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ストルゲとの恋!~『始まりの言葉』に込められた父の愛~

【  2050年 桜井かんな8歳 遊愛地獄 立花小学校 図書室 】


「私の家族に関する……あらゆる記憶ですか?」


「……そうよ、あんたが忘れてるものも含めて……全部」


「日にちや時間……、キーワードやイメージなどを頭に思い浮かべるだけで、関連するシーンが周囲に映し出されるわ……」


 頑張って説明してくれているようで、ストルゲさんはちょっと饒舌になってます。


「なんでもわかるのはすごいですね!早く入ってみましょう!」


 私はかなりワクワクしてそう言いました。私も知らない家族のことがわかるのだとしたら、すごく面白そうです。


「……うん」


 そう呟いたストルゲさんが引き戸を開けると、部屋の中には図書室と言う名前の通り大きな本棚がいくつもありました。


 ここに家族に関するあらゆる記憶が保存されているんでしょうか?


「……本棚の本は記録媒体よ。呼び出す端末は中央のこれ……」


 そう言われて部屋の中央を見ると、机の上に私の身長より大きい巨大な本が置いてありました。


「……この巨大端末に触れることで、周囲の本に記録された『家族の記録』が、脳内に再生されるわ……」


 試しに触ってみると、確かに前世の病院で寝ていた時の記録や、今世で義弘と共に遊びまわっていたときの記録が、今ここで起こったみたいに脳内に再生されます。


「それで、この記録を使って、どんな風にストルゲさんと恋愛すればいいんでしょう?」


「……ばっ……そんなの……、自分で考えなさいよ……」


 ストルゲさんはそっぽを向いてしまいました。


 でも、そうですね。私にとってもストルゲさんにとっても家族が大切なんですから、私達の絆を深めようと思ったら、家族にとって最も大切な思い出を呼び出すべきかも知れません。


 そうですね。私にとって一番重要なのはやっぱり……。


「……コア・メモリーよ」


「えっ?」


 兄に『何になりたい?』と言われたことや、義弘が生まれた時から与えられていた『試練』を共に突破した時、輝夜さんや太上老君さんと和解した時を思い浮かべていた私に、突然ストルゲさんがそう言いました。


「コア・メモリーって何ですか?」


「……コア・メモリーは魂に焼き付けられた、その人にとって最も大切な記憶よ……。私達が仲良くなるポイントは、コア・メモリーにある……」


 なるほど、つまり私がどの思い出が大切か考えなくても、私の魂は本当に大切な思い出が何なのか知ってるってことですか。


「じゃあ、この大きな本でコア・メモリーを呼び出せばいいんですか?」


 これまで呼び出した記憶は何となくとっかかりがありましたけど、この場合『コア・メモリーを写して』と頼めばいいでしょうか?


「……ええ。この場合、二人一緒に手を添えて『コア・メモリー召喚』と唱える必要があるわね……」


 ストルゲさんはまた恥ずかしそうにしています。一緒に手を添えるのが、そんなに恥ずかしいのでしょうか?


「手を添えればいいんですか?」


 そう言って私は本に手を添えます。


「……二人で手を重ねなきゃいけないのよ」


 ストルゲさんはそっぽを向いて、モジモジしています。


「重ねればいいのでは?」


「……私に触られたら嫌でしょ」


「そんなことないですよ。私同士なんですし」


「……」


 ストルゲさんはしばらく黙っていましたが意を決したように、私の手の上に手を添えました。


「……じゃあ、さっさと行くわよ」


 ストルゲさんは相変わらず、顔が真っ赤ですがともかく一緒に『コア・メモリー』を見る覚悟が決まったみたいですね。


「「コア・メモリー召喚!!」」


【  1997年 桜井かんな8歳(望月麗美0歳) 東京都江東区森下 森下総合病院 分娩室前】


 気が付くと、私とストルゲさんは、病院の廊下に見える場所にいました。


 目の前にある部屋には分娩室と、プレートがついています。ということは、ここは産婦人科でしょうか?


 産婦人科で何か重要なことが起きた覚えがないのですが、ホントにここに私たちにとって『最も重要な思い出』があるんですかね?


「ストルゲさん、ここはどこなんですか?私たち転移してきたのか、それとも幻覚のようなものを見せられてるんでしょうか?」


 少なくとも、周りの景色は現実のように感じられます。精巧なVRなのかも知れないですけど。


「……転移ではないわ。強いて言うなら、あの本の記録しているシーンに入り込んだってところかしら……」


「だから、ここにあるもの達には干渉できないわよ」


 そう言われて壁や窓を触ってみようとすると、手がすり抜けました。


 でも床には立っていられます。地面が突き抜けたりしません。過去を見るのに都合が良い仕様になっているということでしょうか。


「それでここは何の思い出なんですか?」


「……大体察しはついているんでしょ?ここは、『あんたが生まれた日』の記録よ」


 ええっ!?私が生まれた日ですか?確かにそれは最も重要な思い出でしょうけど……。この記憶が私とストルゲさんが仲良くなるきっかけになるんでしょうか?


「ほら……、あそこに父さんと兄さんがいるでしょ?」


 そう言われてストルゲさんが指さした方を見ると、すごく若いですけどたしかに前世のお父さんが、長椅子に座ってウンウンと唸っていました。


 すでに遅い時間らしく、隣のお兄ちゃんはお父さんにもたれかかって眠っています。


 お父さんは焦ったような緊張したような態度で、度々時計を見たり『頑張れ』とか『足りないのか』などと呟いたりしています。


 これは、私が産まれるのを待っているということですよね。


 記憶にあるお父さんはいつも落ち着いて笑っていて、私達が困っていると的確にアドバイスしてくれる頭の良い人という感じです。


 でも、この『記憶』のお父さんはとっても慌てていますね。私の知らない姿です。


「おぎゃー!おぎゃー!!」


 そう思ったのと同時に『分娩室』の中から、赤ちゃんの泣き声が聞こえました。


「……生まれたわ」


 ストルゲさんがそう言ったのとほぼ同時に、お父さんが分娩室に駆け込みました。


 私達も後をついて分娩室に入ります。ストルゲさんの話からすると、ここが多分一番重要なシーンなんですよね。


 私と思われる赤ちゃんを抱きかかえたお父さんは言いました。


「今日から我が家はこの子を中心に回ることになるだろう」


 これは私がこの世で聞いた最初の言葉なんだと思います。これが私の『コア・メモリー』。私の信念を決定づけた始まりの言葉と言うことでしょうか?


 でも、何でしょう。何か今、変な違和感があったような?気のせいでしょうか。


「……これね。この言葉が……。私達を守り、無限の幸福地獄に(いざな)った……。」


「『始まりの言葉』よ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 『始まりの言葉』を聞いた後、私達は分娩室を離れ、病院の建物の影に向かいました。


 『始まりの言葉』が私とストルゲさんを仲良くするなら、徹底的に話し合う必要があると考えたからです。


 前世でお父さんは、あの言葉通り、私が病気でどんなに迷惑をかけても、私のために頑張ってくれました。


 お兄ちゃんは、最後の時も未来を夢見るようにと励ましてくれました。


 だから、『私のために家族が回る』という言葉は、尽くしてくれた皆に恩返しをするためにも、私が『あらゆる人を幸せにしたい』と考えるようになったきっかけであり、『私』という存在そのものを産むことになった言葉と言えるかもしれません。


 でもストルゲさんはそれを『幸福地獄』の始まりだと言いました。


 幸せなのに地獄というのは、何だか矛盾した表現に聞こえます。一体、どういう意味なのでしょうか。


「それで、『始まりの言葉』はわかりましたけど、幸福地獄というのはどういう意味ですか?」


 最初に言ったように、私はストルゲさんが家族愛をどう捉えているか興味があります。


 お父さんの言葉、そして私の信念を生み出した『始まりの言葉』について、私と見解の相違があるなら、是非聞いてみたいです。


「……言葉通りよ。あの魂を食い破られる感覚、あんたも感じているでしょ?」


 確かに人を幸せにするのは楽しいですが、人を幸せにしないでいると魂を食い破られる感覚を感じます。


 太上老君さんはフラウティア特有の症状だと言っていましたけど……。


「目的はわからないけど……父さんはこの言葉で私達に『呪印』を刻んだの……。私も父さんを愛しているけど、それだけは許せなかった……」


「……だって、怖いのはヤダ……なんで父さん、なんでこんな嫌なものをくれたのって――」


 ストルゲさんは目に見えて落ち込んだ表情になり、虚ろな目で地面を見つめました。


「酷い、好きだけど嫌い」


「こんなのをくれるなんて、父さんは……父さんは……私は父さんが大好きだけど、父さんは私が好きじゃないんじゃないかって!」


 ストルゲさんの言葉に、私は即座に反論しました。


「そんなこと、あるはずありません!!」


「お父さんはずっと病気だった私を、可能な限り介護をして、入院してからも励まし続けてくれました。お父さんが私を愛しているのは間違いありません!」


 家族の助けが無かったら、私なんてすぐに死んじゃっていたはずです。虚弱で病弱でしたからサポート無しでは生きられませんでした。


 そんな子を必死に育てるなんて、愛が無くてはできないと思います。


「でも……。私は『あんたの』ストルゲよ……。私がそう考えてるってことは、あんたも心のどこかでずっとそう思ってたってことになるわ」


「だ、だとしても!あるはずです!お父さんが私に呪印を刻んだ理由が!そうせざるを得なかった理由が!」


 ちゃんと愛があって、私のためにやってくれたはずなんです!


「……そうね。私だって、きっとそうだと思う。……だから、私を説得して。私に……父さんは、私を愛していたんだと、納得させて!!」


 私はストルゲさんの手を握り、叫びました。


「もちろんです!!」


 ストルゲさんは、そしてきっと私も不安だったんですね。呪印という訳の分からないもののせいで魂を食い破られる苦しみをずっと抱えてきたんですから。


 苦しみが心を蝕むほどに、心のどこかではそれが悪意のない愛によるものだと信じ切れなくなっていったのでしょう。


 けど、私はお父さんの愛を信じています。


 必ず、お父さんの目的を、私に何をしてくれようとしたのかを突き止めて見せます!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お父さんが私のために『呪印』を刻んだとすれば、呪印のリスク以上のものを私にくれようとしたはずです。心当たりはないですか?」


「……さあ」


 ストルゲさんの異なる視点からなら何か気づくものがあるかと思いましたが、そうもいかないようです。


 私は呪印によって、人を幸せにしないと魂を食い破られるような苦痛を受ける体質にされた。


 私は相手の意思に関係なく、人を幸せにしたいという『エゴ』によって『フラウティア』に目覚めた。


 だったら、『フラウティア』に目覚めさせるために呪印を刻んだ可能性はないでしょうか?


「お父さんがフラウティアに目覚めさせるために呪印を刻んだ可能性はありますか?」


「……有り得ないでしょう。父さんは上位恋愛傾向なんて知らないはずよ」


「そう、ですよね」


 だとすれば、何かを手に入れさせようとしたというよりは、足りないものを補おうとしたという感じなのでしょうか?


「何か、足りないものを補おうとした可能性はありますか?」


「分からないけど……、あんたは虚弱で病弱だったから魂か体に何かが欠けてた可能性はあるかも……」


 でも、それだと呪印を使っても解決できてないことになりますね。私は死ぬまで虚弱でしたから。


 何か……何か見落としている気がするんですが……何でしょう?魂について、もっと基本的なことが……。


「「あっ!」」


「「中道だ!!」」


 私とストルゲさんの声が重なりました。


 そうです。私はついさっき、太上老君さんに魂を中道にされて死にかけたんでした。あの技は確かに魂の陰陽エネルギーを『中道』にすることで、相手の魂を吸収する技でしたよね。


 魂に干渉する技を、私は受けたことがあるわけです。


 でも、魂のことだからと言って同じ現象が起きてるとは限らないでしょうか?


 そこで、ストルゲさんが『あ、そういえばさっき……』と言いました。


 そう言われて私も気付きました。さっきお父さんが『初めての言葉』を言った時、変な違和感があったんです。それも、一度体験したことがあるような変化が!


 そうです。あの時、赤ちゃんの私の中に激しいエネルギーの変化があったんです。あれがきっと陰陽エネルギーの変化だったんでしょう。


 中道にされた時とよく似た変化でしたから、間違いありません!


「……だとしたら、呪印は陰のエネルギーを高めるもののはずよ」


「……太上老君から教わった通り、魂は陽のエネルギーが強すぎても陰のエネルギーが強すぎても……、そして中道でも消滅してしまう」


 だとすれば、お父さんが呪印で私の魂に陰のエネルギーを与えたのは……。


「私の魂は生まれつき陽のエネルギーが強すぎて、消滅しそうだったってことですか?」


「……それを、呪印を刻むことで丁度いい陰陽バランスにした……?」


 そして……


「「呪印だけでは陰に寄りすぎるから、人を幸せにすることで陽のエネルギーを取り込めるようにした……!!」」


 二人の声が揃いました。


 やっぱり、お父さんは私が死なないように全力を尽くしてくれていたんです!お父さんの愛は本物でした!!


 そう伝えようとすると、突然ストルゲさんが涙を流し始めました。


「やっぱり……やっぱりお父さんは私を愛してくれていた!」


 そう叫ぶと、ストルゲさんは涙を撒き散らしながら私の胸に飛び込んできました


 そして、胸に顔を擦りつけながら私にお礼を言いました。


「ありがとう!お陰で、私は……私はもう一度、お父さんの愛を信じる事ができた!!」


 泣きじゃくるストルゲさんに対して、私は優しく彼女の頭を撫でます。


「いいんですよ。貴方のことは私のことです。結果的には、私も長年、無意識にあった疑念を消すことができたんですから」


「あ、ああああーーーっ!!」


 ストルゲさんがそう叫ぶと、周囲の景色が一変し、私達は元の『図書室』に戻っていました。


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