犠牲と勇気
またしばらく走ったあと、桃が突然、立ち止まった。
よく見ると随分、息があがってるみたいだ。当然だよ、あれだけ激しく動いてるんだもの。
桃はふところから、ビンのようなものを出すと、一気に中身を飲み干した。
すると息切れが収まり、元気になった。
栄養ドリンクって感じじゃないよね…。あれって覚せい剤とかその類じゃないのかな?
できれば、そんなヤバい物を飲むのはやめさせたいけど………
足が震える……やっぱり近づくのは無理だよ…。
◇◇◇◇◇◇◇◇
桃はどこに向かってるんだろう?
このまま刑務所を出るのかと思ってたけど、そうじゃないみたいだ。
「ここだね」
そう呟くと、何やら警戒が厳重そうな建物に向かっていく。
周りの刑務官の数が多いな。30人はいるんじゃないか?
しかもよく見ると、全員拳銃を装備してる。
「ギアを上げなきゃダメかなあ。もうギリギリなんだけど」
そう呟いた瞬間、桃の雰囲気が変わる
「がはっ…」
桃の鼻や耳から血が噴き出し、体中に冷や汗が出てきた。
「もっ…」
俺は桃のあまりの形相に不安が高まり、思わず声をあげた。
あれはダメだ。あんなのを使ってたら桃は死ぬ!
止めなきゃ…ビビってる場合じゃない。
1年前、俺は親友と妹を失った。
そして今また親友と呼べる人を失いかけている。
ダメだ。あのときとは違う。あのときは、麗美が死にかけてヤクザに騙され正常な思考ができなかったけど、今は違う。
桃を守らないと…!!
「長くはもたないね」
俺が勇気を振り絞ろうとしていたら、桃はそれまでを遥かに上回るスピードで
刑務官に接近し、首をかっきった。
「あ、待て!桃!ダメだ!」
俺は叫ぶがもう遅い。他の刑務官達が拳銃を構える
「桃っ!」
ズギューーン
ズギューーン
ズギューーン
……………
刑務官達の拳銃が一斉に放たれる
「おじさん達、危ないよ。当たったらどうするの?」
桃は殺した刑務官を盾にして銃弾をしのいだ。
それでも弾数が多かったため、多少腕や足をかすっている。
傷口からは血がしたたり落ちる。
「貴様!死体を盾にするとは…それでも人間か!」
刑務官が叫んでいる隙をついて、桃が首をかっきる。
「うるさいなあ。いいでしょ?資源の有効活用だよ」
平然とした顔をして、桃が答える
その表情を見て、刑務官達は恐れるよりも決意を固めたようだ
刑務官のリーダーらしき人物が、何かを悟ったような表情になり、指示を飛ばす。
「お前達!!バラけろ!!そしてやつが我々の誰かを殺した隙を狙い、撃ち殺せ!」
「殺された者に弾が当ってもこの際かまわん!!」
1対多の戦闘ではまず相手のリーダー、司令官を倒すのが定石だ。
彼は桃がまず自分を殺すだろうと踏んで、自分が首を斬られた瞬間を狙って
桃を撃てと言ってるんだ。
「どうしてそこまでできる。どうしてそこまで思い切れるんだ?」
俺は彼の行動が理解できなかった。
そこまでして彼が守ろうとしてるものって何なんだ?
この棟には一体、何があるんだ?
「いいよ、誘いに乗ってあげる。でもホントに僕を殺せるかな?」
桃が刑務官のリーダーに向かっていく。
ものすごいスピードだ。怪我してるとは思えない。
そして桃のナイフがリーダーの首を……
ズダダーーーーン!!
ズダダーーーーン!!
ズダダーーーーン!!
かっきる前に、他の刑務官が発砲した
そうか、そうだよ。リーダーの刑務官は「当たってもかまわん」って
つまり”生きてるうちに自分に弾が当っても構わない”から桃を撃てって意味だったのか
桃が…桃が………!!
桃は体中に銃弾を浴びて、血まみれだ
「ざ…残念だった…ね」
「相打ちだよ」
桃の台詞と同時に、その場にいた刑務官全員が倒れる。
どうしてだ?桃は一歩も動いてないのに、何故
「ちょっと眠っててね。たかしくん」
俺の後ろでそんな声が聞こえた。
そして次の瞬間、腕に注射のようなものが刺され、俺の意識が途切れた
◇◇◇◇◇◇◇◇
どれくらい眠っていたんだろう?俺の意識が覚醒した。
「ここは…あ、そうだ!桃が銃弾に撃たれて…!!」
眠る前の状況を思い出して、まだ眠い頭が一気に覚醒する。
「桃!?桃はどうなったんだ!」
周りを見渡すが、転がっているのは刑務官の死体ばかりだ。
小柄な桃が倒れていれば、すぐ気づくはずなのに
どこにも見当たらない。
「僕がどうかしたの?たかしくん」
桃が俺の顔を覗き込んで、聞いてきた。
「うわっ!?桃!?」
桃だ。生きてる。良かった。
「ふふふ、どうしたの?お化けでも見たような顔だよ?」
桃がほほ笑む。可愛い。いつもの桃だ。
だが、さすがに俺もそんな都合のいい話があるわけないと思った。
「桃、傷はどうしたんだ?銃で撃たれただろ?」
今の桃の体は綺麗なものだ。傷一つない。服にも穴は開いてない。
そんなわけない。俺は桃が撃たれるところを見たんだ。
「えー?何のこと?銃で撃たれたりしたら死んじゃうよ」
桃は本気で俺の言ってることがわからないみたいに首をかしげる。
「い、いやおかしいだろ!そもそもあんなに人を殺しておいて、ごまかせると思うな!」
俺は激高する。桃を怒鳴りつけるなんて初めてだ。
でも、怒りたくもなる。あまりに状況が理解不能すぎる。
桃が人を殺して、桃が銃で撃たれて、何事もなかったかのように回復したんだぞ?
「あー、まあそうなるよね」
桃は頭を掻きながら、面倒くさそうに
「内緒だよ」
と言ってウインクすると、すごいスピードで走り去っていった。
「コードナンバー002、ありがとう。君のおかげで僕は”アレ”を手に入れることができたよ。僕も勇気を出して頑張るから、きっと見ててね」
俺から遠ざかっていく桃が、そんな独り言を言った気がした。




