全次元の消滅!!キリストを何とかしよう
【 2050年 桜井かんな8歳 輝夜56億歳以上 太上老君 2621歳 八愛地獄 鏡の中 畏怖界 】
私達はとっさに、開いている方の手を輝夜さんの方に伸ばしました。
私と太上老君さん、そして輝夜さんの手が繋がった瞬間、私達の回りに巨大な『光の家』ができました。
空から降ってくる流星は、全て家の屋根にぶつかり、爆発していきます。
「輝夜さん!何があったんです?あの星達が言っていた、『そらさんを守れなかった』というのは、どういうことなんですか?」
「あ……かんなさん、と太上老君ですか。そうですか……貴方達は鏡からでられたのですわね……」
輝夜さんは、やはりうわ言のようにぶつぶつと喋ります。でも、憔悴はしているものの、私達のことが分かるみたいですし、状況も把握できているようです。
「はい。ええと、輝夜さん!私と太上老君さんは、鏡の世界でこれまでにぶつかった最大のトラウマを自分の分身から攻められ心を壊されそうになったんです」
「輝夜さんもそうなんですよね?だったら、私達に話してください。家族として、痛みや苦しみを共有すれば、きっと乗り越えられるはずです!」
「ダメですわ。世界は……全次元はもう無くなってしまったのですから」
「ぜ、全次元が無くなった!?それは、どういうことですか?」
私の質問に輝夜さんが答える前に、爆発して飛び散った星々が、太上老君さんの鎖と同じように、映像になって現れました。
この映像を見れば、輝夜さんの抱えているトラウマが何なのか分かるのでしょうか?
その映像のほとんどは、輝夜さんとそらさんが仲良く話したり、何もない空間で楽しく遊んでいたりする映像ばかりでした。
しかし、その中に一つ 目を見張る映像がありました。
あれは……、色々な書物で描かれた『キリスト』にそっくりな人が、八愛地獄らしい場所から光の帯を纏いながら天井へと向かって行く映像です!
映像のキリストさんが、両手を天にかざすと太極図を模したマークのついた、巨大なマシンが現れました。
あれは……太上老君さんの『八卦炉』でしょうか?細部は異なっていますし、サイズがキリストさんの方がはるかに巨大ですが、多分間違いないと思います。
その八卦炉が、キリストさんの周囲のあらゆるものを飲み込んでいきます。
地球を……太陽を……銀河を……宇宙を……そして、全次元を!!
これが、輝夜さんの言う『全次元が滅んだ』ということでしょうか?
だとしてもキリストさんは聖人と呼ばれるほど高潔な人物のはずです。何故、そんな酷いことをしたのでしょうか?
そう思っていると、それまで虚ろな目をしていた輝夜さんが、私の方を見つめ話し始めました。
「かんなさんも見たでしょう?やつは、キリストは、すでに全次元にある『上位恋愛傾向』を自分のものにするために、改良版の八卦炉で全次元そのものを仙丹に変えて食べたのですわ」
1.松平信孝の『アガペー』
2.蜂須賀正利・織田信秀の『フィリア』
3.藤田浩正・本願寺証如の『エロス』
4.守護者・そらの『マニア』
「この4つの『上位恋愛傾向』を吸収し、元々持っていた『アガペー』を強化するとともに『4つ』の上位恋愛傾向を持つ存在になったのですわ」
「じゃ、じゃあ輝夜さんが愛する、そらさんも全次元と一緒に……」
「その通りですわ。そらがもういない以上、わたくしが生きている価値はありませんの」
思っていたより、かなり酷い事態ですね。もっとも輝夜さんにとっては、そらさんだけが重要で、全次元が滅びたこと自体はあまり気にしていないのかも知れませんが。
「ワシは、百鬼夜后の願いを叶えるためにも、キリストの目的を知る必要がある。一体、キリストは何故そんなことをしたのじゃ?」
輝夜さんは、チラっと太上老君さんも方を見つめます。答える義理はないということでしょうか。でも、キリストさんの事情を知らなくては、彼に『8つ』の上位恋愛傾向を託していいのか判断がつきません。
全次元を平気で滅ぼすような危険人物に、もっと力を与えてしまうわけにいきませんからね。
「あの、私も知りたいです。キリストさんの事情が……。太上老君さんの奥さんの遺言に関わる重要なことなんです」
「かんなさんがそこまでおっしゃるなら、お答えしますわ。わたくしの知る限りの『キリストの信念』を」
「アガペーには、『一如』という概念があるのですわ。神の愛の前では、神の子も人の子も一つの愛だと。キリストは、その概念を実現するために本当に全次元と一体化したのです」
思想自体はわからなくもないですが、本当にやってしまうのはちょっと極端すぎる気がします。
「じゃ、じゃあキリストさんは『上位恋愛傾向』なんてどうでも良くて、その信念のために全次元を吸収したんですか?」
「そうですわね」
なんて人なのでしょう……。でも、神の子なのだとしたら私達の想像が及ばないのも当たり前なんでしょうか?
「では、何故ワシ等は吸収されることもなく生きておるのじゃ?」
「この八愛地獄は『全次元神』が、全次元に何かあった時それを復興できる『救世主』を育てるために作った施設なのですわ。上位恋愛傾向の持ち主がいればそれも不可能ではないでしょうから」
「え、だったら私達が全次元を復活させることもできるんじゃないですか?」
八愛地獄そのものが、失われた全次元を復興する『上位恋愛傾向』を作り出すためのものなら、すでに上位恋愛傾向に目覚めている私達なら、全次元を復興できそうなものです。
「復興すること自体は可能ですけれど、そのためにはキリストを倒さなければなりません。それに全次元とキリストを分離する方法がなければ、キリストの死と共に全次元も完全に消滅してしまいますわ」
キリストは4つの上位恋愛傾向に目覚めてるわけですから、勝つこと自体は、こちらも『4つ』に目覚めれば可能かも知れません。向こうは一人で、こっちは三人ですからね。
でも融合した魂の分離方法は今のところ考えつかないですね。百鬼夜后さんを分離することが太上老君さんの目的にも繋がりますから、必要なものではあるんですけど。
「なるほど、魂の分離さえできればいいわけですか。しかも太上老君さんも輝夜さんもそれを望んでいる」
そして私も、過去に兄『望月たかし』とその幼馴染『高木茂』、『天宮しずく』と融合させられています。もし魂を分離することができれば、また3人に会うことができるかも知れません。
「私も輝夜さんの手で、兄や友人と融合しています。力を失わずに分離できるならしたいです。私達の利害は一致しているわけですね」
「でも、わたくしの知る限り魂の分離は不可能ですわ。少なくとも上位恋愛傾向『4つ』でできるとは思えません」
「ということはつまり……」
「「「キリストを吸収して『8つ』になるしかない」」」
8つは完全体です。完全体というものがどういうものかわかりませんが、全次元神をはるかに超える力があることは確かです。
それに八愛地獄が全次元の復興のために作られたなら、それによって作られる完全体はあらゆる事態に対応できる力をきっともっているはずです。
……たぶん。
「とりあえず、方針は決まりましたね。太上老君さんが『プラグマ』に、輝夜さんが『フラウティア』と『ルダス』に、そして私が『ルダス』に目覚めることが当面の目標です」
少しだけ希望が見えてきた気がしますが、具体的な方法はさっぱりですね。とりあえず、輝夜さんがこの部屋のトラウマを乗り越えらえれるようなら、フラウティアに目覚めることができるでしょうか?
そのヒントは……多分、あれですよね。
私は空中に浮かぶ映像のうち、輝夜さんとそらさんが仲良くしているものに目を向けました。
これまでの『鏡の部屋』では私達のトラウマだけが映像として浮かんでいたのに、何故輝夜さんの部屋では楽しそうな思い出の映像まで浮かんでいるんでしょうか?
「あ、あの輝夜さん、私達が入った『鏡の部屋』ではトラウマに関する映像が出てきたんですが、今浮かんでる映像もそうなんですか?楽しそうな思い出が多いように見えるんですが」
「そらがいなくなってしまった今、楽しい想い出は全てトラウマですわ」
私達3人の間に重苦しい空気が流れます。当然ですよね。いくら復活できるかも知れないと言っても、今現実にそらさんは亡くなってるんですから。
私は何とか雰囲気を明るいものにしようと、記憶の映像の中から微笑ましいもの、優しい気持ちになれそうなものを探しました。
それで目についた映像が……。
「ほ、ほらっ!あれ!あれなんですか?」
私は輝夜さんが、光る池のようなものに落ちて、それをそらさんが引っ張り上げている映像を指さして言いました。
大変そうなシーンなのに、二人共すごく幸せそうな顔をしていて、どんなシーンなのか気になったからです。
「ああ、あれですか」
輝夜さんは懐かしそうな表情で映像を見つめます。そして少し顔を赤くしながら、説明を始めました。
「そらの住んでいる『永遠の空白』は光と空白しかないんです。あれは、そらを助けようとしたわたくしが、『光だまり』に引きずり込まれた時ですわね」
「光だまり?」
「ええ、永遠の空白はほとんどが空白ですけれど、光が消え切ってない部分もあるのですわ。それが池のようになっていて、良く見て歩かないと落ちたりするわけですわね」
「この時の輝夜さんは、どうして落ちたんですか?」
何となく、この質問をするべきだと感じました。今は多分、輝夜さんとの絆をさらに深めることが、必要な『上位恋愛傾向』に目覚めるきっかけなんだと思います。
輝夜さんの過去を知ることが、絆を深めることに繋がるのだと、そう思うのですが。
「まず、永遠の空白は、光を空白に変えて『終わりと始まりの泉』に向かわせるための次元なのですわ。けれど、永遠の空白に来ていながら、空白にならず光のまま一か所に集まっているのが『光だまり』ですわ」
「守護者であるそらは、光だまりを空白に変えなければいけません。永遠の空白に光が溜まり続けると、他の次元から光が減って、天変地異の原因になりますから」
つまり、そらさんは光だまりに接近する必要があったということでしょうか?それが、輝夜さんが光だまりに落ちる原因になった?
【輝夜が光だまりに落ちた時】
その日、輝夜と二人で散歩をしていたそらは、光だまりを発見した。
光だまりを空白に変えるため近づくと、突然 光だまりが急激に発光して、そらの体を包み込んだ。
そらが死ぬと思い込んだ輝夜は無我夢中で飛び掛かり、そらを突き飛ばして光だまりから叩きだした。
今度は輝夜が光に包まれ、『魂』を空白に変えられそうになる。
輝夜は恐怖で泣きじゃくり、「そら!助けて!そら!!」と叫んだ。
それを見たそらは、守護者の力を全開にして光にぶつけた!光だまりは空白に変わり、輝夜には傷一つつかなかった。
輝夜はそらの胸に飛びつき、「ありがとうございます、本当に怖かったですわ」と言って泣きじゃくった。
そらは、優しく微笑んで『危なっかしいなあ。私なら助けてくれなくても大丈夫だったのに』と言った。
輝夜は「でも、そらが死んじゃうと思ったら、体が勝手に動いたのですわ」と答えた。
そらは、微笑んだまま少し顔を赤くして「ありがとう。とっても嬉しい」と言った。
【輝夜が光だまりに落ちた時 終わり】
私は、とっても可愛らしい輝夜さんとそらさんのやり取りに胸を打たれました。
今は完璧な輝夜さんにもこんな時代があったんですね。
私の心の中で『プラグマ』が、こんな二人を引き離してはいけないと叫びます。
さあ!このシーンのどこかに、輝夜さんを説得するヒントがあるはずです。もう一度、倫理的に間違っていても、そらさんを生き返らせる決意を固めさせるヒントが!
「嬉しそうでしたね。助けたそらさんも、助けられた輝夜さんも……」
私は頭に浮かんだ感想をそのまま口にしました。お互い、ピンチを助け合い心が通じ合って、本当に幸せそうな顔をしているのを見て、自然に口から出てしまったのです。
「……そうですわね。あの頃は本当に幸せでした」
そう言って輝夜さんは映像の二人を見つめます。
「あの時、そらを助けようとして何もできなくて、反対にそらに助けられて嬉しかったけれど、それ以上に『今度はわたくしがそらを救う』と誓ったのですわ」
「そうですわね。忘れていましたわ。あの日の誓いを。わたくしは何がどうあっても、そらを守らなければならないのでした。その方法が残されている以上、諦めるわけにはいきませんもの!!」
「そう、仮に吸収されていても、死んでいても、何も方法が無くても、わたくしがそらを救う!例え『エゴ』と言われても、それがわたくしの愛、そして信念なのですわ!!」
―――――システムメッセージ――――
『輝夜』が上位恋愛傾向『フラウティア』に目覚めました。
『輝夜』は絶対自我・『そらを守る』に目覚めました
その言葉と共に、周囲の映像が集まり星の形になって空に戻っていきました。
「守りますわ、例えこの世の全てと引き換えになっても!そらだけは守りますわ!!
そして全ての星が再び流星として降り注ぎ、全て輝夜さんの中に吸い込まれていきました。
それと同時に太上老君さんの体から光るものが出て行って、輝夜さんの中に吸い込まれていきました。
輝夜さんの後ろに満月の形をした光が出てきて、周囲を強い光で照らします。これは、太上老君さんが持っていた、隠し難題の『月』が輝夜さんの覚醒に呼応して彼女の元に戻ったと言うことでしょうか?
「さあ!こうしてはいられませんわ!キリストを倒し、そらを救うため、『4つ』でも『5つ』でも上位恋愛傾向に目覚めましょう!」
輝夜さんがそう叫ぶと同時に、周囲の景色がぼやけ始め、私達は元いた『ミラーハウスのような空間』に戻されたのでした。