豹変する桃
◇◇◇俺達が収監されてから一年◇◇◇
その夜は
いつもと同じ夜に見えた。
だが静か過ぎた。刑務所では騒ぎを起こすと刑務官がやってきて
反省室にいれられたりするから、基本的には静かなんだけど、今日は物音一つしない。
ヤクザ達の寝息の音だけが部屋の中に響いてた。
「桃がいない?」
共同室の中に桃がいなかった。
ちなみにこの部屋は基本的に外から施錠されてるから、
俺達、受刑者が開けることはできない。
なのに…
扉が開いてる!?この扉は翌朝、刑務官が開けるまで
開かないはずなのに…。
「桃が逃げた…のかな?」
俺は桃が脱獄なんて考えられなかった。
彼はいつも優しくてかわいくて、作業にも一生懸命とりくんでたからだ。
俺は桃の罪状を知らないけど、彼が真面目な人間なのは絶対間違いない。
「桃、どこに行ったんだろう」
この部屋を出たところで、別の階に行くための階段にも施錠がしてあるはずだ。
建物から外に出るにも鍵が必要だし、何より刑務所は高い壁で囲まれてる。
もしかしたら学校の職員室みたいに、鍵を集めてある部屋があるかも知れないけど…。
「どっちにせよ、部屋を出たら俺も脱獄囚だよね」
桃を探しに行くわけにいかない。タダでさえ懲役15年なんだから、
これ以上伸びたら無期懲役もあるかも知れない。不用意には動けないよね。
それでも外の様子が気になった俺は、ドアから顔を出して
周囲の様子を窺った。
ズダッッ!!!!
地面を蹴るというよりも、足を地面に叩きつけたようなするどい音が聞こえた。
桃がものすごいスピードで死角から刑務官に接近する。
何か特別な歩法とか戦闘術なのかな?
いや、いくらなんでも桃がそんなのできるはずがない。
ズッ……
そんな鈍い音とともに、桃が持っていったナイフが刑務官の首筋に刺さる。
俺は何が起きたのか理解できずに言葉を失った。
「ぐは……っ」
桃がナイフを抜くと、刑務官の首筋から噴水のように血が噴き出し、
刑務官は力なく倒れた。
「貴様っ!!こんなことをして、タダで済むとっ…!」
他の刑務官が怒鳴るが、桃は地面を強く蹴り、なんと相手の目の前まで接近した。
「このっ…!!」
刑務官が腰の警棒に手を伸ばすが、間に合わない。
ズバッ!!!
桃はナイフを高速で横なぎに切って、刑務官の喉元を掻っ切った。
俺は混乱してた。俺が見てきた桃と、目の前の桃がどうしても繋がらない。
なんだ?あのスピードは?どうやったらナイフをあんな高速で振れるの?
いや、それより桃のあの華奢な足であんなに早く動けるはずないよ。
残り3人の刑務官が催涙スプレーを使おうとする。
「ちっ…」
ばしゅっ!
桃は舌打ちすると、ポケットから石を取り出し投げつける。
剛速球…なんてもんじゃない。プロ野球選手と同じかもっと早いくらいの
速度だ。
どがっ!!
「ぐあっ!?」
頭に石をぶつけられた刑務官が昏倒する
ばしゅっ!
ばしゅっ!
一つ投げてから、また石を取り出すまでの動作が早い。
動きに全く無駄がない。
桃は三人が昏倒したことを確認すると、彼らに向かっていき、首筋を切断する。
さっきから首筋ばかり狙ってるね…。
一撃で殺せる急所なのは確かだけど、殺し方に何かこだわりがあるのかな?
目の前の光景にあまりにも現実性が無かったためか、俺は止めるのも忘れて桃の殺人に見入っていた。
「とりあえず5人かあ……」
桃は、そう、つまらなそうにつぶやいて
「ここで待ってれば、もっと来るかな……?」
そういいながら、首をかしげる。こういう動作はいつもと変わらないのに
「いや、ちょろちょろ来られても面倒だね。こちらから乗り込んて一辺に皆殺しにしてあげよっと」
そう言って、邪気の感じられない、いつものあの笑顔を浮かべると
下の階へ向かう階段へと向かっていった。
「お、おい!待てよ!桃!!」
俺は部屋を出ると脱獄になることも忘れ、夢中で桃を追いかけた
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桃はものすごいスピードで階段を降り、下の階の刑務官を殺し始めた。
各階の階段には施錠がしてあるから、鍵を狙ってるのかも知れないね。
桃は催涙スプレーを警戒してるらしく、相手に気づかれる前に石を投げつける方針にしたみたいだ。ちなみに上の階で投げつけた石はちゃんと回収してる。
俺は、なんとか桃に声をかけようと思ってるんだけど、桃の気迫に押されて
声が出せないでいる。
いや、そもそも俺は声をかけてどうしたいんだろう?
この惨劇を止めたいのかな?いや無理だよね。今の桃は変だし。
普通に声をかけて止まるとは思えないよ。っていうか、近づいただけで俺が殺される公算が高すぎて危険すぎる。
抱きしめる…とかもまずい。あの様子だとナイフの届く範囲に入ったら
喉元を切り裂かれると思った方がいいよね。
自分で考えてて陰鬱な気分になってきた。
俺にできることはないのかな?
いやダメだよ。桃を止めなくちゃダメだ。
だって、あの桃の中にもいつもの無邪気な桃が潜んでいるはずなんだ…
このまま凶行を続けたら元に戻れたときに、桃はたくさんの命を奪ったことをすごく後悔するはずだ。
これ以上、犠牲者が増えない内に止めないと…!!
俺がそんなことを考えてる内に、桃はこの階の刑務官を殺し終え、
さらに下の階へと向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ついに桃は、殺人犯が集められている棟の出口までたどり着いてしまった。
俺は焦りと、桃を救いたいという思いとは裏腹に、何もできない無力感に打ちのめされながら、ただ何もできずについてきてしまった。
桃はもうここまでに100人以上は殺している。殺してるのは刑務官だけで、
服役囚には一切手を出していない。
俺は何をしてるんだ。こんなに桃を救いたいと思っているのに、殺されるのが怖くて手が出せない。
近づこうとしたら手や足が震え、動悸が早くなって汗が噴き出る。
でも、だからって桃を見捨てられない。
どうすればいいんだろう
答えはでない




