仲良くなろう!~未知の可能性を超えて~
【 2050年 桜井かんな8歳 偽・夢世界 刹那の塔 門の前 】
それからも、何度かあの獣が『圧力』を飛ばしてきて私たちは交わし続けました。
でも、いつまでも避け続けていたら、疲れてやられてしまいそうですね。
何か、あの子達を倒す有効手段がないでしょうか?
そう思っていると、プラグマさんが耳打ちをしてきました。
「なあ、このままじゃ埒が開かねえぞ。おい、オリジナル。何か上手い策はねえのか?」
うーん……
私は獣達を注意深く観察します。あの子達の特徴と言えば、額の紋章ですよね。
これまで時間を止める『圧力』は全てあの紋章から発射されています。それを止めることができれば……でもどうやって?
「あっ!」
「何か思いついたのか?」
随分乱暴で穴が多そうな作戦ですが、一応思いつきました。でも、こんな方法でいいのかな?
「あの子達の攻撃は、額の紋章から出てるみたいです」
「上手くあの子達を誘導して、おでこ同士をぶつけることができれば、怪我をして紋章に何か異常が起きるかも知れません」
お互い、圧力をぶつけ合って止まってくれると楽なんですが、さすがにそこまで上手くはいかないですよね。
「なるほどな。あんまり綿密な作戦とは言えねえが、とにかくやってみようぜ」
「具体的にはどうしましょう?」
私達は今、指輪で繋がれていますから、それぞれが追いかけられてぶつかる直前でかわす……なんてこともできません。
「んー、別々に動けないと獣同士をぶつけるのは難しいか。待てよ、だったら……」
「何がいい案があるんですか?」
「ああ。いっそのことあたしの時間をやつに止めてもらって、あたしを盾にして突っ込むんだよ。近づいたら今度はあたしを武器にして紋章を殴る!」
何だかとんでもないことを言い出しました。私にはストルゲやプラグマの力がありますから、プラグマさんを抱えて走ること自体は問題が無いんですけど……。
でも何より危険すぎます。そんなことしてプラグマさんの時間がずっと止まったままになったら嫌です。
「そんなのダメですよ!もし倒しても時間が動かなかったらどうするんですか!そうしたら私と貴方は恋愛できず、全次元は滅んだままになっちゃいますよ」
「何より、せっかく出会ったのに、心が通じ合う前に話すことも笑い合うこともできなくなるなんて、私は嫌です!」
失敗すれば、プラグマさんともう仲良くなれません。そう考えたら、リスクが高すぎる方法ですよね。
「けど、他に方法がねえだろ?このままやつらの攻撃を避け続けても、いつかは疲れて当てられちゃうんじゃねえか?」
それはそうですよね。もっと良い方法が思いついたらいいですけど、今のところは難しいです。
そう思っていると、獣たちが一か所に集まり始めました。何かするつもりでしょうか?
獣たちの時計の紋章が光ったかと思うと、紋章が額から離れ、群れの中で一番大きな獣の額に集まってきました。
そしてひと際大きな紋章になって……。
「ぷ、プラグマさん!これまず……っ」
これまでの数倍の大きさの『圧力』が私達に向けて放たれました!
「い、いかん!!」
プラグマさんは私の前に出て、大きく両腕を広げました。
圧力がプラグマさんにぶつかりました。私はプラグマさんの影に隠れて助かりましたが……。
「プラグマさん!」
「え、永遠はあった。ここにあった。愛する人の命を庇い、先に終わることができれば、その瞬間は私の中で永遠になる!そ、それがあたしの『刹那の思い出』あ、あたしは行き着いたんだ」
「待ってください!そんなのダメです!!」
「は、はは……あたしも、アンタが話したり笑ったり出来なくなるのが嫌だったんだ。だから……これは……最高の……『終わり』」
完全にプラグマさんの時が止まってしまったらしく、まるきり動かなくなってしまいました。
そんな……私、どうすればいいんですか。せっかく、プラグマさんと仲良くなれそうだったのに、私を守って、どうして……。
どうしてそこまで私を愛してくれてたの?
分からないままお別れなんて嫌です。何か、何とか突破口が……。
その時、私の頭に妙なことがよぎりました。
『鎖』は圧力を受けてすぐ止まった。『プラグマさん』は圧力を受けてもしばらく話し続けていた。
この違いは何だろう?
「『刹那の思い出』……」
プラグマさんは愛する人を守って『終わる』ことが彼女にとっての刹那の思い出だと言っていました。
そのことを私に伝えようとしたせいで、圧力を受けても時間がしばらく止まらなかったんだとすると……。
『刹那の思い出』には時間停止に抵抗する能力がある?
もしかして、私とプラグマさん両方が『刹那の思い出』に目覚めることができれば、時間が止まった人を復活させられるかも知れません。
プラグマさんだけでなく、この偽・夢世界のどこかにいる、偽物の輝夜さんとそらさんも……。
その力があれば、プラグマさんの時間は動き出す!
じゃあ、どうやって私が『刹那の思い出』に目覚めるか?
それは簡単です。
私にとっては誰かを幸せにすることが全てなんですから。
そのために、相手と話し、理解し合って共に笑い合うことこそ、私にとって最も重要なんです。
今、私を守って時間停止してしまったプラグマさんとどうやったら理解して笑い合えるか?
どうして私と話したいのかともっと仲良くなりたいと思ってくれたのか?
どうして、守って死ぬことで永遠を手に入れたいと思ったのか?
仲良くなれたらどんな言葉をかけてくれるのか?私はどんな風に返すのか?
どんな幸せが彼女を待っているのか!
彼女の幸せの答えを私が知りたい!
それを知ることこそ、『他人の幸せ』を求め続ける私にとってはまさに最高の幸福だと言えます。
だからこそ!今、話すことも笑い合うこともできなくなったプラグマさんの言葉をもう一度聞くことができたら……。
それは『永遠』を超える『刹那の思い出』になるでしょう。
そう思って私は、時間の止まったプラグマさんを盾にして走り出しました。
皮肉なことですが私の覚悟が決まったことで、プラグマさんが考えた作戦が実行可能になったわけです。
獣たちが時間停止の『圧力』を撃ってくる度に、私はプラグマさんを盾にして、陰に隠れます。
もう時間停止しているからダメージはないんでしょうけど、気分の良いものではありません。早く助けてあげないと!
十分に一番大きな獣に接近した私は、作戦通りプラグマさんの体を獣の額にブチあてました!
プラグマさんのおでこと、獣のおでこがぶつかると、紋章が激しく発光しました。
その瞬間、抱えていたプラグマさんがピクリと動くのを感じました。
「こ、こいつは……!な、何があったんだ。あたしは時間を止められたんじゃ……」
「プラグマさん!良かった!良かったです!元に戻れたんですね!!」
私は夢中で、動き出したプラグマさんに抱き着きました。そしてグリグリと顔を擦りつけます。
「お、おい。恥ずかしいだろ」
「いいえ!私を心配させたんですから、これくらいは当然です!」
しばらく抱き着いていると、だんだんと気持ちが落ち着いてきました。
「プラグマさん。私を庇ってくれてありがとうございます。でも、こんな方法じゃダメだと思うんです。自らを犠牲にする方法なんて……」
「その通りだ!!」
私の言葉を途中で遮って、プラグマさんが叫びました。
「あの時間を止められた瞬間、あたしは恐怖を感じた」
「このまま、あんたと何も話せなく、ふざけたやり取りもできなくなると思うと、心が引き裂かれそうになった!」
プラグマさんは、少し震えながら私の体を強く抱きしめました。
「あれじゃダメだ。あれでは永遠を超えられない!」
「あんたの言う通りさ。犠牲を伴う刹那の思い出なんかクソ喰らえだ!」
プラグマさんは私の体から手を放し、しっかりと私の眼を見つめて言いました。
「せっかくの最高の思い出は、お互いが幸せじゃなくちゃいけねえ!」
「だから、もっとベタベタで甘々なイチャイチャが、あたし達の刹那の思い出であるべきなんだ!」
そこまで聞いて私は、『ベタベタ』『甘々』という言葉に引っ掛かりました。
「べ、ベタベタで甘々ですか?」
「そうだ!あたし同士、女同士なんだぜ。もっと可愛い恋愛になってもおかしくねえだろ?」
うーん、そうなんでしょうか?輝夜さんとは助け合い、力を合わせた感じでしたけど。
でも、本来恋愛とはそんなものなのかも知れません。
プラグマさんと甘々ベタベタする……。そう考えると、私は体が熱くなり顔が赤くなっていくのを感じます。
「そ、そうですね。甘々ベタベタがどういうものかはっきりは分かりませんが、すっごく仲良くなって、最高の幸せを掴みましょう!」
「未来は未知!命の終わりが来るまでに、どんな思い出が作れるかわからないんですから、自分で終わらせちゃダメなんです!」
プラグマさんは深く頷いて、両手を空に掲げました。
「ああ!だったら極めるぞ!愛を!!あたしとあんたで考えるんだ。何をどうしたら、最高に仲良しになれるか、最も幸せになれるか?」
「き、極める?確かにそんなことができたら素敵ですけど、一体どうやって……」
デートを重ねる?相手の好みになる?もっと相手を知る?この偽・夢世界と外の世界は時間の流れが違うらしいですから、そうやってゆっくり仲良くなっていくという手もあるとは思いますが……。
でも、きっと『刹那の思い出』は一瞬でインパクトの強い思い出を作り出さなくちゃいけないんですよね。
「決まってる。未知が、未来が無限なら、その無限の可能性を越えるしかねえ。あたし達のイチャイチャでな!」
「無限の可能性を超えるって……、そんなのどうすればできるんですか?」
普通に仲良くしているだけでは『無限の可能性』を越えたとは言えない気がします。
イチャイチャ甘々で、とてつもなくインパクトの強い思い出を作って『無限の可能性』を超える……?
どうも漠然としていて、具体的じゃないですね。
「あたし達が『無限の可能性』を超えるために行きつく境地は」
「キスだ」
「キス!?」
余りにも突拍子もないプラグマさんの言葉に、私は驚いてひっくり返りました。
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです!何ですかキスって!!」
「今のあたし達には、お互いにキスしても良い『気持ち』なんて想像できねえだろ?」
「だからその気持ちになるくらいの体験をしたとき、あたしたちの『刹那の思い出』は今想定できる『可能性』を超える。そうさ、あたし達で未知の可能性を作り出すんだ!」
「キスによって、未知の可能性を作り出す!」
私はその言葉を聞いて無性にワクワクしてきました。二人でないとたどり着けない未知の可能性!未知の幸せ!!
もし、プラグマさんと二人そんな幸せにたどり着けたら、どんな気持ちになるのでしょうか?
「キスは恥ずかしいですし、どんなことをしたらそんな『気持ち』になるのか分かりません。でも、試してみたいです。プラグマさんと私の『未知の可能性』を!」
私がそう言うと、プラグマさんは塔の門を指さして答えました。
「それに辿り着くための『場』はこの刹那の塔にあるらしいぜ」
プラグマさんの言葉に合わせるように、私たちを結ぶ指輪が光り始めました。
指輪から光が出て、塔の門に向かいます。扉全体が淡く発光し始め、ゆっくりと扉が開きました。
『刹那の思い出を求めるものよ。貴方達の願いは聞き届けられました』
『貴方達が目指すべきは、究極の仲良しダンジョン『イチャイチャ・ダンジョン』です』
そのアナウンスと共に私たちは門に引き寄せられ、塔の中へと引き摺り込まれました。