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懲役が明けて出所したら、戦国時代にいた

第2章 松平信孝


俺は望月たかし、ここ府中刑務所の受刑者だ。

15年前、親友と妹を殺してしまった罪で服役してる。

いや、服役してたって言った方がいいかな?


しずくと麗美の殺害に関して裁判では、俺が未成年であったこと、

ヤクザに騙されそれとは知らずに殺してしまったこと、

加えて麗美の余命を知らされて心身膠着に近い状態だったことがあり、

死刑は免れた。


けど、しずくと麗美が未成年だったこと、特に麗美が小学生だったことも

あって結局、懲役15年の刑を言い渡された。


人生の20%くらいはここで過ごすことになっちゃったけど、

まあ、死刑にならなかっただけ、マシだよね。


それに俺のしでかしちゃったことは、何回殺されても

しょうがないくらいのことだからね。


罪を償う機会が与えられたことに感謝しなくちゃいけない。


あれから15年の時が流れ、俺はついに出所することになった。


出所したら、まず最初にやりたいことは茂に謝ることだ。

しずくと麗美にはもう謝れないし、心の中では15年間 謝り続けてきた。


15年も経って、茂が俺のこと覚えてくれてるか怪しいけど、

これは俺のケジメだから、つきあって欲しい。


あの日、俺がヤクザに騙されたせいで、茂はしずくを失った。

俺との仲も壊れてしまった。


茂は何も悪くないのに、俺のせいですべてを奪ってしまったんだ。


刑務所を出たら、まず茂の家に行こう。

今もそこに住んでるか知らないけど、とりあえずそこから

手がかりをさがすんだ。


俺は強い決意を固めて刑務所から一歩、足を踏み出した……。


――――システムメッセージ――――

アトランティックキーNO.1が解放されました


は!?

俺の頭の中にわけのわからない言葉が生まれた。


それと同時に視界が歪み始めた。

目に見えるすべてがぐにゃぐにゃに揺れている。


意識が…途切れて…遠くなっていく…。



◇◇◇◇



俺が目を覚ますと、そこは少しくたびれた和室だった。

掃除なんかは行き届いてるけど、畳も壁も経年劣化が激しい。


「ここはどこだろう?」


俺がきょろきょろと周りを見渡していると、遠くから

男性の叫び声が聞こえてきた。


「兄上ぇーーー!!大変でございます、一大事でございます!!」


「清康さまが!!清康さまがぁぁぁーーーー!!」


「出陣中に……守山にて…!!」


「家臣の阿部正豊に討たれました!!」


………俺は誰だろう。



清康の死を報告してくれた青年は、松平康孝といい俺の弟らしい。


彼の話によると、俺の名前は松平信孝 松平清康の弟なんだって。

てことは徳川家康から見て大叔父ってことになるのかな?


いやいやいや、ないだろ。

戦国時代の武将に憑依?そんなことあるわけない。

それに誰だよ松平信孝って?織田信孝じゃないの?


タイムスリップもおかしいし、憑依もありえない。

なんでこんなことになったのかな?


せっかく刑期を務めあげて、これから真面目にいきるつもり

だったのに……。


いや、そうだな。そうだ。

……………戻らないと!!


俺は茂にあって、あのときのことを謝ると決めたんだ。

一度決めたからにはやりとげないと!


そのためには、やんないといけないことは

この時代で生き残ることと、未来に帰る方法を探すことだよね。


さて、俺の名前はわかったけど、今やんなくちゃいけないことは現状把握だ。

清康が殺されたってことは、多分守山崩れだろう。

父親が殺されたと勘違いした阿部正豊が清康を殺してしまったんだっけ?


そこまではなんとなくわかるけど、この頃の松平家がどんな状況に

あったのか俺には全くわからないからね。


多分、知らなくちゃいけないのは、

1.現在の松平家の情勢

2.現在の松平家の派閥

だよね。

織田家や今川家との関係や

三河国内の勢力図がどうなってるのか?


そしてなにより松平家内部の派閥が問題だ。

何せ清康の跡を継ぐ松平広忠は、まだ9歳だもんね。


当然、後見人として松平家を統率する人間が必要なんだろうけど、

史実で誰がそれをやったのか、俺は知らない。


俺、信孝がその候補の一人なのかもわからない。

でも、清康の弟なんだったら可能性はあると思う。


俺の知る限りだと、桶狭間の戦いで

今川義元が討ち取られるまで、松平家は今川家に従属してたはずだ。


でもそれが具体的いつからなのかはわからない。

家康は尾張や駿河で人質として育ったはずだから、

広忠時代なのは間違いないだろうけど…。


そもそも広忠が当主の期間はどれくらいあるんだろう?


情報が何もないまま、考えてても仕方ないか。とりあえず、

現状でわかる限りの情報を康孝に聞いてみよう。


◇◇◇◇


「清康公が亡くなるまでの情勢ですか?」


「そうです。これからどうするか決めるためにも

今一度おさらいしておく必要があると思いまして」


俺が松平家の状況を知らないと不自然だからね。

とりあえず、おさらいという形で聞き出すことにした。

当たり前にわかってることをあえて再認識するというのは

思ったより重要なことだしね。


「我が松平家は清康公のご威光により三河統一を成し遂げました」


なるほど現在三河国は統一状態にあるのか。


「清康公の代になってから西三河で、これまで争ってきた

勢力共と決着が着き、勢いに乗って東三河をも瞬く間に

平らげてしまわれたのです。」


西三河の戦いに決着をつけたってのは、まだわからなくもないけど

瞬く間に東三河を平らげたってのはわかんないな…。


「とりあえず西三河を統一したときの話から

詳しく振り返ってみようか」


東三河も気になるが、とりあえず順番に聞いていくことにした。


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