刑務所のアイドル
「待て!待ってくれ!」
俺は彼を追っていた。
「お前!なんでこんなことをしたんだ!脱獄してどこへ行くつもりなんだ!」
遠ざかっていく彼の背に俺は問いかける。
彼は立ち止まり、こちらを向いて微笑んだ。
いつもと変わらない笑顔だった。
俺がこれまで会ったどんな女性よりも可憐で美しい
幼さを残した、頼りない笑顔だ。
おどろくほど華奢な体も少し強く握ったら壊れてしまうんじゃないかと
思うくらい細い腕も
この1年ともに過ごしてきた彼と何ら変わりないのに…
ただ眼だけが違った…。狂気に満ちていた。瞳から流れる涙は返り血と混ざって
血の涙を流してるように見える。
それが…たまらなく美しかった。
「かみさま……」
「かみさまが……よんでる……」
「いかなくちゃ……」
「たかしくん……これまでありがとう……」
そう言い残すと彼は、その細い脚からは考えられない跳躍力で、
軽々と刑務所の外壁を飛び越えた。
その後、14年間 俺が出所するまでの間に警察は彼の足取りを
掴むことができなかった。
特定の宗教団体ってやつに、消されたのか保護されてるのかはわからないけどね。
府中刑務所皆殺し脱獄事件
囚人番号0064 本名 日ノ丸 桃
銃器を使わず刃物だけで、刑務官534人を殺害して逃亡
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が彼と出会ったのは、俺がまだ17歳の頃、
ヤクザに騙されて、しずくと麗美を殺害し府中刑務所に収監された
そのときだったんだ。
刑務所の共同室では、6,7人の囚人が同じ部屋で
寝泊まりするんだけど。
同じ共同室の囚人は工場も一緒、部屋も一緒、食事も一緒、何もかも、
一年三百六十五日二十四時間、一緒なんだよね。
だから、同室の囚人は長い囚人生活で
俺と運命を共にするメンバーなんだ。
部屋に入ると、さっそく囚人の一人が話しかけてきた。
「…君も、この共同室なの?」
俺は目を見張ったよ。
目も眩むほどの美しさや、同じくらいの年とは思えない幼さもあったけど
「麗美…?」
うっかり、そう口走ってしまうくらいには瓜二つだったんだ。
「麗美って誰……?僕は桃っていうんだよ」
桃は上目づかいでこちらを見つめながら、そう言った
そう言われて我に返る。そうだ麗美はもういないんだよね。
俺の手で殺してしまったんだ。
第一ここに収監されてるのは男性だけだもんね。
ということは俺の目の前にいる可憐な少女…に見える人物は
男ってわけだね。
「俺は望月たかしだよ。よろしくね」
俺は精一杯笑顔を作ってあいさつした
「たかしくんっていうんだね。こちらこそ、よろしく」
桃が天使のような笑顔であいさつを返した
俺には、ちょっとまぶしすぎるくらいだ。
「君が、あんまり俺の妹に似てたから、ちょっとびっくりしちゃったよ」
俺がそういうと、
桃はちょっと拗ねたような表情で
「僕、そんなに女の子みたいかなあ?」
と抗議してくる。
頬を膨らます様子は男とわかっていても可愛い。
「まあ少しだけね。あんまり気にすることないと思うよ」
そんな風に言ってみたけど、やはり桃は少女にしか見えない。
もっとも本人が気にしてるみたいだからあまり言わない方がいいだろうね。
「こう見えても、僕、男の子らしくなるようにいっぱい努力してるんだよ!」
桃がえへんと胸を張ってそう言った
それにしては、言動も仕草も可愛すぎるんだけどね。
「あー!もしかして”それにしては全然男らしくない”とか思ってるでしょ!」
ヤバいバレてたか。意外とカンがいいのかな?
それとも余りに微笑ましくて、俺の顔が緩んでたのかもしれない。
「いやいや、そんなことないって。桃は十分男らしいよ?」
なんとか慰めてみるが、桃は頭を抱えて
「そうかな~。うーん、やっぱり、もっと頑張らなくちゃダメだぁ~」
と言ってうなり始めた。
何をどう頑張るんだろう?
少しは打ち解けてきた気がする。いや桃が人懐っこいせいで
最初から壁なんてなかったけどね。
そしてふと思った。
当たり前だけど、ここにいるってことは桃も犯罪者ってことだ。
しかも俺たちのいる、この棟は殺人犯が集められた棟だと聞いてる。
彼のこの無邪気で愛らしい笑顔の奥に、何が隠されているのか?
このときの俺はまだ何も知らなかったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「きさまら、俺達先輩を差し置いて何をイチャイチャしてだぁ!コラァっ!」
共同室の奥にいた囚人が大声で怒鳴り散らしてきた
共同室には俺と桃以外に5人ほど囚人がいて、皆 でかくて異常に筋肉質だ。
俺達より大分、殺人犯っぽいな。
「わっ!?びっくりした~。ごめんなさい!
たかしくんとお話しするの、楽しくって」
桃が心底すまなそうな表情で、謝る。
「す、すまんで済んだら警察はいらんのじゃ、コラァ!」
さらに鬼のような形相でまくしたてる
…が、奴が桃の顔に一瞬みとれそうになったのを俺は見逃さなかった。
「すいません。刑務所なんて初めてなもので」
俺も一応謝っておく。これからこの人達と二十四時間一緒に
生活するんだし、もめ事は避けたいからね。
「おう、兄ちゃんはカタギやな?俺ぁ、山形組の
若頭やっとる熊田っちゅうんや」
山形組って聞いたことあるぞ。確かしずく達の臓器売買をしようと
してたやつ等だ。
まあ、あのとき組長を殺されてから没落したらしいけどね。
「ねえねえ、わかがしらってなーに?」
熊田の纏う迫力・殺気・オーラみたいなものに俺は気おされ
ビビりまくっているのだが、桃は特にそんなことは気にしてないようで
ちょこちょこと、熊田の側に寄っていき顔を覗き込んで質問した。
「やっ…あの…」
熊田が顔を赤くして答えに詰まる。
「???」
桃が不思議そうに首をかしげる。頭に?マークが浮かんでいそうだ。
率直にいって可愛い。
「ええと、そう。若頭ね。若頭は偉いヤクザってとこかな」
若頭は親分と盃を交わした子分の中でトップの役職で
事実上のナンバーツーだ。
熊田には若頭だと言われて納得できるだけのインパクトがある。
あるのだが……桃と話し始めてから、どうも恋する乙女のように
モジモジしていて、全然圧迫感がない。
「へぇ~!そうなんだ!じゃあ、おじさんは
偉い人なんだね!」
再び天使の笑顔を浮かべて、そういった。
俺と熊田は桃につられて顔がゆるむのを抑えられなかった。
「熊田さん!何やってんすか!そんなガキしめちまいましょうぜ!」
他の囚人たちが騒ぎ出す。
そりゃそうか。組の若頭が少女(に見える男)にデレデレしてたら
組のメンツにかかわるだろう。
「あ、ほかの皆さんも初めまして!僕は桃です!
よろしくね!」
「ほわっ!?」
桃の笑顔を見た囚人たちが、熊田と同じくメロメロになる。
「ああ、あ。よ、よろしくな。」
「えへへ、皆も仲良くしようね~」
「あ、ああ。もちろんだ」
俺も含め、この共同室の囚人たちはすっかり桃のとりこだった。
いや、俺にそんな趣味はないよ?同性と恋愛なんてあり得ないけどね。
そういう感じじゃないけど、でも、この笑顔を壊したくないと思ったんだ。




