フラウティアさんの『困ったちゃん指数』を下げましょう
【2050年 桜井かんな 8歳 刹那の塔 桜井家・結婚式場】
「二人の幸せのために!」
「これまで紡いできた絆を込めて!」
「「刹那の『幸せの思い出』を作り出そう!」」
二人でそう叫んだ後、プラクマさんは私の頬を両手で挟み込みました。
「よし。いいな?いくぞ!」
「はい、お願いします!」
プラグマさんの顔がどんどん近づいてきます。
あ、目を瞑らないといけませんよね。
瞳を閉じた真っ暗な世界の中で、プラグマさんの息遣いだけが感じられます。
どんどん、唇が近づいてくるのがわかります。
そのまましばらく待っていると……。
『ちゅっ』
唇が触れた瞬間、私の中にこれまで感じたことのない幸福感が生まれます。
プラグマさんと繋がっている、心も体も全てが繋がっている!
その気持ちが身体中に溢れた時、私の中に確信が生まれました。
例えいつかこの身が滅びるとしても、今!私達の中でこの絆は永遠です!
だったら永遠の時を共に過ごす必要もありません。だって私達はもう永遠を手に入れているんですから。
そう思った時、私とプラグマさんを繋ぐ指輪が離れました。
『貴方達は既に永遠の絆で結ばれました。もう指輪によって、無理やり繋がる必要はありません』
アナウンスの言う通り、指輪の繋がりなんてなくても、私達は一つです。
もう決して離れることはありません。
そう思っていると空が強い光を放って、輝き始めました。
『かんなさん……どうか、現実世界の輝夜とそらにも……貴方達の手に入れた永遠を伝えてあげてください』
そのアナウンスを最後に私達は偽・夢世界から弾き出され、元の部屋で畏怖の鏡の前にいました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 2050年 桜井かんな8歳 遊愛地獄 立花小学校 3-1 】
「帰ってきたね!いよいよ僕の出番というわけだ!」
ストルゲさんや、プラグマさんとゆっくり話をする間もなく、フラウティアさんがそう叫びました。
私は面食らって、しどろもどろな答えを返しました。
「ええと、はい。そうですね」
「あー、それでどうすればいいんですか?」
フラウティアさんと恋愛ができれば、私は『複数の自分と恋愛する』という条件を満たして、上位恋愛傾向『ルダス』に目覚めることが出来るはずです。
ただ、どうもこの方のテンションについていけないのですが……。
「僕が連れて行くのは、『僕の僕による僕の世界』すなわち、『かんな帝国』だ!!」
「か、かんな帝国ですか!?」
私の名前がついた国があるということでしょうか。何だかとっても恥ずかしいのですが。
「そうさ!君たちが出かけている間に、あらゆる平行世界を『検索』して見つけておいたんだ」
『検索』というのは、インターネットの検索みたいな感覚で、目的の平行世界を見つけられる能力なのでしょうか?
それはちょっとチート過ぎる気がしますけど。
「さあ!早く行こう!僕はね、君と恋愛がしたくてうずうずしたんだよ!」
そう言ってフラウティアさんが私の手を握ると、私達の目の前に私達の背丈ほどの大きな穴が現れました。
これは転移のための穴でしょうか?だとすれば、入ったら『かんな王国』に転移するんでしょうね。
「わ、わかりました。でも、あんまり引っ張らないでください」
「あ、ああ。ごめん。ようやく君と恋愛できると思うと気が逸っちゃってね」
「お待たせしてすいませんでした。でも、大丈夫ですよ。私は逃げたりしませんから」
『じゃあ』と言ってフラウティアさんは少し優しく私を引っ張りながら、黒い穴の中に入っていきます。
私もフラウティアさんの後ろについて、穴の中に入りました。
【2050年 桜井かんな 8歳 かんな帝国 皇城 謁見の間】
「我々、元老院は皇帝を糾弾する!!」
私達が転移の穴から出た瞬間に、部屋全体にそんな声が響き渡りました。
「フラウティアさん、これは……」
「この僕を糾弾するだと!?君たちは何様のつもりだ!」
「国家の法には皇帝とて従わなければなりません。現在の陛下の『困ったちゃん指数』は128であります。指数が80を超えるものが皇帝・大臣を含む公務員になれぬというのは、憲法に明記されております」
「僕が困ったちゃんだって!?何を根拠にそんなこと!」
何だか、偉そうなお爺さんとフラウティアさんが言い合い始めました。
ここがかんな帝国だとすると、フラウティアさんが皇帝と言うのはわかりますが……。困ったちゃん指数?のせいで皇帝を辞めさせられそうになっている?というのは訳が分かりません。
「あの……困ったちゃん指数って何ですか?」
横から入った私の質問に、お爺さんは律義に答えてくれました。
「困ったちゃん指数とは、問題を起こす人、人の気持ちが理解できない人、人の和を乱す人などを国の秘術で測定し、数値化したものであります」
「つまり、フラウティアさんに問題があるから、皇帝を辞めさせると?」
「帝都には更生施設がございます。皇帝になる資格をお持ちの方が陛下しかいない以上、更生施設で指数を80以下に下げてきていただく他ありません」
何となく話が見えてきました。
ストルゲは家族だから『私の生まれた日』、プラグマは永遠の愛がテーマだから『時間が止まった世界』。
フラウティアは自己愛がメインテーマだから……自己愛に足りない『人の気持ちを理解する』ことを求められる世界に来たということではないでしょうか?
だとすれば『更生施設』という所で、フラウティアさんが自己愛の信念を保ちつつ、困ったちゃん指数を80まで下げることができれば、この世界はクリアということなのかも知れません。
「この僕が更生施設だって!?君たち正気で言っているのか!?」
私は怒りだすフラウティアさんの袖を掴んで、何とか彼女を宥めようとします。
「ね、ねえフラウティアさん。ここは一旦、更生施設に行くべきじゃないですか?そこに私と恋愛するためのヒントがあるかも知れませんし」
フラウティアさんは、『私と恋愛』と言う言葉に強く惹かれたのか、怒るのを止めて私の方を見つめてきました。
「僕が皇帝を休んで、更生施設に入ることが、どうして君との恋愛が上手くいくことに繋がるんだい?」
私はさっき考えた『テーマ』についての話を説明しました。フラウティアさんが人の……私の気持ちを理解できるようになれば、私達の恋愛が上手くいくのではないかと。
「なるほどね。僕は自分が人の気持ちがわからないとは思わないけど……」
「君がどうしてもというなら、やってみることもやぶさかではないね」
何とかわかってくれたみたいですね。これだけでも少し、私の気持ちを理解してくれたと言えるのではないでしょうか?
もしかしたら、少しは困ったちゃん指数が下がってるかも知れません。
そう考えながら、私達は係の人に案内されて、更生施設へと向かいました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【2050年 桜井かんな 8歳 かんな帝国 困りごと相談ギルド 】
「はいはい、いらっしゃ~い。困りごと相談ギルド、受付嬢兼ギルドマスターのアリスちゃんですよ~」
『更生施設』に着くと、なんだかバニースーツのお姉さんが応対して下さいました。
「ええと、ここで困ったちゃん指数を下げられると聞いてきたんですけど」
「ええ、困ったちゃん指数の更生ですね~。了解しました」
「この困りごと相談ギルドでは、国民の万困りごとの受付と、解決できる人の斡旋を行っています」
「困ったちゃん指数が高すぎる方には、簡単な……けれど人の気持ちを理解することが必要な『困りごと』の対応をしていただくことで指数を下げるという方法を取らせていただいてます~」
「なお、もし失敗した場合はベテランの職員が解決しますし、違約金などもないですので、気楽に挑戦してくださいね~」
大体の話はわかりましたね。とにかくここでお仕事を請け負って解決すれば、困ったちゃん指数を下げられるみたいです。
「なお、皇帝陛下が皇帝の座に戻られるには、下から二番目・Dランクの困りごとを解決していただく必要があります~。けど最初は最低のEランクが解決できるようになってからですね~」
「下から二番目だって!?それなら簡単ではないか!この僕なら、一番上の困りごとだって、簡単に解決して見せるよ!!」
『人の気持ちを理解しないと』ってところがネックだとすると、そう簡単にはいかないかも知れませんね。
フラウティアさんが苦手なことだからこそ、更生が必要なんですから。
「それで、具体的にはどんな『困りごと』を解決すればいいんですか?」
「そうね~。皇帝陛下には……これなんかいいんじゃないかしら?」
そう言って、受付嬢.さんが出してきた紙を見ると……。
【困りごとランクE::迷子猫の捜索】
「迷子猫の捜索ですか?」
「そうですね~。依頼人は城下町の少女『ミカ』ちゃんですよ~」
「ミカちゃんが飼っている、子猫のミーシャが居なくなっちゃったので、探して欲しいんですって」
普通に猫探しなんですね。簡単な依頼だとは聞いていましたけど、これなら私達にもできそうです。
依頼の紙を見たフラウティアさんは、カウンターに乗り出して叫びました。
「ちょっと待ちたまえ!これが、皇帝たる僕がこなすべき仕事だというのか!?」
「ええ、更生のためのお仕事ですから、簡単なものをご紹介させてもらってますよ〜」
そこまで言ってから、受付嬢さんは唇に指をあて、首を傾げて言いました。
「もっとも、困りごと指数が高いとこれでも難しいかも知れませんね〜」
このお仕事がフラウティアさんにとって難しいということは、猫を探すのと『人の気持ちを理解する』ことに、深い関わり合いがあるということでしょうか?
飼い主の方に、猫の特徴や行きそうな場所を聞き出すのが難しいとか?
でも相手は子供なんですよね?気難しいってこともないと思うんですが。
「この僕に、猫を探すごとき出来ないはずがないだろう!さっそく行ってくるよ!」
そう言って、フラウティアさんは飛び出して行ってしまいました。
「まだ飼い主の住所も聞いてないのに……」
私は改めて前途多難だと感じました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくすると、街中を駆けずり回って、ノラ猫を十匹ほど捕まえたフラウティアさんが、ギルドに帰って来ました。
私だけでも飼い主さんのお家に行こうかとも思ったのですが、そもそもフラウティアさんが更生するためにやってることなので、私だけで行っても意味がないですよね。
「はあはあ、これだけ猫を捕まえれば、一匹くらい当たりがいるだろう!」
受付嬢のアリスさんが、フラウティアさんの連れてきた猫を一匹ずつ慎重に調べます。
「依頼主から言われた特徴には合わないですね〜」
「なんだと!?それなら最初から特徴を教えてくれれば良いではないか!」
その言葉を聞いて、私はクスリと笑って言いました。
「そうする前に、フラウティアさんが探しに行っちゃったんですよ」
フラウティアさんは、威張ってはいますけど、前回の『PONゾーン』に通じる微笑ましさがありますね。
「ちなみに特徴を聞き出すのも、更生の一部なので詳しくは依頼主さんに聞いてくださいね~」
なるほど、つまり猫を探すこと自体よりも、依頼を通じて人と接することがメインテーマなわけですね。
「だったらこうしていても仕方ないですよ。飼い主さんのところに行ってみましょう」
すでに受付嬢のアリスさんから、飼い主の住所を聞いていた私は、そう提案しました。
そう言われたフラウティアさんは、思いの外落ち着いた様子になって答えました。
「ふむ、そうだね。特徴もいそうな場所も飼い主でなければわからないのなら、そうする他あるまい」
ただ、ちょっと気になることとしては、フラウティアさんが街中駆け回って猫を連れてきたのに、当たりがいなかったことですね。
探し方が不十分なんでしょうか?街の外に出ちゃったわけじゃないと良いんですけど。
そう考えながら、私たちは猫の飼い主・ミカさんの家を訪れました。