は桃とすべてにおいて、瓜二つだ。
けど、違う桃じゃない。
俺が桃を見間違えるもんか!
たった一年の付き合いだが、桃の可憐な笑顔は俺の魂にまで刻まれていた。
俺は見間違えない。あれは桃じゃない。
いつもと変わらない笑顔だった。
俺がこれまで会ったどんな女性よりも可憐で美しい
幼さを残した、頼りない笑顔だ。
おどろくほど華奢な体も少し強く握ったら壊れてしまうんじゃないかと
思うくらい細い腕も
この1年ともに過ごしてきた彼と何ら変わりないのに…
違う。俺にはわかる。俺にしかわからないかも知れないけど。
わかる。桃じゃない。別人だ。
何故こんなにそっくりな別人がいるかなんてわからないけど
絶対に桃じゃない。
ただ眼だけが違った…。狂気に満ちていた。瞳から流れる涙は返り血と混ざって
血の涙を流してるように見える。
.
そうか…。なんとなくだけど、本物の桃は行動は狂気に満ちていても表情にはゆとりがあった…気がする。
この偽桃?(ももの偽物だからにせももだ)は瞳に狂気を隠し切れていないんだ。
でも…
それが…たまらなく美しかった。
その美しさが、俺の虚しさにより一層拍車をかけた。
桃がもういない以上、偽桃の眩いほどの美しさも、俺にとってはどうでもよかった。
「かみさま……」
「かみさまが……よんでる……」
「いかなくちゃ……」
「たかしくん……これまでありがとう……」
偽桃が頬に血の涙を流したまま、女神のような笑顔で俺にお礼を言った。
桃じゃないとわかっている以上、すべてが茶番だった。
そう言い残すと偽桃は、その細い脚からは考えられない跳躍力で、
軽々と刑務所の外壁を飛び越えた。
「いや、ありえないでしょ」
何をどう訓練したら、5.5mある府中刑務所の壁を飛び越えられるんだろう?
偽桃はいったい何者なんだ。わけがわからない。
刑務官が死に絶えた刑務所に俺は一人とりのこされてしまった。
これからどうしよう?
俺のおかれた状況は非常に悪い。何せ534人も殺した犯人を止めもせずついて回っていたんだ。共犯と思われても仕方ないよね。
となれば、いくら未成年とはいえ
「死刑かなあ…」
少年法は、第51条(死刑と無期刑の緩和)にて、犯行時18歳未満の者について「死刑をもって処断すべきときは、無期刑を科する」と規定してるんだけど…。
俺はここに入ったときには17歳だったけど、一年経った今ではもう18歳だ。
“死刑を課してもいい年齢”になってしまっている。
逃げるたって、どこに逃げればいいかわからないよ。だって、日本中どこにでも警察はいるもんね。
第一、死刑囚の脱獄犯を雇ってくれる企業なんてあるわけないんだから、暮らしていけるわけがない。
実家に戻ったところで自首を進められるだろうな。
だとしたら、俺に今できることはなんなんだろう。
「もし……僕に何かあったら……」
「これを………」
桃の言葉を思い出した。もちろんカードキーは今も持ってる。
“何か”はあった。本物の桃はあのとき銃弾に撃たれて…死んだんだから。
そうだ。俺はまた大切な人を守れなかったんだ。
このカードキーには、桃が命をかけてでも伝えたかった何かが入ってるのかも知れない。
だったら…。
「死ぬ前に確認しないと」
刑務官の皆殺しが外部に伝わるまで、どのくらい時間がかかるかわからない。
そもそも俺は偽桃に眠らされていたので、今が何日の何時かすらわからないんだ。
そう考えたとき、周りが明るいことに気づく。眠る前は夜だったはずだ。
「太陽の高さからすると、昼前くらいかな?」
時間はわかった。日にちは…多分眠り始めたのと同じ日…だと思う。桃が動き始めたのは深夜だった。
「行くべき場所は、あそこだよな」
拳銃を持った刑務官が守っていた、あの棟だ。
偽桃はあそこで”アレ”と呼ばれる何かを手に入れたらしい。
桃が伝えようとしてたのが”アレ”と同じものなら、もしかしたら
行ってももうないかも知れないけど。
「行ってみるしかないよね」
俺はそこら中に転がる刑務官の死体を避けながら、例の棟へと向かった。
「ここだね」
俺は例の棟に辿りついた。
入口を開けようとしてみるが鍵がかかってるみたいだ。
「これ、カードリーダーかな?」
よく見ると扉の横にカードを通すような機械がある。
俺は桃からもらったカードキーを通してみた。
ガーーーッ
自動ドアが開いた。
俺は中を見る。この中に桃が伝えたかった何かが…きっとある。
「この中に何があるかわからないけど」
「どうせ死刑になる身だからね。何がでてきても怖くないさ」
俺は未知の領域に進む恐怖と好奇心を抑えながら、棟の中へと入っていった。
「どうも、ここが棟の中心らしいね」
俺は何度かカードキーで扉を開きながら、棟の中心部へと侵入した
俺の目の前にはスーパーコンピュータ?らしき、でかい機械とディスプレイ、
そしてカードを読み取る装置がある。
「分かりやすくていいね。」
多分、このカードリーダーにカードを通せばディスプレイに何かが映るんだろう。
それが、恐らく桃が俺に伝えたかったことに違いない。
俺の中では期待と不安が渦巻いていた。
もう一度、桃の声が聞けるかもという期待はある。
それが桃の遺言なら絶対聞いておかなくちゃダメだ。
桃が何かを望んでいたなら、叶えてあげなきゃいけない。
俺は覚悟を決めて、カードキーをリーダーに通した
――――――人格模倣型AI PEACH 起動します―――――
人格模倣型AI?なんだそりゃ?何かビデオメッセージみたいなのが流れると思ってたんだけど、違うのかな?
――――――クローン002の人格を形成します ………成功しました――――――
「こんにちは。たかしくん。あ、こんばんはかな?わかんないけど」
ディスプレイに”本物の”桃が表示された。




