人の気持ちと猫の気持ち
【2050年 桜井かんな 8歳 かんな帝国 皇都 城下町 ミカの家】
びぇええええええん!!
言われた住所に近づくと、周囲一体に響くような大きな鳴き声が聞こえてきました。
「あのお家みたいですね。この鳴き声がミカちゃんなのでしょうか?」
「あまり長く聞き続けたくはない声だね。早く猫を見つけて泣き止ませねば!」
そう言って私たちは、ミカちゃんを訪れました。
「あの、私達 困りごと相談ギルドから派遣されてきたんですけど」
びぇええええええん!!
「おい!君!泣いていてはわからないだろう!猫について教えてくれないか!!」
びぇええええええん!!
うーん……ミカちゃんは泣いてばかりで、話を聞いてくださいませんね。
「あの、ミカちゃん?私達、貴方の依頼で……」
びぇええええええん!!
……どうしましょう?
私が悩んでいると、フラウティアさんがミカちゃんの肩を掴んで、揺さぶりました。
「おい!僕達は君のために来たんだぞ!話を聞いてくれたまえ!」
揺さぶられて、ミカちゃんはやっと私達に気づきました。
「お姉さん達、誰?」
「あ、はい。私達、困りごと相談ギルドで依頼を受けて、迷子の子猫を探しに来たんです」
「ミーシャ……」
ミカちゃんは、『迷子の子猫』と聞いて、子猫の名前を呟いて、また泣きそうになります。
「君!泣いている場合ではないぞ!早く猫を見つけたいならば、僕達に情報をくれたまえ!」
ミカちゃんに顔を近づけ、まくしたてるようにそう言ったフラウティアさんに対して、ミカちゃんは怯え始めました。
「お、お姉さん怖い……」
怯んだミカちゃんを見て、フラウティアさんはどうしていいかわからず、あわあわと慌て始めました。
そして私の方をすがるような目で見つめてきました。
「な、なあどうしたらいいだろうか?」
「あんまり激しく詰め寄るからですよ。ミカちゃん大丈夫ですよ。このお姉さんも私も、貴方に酷いことなんてしませんから」
「そ、そうだぞ。僕達はあくまで猫を探しに来たんだ。君の味方なのだ」
ミカちゃんはまだ警戒を解いていないようですが、どうにか泣き止んで猫のことについて話し始めました。
「うちで飼ってる子猫のミーシャの姿が一昨日から見えなくなったんです。朝にはいたんですけど、夕方にはどこを探してもいなくて……」
「ミーシャの特徴や行きそうな場所を教えてください」
私がそう言うと、突然ミカちゃんの眼の色が変わった気がしました。
そして異常に高いテンションで、『聞いてくれるの!?』と言いました。
「あのね、ミーシャはね!」
「まずミーシャたんの魅力を語る上で重要なのは、スコティッシュ・フォールド特有の折れ曲がった耳よ!」
「この曲がり方、形の均等の取れ方がキャットショーで、要求される黄金比を満たしてるの!」
ミカちゃんは、それまで泣いていた少女と同一人物とは思えない勢いでまくしたててきました。
「さらに!誰もを魅了する、琥珀色のたおやかな被毛!それと同じ色で宝石のように輝く瞳!」
ミカちゃんの勢いに私もフラウティアさんも呆気にとられていると、ミカちゃんはさらに説明を続けます。
「そして、さらに特筆すべきは猫の中では人懐っこいスコティッシュ・フォールドの中でも、異常に人懐っこい性格です!」
「街行く人にも突然甘え出すほどで、この街のアイドルとも言っていい存在なのです!」
そこまで聞いたフラウティアさんが、ついに耐えられなくなり私に言いました。
「な、なあ。この少女の語っている猫の特徴が、僕にはさっぱりわからないのだが」
フラウティアさんにそう言われて、私もそんな気分になりますが、よくよくミカちゃんの言葉を思い出せば、いくつか他の猫とミーシャを区別できる情報がありました。
1.耳が折れ曲がっている
2.毛色・目の色は琥珀色
3.知らない人にも甘えてくる
フラウティアさんにそこのことを伝えると、『なるほどね』と言ってくれました。
「だが、外をうろついていた猫は全て、僕がさっき見つけてきただろう?受付嬢に見せた猫には、そのような特徴の者はいなかったように思うが」
確かに、受付嬢のお姉さんも即座に『この中にはいない』と判断してましたよね。
うーん、お外にいないのだとしたら他のお家に潜り込んでいるんでしょうか?
いえ、ミカちゃんはミーシャが街のアイドル猫だと言いました。
他の人が見つけて、ミカちゃんに伝えないなんてことはないはずです。
まずいですね。せっかくお話を聞いたのに、余計わからなくなっちゃいました。
私はしばらく悩んでから、一つの結論を出しました。
この世界は、フラウティアさんが『人の気持ち』を理解するための世界だと、私は考えています。
そして今やっている依頼は、『困ったちゃん指数』を下げるためのもの……。だとすれば、ミカちゃんの気持ちを理解することが、ミーシャを探す上で突破口になるはずです。
今も、ミカちゃんの猫自慢を聞くことで、ミーシャの情報がわかりましたしね。
「ミカちゃん!ミーシャとの、とっておきの仲良しエピソードを聞かせてください!貴方のミーシャへの愛情が、フラウティアさんに伝われば、きっと有効な手段が見つかるはずなんです!」
「とっておきの仲良しエピソード?それを話せばミーシャが見つかるの?」
「た……多分!」
言いきれれば良かったのですが、さすがに粗い理屈なので自信がありません。
「うん、まあいいよ!ミーシャが見つかるなら、何でもお話しちゃう!」
私達は一旦、床に座ってミカちゃんの話を聞くことにしました。
「それはやっぱり、ミーシャが私を家族として認めてくれたときだね!」
「家族と認めてくれた時ですか?」
「猫が家族と認めてくれたと、どうしてわかるんだい?」
フラウティアさんも話に興味があるようで、ミカちゃんの話に聞き入っています。
「猫は安心して警戒を解いた時にしかしない行動がいくつかあるの」
「子猫のような高い声で鳴くとか、体をふみふみしてきたり、ずっと一緒に着いてくるとか色々あるんだけど、私が一番思い出に残っているのは、お膝に乗ってくれたときね」
そう言ってミカちゃんは幸せそうな顔で空中を見つめています。
「ていうのも、ミーシャは人懐っこくてすごく甘えてくるのに、何故かずっとお膝にだけは乗ってくれなかったの」
「それがある日、急に乗ってきてくれて……。頑張ってお世話をした気持ちがミーシャにも伝わったんだと思って嬉しくなったの!」
「ミーシャは誰にでもすぐ懐くんだけど、私以外のお膝には絶対乗らないの。何かこだわりがあるみたい」
「ミーシャにとって、私が特別なんだと思うと、これほど幸せなことはないわ!」
猫への愛を語るミカちゃんを、フラウティアさんは真剣な眼差しで見つめています。
その表情から読み取れるのは、『困惑』と『強い興味』でしょうか?
「なあ、一つ聞きたいのだが」
フラウティアさんは、そこで一度言葉を句切り、ミカちゃんの方へ身を乗り出していいました。
「どうして、そこまで猫の気持ちや行動に夢中になれるんだい?」
猫の気持ちを必死に理解しようとして、猫が懐けば喜び、特別だと感じて歓喜する。
上位恋愛傾向『フラウティア』は自分の"信念"が一番でそれを叶える為に全てをかけています。
だから、ここまで『他人』について必死に考えることは、フラウティアさんにとって、『未知』のことみたいです。
「それはもちろん、ミーシャが大好きだからだよ。お世話は色々大変だけど、ミーシャが喜んでくれたら嬉しいもん」
「大好き……他人を無条件に愛して、相手の気持ちや行動で落ち込み、あるいは歓喜する」
「恐らくはこれが、ギルドが私に理解させようとしている『ミカの気持ち』なのだろうが、何とも難しそうだ」
フラウティアさんは、そこで言葉を句切り、重々しい口調で『だが……』と言いました。
「僕はミカの想いの半分も理解できてはいないだろうが、その気持ちが熱く強いことは分かった!」
「そして、その情熱的な言葉を聞くうちに、自分も何かしなければ。何とかして、この子の所に猫を戻さなければと、熱い衝動が生まれたんだ」
「何もわからないなりに……ね」
『他人について考えること』を知らないはずのフラウティアさんが、ミカちゃんの言葉を聞いて、猫を見つけたい衝動に駆られています。
そうか!じゃあEランクのお仕事は『気難しい人』の相手をすることなんかじゃなくて、『とても気持ちを伝えるのが上手い人』の依頼を達成する初心者向けのお仕事だったんですね!
「そして気づいたんだよ。ミカがミーシャを信頼するように、ミーシャもミカを信頼している。そこにミーシャを探すヒントがあるのではないかと!」
「つまり猫の気持ちになることが、この問題の答えだったんだ!」
「さて、猫の気持ちになった時、ミーシャはミカに会いたいはずだ。つまり自分で帰ってこられない場所にいることだけは間違いない」
「そしてそれは街中ではないだろう。僕も探したし、アイドル猫というなら誰かが見つけてくれるはずだからね」
「だとすれば、『この家のどこか』にミカの知らない入口があり、そこに入って出られなくなったとしか考えられない」
「それが部屋なのか、小さな空間かは分からない。だが、鳴き声が聞こえないというのは不自然だ。何か、そういう仕組みに心当たりはないか?」
フラウティアさんの言葉に、ミカちゃんは頭を悩ませます。
この家のどこかにいるというのも意外な意見ですし、知らない空間があるというもにわかには信じ難い話ですよね。
「そう言えば、昔聞いたことがあります。消音の魔道具のことを」
「この皇都は昔からよくドラゴンによって襲撃されていたらしいんです、だから各家には襲撃の時に隠れられる防空壕が地下にあるらしいんです」
「それで声をあげたりしてドラゴンに見つからないように、防空壕には消音の魔道具が設置されてあると聞きました」
「でも、この家にもその防空壕があるなんて話は聞いたことがありません」
防空壕なんて話は初めて聞きましたね。ミカちゃんも昔聞いた伝説のようなものだと思って忘れていたみたいです。
でも、もしホントにそんな部屋があるとしても、ミーシャはどうやって入ったんでしょう?
それにどこにあるかわけらなければ、探しようがありません。
そう思っていると、フラウティアさんは自信満々に家の中のある場所へと向かって行きました。
「防空壕は、ここさ」
そう言ってフラウティアさんは床に手を触れると、床の一部を横にずらしました。
床がそこだけ引き戸になっていて、開くタイプみたいです。
そして、床の下には地下に続いているらしい、階段が現れました。
「ど、どうしてわかったの?」
「床に猫が通れるくらいの隙間があったのさ。気をつけてみないと気が付かないが、それと分かって調べれば、すぐに分かる」
「じゃ、じゃあこの下にミーシャがいるんですか?」
「多分ね。ここにいなければ、お手上げだ。ギルドに戻って失敗の報告をするしかないだろうね」
もし失敗してもベテランの方がちゃんと見つけてくれるそうですから、ミカちゃんの所にミーシャが戻ることは間違いありません。
でも、せっかくここまで来たんですから、私達の手で解決したいですよね。
そう思って、私達は地下への階段を降りていきました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【2050年 桜井かんな 8歳 かんな帝国 皇都 城下町 ミカの家 防空壕】
私達が階段を降りると、そこには小さな部屋がありました。
防空壕というだけあって、周囲の壁は見たことのない金属で固められています。
ここに子猫のミーシャがいるのでしょうか?
「」
フラウティアさんに声をかけようと思ったのですが、声がかき消されてしまいました。
本当にこの部屋には『消音の魔道具』が設置されているようです。
私達は身振り手振りでなんとかコミュニケーションをしつつ、ミーシャを探すことにしました。
そして……。
「」
『見つけた!』と叫んだつもりが、その声もかき消されてしまいました。
私がミーシャを抱き上げようとすると、ミーシャはとてとてとミカちゃんの方に走っていきました。
ミカちゃんはミーシャを抱き上げ、私達は階段を昇って地上に戻りました。
「やったー!!ようやく見つかりましたね!!」
「ああ!とても気分が良いよ!人助けがこれほど、気持ちの良いこととは知らなかった!」
結局、ミーシャは防空壕に誤って入ってしまい、音が聞こえないことで方向感覚を失って上に出られなかったみたいですね。
大人の猫なら、臭いや視覚情報で外に出られたのかも知れませんが、ミーシャは子猫ですから。
「お姉さん達、本当にありがとうございました!私だけだったら、きっと見つけられなかったと思います!」
「いえいえ、私達も目的だった『人の気持ちを理解する』ことができましたからお互いさですよ」
「何だって?君は、僕が『人の気持ちを理解した』というのかい?」
「ミカちゃんの猫を愛する想いに触れて、何とかミーシャを見つけたいと張り切ってくれたから見つかったんですよ。少しだけ、ミカちゃんの気持ちを理解できたってことだと思います」
「そうか。それは良かったよ。ミカも君も喜んでくれた。とても幸せな気持ちだ」
こうして私達は、お仕事の成功を喜んで、しばらく三人で笑い合っていました。