三河の情勢と松平の内情
「それではワシから、清康公の偉業を説明させてもらいます。」
西三河で先代までの戦いに決着をつけ、東三河を平らげたんだっけ?
これだけじゃ、さっぱりわからないね。
「まず松平家は主に額田郡に勢力を広げておりました」
「ちょっと待って、額田郡って何だっけ?」
「は?いえ、さすがにそこまでおさらいすることもないのでは?」
康孝がいぶかしげな表情でこちらを見つめてくる。
しまった。怪しまれちゃったみたいだな。
それもそうか。多分、今いるところの名前を知らない
って言っちゃったんだよね。
「いやいや、細かく地形と勢力範囲をおさらいするのは
重要だよ。ねえ、地図とかないのかな?」
「地図でございますか?まあ、簡易的なものなら
ございますが」
「良かった!じゃあ持ってきてくれる?」
康孝に地図を持ってくるように頼むと、康孝は小姓に
命令して持ってこさせた。
俺は三河の地図を見た。
それでわかったことは
西三河の中央が額田郡、そこから
下が宝飯郡、左下が幡豆郡、左が碧海郡
上が賀茂郡があるってことだ。
右側の渥美郡・八名郡・設楽郡は東三河だね
西 東
賀茂 設楽
碧海 額田 八名
幡豆 宝飯 渥美
右側の渥美郡・八名郡・設楽郡は東三河だね
今、俺達がいる岡崎城は額田郡の左の方かな。
「うんうん。もちろん地形は覚えてたけど、
これでよりわかりやすくなったでしょ?」
「そうですな。確かに説明しやすくなりました」
康孝はなんか納得してくれたような顔をしている。
俺もほっと胸をなでおろす
なんとかごまかせたかな?あまりボロを出すとまずいよね。
まあ、未来人が憑依してるなんて誰も思ないだろうけどさ。
でもスパイが変装してるとでも思われたら、殺されてもおかしくないからね。
気をつけないと。
「それで…、俺達松平家は額田郡を主に支配してるんだっけ?」
「あ、はい。岡崎城を中心に額田郡を支配しております」
「それで兄貴は他の郡にも攻め入ったってこと?」
三河を統一したっていうんだから、きっとそうなんだろうけど。
「ええ、そうですな。ちゃんと、わかってらっしゃるではございませんか」
「昔から争ってて決着がついたってのは、どこの郡なのかな?」
康孝が地図の上の方を指さす。
「それは賀茂郡ですな。賀茂郡には中条家があり、かつては賀茂郡全体の
指揮をとっておったのですが」
「40年ほど前に賀茂郡全体を率いて、額田郡に攻めこんできたところ、
3代前の親忠公がこっぴどく叩きのめしたそうでして」
「それ以来、中条氏は賀茂郡での実権を失い、配下だった領主たちが
次々独立していったのでございます」
康孝はすらすらと楽しそうに清康の話してくれる。
家の英雄だったんだろうからな。誇らしいんだろう
なるほど、その40年前の時点でご先祖の活躍で中条家は
弱体化してたってわけか。
「じゃあ兄貴は、その独立した奴らを各個撃破したってことかい?」
「おおよそ、そんなとこですな。」
元々、額田郡の勢力で、弱体化した賀茂郡を制圧した。
それはわかった。
「じゃあ他の郡は?」
「碧海郡は元々、我らの居城であった安祥城があり、東部は松平の領域
でございました」
「西部には水野氏がおり、清康公が攻め入った上で水野氏の娘を
妻に迎え、同盟を結んでおります」
従属的同盟を結ばせたから、事実上勢力圏ってことだね。
「幡豆郡は吉良氏がいるのですが、吉良氏は足利御三家と言われるほどの
名門で、簡単には手が出せませぬ」
「清康公は三河支配の大義名分を得るため、吉良殿と同盟を結んでおります。
勢力ではこちらが強く、身分ではあちらが上ですからややこしいですな」
君子危うきに近寄らずってとこだね。そこは向こうからかかってこない
限り放置してもいいか。
「宝飯郡は東部は東条吉良氏の領土ですが、西部は牧野氏が
支配しておりました。」
「しかし30年ほど前の今川との戦のあと、長年に渡って激しい奪い合いが続き、
疲弊していたところを、6年前清康公が制圧したのです。」
松平は30年前に今川と戦ったことがあるのか。
いや俺や清康が生まれる前の話だし、今は関係ないかな
「うまいこと漁夫の利を得るもんだね」
「残る東三河の三郡については、清康公が西三河の大部分を手に入れた
ことに恐れをなし、降伏してきました。」
「一部、宇利城の熊谷氏だけは逆らったため滅ぼしました」
「なるほど大体わかった」
松平の勢力が実際に及んでたのは、額田郡と賀茂郡、。
そして宝飯郡西部だね。
「加えて、賀茂郡経由で尾張国の春日井郡にも勢力を持っておりますぞ」
今度は尾張か…
「尾張の情勢…も聞いといた方がいいんだろうね」
「それではお話しますか。」
「尾張は上四郡を織田伊勢守家の織田信安が、
下四郡を大和守家の織田信友が治めております」
「我々が食い込んでいる春日井郡は上四郡ですな」
上が伊勢守で下が大和守か。あれ?そういえば信長の家は
確か弾正忠家だったよな?今はまだ出てきてないのかな?
「弾正忠家ってのが、どっかにないかな?」
康孝はちょっと頭をひねって考えた後、自信なさそうに答えた
「弾正忠家ですか?……ん~、確か大和守家の3家老に
そのような家があったかと」
なるほど。じゃあ信長か、信長の親父が下剋上で
そいつらを倒すってことかな?
「で、守山ってのは尾張にあるの?」
俺は兄貴の死んだ場所について聞いてみた。
話の流れからして、尾張に攻め込んだときに殺されたっぽいよね
康孝は少し悲痛な顔を見せてから、答え始める。
「ええ、もちろんです。破竹の勢いで攻め込み、このまま春日井郡を
奪ってしまえるか…と思っていた矢先のことでした」
「そうだな…これから織田か今川が動くと思う?」
「弱みにつけいるのは戦国の常ですからな。
恐らくどちらか、あるいはどちらとも攻めてくるでしょうな」
「先にどちらかが攻めてきて、弱ったところに
もう一方が攻めてくるかも知れませんぞ」
康孝の口調は穏やかだが、表情は非常に苦しそうだ。
松平家と自分自身の行く末を案じているんだろう
やっぱりそうだよね。だとしたら、どうやって撃退するか…。
そうだ、松平家の内情も聞いておかないといけない。
「広忠様が当主になったけど、まだ9歳だよね?
代わりに松平家の指揮をとる人っているのかな?」
俺がそういうと、康孝は身を乗り出して叫んだ。
その勢いに俺は少し圧倒される。
「何をおっしゃいます!兄上が松平家を仕切らずして
どうするのです!」
あ、やっぱり俺なんだ。
「もっとも先代の弟君である、松平信定様が
自ら指揮をとろうと画策されているようですが」
ライバルがいるのか…。そいつはまずいな。
敵がいつ攻めてくるかわからないときに、跡継ぎ問題で
もめてる場合じゃないぞ。
俺はこれまで康孝から聞いた情報と自分の考えをまとめるため
思考の海につかり始める。
ちょっと考えてみよう。広忠時代の松平家は今川家に従属していた。
これは間違いないと思う。問題はきっかけだ。
とはいえおおよそ予想はつく。織田に攻められて泣きついたか
そもそも今川が攻めてきて降伏したのかってところだろう。
どちらにせよ、跡継ぎ問題でもめてたところを上手く利用された
可能性が高いとみていいだろう。。
跡継ぎ問題を解決する方法は一つ、跡継ぎ候補が一人になることだけだ。
問題は誰かが跡を継いだとしても、継げなかった人とその派閥が
ずっと反発し続けるだろうってことだよね。
そんなこと、続けてたら必ず組織は弱体化すると思う。
ここで決めてしまわなくちゃいけないんだ。
そのためにはどうしたらいいかな…。
そもそも清康が死んだからもめてるんだよね。
だったらさ、跡を継ぐ人が”清康の再来”と皆に思われるくらい
すごい結果を上げれば、誰も文句を言う人はいなくなるんじゃないかな?
だって下手なことをして滅ぼされたら怖いもんね。
つまり…勝てばいいってことだよね。俺が、織田も今川も蹴散らしちゃえば
いいんだ。
そしたらさ、内乱も起きないし、きっと領土も増えるでしょ?
でも、そうだな。ただ勝つだけじゃインパクトが薄いかもね
そうか…首だな。首をとろう。
織田の大将が誰だかわかんないけど、今川の方はきっと今川義元だよね。
もし義元の父親が大将だったりしたら、殺したら史実より早く義元の代に
なっちゃうかもね。
つまり…織田家の大将(できれば信秀)と今川の大将(できれば義元)
の首をとる。できれば尾張や遠江の郡を占領する。
そこまでいければ、織田や今川に従属することもないし、
尾張や遠江に俺だけの領地ができれば、きっと不用意に文句も言われないよね。
領土が広ければ、兵力や収入の点で他の跡継ぎ候補や
家老たちに対して大きなアドバンテージを得られるはずだもん。
よし、面白いことになってきたね。
俺は織田と今川をぶっ倒して、松平も乗っ取ることにしよう。
できる、可能だ。だって俺は知ってる。
どうやったらたくさんの人が殺せるか
そのためには…
あの事件…あの事件のことを思い出さなくちゃ。
俺が茂としずくと並ぶ人生で3人目の大親友を
失うことになった、憎むべきあの事件
府中刑務所 皆殺し脱獄事件のことを




